「副業を黙認したら解雇無効に?」兼業禁止規定の落とし穴と中小企業が今すぐやるべきトラブル防止策

副業・兼業を希望する社員が増えている現在、多くの中小企業の経営者・人事担当者から「就業規則に兼業禁止と書いてあるけれど、本当にそれで大丈夫なのか」「副業を認めた場合、何をどこまで管理すればよいのか」といった声が聞かれます。

厚生労働省が2018年に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を策定し、2022年に改定したことで、政府として副業・兼業を原則認める方向を明確に打ち出しています。この流れは今後も続くと見られており、かつての「一律禁止」の就業規則をそのまま維持することは、法的リスクを高めるだけでなく、優秀な人材の採用・定着にも悪影響を及ぼしかねません。

一方で、競合他社への就業や機密情報の漏洩、過重労働による健康障害など、副業・兼業に伴うリスクも無視できません。重要なのは「禁止か許可か」という二択ではなく、自社に適したルールを整備し、トラブルを未然に防ぐ体制を構築することです。

本記事では、兼業禁止規定の法的な位置づけから、就業規則の整備方法、労働時間管理・社会保険の実務、そして懲戒処分の設計まで、中小企業が今すぐ取り組むべきポイントをわかりやすく解説します。

目次

兼業禁止規定の法的な位置づけ:一律禁止はなぜ危険なのか

就業規則に「会社の許可なく他の会社に就職し、または事業を営んではならない」といった兼業禁止条項を設けている企業は少なくありません。しかし、この規定があれば何でも禁止できる、というのは大きな誤解です。

労働者には、憲法22条(職業選択の自由)および27条(勤労の権利)に基づく私生活の自由があります。労働契約は、労働者が会社に対して所定労働時間内に労務を提供する義務を負うものであり、就業時間外の活動まで一律に拘束することには法的な根拠が乏しいとされています。

実際、裁判例(小川建設事件ほか)においても、副業が業務に実質的な支障をきたしておらず、企業秘密の漏洩も競業行為もないケースで、兼業を理由とした解雇や懲戒が無効と判断された事例が複数あります。

厚生労働省のガイドラインでは、副業・兼業を禁止または制限できる合理的な理由として、以下の4つを例示しています。

  • 労務提供上の支障がある場合(本業のパフォーマンス低下、遅刻・欠勤の増加など)
  • 企業秘密が漏洩するおそれがある場合
  • 競業により自社の利益を害するおそれがある場合
  • 自社の名誉・信用を損なう行為につながる場合

つまり、禁止・制限には「合理的な理由」が必要であり、これらの理由に該当しない限り、就業規則で禁じていたとしても無効と判断されるリスクがあります。「就業規則に書いてあるから大丈夫」という考え方は、現在の法的環境では通用しないと認識しておくことが重要です。

就業規則の見直し:「一律禁止」から「許可制・届出制」への転換

前述のリスクを踏まえると、多くの中小企業にとって現実的かつ法的に安全な対応は、「一律禁止」から「許可制」または「届出制」への移行です。

許可制とは、社員が副業を行う前に会社に申請し、承認を得る仕組みです。届出制は、あらかじめ会社に報告することを義務づけるもので、原則として副業を認める姿勢を示しつつ、会社が状況を把握できるようにします。どちらの方式を選ぶかは、業種の特性や企業規模によって異なりますが、禁止が必要なケースを明文化したうえで、それ以外は認める構造が望ましいとされています。

就業規則に盛り込むべき主な項目

  • 許可・届出の手続き:申請書の様式、提出先、承認フロー(口頭対応は避け、書面で管理する)
  • 申請内容として確認すべき事項:副業先の業種・職種・就業時間・勤務場所・競合関係の有無・自社業務への影響
  • 禁止・制限できる具体的なケース:競合業種、守秘義務に関わる業種、深夜・長時間に及ぶ副業で本業に支障が生じる場合など
  • 許可後の更新確認:6か月または1年ごとに状況を再申請・更新させる仕組み
  • 無許可兼業に対する懲戒規定:戒告・減給・出勤停止・解雇の段階的設定

就業規則の変更は労働者代表への意見聴取と労働基準監督署への届出が必要です(労働基準法89条・90条)。変更にあたっては、社員に対する丁寧な説明と周知も欠かせません。既存の就業規則が実態に合っているかどうか、この機会に専門家とともに点検することをお勧めします。

