新型コロナウイルス感染症の拡大をきっかけに急速に普及したテレワーク(在宅勤務)は、現在も多くの企業で継続・拡大されています。働き方の柔軟性が高まる一方で、中小企業の経営者・人事担当者からは「従業員の働きぶりが見えない」「残業代の扱いがわからない」「既存の就業規則で対応できているのか不安」といった声が後を絶ちません。
テレワークは適切に運用すれば生産性向上や採用力強化につながる有効な制度です。しかし、労務管理上のルール整備が不十分なまま導入を進めると、労働基準法違反や安全配慮義務違反、さらには従業員とのトラブルに発展するリスクがあります。本記事では、テレワーク導入・運用において中小企業が特に注意すべき労務管理上のポイントを、法律の根拠とともに解説します。
テレワーク中でも労働基準法は通常どおり適用される
テレワークに関して最も多い誤解の一つが、「在宅勤務は通常の労務管理と異なるルールが適用される」という思い込みです。しかし、テレワーク中であっても労働基準法の規定はそのまま適用されます。
具体的には、1日8時間・週40時間という法定労働時間の上限は変わりません。これを超えて働かせた場合は時間外労働となり、割増賃金(25%以上)の支払いが必要です。深夜(午後10時〜午前5時)に労働させた場合は深夜割増(25%以上)、休日に労働させた場合は休日割増(35%以上)の支払い義務も生じます。また、6時間を超える労働には45分以上、8時間を超える労働には1時間以上の休憩を与えなければならないという休憩付与義務も、在宅勤務中であっても免除されません。
さらに、「会社が知らないうちに発生した残業であっても、管理者が黙認していたと判断される場合は割増賃金の支払い義務が生じる」という点も重要です。例えば、深夜に送られてきたメールを翌朝確認しながらも特に注意しなかった場合、「黙示的に残業を認めていた」と判断されるケースがあります。テレワークは管理者の目が届きにくいからこそ、意識的に労働時間を把握・管理する仕組みが求められます。
「事業場外みなし労働時間制」の安易な適用は違法リスクを招く
テレワークを導入した際に「事業場外みなし労働時間制(以下、みなし制)を適用すれば管理が楽になる」と考える経営者・人事担当者もいますが、これは大きな誤解です。
みなし制とは、労働者が事業場の外で業務を行い、「労働時間の算定が困難」な場合に限って、所定労働時間(または労使協定で定めた時間)働いたとみなす制度です(労働基準法第38条の2)。つまり、適用の前提は「労働時間の算定が困難であること」であり、これが認められない場合には制度を適用できません。
厚生労働省の「テレワークにおける適切な労務管理のためのガイドライン」(2021年改定)では、情報通信機器を使って常時使用者の指示に応じられる状態にある場合、みなし制は適用できないと明記されています。チャットや電話でいつでも連絡が取れる状況、上司が業務内容を随時確認できる環境では、「労働時間の算定が困難」とは認められないのです。
みなし制を安易に適用して残業代を支払わなかった場合、後から未払い残業代の請求を受けるリスクがあります。テレワークの実態に合わせて、フレックスタイム制(始業・終業時刻を本人が決定できる制度)など適切な労働時間制度を選択することが重要です。なお、フレックスタイム制の導入には労使協定の締結と就業規則への記載が必要です。
テレワーク時代の勤怠管理:客観的な記録をどう残すか
テレワークにおける労務管理の現場で最も難しいのが、実労働時間の把握です。厚生労働省のガイドラインは「客観的な方法による労働時間把握」を強く推奨しており、感覚や自己申告のみに頼った管理は問題が生じた際に企業側の証拠が弱くなります。
中小企業が実践しやすい客観的な労働時間管理の方法としては、以下のような手段が挙げられます。
- 勤怠管理システムの活用:クラウド型の勤怠管理ツールを使い、PCやスマートフォンから打刻できる仕組みを整える
- PCのログイン・ログオフ記録:PCの起動・終了時刻をシステムで記録し、業務時間の客観的な証跡とする
- チャット・メールのタイムスタンプ:業務で使用するビジネスチャットツールの送受信記録を補助的な証拠として活用する
- 始業・終業のチャット報告ルール:「おはようございます(業務開始)」「本日の業務終了です」といった報告をチャット上で行うルールを設けるだけでも、記録として有効に機能する
また、テレワークでは「中抜け時間」の扱いも事前にルール化しておく必要があります。中抜け時間とは、育児や家事、通院などのために業務から一時的に離れる時間のことです。この時間を休憩として取り扱うのか、時間単位の有給休暇として処理するのかを、あらかじめ規程に定めておかないと後々のトラブルにつながります。
