「休職していた社員の人事評価、どう扱えばいいのか正直わからない」——そんな声を、中小企業の経営者や人事担当者からよく耳にします。社員が病気やメンタル不調で長期休職した場合、その期間の評価をどう扱うかは、就業規則に明記されていないケースが多く、担当者が毎回頭を悩ませる問題です。
しかし、この問題を曖昧なまま放置すると、復職後に「評価が下がっていた」「昇格できなかった」と社員から不満が噴出し、最悪の場合は労働審判や訴訟に発展することもあります。また、周囲の社員から「なぜ休んでいた人が昇格するのか」という声が上がり、組織内の公平感が損なわれるリスクもあります。
本記事では、休職期間中の人事評価の法的な位置づけから、実務的な設計の考え方、就業規則への記載方法まで、中小企業の人事担当者が今日から活用できる情報を整理してお伝えします。
休職中の人事評価に関わる法律の基本を整理する
まず押さえておくべきは、休職制度そのものは法律で義務づけられた制度ではないという点です。休職は、各企業が就業規則によって独自に設計する任意の制度です。そのため、評価の扱い方も原則として企業が自由に決められますが、いくつかの法律上の制約があります。
育児・介護休業法による制限
育児休業や介護休業の期間を「欠勤扱い」としたり、人事評価の算定基礎に不利な形で組み込んだりすることは、育児・介護休業法第10条・第16条によって明確に禁止されています。厚生労働省の指針においても、育休取得を理由とした人事考課上の不利益取扱いは許されないと明示されています。
育休中の評価を「ゼロ」や「最低評価」にすることはもちろん、育休取得の事実を理由に昇格対象から外したり、賞与を大幅に削減したりする行為も、不利益取扱いとして違法とみなされる可能性があります。
メンタル疾患による休職者への配慮義務
メンタル疾患(うつ病や適応障害など)を理由とした休職者に対して、合理的な根拠なく低い評価を付けることは、障害者雇用促進法やパワハラ防止法(労働施策総合推進法)の観点から、差別的取扱いやハラスメントと認定されるリスクがあります。
実際に、休職期間を一律に「欠勤相当」としてマイナス評価に反映させた企業が、不法行為として損害賠償を求められた労働審判事例も存在します。「休んでいたのだから評価を下げて当然」という感覚的な判断は、法的に非常に危険です。
就業規則への明記がなければリスクになる
就業規則や評価規程に休職中の評価の取扱いが書かれていない場合、「従来の慣行」が労働契約の内容として扱われることがあります。つまり、過去に「評価に影響しない」とした実績があれば、それが事実上のルールになってしまうのです。場当たり的な対応を続けることは、後々の訴訟リスクに直結します。
3つの評価方式とそれぞれのメリット・デメリット
休職期間中の評価の扱い方には、大きく分けて3つのアプローチがあります。自社の人事制度や休職者の状況に応じて、どの方式を採用するかを検討してください。
①「評価対象外期間」として除外する方式
休職期間を評価対象から完全に除外し、実際に働いた期間のみで評価を行う方法です。最も広く採用されており、トラブルが少ないとされています。
- メリット:評価の根拠が明確で、社員への説明がしやすい
- メリット:「評価しない=不利益ではない」と周知しやすく、法的リスクが低い
- デメリット:昇給・昇格の判断材料が少なくなるため、別途ルールの整備が必要
この方式を採用する場合は、「評価対象外であること」が不利益な扱いではないと、本人に丁寧に説明することが重要です。
②「直近評価を据え置く」方式
休職前の最後の評価結果をそのまま継続適用する方法です。昇給や賞与の計算がシンプルになるメリットがあります。
- メリット:運用がわかりやすく、賞与計算などの実務負担が軽い
- デメリット:長期休職の場合、休職前の評価が実態を反映していない可能性がある
- デメリット:休職前の評価が高い場合に、周囲社員から不満が出るケースがある
③「標準評価(中位評価)を付与する」方式
休職中の社員に一律でS~Aの中間にあたる評価(たとえばB評価やC評価)を付与する方法です。
- メリット:昇給・昇格への影響を最小化しやすい
- デメリット:実際に働いて成果を出した社員との公平感に関する説明責任が生じる
- デメリット:評価制度の趣旨と矛盾するという批判を受けることがある
どの方式を選ぶにしても、最も重要なのは「ルールを明文化して、全社員に周知すること」です。
育休・私傷病・メンタル休職は「同じルール」でよいのか
中小企業でよく見られる誤解のひとつが、「すべての休職を同じルールで扱えばよい」という考え方です。しかし、休職の種類によって法律上の保護の度合いが大きく異なります。
育児休業・介護休業は法律上の保護が厚い
育児休業や介護休業は、育児・介護休業法による明確な保護があり、昇給停止や評価の不利益反映が違法になるリスクが高い類型です。私傷病による休職と同じルールを適用すると、法令違反になる可能性があります。育休・介護休業については、少なくとも「昇給を停止しない」または「按分(あんぶん)して計算する」といった配慮が必要です。
私傷病休職・メンタル休職は合理的な設計が求められる
業務外の怪我や病気(私傷病)による休職、メンタル疾患による休職については、育休ほど明確な法律上の保護規定はありませんが、「合理的な理由のない不利益取扱い」は不法行為となりうることに注意が必要です。特にメンタル疾患による休職者への扱いは、ハラスメントや差別と認定されないよう慎重に設計することが求められます。
メンタル不調の社員を適切にサポートするためには、産業医サービスの活用も有効な選択肢のひとつです。産業医が復職支援や職場環境の改善に関わることで、再休職のリスクを下げながら評価制度の運用もスムーズになります。