労働時間の通算管理:見落とされがちな法的義務

副業・兼業を認める場合、多くの中小企業が見落としがちなのが労働時間の通算規定です。労働基準法38条では、労働者が複数の事業主のもとで働く場合、それぞれの労働時間を通算して法定労働時間(原則、1日8時間・週40時間)を管理しなければならないと定めています。

たとえば、自社で週40時間勤務している社員が、副業先でさらに週10時間働いている場合、いずれかの会社が時間外割増賃金(通常の賃金の1.25倍以上)を支払う必要が生じます。原則として後から労働契約を締結した会社が時間外分を負担するとされていますが、実務上は副業先の就業状況を把握することが難しいという課題があります。

「管理モデル」の活用で実務負担を軽減する

この課題に対して厚生労働省のガイドラインが推奨しているのが「管理モデル」と呼ばれる方法です。これは、自社と副業先それぞれの労働時間の上限をあらかじめ取り決め、その範囲内で副業を認めることで、労働時間の通算管理を簡略化する仕組みです。

具体的には、社員に副業の就業時間を自己申告させる制度を導入し、申請書に週あたりの副業時間を明記させることが出発点となります。副業を認める際には、自社と副業先の合計時間が法定労働時間を超えないよう、承認条件として時間の上限を設定することが重要です。

過重労働は健康障害のリスクを高めます。副業による長時間労働が原因で社員の健康状態が悪化した場合、使用者責任が問われる可能性も否定できません。労働時間管理は、単なる法令遵守にとどまらず、社員の健康を守るための重要な施策でもあります。社員のメンタルヘルスや健康管理が気になる場合は、産業医サービスの活用も有効な選択肢の一つです。

競業避止と情報管理:副業リスクを最小化するための具体策

副業・兼業に関するトラブルの中で、特に中小企業の経営者が深刻に受け止めるべきなのが競業リスクと機密情報の漏洩です。

在職中の労働者には、労働契約上の義務として競業避止義務(会社の利益を害する競業行為を行わない義務)が課されます。ただし、この義務は就業規則や契約に明記されていなくても、一定範囲では認められる傾向にある一方、どこまでが「競業」にあたるかは具体的に定義しておかないとトラブルの原因になります。

競業避止・情報管理における実務対策

  • 競業避止の範囲を明確化する:「同業種への就業禁止」という曖昧な表現ではなく、具体的な業種・職種・地域を特定して就業規則や誓約書に記載する
  • 秘密保持誓約書(NDA)の整備:入社時だけでなく、副業を許可する際にも改めて守秘義務の確認を書面で行う
  • 情報アクセス権限の見直し:副業を行っている社員が、競合先に有益となりうる機密情報へアクセスできる権限を持っていないか定期的に点検する
  • 不正競争防止法の周知:副業中に自社の営業秘密を漏洩した場合、不正競争防止法違反として民事・刑事上の責任を問われる可能性があることを社員に周知する

なお、退職後の競業避止については、特約(競業避止特約)がなければ原則として義務は生じません。ただし、合理的な範囲(対象業種・期間・地域・代償措置の有無など)で設定した競業避止特約は有効と判断される場合があります。特約を設ける場合には、専門家への相談を通じて合理性の確保に努めることをお勧めします。

社会保険・雇用保険の取り扱い:複数就業時の実務を整理する

副業・兼業を認める企業が増える中、社会保険と雇用保険の取り扱いについて正確な知識を持つことが人事担当者には求められます。

社会保険(健康保険・厚生年金保険)

健康保険・厚生年金保険は、同時に複数の会社で加入要件(週所定労働時間20時間以上かつ月額賃金8.8万円以上など)を満たす場合、すべての事業所で加入義務が生じます。この場合、「二以上事業所勤務」として、主たる事業所(本人が選択)を通じて保険料を一本化する手続きが必要です。令和4年以降、この仕組みの整備が進んでいますが、実務上は年金事務所への届出が必要となるため、手続きの流れを人事担当者が把握しておくことが重要です。

雇用保険

雇用保険は、原則として主たる賃金を支払う1社のみでの加入となります(65歳以上の高齢者については、複数の事業所での加入が認められる「マルチジョブホルダー制度」が2022年より導入されています)。副業先での雇用保険加入について社員から問い合わせがあった場合は、年齢や就業状況に応じて正確に案内できるよう準備しておきましょう。

