「うちの会社は小さいから、休職制度なんて必要ない」——そう思っている経営者や人事担当者の方は少なくありません。しかし、いざ従業員がメンタル不調や傷病で長期欠勤となったとき、明確なルールが何もなければ、会社は対応に迷い、本人は不安を抱え、最悪の場合は労使トラブルへと発展します。
休職制度は、大企業だけに必要なものではありません。むしろ、人手が限られ、一人ひとりへの対応が経営に直結する中小企業こそ、きちんと整備しておく必要があります。本記事では、休職制度の基本から就業規則への具体的な記載事項、復職判断の実務まで、経営者・人事担当者が押さえるべきポイントを解説します。
休職制度は「法律上の義務」ではないが、なければ会社が危うくなる
まず大前提を確認しておきましょう。休職制度は、労働基準法上で会社に設置を義務づけられた制度ではありません。労使が任意に設計できるものです。では「なくてもいい」のかというと、現実にはそうではありません。
労働契約法第16条には、解雇権濫用法理(かいこけんらんようほうり)と呼ばれるルールが定められています。これは、「客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当と認められない解雇は無効」とする考え方です。裁判所の判断傾向として、「休職制度があるにもかかわらず、それを活用せずに解雇した」ケースは解雇無効と判断されやすいという実態があります。
逆に言えば、休職制度を設けることで「すぐに解雇しない」代わりに、一定期間内に回復できなかった場合の退職処理に合理的な根拠が生まれます。制度が存在することが、会社を守る盾にもなるのです。
また、常時10人以上の従業員を使用する事業場では、就業規則の作成・届出が義務となっています(労働基準法第89条)。その就業規則に休職に関する定めを設けた場合、その内容は必ず記載しなければなりません。「一応書いてあるが内容が不十分」という状態も問題になり得ます。
就業規則に必ず盛り込むべき休職規定の10項目
休職制度を設ける際、就業規則に記載すべき内容は多岐にわたります。以下の10項目を漏れなく規定することが、実務上のトラブルを防ぐ基本となります。
①休職事由
どのような場合に休職を認めるか、または命じるかを明示します。傷病(身体疾患・精神疾患)のほか、家事都合、公職就任、起訴・逮捕、出向などのケースを種類ごとに分けて記載することが望まれます。「傷病による休職」と「私的都合による休職」では、後続の処理が異なるためです。
②休職期間
「いつまで休職できるか」を明確にします。一般的には勤続年数に応じて期間を変えるケースが多く、たとえば「勤続1年未満は3ヶ月、3年以上は6ヶ月」といった設定がよく見られます。期間設定に法定の基準はありませんが、短すぎると従業員が回復前に退職を余儀なくされる恐れがあり、長すぎると会社の負担が増します。業種・規模・実態に即した設定が求められます。
③休職の申請・命令手続き
診断書の提出タイミング、会社による休職命令の方法(書面通知が望ましい)、手続きの流れを定めます。本人からの申請と会社からの命令の両方を規定しておくと安心です。
④休職中の給与・賞与の取扱い
多くの企業は「休職中は無給」と定めていますが、これは法律で決まっているわけではなく、会社が任意に設定できます。無給とする場合は、健康保険の傷病手当金(後述)との関係を説明する運用ルールも合わせて整備しましょう。
⑤社会保険料の本人負担分の処理
休職中も社会保険(健康保険・厚生年金)の加入は継続します。会社と本人が折半している保険料のうち、本人負担分は給与から天引きできなくなるため、別途徴収する方法(口座振替など)を規定しておく必要があります。
⑥休職中の連絡義務
月に1回程度、健康状態の報告を義務づけるなど、連絡ルールを定めます。連絡が途絶えると復職判断もできなくなるため、最低限の情報共有の義務を明記しておきましょう。
⑦復職手続き
復職を希望する場合の申請方法、診断書の提出、産業医面談の実施、試し出勤(リハビリ出勤)の可否などを定めます。この項目が不明確なまま復職させた結果、再休職・解雇問題に発展するケースは非常に多くあります。
⑧休職期間の通算規定
一度復職した後、同一または類似の傷病で再び休職する場合に備え、「前回の休職期間と通算する」旨を規定します。この通算規定がないと、休職→復職→すぐ再休職を繰り返されるリスクがあります。
⑨期間満了時の取扱い