就業規則・評価規程に必ず盛り込むべき事項
休職中の評価の扱いを巡るトラブルを防ぐために、就業規則や評価規程には以下の内容を明記しておくことが重要です。
記載すべき基本項目
- 休職期間の評価方法:対象外・据え置き・標準評価付与のいずれかを明記する
- 昇給・賞与算定への影響:休職期間の有無と計算方法(按分計算の場合はその式も記載)
- 評価期間が短い場合の扱い:たとえば「評価対象期間が3か月未満の場合は評価を行わない」などの規定
- 休職の種類ごとの異なる取扱い:育休・介護休業と私傷病休職で扱いが異なる場合は、それぞれ明記する
- 復職後の観察期間の扱い:試し出勤(リハビリ出勤)期間を評価対象外とする場合はその旨を明記
口頭説明だけでは不十分
「口頭で『評価には影響しない』と伝えた」というケースで、復職後に「言った・言わない」のトラブルになった事例は少なくありません。休職前の面談では、評価の扱いについて書面で説明し、社員に署名・受領確認をしてもらうことを習慣化してください。復職時の面談でも同様に再確認することを推奨します。
周囲の社員への説明責任と組織の公平感を守るために
休職者への評価の配慮が、周囲で働き続けた社員の不満につながるケースも現実的な問題です。「なぜ休んでいた人が昇格するのか」という声は、ルールの透明性が低い場合に起きやすい現象です。
ルールを事前に全社員へ周知する
評価制度の公平性を保つためには、休職中の評価の扱いが「全社員に共通して適用されるルール」であることを、普段から周知しておくことが大切です。特定の社員だけに特別扱いをしているという印象を与えないためにも、就業規則や評価制度の説明資料に明記し、入社時・評価説明会などのタイミングで案内することが効果的です。
評価者(上司)への研修も欠かせない
「欠勤が多い=低評価が当然」という誤った認識を持つ評価者がいると、制度設計をどれだけ整えても現場での運用が歪んでしまいます。評価者向けの研修や説明の場を設け、休職と評価の関係について正しく理解してもらうことが必要です。
また、休職者が復職後に安心して働けるよう、メンタル面のフォローアップ体制を整えることも組織の健全性につながります。メンタルカウンセリング(EAP)を導入することで、復職者が気軽に相談できる窓口を設けることも、組織全体のエンゲージメント向上に貢献します。
実践ポイント:今日からできる対応チェックリスト
- 就業規則・評価規程を確認する:休職中の評価の扱いが明記されているか確認し、なければ早急に整備する
- 休職の種類ごとにルールを分ける:育休・介護休業と私傷病休職では法律上の扱いが異なることを意識し、規定を分ける
- 評価方式を3つの選択肢から選んで明文化する:「対象外」「据え置き」「標準評価付与」のいずれかを選び、就業規則に記載する
- 休職前・復職時の面談で書面による説明を行う:口頭説明だけでなく、書面で確認・署名を取る習慣をつける
- 評価者研修を実施する:上司が誤った認識で評価しないよう、研修の場を設ける
- 全社員への周知を行う:就業規則改定時や評価説明会で、休職中の評価の扱いをオープンに説明する
- 産業医・EAPとの連携体制を整える:復職支援と評価運用をセットで考え、専門家の協力を得る
まとめ
休職期間中の人事評価の扱いは、単なる「社内の慣行」として曖昧にしておくと、法的リスクや組織内の不公平感につながる可能性があります。特に育児休業・介護休業中の評価については法律上の明確な制限があり、メンタル疾患による休職者への対応も慎重さが求められます。
重要なのは、評価方式を明文化し、全社員に周知し、休職者本人にも丁寧に説明することです。「ルールを作ること」と「そのルールを理解してもらうこと」の両方が揃って、はじめてトラブルを防ぐことができます。
今すぐすべてを整備するのが難しい場合でも、まず就業規則の確認と評価規程の整備から始めることをお勧めします。専門家(社会保険労務士や産業医など)の力を借りながら、自社の実態に合ったルールを一歩ずつ構築していきましょう。
よくある質問(FAQ)
休職中の社員に賞与(ボーナス)を支給する義務はありますか?
原則として、ノーワーク・ノーペイの考え方から、休職中の賃金や賞与の支払い義務は法律上ありません。ただし、就業規則や賃金規程に「休職期間に対して賞与を支給する」旨が定められている場合や、育児休業・介護休業期間の場合は別途考慮が必要です。育休中の賞与を全額カットすることは不利益取扱いに当たる可能性があるため、按分計算などの配慮が求められます。賞与の算定方法は就業規則に明記しておくことが重要です。
復職後の評価期間が2〜3か月しかない場合、年次評価はどう行えばよいですか?
評価対象期間が短い場合(目安として3か月未満)は、「評価を行わない」と規定している企業が多く見られます。評価を実施する場合でも、実稼働期間の実績のみを基に評価し、休職前の評価と合わせて年間評価を算出する「按分計算」を採用するケースもあります。どちらの方法をとるにしても、就業規則や評価規程に事前に明記しておくことが、復職者との認識のズレを防ぐうえで不可欠です。
メンタル不調で休職した社員の評価を下げることはできますか?
合理的な理由のない低評価は、ハラスメントや差別的取扱いとして問題になる可能性があります。休職期間そのものを評価の引き下げ理由にすることは避けるべきです。評価は、実際に業務に就いた期間における成果・行動をもとに行うのが原則です。休職期間は「評価対象外」として除外するか、直近評価を据え置く方式が法的リスクの観点からも推奨されます。







