「副業を認めたら会社が危ない?」経営者が今すぐ整備すべき就業規則と労務管理の落とし穴

厚生労働省が2018年に副業・兼業を原則容認する方向性を示して以来、副業に対する社会的な受け入れ態勢は着実に変化しています。しかし、法律上の整備が必要な事項や実務上の手続きは複雑で、「なんとなく禁止のまま」にしている企業も多いのが実情です。

本記事では、副業・兼業を許可する際の法律上の論点から、就業規則の整備、労働時間の管理方法、社会保険・労災の実務対応まで、中小企業が知っておくべきポイントを体系的に解説します。

目次

副業・兼業をめぐる法律と行政の方針

まず、副業・兼業に関する法律と行政の動向を整理しておきましょう。

厚生労働省ガイドラインの位置づけ

厚生労働省は2018年に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を策定し、2020年・2022年に改定しています。このガイドラインは、副業・兼業を原則として容認することを企業に求める方向性を示しています。同時に、厚生労働省が公表している「モデル就業規則」も、2018年の改定で副業禁止規定を削除し、許可制・届出制へと改められました。

ガイドライン自体に法的拘束力はありませんが、裁判所が企業の副業制限の合理性を判断する際の参照基準となる可能性があります。「昔から禁止していたから」という理由だけでは、現在の法的・社会的環境では通用しにくくなっていると理解しておく必要があります。

労働基準法第38条:労働時間の通算ルール

副業・兼業を認める際に最も重要な法律上の論点が、労働基準法第38条による労働時間の通算です。同条は、同一の労働者が複数の使用者のもとで働く場合、それぞれの労働時間を合算して管理することを定めています。

具体的には、法定労働時間(1日8時間・週40時間)は事業場をまたいで適用されます。つまり、自社での労働時間と副業先での労働時間を合計した結果、法定時間を超えた場合は時間外労働として割増賃金(25%以上)の支払い義務が生じます。

原則として、先に雇用契約を結んだ会社が所定内・所定外の労働時間を管理し、後から契約した会社が超過分の割増賃金を支払う仕組みとなっています。ただし、2020年のガイドライン改定で「管理モデル」という簡便な方法も示されており、後述します。

2020年労災保険法改正:複数事業労働者への対応

副業・兼業に関して見落とされがちなのが、2020年9月に施行された労災保険法の改正です。この改正により、複数の会社で働く「複数事業労働者」に対する給付額の算定方法が変わりました。

改正前は、労災が発生した会社の賃金だけをもとに給付額が計算されていました。改正後は、複数の会社での賃金を合算して給付額を計算するため、副業者が被災した場合の補償水準が引き上げられています。また、脳・心臓疾患や精神障害の認定においては、1社だけでは認定基準を満たさない場合でも、複数の業務を総合的に評価して認定される可能性があります。保険料の負担自体は各事業主で変わりませんが、給付額が増えるケースがある点は理解しておきましょう。

副業を禁止・制限できる合理的な理由とは

副業を「認めたくない」という場合も、正当な理由なく一律禁止とすることは、現在の法的環境では無効とされるリスクがあります。厚生労働省のガイドラインは、企業が副業・兼業を制限・禁止できる合理的理由として、以下の4つを明示しています。

  • 労務提供上の支障がある場合(副業による疲労・睡眠不足で本業のパフォーマンスが著しく低下するなど)
  • 業務上の秘密が漏洩する場合(顧客情報・技術情報・営業戦略など機密性の高い情報を扱う業務への就業)
  • 競業により自社の利益が害される場合(同業他社や競合するサービスを提供する企業への就業)
  • 自社の名誉・信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為の場合

逆に言えば、上記のいずれにも該当しない副業を一律禁止している場合、就業規則の該当条項が無効と判断されるリスクがあります。「副業禁止」という規定が残っていても、合理的理由のない禁止は裁判で争われた際に覆る可能性があることを認識しておく必要があります。

現実的な対応としては、一律禁止から事前申請制・許可制に切り替え、審査基準を就業規則に明記する形が、法的リスクを最小化しながら会社のコントロールを維持できる方法として推奨されています。「申請なく副業した場合は懲戒処分の対象となる」という規定を設けることで、無断での副業には適切に対処できます。

