「退職金規程がない会社は危ない?」中小企業が今すぐ確認すべき法的リスクと対処法

「退職金を払うつもりはあるが、規程を作っていない」「昔からの慣行で払ってきたが、書面がない」——中小企業の現場では、このような状態で退職金を運用しているケースが少なくありません。しかし、規程が整備されていないまま退職者が出るたびに金額の折り合いがつかず、トラブルに発展するケースは後を絶ちません。

退職金は、法律上は必ずしも支払いを義務付けられているわけではありません。しかし、いったん「払う」という実態や約束が生まれた瞬間から、法的な義務が発生する可能性があります。この記事では、退職金規程がない状態に潜むリスクを整理し、経営者・人事担当者がとるべき具体的な対応手順を解説します。

目次

退職金は「任意」だが、規程化すれば「賃金」になる

まず前提として、退職金の支払いを義務付ける法律は存在しません。労働基準法には退職金の支払い規定がなく、制度を設けるかどうかは企業の自由です。しかし、ここに大きな落とし穴があります。

労働基準法第89条第3号の2では、退職手当の制度を設ける場合は、就業規則に必ず記載しなければならないと定めています。つまり、「払うつもりで実際に払ってきた」という実態がある企業では、その時点ですでに制度が存在しているとみなされ、就業規則への記載義務が生じていることになります。

さらに、労働基準法第11条は「賃金とは、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう」と定めており、退職金も就業規則や労働契約で支払いを約束した場合には「賃金」として扱われます。賃金として位置づけられると、支払いを怠った場合には労基法違反となり、退職後7日以内(本人から請求があった場合)に支払わなければなりません(労基法第23条)。

「書面がないから払わなくてよい」は法的に通用しない場面が多々あります。規程がないことが免罪符にならない理由を、次のセクションで詳しく見ていきましょう。

「慣行」は書面がなくても法的効力を持ちうる

退職金をめぐる紛争で最も注意すべきなのが、「労働慣行」と呼ばれる概念です。明文化された規程がなくても、長期間にわたって一定の基準で退職金を支払ってきた実態があれば、それが「慣行」として法的拘束力を持つ場合があります。

判例では、慣行として認定される条件として以下の3点が示されています。

  • 同種の行為(退職金の支払い)が反復・継続してきたこと
  • 使用者側が明示または黙示に承認してきたこと
  • 労働者側にその継続について確実な期待があること

たとえば、「勤続5年以上の社員には基本給×勤続年数分を支払う」という口頭のルールのもと、10年以上にわたって全退職者に一貫して支払ってきた場合、裁判所がこれを慣行と認定する可能性は十分にあります。

この場合、特定の退職者に対して「書面がないから払わない」と主張しても、他の退職者と差別的に扱ったとして争われるリスクがあります。規程がない状態こそ、過去の支払い実績を丁寧に確認することが最初の一歩です。

確認すべき実績の記録

  • 過去に退職金を支払った件数・金額・計算方法
  • 支払い対象者(正社員のみか、パート・契約社員も含むか)
  • 求人票・雇用契約書・内規などに退職金に関する記載がないか
  • 創業者や前任者が口頭で約束した内容の有無

これらを書面や関係者へのヒアリングで可能な限り把握し、現状のリスクを正確に見極めることが不可欠です。

よくある3つの誤解と実際のリスク

誤解①「書面がなければ払わなくてよい」

前述のとおり、慣行が認定された場合には書面がなくても支払い義務が生じる可能性があります。長年「在職〇年以上なら基本給×〇ヶ月」というルールで全員に支払ってきた実態がある場合、特定の退職者にだけ不支給とすることは、差別的取扱いとして争われるリスクがあります。

誤解②「懲戒解雇なら退職金はゼロにできる」

懲戒解雇の場合に退職金を不支給とするためには、就業規則や退職金規程にその旨を明記しておく必要があります。規程がなければ、たとえ懲戒解雇であっても不支給の法的根拠が乏しく、「慣行があった」と主張されると不支給が認められないケースがあります。問題社員への対応を適切に行うためにも、規程の整備は欠かせません。

誤解③「中退共に加入しているから規程は不要」

中小企業退職金共済(中退共)は、国が運営する退職金制度で、掛金の一部が国庫補助される仕組みです。しかし、中退共への加入は会社独自の退職金規程の代替にはなりません。中退共と別に会社独自の上乗せ支給を行っている場合や、自己都合・会社都合・懲戒解雇で支給額を変える運用をしている場合は、それを定めた規程がなければ支給の根拠が曖昧になります。中退共の給付と会社規程の関係を明確に整理しておくことが重要です。

退職金規程を整備するための具体的な手順

リスクの確認が終わったら、次は規程の整備に進みます。規程を新設する場合の基本的な手順は以下のとおりです。

ステップ1:制度設計の方針を決める

まず「払う」か「払わない」かの経営判断を明確にします。払う場合は以下の項目を決定します。

  • 支給対象者:正社員のみか、契約社員・パートタイム労働者も含むか
  • 支給基準:基本給×勤続年数係数方式、ポイント制など
  • 退職事由別の支給率:自己都合・会社都合・定年・懲戒解雇の区分と率
  • 最低勤続年数:支給対象となる最低限の勤続期間(例:3年以上)
  • 適用時期:規程施行日以降の勤続期間のみか、入社日に遡及するか

ステップ2:就業規則・退職金規程を文書化する

決定した内容を就業規則本体または別規程(退職金規程)として文書化します。常時10人以上の労働者を使用する事業場では、就業規則の作成・変更には労働者代表または労働組合の意見聴取が必要です(労基法第90条)。意見書を添付した上で所轄の労働基準監督署へ届け出ます。

