「就業規則は作ったはいいけれど、その後ずっとそのまま……」という状況に心当たりはないでしょうか。中小企業の経営者や人事担当者の方から、「最後に見直したのがいつかわからない」「法改正のたびに変えなければいけないのは知っているけれど、どこから手をつければよいか見当がつかない」というお声を耳にすることは少なくありません。
就業規則は、会社と従業員の労働条件を定める最も基本的なルールブックです。しかし、一度作成した後に放置してしまうと、現行の法律と内容がかけ離れてしまい、労使トラブルが発生したときに会社を守るどころか、逆に会社の不利になってしまうケースもあります。
本記事では、中小企業の経営者・人事担当者の方が自社で確認できるよう、就業規則の見直しポイントをチェックリスト形式で整理してお伝えします。顧問社労士がいない企業でも、この記事を読めば「何を確認すればよいか」の全体像がつかめるよう構成しています。
そもそも就業規則はなぜ定期的に見直す必要があるのか
就業規則の見直しが必要な理由は、大きく分けて二つあります。一つは法改正への対応、もう一つは自社の実態との乖離を防ぐことです。
労働関係の法律は、社会情勢や働き方の変化に合わせて頻繁に改正されます。近年だけを見ても、パワーハラスメント防止措置の義務化(2022年4月より中小企業にも適用)、育児・介護休業法の段階的改正、月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率の引き上げ(2023年4月より中小企業も50%以上)など、就業規則に直接影響する改正が相次いでいます。これらに対応しないまま放置すると、法令違反の状態で事業を運営していることになりかねません。
また、雛形(ひながた)や他社のサンプルをそのまま使って作成した就業規則は、自社の実態と合っていない条文が含まれていることがよくあります。テレワーク導入や副業・兼業の容認、パート・アルバイトの活用増加など、実際の働き方が変化しているにもかかわらず、規則の中身が追いついていない状態は、「会社のルール」としての機能を失わせてしまいます。
見直しの頻度の目安としては、少なくとも1〜2年に1回の定期確認を行い、法改正があった年は必ず対応状況を確認することが推奨されます。労使トラブルが発生したとき、あるいは採用形態や組織体制に変更があったときも、見直しのタイミングとしてとらえるとよいでしょう。
就業規則の基本要件:作成義務と記載事項を再確認する
チェックリストの前に、就業規則の基本的な法的要件を整理しておきましょう。
作成・届出義務と周知義務
労働基準法第89条では、常時10人以上の労働者を使用する事業場には就業規則の作成および所轄の労働基準監督署への届出が義務付けられています。なお、10人未満の事業場には作成義務はありませんが、労使トラブルの防止や従業員からの信頼確保のためにも、作成・整備しておくことが強く推奨されます。
作成・変更の際には、労働基準法第90条に基づき、労働者の過半数を代表する者(労働者代表)の意見を聴取し、その意見書を添付して届け出る必要があります。ここで注意したいのは、「意見聴取」であって「同意」は不要という点です。労働者代表が反対意見を述べたとしても、届出自体は有効に行えます。ただし、従業員との信頼関係の観点から、内容について丁寧に説明・協議することが重要です。
また、労働基準法第106条では従業員への周知が義務付けられています。周知の方法としては、職場への掲示・備え付け、書面の交付、電子データでの閲覧可能な状態への整備などが認められています。就業規則を作成・改定したまま従業員に知らせていない状態では、規則の効力が問題になりえますので、周知体制の確認も欠かせません。
絶対的必要記載事項と相対的必要記載事項
就業規則に必ず記載しなければならない事項(絶対的必要記載事項)は、以下のとおりです。
- 始業・終業の時刻、休憩時間、休日、休暇に関する事項
- 賃金の決定・計算・支払の方法、賃金の締切・支払の時期に関する事項
- 退職に関する事項(解雇の事由を含む)
これらは制度の有無にかかわらず、必ず記載しなければなりません。一方、退職金・賞与・安全衛生・表彰・制裁などは、「定める場合には記載が必要」な相対的必要記載事項に分類されます。自社でこれらの制度を設けているにもかかわらず規則に記載していないケースも見受けられますので、あわせて確認しましょう。