就業規則の整備:テレワーク勤務規程は別途作成が望ましい
テレワークを本格的に導入するにあたって、多くの中小企業で不足しているのが就業規則・テレワーク勤務規程の整備です。既存の就業規則がテレワークを想定して作られていない場合、実態とルールの間にギャップが生まれ、トラブル時の対応根拠が曖昧になります。
常時10人以上の労働者を使用する事業場は就業規則の作成・労働基準監督署への届出が義務付けられており(労働基準法第89条)、テレワークに関する事項を追記または別規程として整備した場合も同様に届出が必要です。
テレワーク勤務規程に盛り込むべき主な事項は以下のとおりです。
- 対象者の範囲と申請手続き:誰がテレワークを利用できるか、どのように申請・承認するか
- 就業場所の範囲:自宅のみを認めるか、カフェやコワーキングスペースも可とするかを明確にする(セキュリティ管理の観点からも重要)
- 労働時間・休憩の取り扱い:適用する労働時間制度(通常制・フレックス制など)と中抜け時間の扱い
- 費用負担の範囲と支給方法:通信費・光熱費・備品等について会社がどの範囲で負担するかを明示する
- 情報セキュリティの遵守事項:使用端末の制限、VPN接続の義務化、公共Wi-Fi利用の可否など
- テレワークの廃止・取り消し条件:業務上の理由や本人の状況変化によってテレワークを終了できる条件を定める
就業場所の変更は労働契約上の労働条件の変更に該当する場合があるため、導入時には従業員への丁寧な説明と合意形成が必要です(労働契約法第8条・第9条)。
テレワーク時代の健康管理と安全配慮義務
労働安全衛生法(以下、安衛法)に基づく安全配慮義務(従業員の健康・安全に配慮する義務)はテレワーク中も事業者に課されています。「在宅だから会社には責任がない」という考えは法的に誤りであり、テレワーカーの健康を守るための取り組みが求められます。
特に注意が必要なのがメンタルヘルスの問題です。テレワークでは上司や同僚と直接顔を合わせる機会が減り、孤立感や疎外感を感じやすくなります。業務上の悩みを抱え込みやすく、不調の初期サインを管理者が見逃してしまうケースも少なくありません。
健康管理・メンタルケアのための実践的な取り組みとしては、以下が有効です。
- 定期的な1on1ミーティングの実施:週1回〜月1回程度、上司と部下がオンラインで1対1で話す時間を設け、業務の進捗だけでなく体調・気持ちの変化も把握する
- ストレスチェックの確実な実施:従業員50人以上の事業場では年1回のストレスチェックが義務(安衛法第66条の10)。50人未満でも実施が望ましく、テレワーカーを対象から外さないよう注意する
- 作業環境チェックリストの配布:椅子・机の高さ、照明、室温・換気など、在宅での作業環境が適切かどうかを従業員自身に確認させる仕組みを設ける
- 産業医との連携強化:健康相談の窓口を明確にし、不調を抱えた従業員が相談しやすい環境を整える
メンタル不調の予防や早期対応には、専門家による継続的なサポートが有効です。外部の相談窓口を活用したい場合は、メンタルカウンセリング(EAP)の導入も選択肢の一つです。従業員が気軽に専門家へ相談できる環境を整えることで、問題の深刻化を未然に防ぐことができます。
費用負担とセキュリティ管理:見落としがちな実務上の注意点
テレワーク導入時に意外と整備が遅れるのが、費用負担とセキュリティに関するルールです。
通信費・光熱費の会社負担
在宅勤務では、インターネット通信費や電気代などの費用が従業員側に発生します。これらの費用負担については労使間の取り決めが必要であり、規程を設けずに放置すると後からトラブルになるケースがあります。
国税庁は2021年に在宅勤務手当の税務上の取り扱いに関する通達を公表しており、一定の計算方法に基づいて支給する手当については非課税で処理できる場合があります。支給額・支給方法・精算ルールを就業規則または賃金規程に明記することで、税務・労務の両面でのリスクを抑えることができます。
情報セキュリティ管理
テレワーク中の情報漏えいリスクは、オフィス勤務時とは異なる形で顕在化します。主な対策として次の事項を検討してください。
- 使用端末のルール化:会社支給端末と私用端末(BYOD)の使い分けを明確にし、業務データを私用端末に保存することを原則禁止にする
- 技術的対策の導入:VPN(仮想専用回線)接続の義務化、画面ロック設定、ファイルの暗号化などを導入する
