「うちの会社にいじめなんてない」——そう思っている経営者・人事担当者ほど、注意が必要かもしれません。厚生労働省の調査によれば、職場のいじめ・嫌がらせに関する相談件数は長年にわたって増加傾向にあり、中小企業においても決して例外ではありません。問題が発覚した際の損害賠償リスクは高額化しており、場合によっては100万円から数百万円を超える判決事例も報告されています。
中小企業が直面するリスクは大企業よりも深刻になりがちです。人間関係が固定化されているため、いじめが常態化しやすく、また専任の人事担当者や産業医がいないケースも多く、問題が水面下で進行してしまいます。本記事では、職場いじめの早期発見から適切な対応手順まで、実務に即した形でお伝えします。
職場いじめとパワーハラスメントの定義を正確に把握する
「いじめ」と「厳しい指導」の区別がつかない、というお悩みは多くの経営者・管理職から聞かれます。まず前提として、法律上の定義を正確に把握しておくことが重要です。
2020年に施行(中小企業には2022年4月から義務化)された改正労働施策総合推進法(パワーハラスメント防止法)では、パワーハラスメント(以下、パワハラ)を以下の3要素すべてに該当する行為と定義しています。
- 優越的な関係を背景にした言動:職務上の地位だけでなく、人間関係や専門知識における優位性も含まれます
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの:業務指導の名目であっても、度を超えた叱責や不合理な要求は該当します
- 労働者の就業環境が害されるもの:被害者が業務に支障を来たすほどの精神的・身体的苦痛を受けていること
さらに、パワハラには厚生労働省の指針で示された6つの類型があります。①身体的攻撃(暴力・傷害)、②精神的攻撃(脅迫・侮辱・暴言)、③人間関係からの切り離し(無視・孤立化)、④過大な要求(遂行不可能な業務の強要)、⑤過小な要求(能力に見合わない仕事への格下げ)、⑥個の侵害(プライバシーへの過度な立ち入り)——この分類を管理職と共有しておくことが、「指導とハラスメントの境界線」を組織内で共通認識として持つための第一歩です。
なお、テレワーク環境やビジネスチャットでの無視・悪口・過剰な監視といったサイバーハラスメントも、上記の類型に該当する可能性があります。対面以外のコミュニケーション手段にも同じ基準を適用することを、あらかじめ社内で明示しておく必要があります。
早期発見のために知っておくべきサインと仕組み
職場いじめが深刻化する最大の要因の一つは、「気づくのが遅れること」です。被害者は「相談しても解決しない」「報復が怖い」「職場の雰囲気が悪化する」といった理由から申告をためらいます。そのため、経営者・人事担当者側から積極的に問題を察知する仕組みを整えることが求められます。
個人のサインを見逃さない
職場いじめを受けている社員には、行動や体調に変化が現れることがあります。以下のようなサインには特に注意が必要です。
- 欠勤・遅刻・早退が増えた、または有給消化が急増した
- 特定の時間帯・場所・人物を避けるような行動が見られる
- 顔色が悪い、体重が急に変化した、覇気がなくなった
- 業務パフォーマンスや成果が急に落ちた
- 昼食を常に一人で食べるようになった、会話が減った
これらの変化が複数重なっている場合は、単なる体調不良や業務上の問題ではなく、職場環境に何らかの問題が生じているサインである可能性があります。管理職が「個人の問題」として見過ごさないよう、観察のポイントを共有しておきましょう。
定期的なサーベイで組織の状態を可視化する
個人の観察だけに頼るのではなく、パルスサーベイ(短い周期で実施する簡易アンケート)を活用することで、組織全体の健康状態を定期的に把握することができます。月1〜2回、3〜5問程度の短いアンケートを匿名で実施するだけでも、部署ごとの問題の兆候を早期につかめる場合があります。
設問には「チームの雰囲気は安心して意見を言えますか」「職場で困っていることがあれば相談できると感じますか」など、心理的安全性(職場において自分の意見や懸念を安心して言える状態を指す概念)を測る内容を必ず含めるようにしてください。スコアが低い部署や急落した部署は、重点的にフォローする対象として捉えましょう。