常時10人未満の事業場は就業規則の作成義務はありませんが、退職金を支給する意思があるならば、書面として残しておくことが後のトラブル防止につながります。

ステップ3:既存従業員への周知

規程を作成したら、全従業員に対して内容を周知します。周知方法は、書面の配布、社内掲示板への掲示、イントラネットへの掲載など、労働者が確認できる状態にしておく必要があります(労基法第106条)。口頭説明だけでは不十分です。

ステップ4:退職金の財源を確保する

規程化することで将来の支払い義務が確定します。財源確保の手段として、中退共への加入、確定給付企業年金(DB)、確定拠出年金(DC・iDeCo+)などが活用できます。それぞれ税制上の取り扱いや運用ルールが異なるため、専門家に相談しながら自社に適した仕組みを選択することをお勧めします。

退職金制度の廃止・減額を検討する場合の注意点

反対に、すでに退職金制度が存在するが、経営上の理由から廃止・減額を検討しているケースもあります。この場合、労働契約法が重要な制約となります。

労働契約法第10条は、就業規則の不利益変更(労働者にとって不利な内容への変更)は、合理的な理由があり、かつ労働者に周知された場合に限り有効と定めています。退職金の廃止・減額は典型的な不利益変更であり、裁判所は厳格に審査します。

特に注意が必要なのは「既得権」の扱いです。すでに発生している退職金債権(現時点で退職した場合に受け取れる金額相当)を一方的に消滅させることは、合理的な理由があっても認められにくい傾向があります。廃止・減額を行う場合には、以下の対応が求められます。

  • 変更の合理的な理由を明確にする(経営状況の悪化、制度の公平性確保など)
  • 代償措置を設ける(基本給への上乗せ、確定拠出年金の導入など)
  • 十分な経過措置期間を設ける
  • 労働組合または労働者代表との誠実な協議を行う
  • 個別の同意取得を努力する(労契法第8条)

強引に廃止・減額を進めると、後に訴訟に発展するリスクがあります。社会保険労務士や弁護士に相談しながら慎重に進めてください。

実践ポイント:今日からできる対応チェックリスト

以上の内容を踏まえ、中小企業の経営者・人事担当者が今すぐ確認すべき事項を整理します。

  • 過去の支払い実績を文書で確認する(慣行の有無を把握する)
  • 求人票・雇用契約書に退職金に関する記載がないか確認する
  • 「払う」なら速やかに規程を文書化し、労基署へ届け出る
  • 「払わない」なら就業規則・雇用契約書に「退職金制度なし」と明記し、全従業員に周知する
  • 懲戒解雇時の不支給規定を規程に明記する
  • 中退共に加入している場合は、会社規程との整合性を確認する
  • 廃止・減額は専門家の助言を得てから進める

退職金に関するトラブルは、従業員のモチベーション低下や離職率の上昇にもつながります。職場環境の整備という観点からも、規程の明文化は経営上の優先課題のひとつです。従業員のメンタルヘルスや職場満足度に課題を感じている企業は、メンタルカウンセリング(EAP)の導入と合わせて、制度面の整備を進めることで、より安定した職場環境を構築できます。

また、退職金制度の整備は、長時間労働や過重労働の問題とも密接に関連します。従業員の健康管理体制を強化したい場合は、産業医サービスの活用も検討してみてください。

まとめ

退職金は法律上「任意」の制度ですが、いったん支払いの実態や約束が生じた瞬間から、法的義務が発生する可能性があります。「書面がなければ払わなくてよい」「懲戒解雇なら当然ゼロ」「中退共があれば規程は不要」——これらは中小企業の現場で広がる誤解であり、実際には大きなトラブルにつながりうる考え方です。

まず行うべきは、過去の支払い実績や口約束の有無を確認し、現状のリスクを正確に把握することです。その上で、「払う」なら規程を整備して就業規則に明記し、「払わない」なら全従業員に明確に周知する——どちらの選択をするにしても、曖昧な状態を解消することが最大のリスク管理になります。

退職金規程の整備は、社会保険労務士などの専門家と連携しながら進めることをお勧めします。制度が整った職場は、採用競争力の向上にもつながります。今一度、自社の退職金の取り扱いを見直す機会としてください。

よくあるご質問(FAQ)

退職金規程がない場合、退職金を支払わなくても法律違反にはなりませんか?

退職金の支払いを義務付ける法律は存在しないため、制度がなければ支払い義務は生じません。ただし、過去に一定の基準で支払い続けてきた実態がある場合、「労働慣行」として法的拘束力が認められることがあります。また、就業規則や雇用契約書に退職金の記載がある場合は「賃金」として支払い義務が発生します。規程がないから安全とは言えず、まず過去の実績の確認が必要です。

退職金規程を新しく作る際に、過去の勤続期間も対象にする必要がありますか?

法律上、過去の勤続期間を遡及して対象にする義務はありません。規程に「施行日以降の勤続期間を対象とする」と定めれば、将来分のみを対象とすることは可能です。ただし、従業員の納得感を得るために入社日まで遡及するケースも多くあります。遡及する場合は過去分の積立や引当金計上が必要となるため、財務上の影響を事前に試算することをお勧めします。

懲戒解雇の場合に退職金を不支給にするには何が必要ですか?

懲戒解雇の場合に退職金を不支給または減額とするためには、就業規則または退職金規程にその旨を明確に規定しておくことが必要です。規程がない状態では法的根拠が乏しく、慣行による支払い義務が認められた場合には不支給とすることが難しくなります。「懲戒解雇の場合は退職金の全部または一部を不支給とすることができる」といった条項を規程に盛り込み、労働基準監督署への届け出と従業員への周知を行っておくことが重要です。

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