少子高齢化が加速する日本において、育児や介護を抱えながら働く社員の割合は今後もますます増えることが予測されています。厚生労働省の調査によれば、介護を理由に離職する人は年間約10万人にのぼるとされており、育児においても「復職したいが職場環境が整っていない」という理由で離職を選ぶケースが後を絶ちません。
こうした人材の流出は、大企業だけの問題ではありません。むしろ、一人ひとりの役割が大きい中小企業にとって、育児・介護を理由とした離職や長期休業は、業務運営に直接的なダメージをもたらします。一方で、「制度を整えたいが何から手をつければいいかわからない」「法改正が多くて対応しきれない」という声も、中小企業の経営者・人事担当者から多く聞かれます。
2025年4月には育児・介護休業法の改正が施行され、従業員100人超の企業への育児休業取得状況の公表義務拡大など、中小企業にも直接関わる変更が生じています。本記事では、最新の法改正内容を踏まえながら、中小企業が実務として取り組むべき両立支援策を体系的に解説します。
中小企業が直面する「育児・介護と仕事の両立」の現実
大企業であれば専任の人事部門が対応できる両立支援も、中小企業では担当者が総務・経理・採用を兼務しながら対応しているケースが珍しくありません。そのため、育児・介護に関する課題は、大企業とは異なる形で現れます。
人員・業務面の課題
小規模な組織では、1人が抜けるだけで業務が回らなくなるリスクがあります。子どもの発熱や介護対象者の急変による突発的な欠勤は事前に予測できないため、その都度、周囲の社員がカバーせざるを得ない状況が続きます。さらに、「この業務は〇〇さんしか知らない」という属人化が進んでいると、休業中に業務が完全に停滞してしまいます。
また、復職後に時短勤務(所定労働時間を短縮する勤務形態)を利用する社員が出た場合、残りの業務を他のメンバーが担うことになり、チーム全体の負担増につながりやすい点も見過ごせません。
制度・知識面の課題
育児・介護休業法は近年、頻繁に改正が重ねられており、最新の内容を把握し続けることは容易ではありません。育児休業・産後パパ育休・介護休業・短時間勤務・看護休暇など、制度の種類が多岐にわたることも、担当者の理解を難しくしている要因の一つです。
加えて、給付金や助成金の申請手続きは書類が多く、社会保険労務士(社労士)が社内にいない中小企業では大きな事務負担となります。就業規則についても、法改正に対応した規定の更新が追いついていないケースや、そもそも育児介護休業に関する規定が整備されていないケースも見受けられます。
組織・文化面の課題
制度が整っていても、管理職が「育休は迷惑」という態度をとれば、社員は取得をためらいます。特に男性の育休については、「周囲に申し訳ない」「キャリアに影響するのでは」という不安から、制度があっても取得されないケースが多く報告されています。
介護については、育児に比べて職場での可視化がさらに難しく、社員が一人で抱え込んだまま限界に達し、ある日突然「退職します」と申し出るパターンが少なくありません。ケアハラスメント(介護を理由とした不利益取り扱いや嫌がらせ)への認識不足も、同様の問題を引き起こす要因となっています。
2025年4月施行の育児・介護休業法改正:中小企業への影響
2025年4月の法改正では、中小企業にとって特に重要なポイントがいくつか盛り込まれています。改正内容を正確に把握し、対応が必要な事項を整理しましょう。なお、自社への適用要件の詳細については、社労士や都道府県労働局にご確認ください。
育児休業取得状況の公表義務が「従業員100人超」の企業に拡大
これまで育児休業の取得率などの公表義務は従業員数が常時1,000人超の企業のみが対象でしたが、2023年4月から300人超の企業に拡大され、さらに2025年4月からは常時雇用する従業員が100人超の企業にも適用されることとなりました。公表内容には男女別の育児休業取得率などが含まれます。該当する企業は、自社の現状を把握したうえで、厚生労働省が運営する「両立支援のひろば」等への掲載対応が必要です。
子の看護休暇の対象拡大と取得事由の追加
従来、子の看護休暇は「小学校就学前の子」が対象でしたが、改正により小学校3年生修了まで(9歳に達する年度末まで)対象が拡大されました。また、取得できる事由として、これまでの病気・けがに加えて、感染症予防のための処置(ワクチン接種等)や学校行事への参加も認められるようになりました。社員から「どんな場合に使えるか」と問い合わせがあった際に正確に回答できるよう、社内での情報共有が必要です。