1on1ミーティングとスキップレベル面談の活用
定期的な1on1ミーティング(上司と部下が1対1で行う面談)は、問題の早期発見に有効です。ただし、いじめの加害者が直属の上司である場合、当事者との面談では本音が出づらくなります。そのような状況に備え、スキップレベル面談(上司の上司が直接面談を行う形式)を制度として組み込んでおくことをおすすめします。「最近、職場で困っていることはないか」「チームの雰囲気についてどう感じているか」といった質問を自然に組み込むことで、申告のハードルを下げることができます。
相談窓口を「機能するもの」にするための要件
パワハラ防止法により、事業者には相談体制の整備が義務づけられています。しかし「窓口を設置している」というだけでは不十分です。実際に社員が使おうと思えるかどうかが重要です。
相談窓口が機能しない原因として多く挙げられるのは、次のような点です。「窓口担当者が人事や上司と近すぎて話せない」「相談したことが当事者に漏れてしまいそう」「窓口があることを知らない」——これらを一つひとつ解消する必要があります。
実務上のポイントとして、以下を検討してください。
- 窓口担当者を複数かつ部門横断で設置する:人事担当者1名だけに集中させると、特定の相手(例:人事責任者の部下)には相談しづらくなります。複数名・異なる立場の担当者を配置することが望ましいです
- 外部機関との連携を活用する:社会保険労務士や弁護士、またはEAP(従業員支援プログラム)と呼ばれる外部の専門相談機関との契約を検討してください。特に加害者が上司や幹部の場合、社内では解決が難しいケースがあります
- 相談しても不利益が生じないことを明文化・周知する:就業規則やハラスメント規程に「相談・申告を理由とした不利益取扱いの禁止」を明記し、入社時や研修の場で繰り返し伝える必要があります
- 窓口担当者のスキルを高める:傾聴の基本(相談者の話を遮らず聴く、解決策を急がない、守秘義務を徹底する)について、定期的な研修を実施しましょう
問題が発生したときの対応手順と法的リスクの回避
相談が持ち込まれた、または問題の兆候を把握した場合、対応の手順を誤ると二次被害や訴訟リスクにつながります。以下のステップに沿って、冷静かつ組織的に対応することが重要です。
STEP 1:相談受付と初期対応
相談を受けた際には、まず相談者の安全を最優先に考えてください。「とにかく聴く」ことを徹底し、すぐに解決策を提示したり、加害者と思われる人物に確認したりすることは厳禁です。相談内容は必ず記録し(日時・場所・内容・対応者名)、後の調査・判断の証拠として保管してください。
STEP 2:事実確認
相談内容をもとに、被害者・加害者・第三者(目撃者等)に対して個別にヒアリングを行います。この際、被害者と加害者を同席させることは絶対に避けてください。対面させることで被害者がさらなる精神的苦痛を受ける恐れがあります(二次被害)。また、メールやチャットの履歴、日報、勤怠記録なども証拠として収集・保管します。
STEP 3:判断と措置
収集した情報をもとに、就業規則やハラスメント指針に基づいて処分を決定します。配置転換、出勤停止、降格、懲戒解雇など段階的な対応が考えられますが、処分の重さは行為の内容・悪質性・被害の程度と整合性が取れていることが重要です。判断に迷う場合は、社会保険労務士や弁護士に相談することをためらわないでください。対応を誤ると、逆に加害者側から「不当処分」として争われるリスクがあります。
なお、法的には会社は安全配慮義務(労働契約法5条)を負っており、いじめを放置した場合には使用者責任(民法715条)を問われる可能性があります。「知らなかった」「報告を受けていなかった」という主張は、適切な相談体制や調査体制を整えていなかった場合、免責にならないことがあります。
STEP 4:被害者へのフォロー
問題への対応が一段落した後も、被害者へのフォローは継続が必要です。産業医やカウンセラーの紹介、必要に応じた休職制度の案内、定期的なフォローアップ面談を行いましょう。被害者が「対応してもらえた」と感じることが、心理的回復の大きな助けになります。また、フォロー状況も記録として残しておくことが重要です。
