ストレスチェックを毎年実施しているものの、「高ストレス者が出たあとの対応が正直よくわからない」「面接指導の申出が来ないのだがそれでいいのか」と感じている経営者・人事担当者は少なくありません。制度の実施そのものに目が向きがちですが、ストレスチェック制度の本来の目的は結果をいかに活用するかにあります。
厚生労働省の調査によると、ストレスチェックで高ストレス者と判定された労働者の多くが医師による面接指導を申し出ないという実態があります。しかし「申出がないから問題なし」と放置することは、法的リスクにとどまらず、メンタルヘルス不調の深刻化・離職・生産性低下といった経営リスクに直結します。
本記事では、高ストレス者と判定された従業員への対応フローを法律の要点とともに整理し、中小企業でも実践できる具体的な手順をお伝えします。
ストレスチェック後に事業者がやるべきことの全体像
まず制度の流れを整理します。労働安全衛生法第66条の10に基づき、常時50人以上の労働者を使用する事業場は毎年1回のストレスチェック実施が義務付けられています(50人未満は努力義務)。実施後の対応は、大きく次の3段階に分かれます。
- ①結果の本人通知:ストレスチェックの結果は原則として本人に直接通知します。事業者(会社)が結果を受け取るには本人の同意が必要です。
- ②面接指導の実施:高ストレス者から申出があった場合、事業者は医師による面接指導を実施しなければなりません(義務)。面接後は医師の意見を踏まえ、就業上の措置を検討します。
- ③集団分析と職場環境改善:個人対応だけでなく、部署単位の集団分析結果を活用して組織・職場環境の改善を図ることが、制度本来の目的とされています。
この3段階すべてを機能させることが、ストレスチェック制度の正しい運用です。「実施して結果を配布したら終わり」という認識では、制度の趣旨を果たしたとは言えません。
最大の課題:面接指導の申出がない高ストレス者への対応
多くの企業が悩む最大の実務課題が、高ストレス者と判定されたにもかかわらず面接指導を申し出ない従業員への対処です。「会社に知られるのが怖い」「忙しくて受ける暇がない」「自分は大丈夫だと思っている」など、申出をためらう理由はさまざまです。
ここで重要なのは、申出を強制することはできないが、放置も許されないという点です。
申出を促すための環境整備
まず、結果通知の際に以下の情報を必ず明示してください。
- 面接指導は秘密厳守であること
- 会社への情報共有には本人の同意が必要であること
- 面接指導を申し出たことを理由とした不利益取扱いは法律で禁止されていること
- 申出期限(通常は結果通知から1か月以内が目安)と、期限後も受け付ける旨
「会社に知られる」という不安が最大の障壁になりがちです。制度の守秘義務を丁寧に説明することで、申出率の改善が期待できます。また、メンタルカウンセリング(EAP)などの外部相談窓口の案内を結果通知に同封することも、心理的ハードルを下げる効果的な手段です。
申出がない場合の合法的なフォロー手順
申出がないからといって、会社が何もしなくていいわけではありません。以下の対応は本人の同意なしでも実施可能です。
- 実施者(産業医・保健師等)から本人への任意の相談勧奨:「いつでも相談できる」という案内を実施者名義で行うことは認められています。
- ラインケアの推進:上司による日常的な声かけや観察を通じ、気になる変化に早期に気づく体制を整えます。ただし、上司に高ストレス者の名前を伝えることは本人同意なしには行えません。
- 集団分析結果を活用した職場環境改善:個人を特定せず、部署全体のストレス傾向を把握したうえで業務量・人間関係・裁量度などを見直すアプローチです。
「申出がなければ対応義務なし」という誤解が最も危険です。申出がない高ストレス者がいる部署の環境改善を怠り、後に重篤なメンタル不調が発生した場合、会社の安全配慮義務違反が問われるリスクがあります。
個人情報の管理と共有ルール:絶対に守るべき原則
ストレスチェックの結果は要配慮個人情報(個人情報保護法上、特に厳格な管理が必要とされる情報)に該当します。取り扱いを誤ると、個人情報保護法違反および労働安全衛生法違反の両方に問われる可能性があります。
情報共有に関するよくある誤りと正しい対応
- 誤り:高ストレス者のリストを人事部門や上司に無断で共有する
正解:本人の同意なしに第三者へ提供することは禁止されています。人事部門への共有も例外ではありません。 - 誤り:面接指導後の医師の意見書をそのまま上司に渡す
正解:就業措置に必要な情報(「残業時間の制限が必要」など)と詳細な医療情報は切り分けて共有します。上司には就業上の配慮内容のみ伝えるのが原則です。 - 誤り:「担当者ならば誰でも結果を閲覧できる」とする運用
正解:実施者・面接実施者・人事担当者の役割と情報アクセス権限を文書化し、必要最小限の範囲にとどめます。
情報管理のルールは口頭の申し合わせではなく、規程・マニュアルとして文書化しておくことが重要です。担当者が交代しても同じ対応が継続できる仕組みを作ることが、対応の属人化を防ぐうえでも不可欠です。
面接指導後のフォロー体制:措置で終わりにしない