- 行動ルールの規程化:公共Wi-Fiの業務利用禁止、第三者が画面を見られる場所での業務禁止などを就業規則や情報セキュリティ誓約書に明記する
セキュリティルールは規程に盛り込むだけでなく、従業員への周知・研修を通じて実効性を確保することが重要です。
テレワーク労務管理の実践ポイント:今日からできる整備ステップ
テレワーク導入・運用において、まず優先的に対応すべき実践ポイントをまとめます。
- STEP1:就業規則・テレワーク勤務規程の整備 現在の就業規則がテレワークを想定した内容になっているか確認し、必要であれば別規程を作成する。常時10人以上の事業場は労働基準監督署への届出も忘れずに行う。
- STEP2:勤怠管理ツールの導入と運用ルールの周知 クラウド型の勤怠管理システムや始業・終業のチャット報告ルールを整備し、客観的な労働時間記録を残せる体制を作る。
- STEP3:長時間労働対策の仕組み化 深夜・休日のチャット・メール送受信制限、上長による定期的な労働時間チェックなど、長時間労働を見逃さない仕組みを導入する。
- STEP4:費用負担ルールの明文化 通信費・光熱費の負担範囲と支給方法を就業規則または賃金規程に明記し、国税庁通達を踏まえた非課税処理が可能かを確認する。
- STEP5:健康管理・メンタルケア体制の整備 1on1ミーティングの仕組み化、ストレスチェックの確実な実施、産業医・外部EAPとの連携体制を整える。
- STEP6:セキュリティルールの策定と周知 使用端末のルール、VPN等の技術的対策、行動ルールを規程化し、従業員への研修を実施する。
テレワーク導入後も定期的に運用状況を振り返り、実態とルールにズレが生じていないかチェックすることが大切です。また、従業員の健康状態の変化を見逃さないためにも、社内の窓口だけでなく産業医サービスを活用して専門家による客観的なサポート体制を構築することを検討してください。
まとめ
テレワークは適切なルール整備と運用があってこそ、企業・従業員双方にとってメリットのある働き方になります。「在宅だから特別なルールは不要」「管理が難しいからみなし制で対応する」といった安易な判断は、労働基準法違反や安全配慮義務違反につながるリスクをはらんでいます。
中小企業であっても、テレワークに関する法律の基本原則は大企業と変わりません。まずは現状の就業規則・勤怠管理・健康管理体制を見直し、必要な整備を一歩ずつ進めることが、長期的な企業リスクの軽減と従業員との信頼関係構築につながります。専門家(社会保険労務士・産業医など)の助けを借りながら、自社の実態に合ったテレワーク労務管理の仕組みを構築していただければと思います。
テレワーク中の残業代は必ず支払わなければなりませんか?
はい、テレワーク中であっても法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えた時間外労働に対しては、通常のオフィス勤務と同様に割増賃金(25%以上)の支払い義務があります。「在宅だから残業代は不要」という考えは法的に誤りです。また、管理者が知らないうちに発生した残業でも、黙示的な指示や黙認があったと認められる場合は支払い義務が生じるため、勤怠管理システムや定期的な労働時間チェックを通じて実労働時間を正確に把握する仕組みを整えることが重要です。
テレワーク導入時に就業規則は必ず変更・整備する必要がありますか?
既存の就業規則がテレワークを想定していない場合、勤怠管理・費用負担・セキュリティ・中抜け時間の扱いなどについて根拠となるルールが存在しないため、トラブル発生時の対応が困難になります。法的な義務という観点では、常時10人以上の労働者を使用する事業場は就業規則を作成・届出する義務がありますが、規模にかかわらずテレワーク勤務規程を別途整備しておくことを強くお勧めします。テレワークに関する事項を追記・別規程化した場合、労働基準監督署への届出も必要です。
テレワーク中の従業員のメンタルヘルス不調をどのように早期に把握すればよいですか?
テレワーク中は対面でのコミュニケーションが減るため、不調のサインを見逃しやすくなります。有効な対策として、週1回〜月1回程度の1on1ミーティングを定期的に実施し、業務の進捗だけでなく体調・気持ちの変化についても話せる場を設けることが重要です。また、ストレスチェック(従業員50人以上の事業場では年1回実施義務)をテレワーカーも含めて確実に実施するとともに、相談しやすい窓口を周知することが不調の早期発見・対応につながります。