3歳〜小学校就学前の子を持つ社員への柔軟な働き方の整備義務
改正前は「3歳未満の子を持つ社員への短時間勤務の義務」にとどまっていましたが、改正後は3歳から小学校就学前の子を持つ社員に対して、テレワーク・時差出勤・短時間勤務・保育施設の設置・育児費用の援助措置などの中から複数の選択肢を設け、社員が選べるようにすることが企業に義務付けられます。「短時間勤務しか選べない」という状況は認められなくなるため、制度の見直しが必要な企業は早急に対応してください。
男性社員への育休周知・意向確認の義務化
妊娠・出産の申し出をした社員への個別周知・意向確認はすでに義務化されていましたが、改正により配偶者が妊娠・出産したことを申し出た男性社員に対しても、育児休業制度の個別周知と取得意向の確認を行うことが義務付けられました。口頭だけでなく、書面または電磁的方法(メールなど)で記録を残すことが重要です。
知っておきたい主要制度と給付金の概要
育児・介護に関する制度は種類が多く、給付金や助成金と合わせて把握しておくことが実務上不可欠です。以下に主な制度を整理します。なお、給付金・助成金の支給要件や支給額は制度改正により変わる場合があります。申請にあたっては必ず最新情報をご確認ください。
育児に関する主な制度
- 育児休業:子が1歳(保育所に入所できないなど一定の要件を満たす場合は最長2歳)になるまで取得可能。父母ともに利用でき、2022年10月以降は2回に分割して取得することも可能。
- 産後パパ育休(出生時育児休業):子の出生後8週間以内に最大4週間取得できる制度。2回に分割でき、一定の条件下では休業中の就業も認められる。
- 育児短時間勤務:3歳未満の子を持つ社員が申し出た場合、1日の所定労働時間を原則6時間に短縮することを企業が認める義務がある。
- 残業免除:3歳未満の子を持つ社員が申し出た場合、所定外労働(残業)を免除することが義務。
- 育児休業給付金:雇用保険から支給。休業開始から通算して180日間は休業前賃金の67%、以降は50%が支給される(支給要件あり)。
介護に関する主な制度
- 介護休業:対象家族1人につき通算93日まで、3回に分けて取得可能。対象家族とは、配偶者・父母・子・配偶者の父母・祖父母・兄弟姉妹・孫が含まれる。
- 介護休暇:対象家族1人の場合は年5日、2人以上の場合は年10日取得可能。時間単位での取得も認められており、短時間の通院送迎などにも活用しやすい。
- 所定外労働の制限(介護):介護をしている社員が申し出た場合、残業を免除することが義務付けられている。
- 介護休業給付金:雇用保険から支給。休業前賃金の67%が93日を上限として支給される(支給要件あり)。
活用できる主な助成金
国は中小企業の両立支援を後押しするための助成金制度を設けています。申請要件や支給額は制度改正により変わることがあるため、最新情報は厚生労働省や都道府県労働局で確認することをお勧めします。
- 両立支援等助成金(育児休業等支援コース):育休の取得・職場復帰を支援した中小企業に支給される。
- 両立支援等助成金(出生時両立支援コース):男性社員の育休・産後パパ育休の取得を促進した中小企業が対象。
- 両立支援等助成金(介護離職防止支援コース):介護休業の取得・職場復帰を支援した中小企業に支給される。
中小企業が今すぐ着手すべき制度整備の実践ポイント
法律の概要を理解したうえで、実際に職場で機能する仕組みを作るためには、具体的な実務対応が欠かせません。ここでは優先度の高い取り組みを解説します。
就業規則・育児介護休業規程の最新化
育児・介護に関する社内規程が古い内容のままになっている、あるいは規程自体が存在しないという企業は、まず規程の整備から始めてください。法定基準を下回る規程は法律違反となるため、少なくとも法定通りの内容は盛り込む必要があります。
規程の整備にあたっては、社労士や弁護士への相談が効果的です。また、厚生労働省が育児・介護休業規程のモデル規程を公開しているため、これを参考にしながら自社の実態に合わせてカスタマイズする方法もあります。規程を整備したら、全社員に周知し、入社時のオリエンテーション資料にも盛り込むなど、社員が必要なときに参照できる環境を整えましょう。
個別周知・意向確認の仕組みの構築
妊娠・出産の報告を受けたとき、または配偶者の妊娠を申し出た男性社員がいたとき、どのような手順で周知・意向確認を行うかをあらかじめ定めておくことが重要です。担当者が変わっても同じ対応ができるよう、チェックリストや面談シートを用意しておくと実務がスムーズになります。