法改正対応チェックリスト:近年の主な改正ポイント
ここ数年で就業規則に影響する法改正が集中しています。以下の項目を一つひとつ確認してください。
賃金・労働時間関連
- 月60時間超の時間外労働の割増賃金率:2023年4月より中小企業も50%以上が義務となりました。就業規則や賃金規程の割増率が旧来の25%のままになっていないか確認が必要です。
- 地域別最低賃金:毎年10月前後に改定されます。賃金規程の最低賃金を下回る規定になっていないか、定期的に照合してください。
- 年次有給休暇の時季指定:年10日以上の有給休暇が付与される従業員に対して、年5日の時季指定取得を会社が行う義務があります。この取り組みに関する規定が設けられているか確認しましょう。
育児・介護関連
- 産後パパ育休(出生時育児休業):2022年10月に創設された制度です。子の出生後8週間以内に最大4週間取得できるこの制度への対応規定が設けられているか確認してください。
- 育児・介護休業法の段階的改正:2023年・2025年と段階的に施行されています。特に2025年4月からは子の看護休暇の取得対象範囲の拡充や、残業免除の要件拡大が行われています。最新の法令内容と規則の内容が一致しているかを照合することが重要です。
- 妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント(マタハラ)防止規定:防止措置が義務化されており、相談窓口や対応手続きの明記が求められています。
ハラスメント関連
- パワーハラスメント防止措置:2022年4月より中小企業も義務化されました。就業規則にパワハラの定義・禁止規定・相談窓口・懲戒処分との連動が明記されているかを確認してください。
- セクシャルハラスメント・マタニティハラスメントの防止規定もあわせて整備されているか確認しましょう。
雇用形態・新しい働き方関連
- 同一労働同一賃金:2021年4月より中小企業にも適用されています。正規・非正規従業員間の待遇差について、合理的な説明ができる規定になっているかを確認します。パート・アルバイト・契約社員ごとに別規程を設けることも有効です。
- テレワーク・在宅勤務に関する規定:業務場所・通信費の扱い・労働時間管理の方法など、テレワーク特有の事項を定めた規程または規定が整備されているか確認してください。
- 副業・兼業に関する規定:副業・兼業を認める場合も、禁止・制限する場合も、その条件と手続きを明確に規定しておくことがトラブル防止につながります。
懲戒・解雇規定のチェック:問題発生時に会社を守るために
就業規則の中でも特に重要度が高く、かつ不備が多いのが懲戒規定・解雇規定です。問題行動のある従業員への対応を適切に行うためには、規定の整備が不可欠です。
懲戒規定のチェックポイント
- 懲戒事由(懲戒処分の対象となる行為)が具体的かつ網羅的に列挙されているか。「その他これに準ずる行為」のみでは曖昧すぎると判断されるリスクがあります。
- 懲戒の種類(戒告・けん責・減給・出勤停止・諭旨解雇・懲戒解雇など)とその内容が明確に定められているか。
- 減給の制裁については、労働基準法第91条の制限(1回の額が平均賃金の1日分の半額以下、かつ総額が一賃金支払期における賃金総額の10分の1以下)を超えていないか確認してください。
- ハラスメント行為や情報漏洩・SNS上の不適切な投稿などが懲戒事由として明記されているか。時代に合わせた事由の追加も必要です。
解雇規定のチェックポイント
- 普通解雇・整理解雇(経営上の理由による解雇)・懲戒解雇の事由がそれぞれ区別して規定されているか。
- 解雇予告(原則として30日前の予告または予告手当の支払い)に関する手続きが明記されているか。
- 解雇事由が抽象的すぎず、かつ限定列挙になっていないか。「解雇できない」状況を生まないよう、合理的な範囲で網羅的に記載することが求められます。
懲戒・解雇に関する規定は、曖昧なまま放置すると「就業規則に定めがない」として処分が無効とされるリスクがあります。問題社員への対応が取れなかったという事態を防ぐためにも、早急な確認・整備をお勧めします。
また、ハラスメント対応や職場の精神的健康管理の観点から、メンタルカウンセリング(EAP)の導入も、従業員の相談窓口として有効な選択肢の一つです。就業規則上の相談体制と連動させることで、より実効性の高いハラスメント防止体制を構築できます。