休職期間が満了しても復職できない場合の処理を明記します。「自然退職(じねんたいしょく)」——つまり解雇ではなく、一定条件のもとで雇用契約が自動的に終了する扱い——とするのが一般的です。「自然退職とする」と規定しておくことで、解雇ではないことが明確になり、法的リスクが低下します。
⑩休職期間の勤続算定への算入有無
年次有給休暇の算定基準日や退職金の計算において、休職期間を勤続年数に含めるかどうかを明示します。含めない場合はその旨を就業規則に明確に記載することが必要です。
休職発令から復職までのプロセスを整備する
就業規則に条文を書くだけでなく、実際の運用フローを整備することも重要です。担当者が変わっても同じ対応ができるよう、手順を標準化しておきましょう。
- Step1:欠勤・業務不能の把握:本人または上司から人事へ状況を報告させる。
- Step2:診断書の提出依頼:傷病名と就労の可否が記載されたものを求める。
- Step3:産業医・産業保健スタッフの意見聴取:可能であれば産業医サービスを活用し、医学的見地からの意見を得る。
- Step4:休職命令の発令:書面で本人に通知する。口頭だけでは後々トラブルになりやすい。
- Step5:休職中の連絡・支援体制の確認:傷病手当金の申請手続きの案内、社会保険料徴収方法の合意など。
- Step6:復職申請の受付・判断:本人の復職希望を書面で受け、産業医意見・主治医診断書をもとに判断する。
- Step7:試し出勤(リハビリ出勤)の実施:必要に応じて、正式復職前に短時間・軽作業からスタートする。
- Step8:復職後のフォローアップ:3ヶ月・6ヶ月後の面談をあらかじめ計画する。
このフローの中で、特にメンタルヘルス不調者の対応が難しいと感じている担当者は多いでしょう。心理的なケアの観点を取り入れたい場合は、メンタルカウンセリング(EAP)の導入も有効な選択肢のひとつです。
復職判断の落とし穴——主治医の診断書だけを信じてはいけない
実務の現場で最もトラブルが多いのが、復職可否の判断場面です。多くの会社が「主治医(しゅじい)から復職可の診断書が出たから復職させた」という判断をしていますが、これには大きなリスクがあります。
主治医は患者(従業員本人)の治療を担う立場であり、「日常生活が送れる程度に回復した」という観点で「復職可」と記載するケースが少なくありません。しかし、実際の職場では業務負荷・対人関係・プレッシャーなど、日常生活とは異なる要因が重なります。主治医の診断書は「症状の回復」を示すものであっても、「その職場のその業務に戻れるか」までを保証するものではないのです。
そのため、就業規則および復職手続きの中に、「産業医または会社指定医の意見を聴取した上で復職の可否を決定する」旨を明記することが強く推奨されます。産業医が関与することで、職場環境を踏まえた医学的意見が得られ、会社の判断に客観的な根拠が加わります。
また、正式復職の前段階として「試し出勤(リハビリ出勤)」制度を設けることも有効です。たとえば最初の2週間は1日3〜4時間・軽作業のみといった形で段階的に職場復帰を図ります。ただし、試し出勤中の賃金・労働時間の扱い、ケガをした場合の補償などについては、事前に就業規則または個別の合意書で明確にしておかなければ、「実は労働時間と認められる」「給与を払わなければならない」といった問題が生じ得ます。
休職中のお金の話——傷病手当金と社会保険料の基本知識
休職制度を設計するにあたり、経営者・人事担当者が理解しておくべき社会保険の知識があります。従業員への説明や会社内部の手続きに不可欠な情報です。
傷病手当金(健康保険)
業務外の傷病(病気・ケガ)で働けない状態が続く場合、健康保険から「傷病手当金(しょうびょうてあてきん)」が支給されます。主な要件と内容は以下のとおりです。
- 支給要件:業務外の傷病による療養・労務不能・連続する4日以上の休業(最初の3日間は待期期間)
- 支給額:標準報酬日額(ひょうじゅんほうしゅうにちがく)の3分の2
- 支給期間:支給開始日から通算1年6ヶ月(2022年の法改正で通算化)
会社が休職中も給与を支払う場合は、傷病手当金が減額調整されます(給与が傷病手当金より少ない場合はその差額が支給される)。無給とする場合は全額受け取れますが、従業員が経済的に困窮しないよう、申請手続きの案内を丁寧に行うことが重要です。
労災の場合は別途対応が必要