医師による面接指導が完了したあと、事業者には医師の意見を聴いて必要な就業上の措置を講じる義務があります(労働安全衛生法第66条の10第5項)。措置の例としては以下が挙げられます。
- 時間外労働の制限(残業上限の設定)
- 深夜業・交代勤務の免除
- 業務量・業務内容の見直し
- 一時的な業務転換
- 休憩時間の確保・休暇取得の促進
ここで注意すべきなのが不利益取扱いの禁止です。業務軽減や部署異動を「降格」「干された」と受け取られないよう、本人のための配慮であることを丁寧に説明することが重要です。面接指導の申出を理由とした解雇・降格・減給等は法律で明確に禁止されています。
フォローアップの継続
就業措置を講じたあとも、1〜3か月ごとの状況確認を実施することを推奨します。状態の変化に応じて措置内容を見直す柔軟な対応が必要です。フォローの記録は必ず文書化し、担当者が変わっても継続支援が途切れない体制を整えてください。
また、産業医との連携フローをあらかじめ決めておくことも重要です。嘱託産業医との連携が薄いと感じている場合は、産業医サービスの活用を検討することで、面接指導から就業措置の提案まで一貫したサポートを得られる場合があります。
中小企業が今すぐ取り組める実践ポイント
「産業医がいない」「人員が少なく対応が属人化している」という中小企業特有の課題を踏まえ、すぐに着手できる実践ポイントをまとめます。
1. 対応フローの文書化
高ストレス者が出た場合の対応手順をフローチャートとして文書化します。「誰が・いつ・何をする」を明文化することで、担当者交代時の引き継ぎもスムーズになります。
2. 結果通知に案内文書を同封する
守秘義務・不利益取扱いの禁止・相談窓口の連絡先を記載した案内文書を、結果通知と一緒に配布します。これだけで面接指導の申出率が変わることがあります。
3. 嘱託産業医との連携を明確にする
嘱託産業医(月に数時間だけ契約する産業医)がいる場合、面接指導の実施手順・意見書の書式・就業措置の検討フローをあらかじめ取り決めておきます。「何かあったら呼ぶ」という関係では、実際に問題が起きたときに機能しません。
4. 集団分析結果を管理職と共有する
個人情報に触れることなく、部署単位の傾向(ストレス要因・上司のサポート度・職場の一体感など)を管理職と共有し、環境改善につなげます。10人以上の集団単位を開示の目安とすることで個人の特定を防げます。
5. 外部リソースの積極活用
社内に専門人材がいない場合、産業保健総合支援センター(各都道府県に設置)の無料相談を活用したり、外部EAPの導入を検討したりすることで、対応の質を下げずにコストを抑えられる可能性があります。
まとめ
ストレスチェック後の高ストレス者対応は、「面接指導の申出を待つだけ」では十分ではありません。申出がない従業員への相談勧奨・職場環境改善・ラインケアの推進という複合的なアプローチが求められます。
法律が求める最低限の義務(面接指導の実施・就業措置・不利益取扱いの禁止)を守りながら、個人情報の管理ルールを文書化し、対応フローを組織として仕組み化することが、担当者が変わっても機能する体制づくりの鍵です。
「ストレスチェックは実施するだけで完了」という意識から、「結果を活用して職場をよくするための制度」という意識に切り替えることが、経営リスクの低減と従業員の健康維持の両立につながります。まずは対応フローの文書化と結果通知の案内文書の整備から、今すぐ始めてみてください。
よくあるご質問
高ストレス者と判定された従業員が面接指導を希望しない場合、会社はどこまで介入できますか?
申出を強制することは法律上できません。ただし、放置も許されません。実施者(産業医・保健師等)から本人への任意の相談勧奨を行うこと、上司による日常的な声かけを推進すること、集団分析を活用した職場環境改善を進めることが、申出なしでも実施できる合法的なアプローチです。「申出がないから問題なし」という判断は安全配慮義務違反につながるリスクがあるため、何らかの対応記録を残しておくことが重要です。
ストレスチェックの結果を上司や人事部門と共有することはできますか?
原則として、ストレスチェックの結果は本人の同意なしに第三者へ提供することはできません。人事部門への共有も例外ではなく、本人の同意が必要です。面接指導後の就業措置に関しては、「残業制限が必要」などの就業上の配慮内容のみを上司と共有し、詳細な医療情報は切り分けて管理することが求められます。情報の取り扱いルールを社内規程として文書化しておくことを強くお勧めします。
産業医が選任されていない(または機能していない)場合、面接指導はどうすればよいですか?
常時50人以上の労働者を使用する事業場には嘱託産業医の選任が義務付けられています。未選任の場合はまず速やかに選任手続きを進める必要があります。50人未満の事業場については、地域産業保健センター(産業保健総合支援センターが運営)を活用することで、無料または低コストで医師による面接指導を受けられる仕組みがあります。すでに嘱託産業医はいるが連携が希薄という場合は、面接指導の手順・意見書の書式・就業措置の検討フローを事前に取り決め、形骸化を防ぐ運用改善が必要です。