実践ポイント:就業規則見直しを確実に進めるための手順
「見直しが必要なのはわかったが、実際にどう進めればよいか」という方のために、実践的な手順を整理します。
ステップ1:現行の就業規則と法令の照合
まず、現在の就業規則を手元に用意し、本記事のチェックリスト項目と照らし合わせます。特に「最後に改定したのがいつか」を確認し、その後に施行された法改正への対応が抜けていないかを重点的に確認してください。
ステップ2:自社の実態との整合性確認
法令対応と並行して、規則の内容が現在の自社の運用実態と一致しているかを確認します。「規則には9時始業と書いてあるが、実際は8時半から働いている」「テレワークを導入しているが規則に一切記載がない」といったズレは、早急に解消が必要です。
ステップ3:労働者代表との意見聴取と届出
変更内容が固まったら、労働者代表の意見を聴取し(同意は不要ですが、丁寧な説明が重要です)、意見書を作成します。その後、所轄の労働基準監督署に変更後の就業規則・意見書・変更届を提出します。
ステップ4:従業員への周知
改定した就業規則は速やかに全従業員に周知します。紙での配布・社内掲示板への掲示・社内イントラネットへの掲載など、確実に閲覧できる方法で行いましょう。「知らなかった」という主張を防ぐためにも、周知した記録(配布日・方法)を残しておくことが重要です。
ステップ5:専門家への相談・委託の検討
法改正への対応や懲戒・解雇規定の整備など、専門的な判断が必要な部分については、社会保険労務士などの専門家への相談を検討してください。また、従業員の健康管理や職場環境の整備については、産業医サービスを活用することで、就業規則の安全衛生に関する規定と実際の職場環境整備を連動させることができます。
まとめ
就業規則の見直しは、会社を労使トラブルから守り、従業員が安心して働ける環境を整えるための重要な経営管理業務です。「作成したことがある」で終わりにするのではなく、少なくとも1〜2年に1回の定期見直しと、法改正のたびの確認を習慣化することが求められます。
特に近年は、パワハラ防止規定の整備、育児・介護休業法の改正対応、月60時間超の割増賃金率の変更、テレワーク・副業への対応など、確認すべき事項が増えています。本記事のチェックリストを活用し、まずは自社の就業規則の現状把握から始めてみてください。
不備や改定が必要な箇所が見つかった場合は、専門家と連携しながら早期に対処することが、会社と従業員双方にとっての安心感につながります。就業規則は「守り」の書類ではなく、職場の信頼関係を支える「経営の土台」です。定期的なメンテナンスを大切にしてください。
よくある質問(FAQ)
従業員が9人以下でも就業規則は必要ですか?
労働基準法上、常時10人以上の労働者を使用する事業場に作成・届出義務がありますが、10人未満の事業場でも就業規則の整備は強く推奨されます。就業規則がない状態では、労使トラブルが発生した際に労働条件の内容が不明確となり、会社側が不利になるケースがあります。従業員数にかかわらず、基本的なルールを明文化しておくことがリスク管理の第一歩です。
就業規則を変更した際に必ず労働基準監督署に届け出なければなりませんか?
常時10人以上の労働者を使用する事業場は、就業規則を変更するたびに所轄の労働基準監督署への届出が必要です(労働基準法第89条)。届出の際は、変更後の就業規則・変更届・労働者代表の意見書の3点を提出します。届出を怠ると法令違反となりますので、改定のたびに忘れずに手続きを行ってください。
パートやアルバイトには別途就業規則が必要ですか?
正社員と異なる労働条件を適用する場合には、パート・アルバイト・契約社員向けの別規則(パートタイム就業規則など)を整備することが適切です。同一労働同一賃金の観点からも、雇用形態ごとの待遇差について合理的な根拠を規則上に明示しておくことが、トラブル防止につながります。
就業規則の周知はどのような方法で行えばよいですか?
労働基準法第106条に基づき、①常時各作業場の見やすい場所への掲示または備え付け、②書面の交付、③磁気テープや電子データによる閲覧可能な状態での提供、のいずれかの方法で周知することが求められます。社内イントラネットへの掲載や電子ファイルの共有も認められています。いずれの方法でも、従業員が実際にアクセスできる状態にしておくことが重要です。