業務上の傷病や通勤災害の場合は、健康保険ではなく労災保険が適用されます。労災では休業補償給付として給付基礎日額の60%と特別支給金20%が支給されます。業務起因性(その傷病が業務によって引き起こされたかどうか)が疑われる場合は、休職制度と労災申請の両面から検討が必要です。特にメンタルヘルス不調の場合は、業務起因性の判断が複雑になるため、早期に専門家へ相談することをお勧めします。
休職中の社会保険料
休職中も健康保険・厚生年金の加入は続くため、会社・本人双方に保険料負担が生じます。給与支払いがない場合、本人負担分を別途請求する必要があります。口座振替の合意書を取得するなど、具体的な徴収方法を休職開始時に確認・合意しておくと後々のトラブルを防げます。
実践ポイント:今すぐ取り組める3つのステップ
ここまで解説してきた内容をふまえ、これから休職制度を整備または見直す企業が取り組むべき実践的なステップをまとめます。
ステップ1:現状の就業規則を点検する
まず、自社の就業規則に休職規定が存在するかを確認します。ない場合は新たに設ける必要があります。すでに規定があっても、前述の10項目が網羅されているか、内容が現状に即しているかを改めて確認しましょう。特に「休職期間満了時の自然退職規定」「期間通算規定」「産業医意見の活用」が明記されているかは重要です。
ステップ2:運用フローと書式を整備する
就業規則の条文だけでなく、実際の手続きで使う書式(休職命令通知書・復職申請書・復職面談記録など)を用意します。担当者が変わっても対応できるよう、フローチャートや手順書の形で明文化しておくと安心です。また、傷病手当金の申請に関する会社記載欄の書き方についても、事前に確認しておきましょう。
ステップ3:産業医・専門家との連携体制を構築する
常時50人以上の従業員を使用する事業場には産業医の選任が義務づけられていますが、50人未満の企業でも産業医や産業保健スタッフと連携することは可能です。復職判断・職場環境の見直し・メンタルヘルス対策を専門的な視点から支援してもらうことで、会社としての対応の質が格段に上がります。自社だけで抱え込まず、外部の専門家を積極的に活用することを検討してください。
まとめ
休職制度の整備は、「大企業向けの話」でも「義務だから仕方なくやるもの」でもありません。従業員が安心して療養でき、会社が適切に対応できるための、双方にとって必要な仕組みです。
就業規則への正確な記載、発令から復職までの標準化されたプロセス、そして主治医任せにしない復職判断——これらが揃うことで、トラブルを未然に防ぎ、人材を守り、会社を守ることができます。
すでに欠勤・不調の従業員を抱えていて対応に困っている場合も、これから制度を整えたいと考えている場合も、まずは現状の就業規則の点検と専門家への相談から始めてみてください。正しい制度設計は、一時的なコストではなく、長期的な経営の安定につながる投資です。
よくある質問(FAQ)
従業員が10人未満の会社でも、休職規定は就業規則に記載すべきですか?
労働基準法上、就業規則の作成義務があるのは常時10人以上の従業員を使用する事業場ですが、10人未満であっても就業規則を作成している場合は、そこに休職の定めを盛り込むことが望ましいです。制度がないまま問題が発生すると、個別対応による不公平感や労使トラブルにつながることがあります。会社の規模にかかわらず、最低限の運用ルールを文書化しておくことをお勧めします。
休職期間中に給与を払わないと、従業員から請求されることはありますか?
就業規則で「休職中は無給とする」と明確に定めてある場合、その規定が適法であれば給与の不支払いが問題になることは基本的にありません。ただし、就業規則の規定が曖昧だったり、休職開始前に本人への説明が不十分だったりすると、後からトラブルになるリスクがあります。また、無給の場合は健康保険の傷病手当金を申請できる場合があることを従業員に案内することが重要です。
主治医が「復職可能」と診断しているのに、会社が復職を認めなくても問題ないですか?
主治医の「復職可」の診断書は重要な判断材料のひとつですが、それだけで会社が復職を認める義務が生じるわけではありません。就業規則に「産業医または会社指定医の意見を踏まえて復職の可否を判断する」旨が明記されていれば、会社がその意見を参考に総合的に判断することは合理的とされています。ただし、会社が恣意的(しいてき)に復職を拒否し続けることは問題になり得るため、判断の根拠を記録に残すことが重要です。