就業規則の整備:最低限盛り込むべき事項

副業・兼業に関する社内ルールを整備するうえで、就業規則への明記は不可欠です。副業に関する条項がない、または古いままの就業規則を放置していると、社員からの申請があった際に対応が後手に回るだけでなく、トラブル発生時に会社が不利な立場に置かれる可能性があります。

就業規則に明記すべき主な内容

  • 副業・兼業の定義:他の会社への雇用だけでなく、業務委託・フリーランス・投資活動等を含むかどうかを明確にする
  • 事前申請・届出の手続き:申請のタイミング、提出書類の種類、承認権者を明示する
  • 許可・不許可の判断基準:前述の4つの合理的理由を踏まえた具体的な基準を列挙する
  • 申告義務:副業先の労働時間・業務内容・変更事項を定期的に報告させる義務を規定する
  • 秘密保持・競業避止義務:副業中においても自社の機密情報を漏洩しない義務を明記する
  • 違反した場合の懲戒規定:無申請での副業や虚偽申告を行った場合の処分内容を明確にする
  • 合計労働時間の上限:自社での労働時間と副業先の労働時間を合算した場合の上限目安(例:週〇時間以内)を設ける

就業規則の変更は、常時10人以上の労働者を使用する事業場では労働基準監督署への届出が必要です。また、労働者の代表意見を聴取することも義務付けられています(労働基準法第89条・第90条)。変更内容を労働者に周知する手続きも忘れずに行ってください。

労働時間管理と健康確保の実務対応

「管理モデル」を活用した簡便な労働時間管理

副業・兼業を認めた場合、労働時間の通算管理は実務上の大きな課題です。2020年のガイドライン改定で導入された「管理モデル」は、この課題を簡便に処理するための仕組みです。

管理モデルでは、自社と副業先がそれぞれ「自社における法定外労働時間分」についてのみ割増賃金を支払います。具体的には、あらかじめ自社と副業先で労働時間の枠を取り決め、その枠内で収まるようにそれぞれが管理します。双方の労働時間を逐一把握して通算する煩雑さを回避できる点が利点です。

ただし、この管理モデルを機能させるためには、副業先の労働時間について自己申告させる仕組みが必要です。定期的に「副業・兼業に関する労働時間管理申告書」を提出させ、合計労働時間が就業規則で定めた上限を超えていないかを確認する運用が求められます。

健康管理:安全配慮義務への対応

副業を認める場合でも、自社の従業員に対する安全配慮義務(使用者が労働者の安全と健康に配慮する義務)は免除されません。労働安全衛生法上の定期健康診断の実施義務は、副業の有無に関わらず自社分について存在します。

厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(2022年改定版)は、副業・兼業者の健康確保のために、企業が労働時間の把握や健康管理に努めることを求めています。法律上の明示的な義務規定ではありませんが、労災発生時に安全配慮義務違反を問われるリスクを回避するためにも、以下の対応を検討することをお勧めします。

  • 副業申告の際に、副業先での週あたり労働時間を申告させる
  • 定期健康診断の結果や残業時間のデータと組み合わせて、過重労働の兆候を把握する
  • 産業医が選任されている場合は、副業者の健康状態についても相談・面談を実施する
  • ストレスチェックの結果を踏まえて、必要に応じて就業制限を検討する

社会保険・税務の実務処理

社会保険の二重加入問題

副業先でも健康保険・厚生年金保険の加入要件(週20時間以上・月額賃金8.8万円以上、かつ従業員数51人以上の事業所など)を満たす場合、両社での社会保険加入が必要となります(いわゆる二重加入)。なお、社会保険の加入要件(特に従業員数要件)は法改正により変更される場合があります。最新の要件については日本年金機構または社会保険労務士にご確認ください。

二重加入となった場合、本人は主たる事業所を自ら選択し、「被保険者所属選択・2以上事業所勤務届」を年金事務所に提出する必要があります。保険料は両社の報酬を合算した標準報酬月額をもとに算定され、それぞれの報酬額に応じて按分されます。

会社側としては、社員から二重加入が発生した旨の報告があった場合の対応手順をあらかじめ決めておくとスムーズです。社会保険労務士に相談しながら手続きを進めることを推奨します。