意向確認の記録は、後日トラブルになった場合の証拠にもなり得るため、書面またはメールなどで必ず残すようにしてください。「伝えた・伝えていない」の認識のズレが労使間のトラブルに発展するケースは少なくありません。
業務の見える化と引き継ぎ体制の整備
育児・介護休業に限らず、特定の社員しか把握していない業務があると、その社員が休業した際に業務が停滞します。休業前に引き継ぎ資料を作成するルールを設けることと合わせて、日頃から業務マニュアルやフロー図を整備しておくことが有効です。
また、代替要員の確保についても事前に検討しておく必要があります。人材派遣・業務委託・副業人材など複数のルートを把握しておくことで、急な休業にも柔軟に対応しやすくなります。
管理職への研修と職場風土の整備
どれだけ制度を整備しても、現場の管理職が「育休は仕事の邪魔」という態度をとれば、社員は制度を使えません。マタニティハラスメント(妊娠・出産に関する嫌がらせ)・パタニティハラスメント(男性の育休取得に関する嫌がらせ)・ケアハラスメント(介護に関する嫌がらせ)は法的にも問題となり得る行為であることを管理職に理解させることが、リスク管理の観点からも重要です。
管理職向けに年1回程度の研修を実施し、「取得しやすい職場をつくること自体が管理職の評価に含まれる」という意識を醸成することが、制度の実効性を高めるうえで大きな意味を持ちます。
介護離職を防ぐための早期把握の仕組み
育児は妊娠の申し出という形で比較的早く職場に情報が伝わりますが、介護は社員が「職場に迷惑をかけたくない」と感じて一人で抱え込むことが多く、企業側が気づいたときにはすでに退職を決意しているというケースが少なくありません。
年1回程度の定期的な個別面談や、介護に関するアンケートを実施して「介護が必要な状況にある」社員を早期に把握する仕組みをつくることが、介護離職の防止につながります。把握できた段階で、介護休業・介護休暇・時差勤務・テレワークなどの選択肢を案内し、継続就業の可能性を一緒に検討する姿勢が大切です。
まとめ:両立支援は「コスト」ではなく「人材戦略の投資」として捉える
育児・介護と仕事の両立支援に取り組む意義は、単に法律を遵守するためだけではありません。支援制度が整っている職場は社員の信頼を得やすく、離職率の低下・採用競争力の向上・社員のエンゲージメント(職場への愛着・貢献意欲)向上につながることが、さまざまな調査から示唆されています。
中小企業にとって一人ひとりの人材は特に貴重であり、育児や介護を理由とした離職は、採用コストと育成コストを一度に失うことを意味します。両立支援は短期的にはコストに見えても、中長期的には人材を守り、組織の安定を支える投資として位置づけることが重要です。
2025年4月の法改正を一つの契機として、まず自社の就業規則・規程の状況を確認し、不足している点を洗い出すことから始めてみてください。全てを一度に整備しようとする必要はありません。法令対応の優先度が高いものから順に着手し、社労士などの専門家も活用しながら、実態に合った支援体制を着実に構築していくことが、中小企業にとって現実的かつ効果的なアプローチです。
社員が育児や介護に直面したときに「この会社に相談できる」「この会社で働き続けたい」と感じられる環境を整えることが、これからの中小企業経営における重要な差別化要素の一つになっていくでしょう。
よくある質問
Q1: 育児休業取得状況の公表義務が100人超に拡大されるということは、具体的にどのような情報を公表する必要があるのですか?
男女別の育児休業取得率などを公表する必要があります。該当する企業は、自社の現状を把握したうえで、厚生労働省が運営する「両立支援のひろば」等への掲載対応が求められます。
Q2: 中小企業では専任の人事部門がない場合が多いとのことですが、法改正への対応を効率的に進めるにはどうしたらよいのでしょうか?
社会保険労務士(社労士)や都道府県労働局への相談・支援を活用することが有効です。記事では、給付金や助成金の申請手続きが書類が多く事務負担となることに触れており、専門家のサポートを得ることで対応をスムーズにできます。
Q3: 子の看護休暇が拡大されるとのことですが、実際には従業員がどのような場面で利用できるようになるのですか?
これまでの病気やけがに加えて、感染症予防のためのワクチン接種などの処置や、学校行事への参加も対象となります。また、対象の子どもの年齢が小学校3年生修了まで(9歳に達する年度末まで)に拡大されました。
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