実践ポイント:今すぐ取り組む兼業管理の5ステップ

以上の内容を踏まえ、中小企業が兼業禁止規定の整備とトラブル防止のために実践すべき具体的なステップをまとめます。

  • ステップ1:現行の就業規則を点検する
    「一律禁止」の規定になっていないか確認し、合理的な理由のない禁止規定は見直す。社労士や弁護士などの専門家に依頼することも有効です。
  • ステップ2:許可制または届出制へ移行する
    副業申請書の様式と承認フローを書面で整備し、口頭での対応をなくす。禁止・制限できるケースは具体的に列挙し、社員に周知する。
  • ステップ3:労働時間管理の仕組みを導入する
    副業の就業時間を自己申告させる制度を設け、申請時に週あたりの副業時間の上限を条件として設定する。通算労働時間が法定時間を超えないよう監視体制を整える。
  • ステップ4:情報管理体制を強化する
    秘密保持誓約書を副業許可のタイミングで再締結し、機密情報へのアクセス権限を見直す。競業避止の範囲を具体的に定義し、社員に説明する。
  • ステップ5:社員の健康状態を定期的に確認する
    副業による過重労働が健康障害につながらないよう、定期健康診断や産業医による面談を活用する。副業を行っている社員に対して、メンタルヘルス不調のサインを見逃さない体制を整える。社員のメンタル面が心配な場合は、メンタルカウンセリング(EAP)の導入も検討に値します。

まとめ

副業・兼業を取り巻く環境は大きく変化しており、「就業規則に禁止と書いてあれば問題ない」という時代はすでに終わっています。合理的な理由のない一律禁止規定は法的に無効とされるリスクがあり、副業禁止を理由とした解雇・懲戒が無効と判断された裁判例も存在します。

一方、副業・兼業を無秩序に黙認することも、情報漏洩・競業リスク・労働時間管理の問題など、さまざまなトラブルの原因となります。黙認の実績が「承認」と見なされ、後からの規制が難しくなるリスクもあります。

中小企業にとって現実的な対応は、「禁止か許可か」の二項対立を超え、合理的なルールを設計して運用することです。許可制・届出制への移行、労働時間の通算管理、競業避止・情報管理の整備、社会保険の正確な取り扱い、そして社員の健康管理まで、一つひとつのステップを着実に実行することが、長期的なトラブル防止につながります。

現行の就業規則や運用体制に不安を感じている場合は、まずは専門家への相談から始めることをお勧めします。今の体制を「なんとなく続ける」ことの法的リスクは、思った以上に大きいかもしれません。

よくある質問(FAQ)

副業を完全に禁止することはできないのですか?

法律上、合理的な理由がある場合に限り、副業・兼業を禁止または制限することは可能です。具体的には、業務への支障、企業秘密の漏洩リスク、競業行為、自社の名誉・信用を損なう行為などが該当します。ただし、これらの理由に当てはまらない副業まで一律に禁止することは、合理性を欠くとして無効と判断されるリスクがあります。「禁止する理由を具体的に明示する」ことが就業規則整備の第一歩です。

副業を無許可で行っていた社員を解雇することはできますか?

無許可の副業があったとしても、それだけで解雇が認められるわけではありません。解雇が有効と判断されるためには、その副業が本業に実質的な支障をきたしている、競業行為があった、機密情報を漏洩していたなど、企業に具体的な損害や影響が生じていることが必要とされる場合が多いです。まずは戒告・減給などの段階的な懲戒処分を検討し、解雇は最終手段として位置づけることが法的トラブルの回避につながります。

副業を認める場合、労働時間の管理はどこまで行う必要がありますか?

労働基準法38条により、自社と副業先の労働時間を合算して管理する義務があります。実務上は、副業申請時に週あたりの副業時間を申告させ、自社の労働時間との合計が法定労働時間を超えないよう上限を設定する方法が一般的です。厚生労働省が推奨する「管理モデル」を活用すると、通算管理の実務的な負担を軽減しやすくなります。副業先の実際の就業時間を完全に把握することは難しい面もあるため、自己申告制度の整備と定期的な確認が現実的な対応となります。

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