住民税の取り扱いと情報漏洩リスク

副業収入が年間20万円を超える場合、従業員は確定申告が必要です(所得税法上の義務)。確定申告の結果、住民税の金額が変わるため、市区町村から会社に通知される特別徴収税額が変動し、副業の存在が会社に発覚するリスクがあります。

これを避けたい従業員は、確定申告書の住民税欄で「普通徴収(自分で納付)」を選択することが可能です。会社側としては、このような仕組みを社員に説明しておくことで、無用なトラブルを防ぐことができます。

なお、会社が従業員の副業の有無を確認するために住民税の変動を監視するような行為は、プライバシーの観点から問題になり得ます。副業の申告は就業規則に基づく申請制度を通じて把握する、というルールを明確にしておくことが重要です。

実践ポイント:今日からできる整備ステップ

ここまでの内容を踏まえ、中小企業が実際に取り組むべき整備ステップを整理します。

  • ステップ1:現状の就業規則を確認する

    副業禁止の条項がそのまま残っていないか、合理的な根拠が示されているかを確認します。必要に応じて、社会保険労務士や弁護士に現行規定のリスク診断を依頼することも有効です。

  • ステップ2:許可制・届出制への移行を検討する

    一律禁止から事前申請制に切り替える場合、許可・不許可の判断基準を明確にした条項を就業規則に盛り込みます。申請書のフォーマット(副業先の会社名・業務内容・週あたり労働時間・契約期間)も併せて整備します。

  • ステップ3:労働時間管理の仕組みを構築する

    定期的な自己申告制度を設け、合計労働時間の上限を就業規則に明記します。管理モデルの活用を検討し、割増賃金の計算ルールについても給与計算担当者と確認しておきます。

  • ステップ4:秘密保持・競業避止の条項を整備する

    雇用契約書または就業規則に、副業中も含めた秘密保持義務を明記します。競業避止義務については、業種・地域・期間を合理的な範囲で限定した条項を設けることで、実効性と法的有効性を高めます。

  • ステップ5:健康管理・社会保険の対応手順を整備する

    副業申請時に健康状態の自己申告も求める仕組みを作ります。社会保険の二重加入が発生した場合の社内対応フローを総務・人事担当者で共有しておきます。

まとめ

副業・兼業をめぐる法律・行政の方針は、原則容認・合理的制限の明確化という方向に動いています。一律禁止を維持するためにはそれ相応の合理的理由が必要であり、理由なき禁止は法的リスクを抱えます。一方で、副業を認めるにあたっては、労働時間の通算管理・健康確保・情報管理・社会保険手続きといった複数の実務上の課題に対応しなければなりません。

中小企業にとって、すべてを完璧に整備することは容易ではありませんが、就業規則の許可制への移行・申請フォーマットの整備・労働時間の自己申告制度の導入という3点から着手するだけでも、リスク管理の水準は大きく向上します。

副業・兼業の制度設計は、優秀な人材の確保・定着にも関わる経営課題です。「禁止するか認めるか」の二択ではなく、自社の業種・規模・業務内容に応じた合理的なルールづくりを、社会保険労務士等の専門家の支援も活用しながら進めていただくことをお勧めします。

よくある質問

Q1: 厚生労働省のガイドラインに法的拘束力がないなら、企業は副業を禁止し続けても大丈夫ですか?

ガイドライン自体は拘束力がありませんが、裁判所が副業制限の合理性を判断する際の参照基準となります。合理的理由のない一律禁止は裁判で無効と判断されるリスクがあるため、現在の法的環境では対応が必須です。

Q2: 副業先での残業により総労働時間が超過した場合、残業代は誰が払うのですか?

原則として、先に雇用契約を結んだ会社が主体的に労働時間を管理し、後から契約した会社が超過分の割増賃金を支払う仕組みです。ただし、2020年のガイドラインで示された「管理モデル」を使えば、より簡便な方法も選択できます。

Q3: 副業中に労災が発生した場合、補償額は副業先での給与だけで計算されますか?

2020年9月の労災保険法改正により、複数の会社での賃金を合算して給付額が計算されるようになりました。これにより副業者の補償水準が引き上げられています。

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