STEP 5:再発防止
処分や措置だけでは問題は終わりません。同様の問題が再発しないよう、管理職向けおよび全社員向けの研修・啓発を実施してください。また、今回の事案で見えた制度上の不備(規程の不明瞭さ、窓口の機能不全など)を速やかに見直すことも求められます。
中小企業が今すぐ取り組める実践ポイント
「リソースが少ない」「人事担当者が兼務で手が回らない」——中小企業ならではの制約がある中でも、今日から始められる取り組みはあります。優先度の高いものから順に整理します。
- 就業規則へのハラスメント規定の明記と周知:まだ規定がない場合は早急に整備してください。既存の規定がある場合も、パワハラ防止法の定義・6類型に沿った内容になっているか確認が必要です
- 相談窓口の担当者と連絡先の明示:ポスターや社内イントラネット、雇用契約書等に相談窓口の情報を明示し、全社員が知っている状態を作ることが最低限の対応です
- 管理職向けハラスメント研修の年1回以上の実施:外部講師への依頼が難しければ、厚生労働省が無料で提供しているe-ラーニング教材(「あかるい職場応援団」等)を活用する方法もあります
- 記録・証拠の保管ルールを決める:相談を受けた際、ヒアリングを行った際の記録を必ず書面(またはデータ)で残し、保管期間・管理者を明確にしておきましょう。後になって「言った・言わない」のトラブルを防ぐためにも、記録の習慣は極めて重要です
- 外部専門家との関係を事前に構築しておく:問題が起きてから専門家を探すのでは対応が後手に回ります。日頃から顧問社会保険労務士や弁護士、あるいはEAP機関との連携体制を準備しておくと、いざというときの対応速度が大きく変わります
まとめ
職場いじめは、当事者の心身を傷つけるだけでなく、企業の法的リスク・人材流出・職場全体の生産性低下という形で経営にも深刻な影響を与えます。2022年4月からはパワハラ防止措置が中小企業にも法的義務となっており、「知らなかった」では済まされない時代になっています。
重要なのは、「問題が起きてから対処する」体制ではなく、「問題を起こさない・早期に気づく」仕組みを日常的に機能させることです。サーベイや面談による早期発見、実効性のある相談窓口の整備、正確な知識に基づいた対応手順——これらを一つひとつ積み重ねることが、健全な職場環境の維持につながります。
完璧な制度を一度に整えることは難しくても、できるところから着手し、継続的に改善していく姿勢が何より大切です。自社の現状を今一度見直すきっかけとして、本記事をお役立てください。
よくある質問
Q1: 「厳しい指導」と「パワーハラスメント」はどのように区別するのですか?
法律上、パワーハラスメントは①優越的な関係を背景にした言動、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの、③労働者の就業環境が害されるもの、の3要素すべてに該当する必要があります。つまり、業務指導であっても度を超えた叱責や不合理な要求、または被害者が業務に支障を来たすほどの精神的・身体的苦痛を受けている場合はパワーハラスメントと判断されます。
Q2: テレワークやビジネスチャットでのいじめも職場いじめに該当しますか?
はい、テレワーク環境やビジネスチャットでの無視・悪口・過剰な監視などのサイバーハラスメントも、パワーハラスメントの6つの類型に該当する可能性があります。そのため、対面以外のコミュニケーション手段にも同じハラスメント基準を適用することを、あらかじめ社内で明示しておく必要があります。
Q3: 被害者が相談をためらう理由は何ですか?また、企業側はどう対応すべきですか?
被害者は「相談しても解決しない」「報復が怖い」「職場の雰囲気が悪化する」といった理由から申告をためらいます。企業側は、個人のサインの観察、パルスサーベイの実施、スキップレベル面談の導入など、経営者・人事担当者側から積極的に問題を察知する仕組みを整えることが求められます。
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