メンタルヘルス不調による休職者が職場に戻ってくる場面は、企業にとって非常に繊細な局面です。「無事に復職してくれた」と安堵した矢先、数か月後に再び休職してしまう——そうした事例を経験した経営者や人事担当者は少なくないはずです。
厚生労働省の調査によれば、メンタルヘルス不調による休職者のうち、復職後に再休職するケースは一定数存在しており、特に復職後3〜6か月が最も再休職リスクの高い時期とされています。この時期を乗り越えるためのサポート体制を整えるかどうかが、従業員の職場定着と企業のリスク管理を左右します。
しかし現実には、専任の産業医や保健師を置けない中小企業では、人事担当者が通常業務と兼務しながら復職者の対応を行わざるを得ません。「何をどこまでやればよいのか」「主治医が復職OKと言ったのに通常業務に戻してよいのか」といった判断に迷い、対応が場当たり的になってしまうケースが多く見受けられます。
この記事では、復職者のサポート体制を整えるための具体的な考え方と実践ポイントを、法的根拠も交えながら解説します。専門家を社内に置けない中小企業でも実行できる仕組みづくりに焦点を当てていますので、ぜひ参考にしてください。
復職支援に関わる法律・指針を正確に理解する
復職者のサポートを考えるうえで、まず押さえておくべき法律・指針があります。これらを知らないまま対応すると、後に法的リスクを負う可能性があります。
労働契約法第5条:安全配慮義務は復職後も続く
労働契約法第5条は、使用者(会社)が労働者の生命・身体・健康を危険から守るよう配慮する義務(安全配慮義務)を定めています。この義務は復職後も継続して適用されます。つまり、「復職した後は本人次第」という姿勢では、万一の際に債務不履行や不法行為責任を問われる可能性があります。
厚生労働省の復職支援の手引き:法的義務ではないが重要な指針
厚生労働省は「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(2012年改訂)を公表しており、復職支援を5つのステップで示しています。この手引き自体に法的拘束力はありませんが、安全配慮義務の履行基準として司法判断に影響するとされており、実務上の標準的な指針として捉えるべきものです。
5つのステップは以下のとおりです。
- 第1ステップ:病気休業開始および休業中のケア
- 第2ステップ:主治医による職場復帰可能の判断
- 第3ステップ:職場復帰の可否判断・復職支援プランの作成
- 第4ステップ:最終的な職場復帰の決定
- 第5ステップ:職場復帰後のフォローアップ
この流れを組織として実行できているかどうかが、再休職防止の土台になります。
就業規則への明記が必要な事項
労働基準法の観点からは、就業規則に復職手続き・休職期間の上限・期間満了時の取り扱いを明記することが求められます。たとえば「休職期間満了をもって自動退職とする」という規定を設ける場合も、合理的な定めが必要とされており、漠然とした記載では有効性が問われることがあります。就業規則の整備状況を改めて確認することを推奨します。
「主治医が復職OKと言ったから通常業務へ」は危険な誤解
復職対応において最も多い誤解のひとつが、「主治医が復職可能と診断したのだから、すぐに通常業務に戻してよい」という考え方です。これは大きなリスクをはらんでいます。
主治医は患者の日常生活における回復状態を主な判断基準としています。「きちんと睡眠が取れている」「外出できるようになった」という状態をもって復職可能と判断するケースが多く、職場での具体的な業務遂行能力——たとえば締め切りのある仕事をこなせるか、対人関係のストレスに耐えられるか——は別途確認が必要です。
産業医の意見書を取得する体制を整える
職務遂行能力の確認には、産業医(産業保健を専門とする医師)による意見書の取得が有効です。産業医は職場環境を踏まえたうえで就業可否を判断するため、主治医の診断書とは異なる視点の情報が得られます。
従業員数50人未満の企業には産業医の選任義務はありませんが、嘱託(非常勤)契約で産業医を活用することは可能です。費用の目安は月1〜2万円程度からとされており、復職判定や再休職リスクの軽減効果を考えると、費用対効果は高いといえます。産業医サービスの導入を検討する際は、復職支援への対応実績を確認するとよいでしょう。
試し出勤(リハビリ出勤)制度の整備を検討する
試し出勤とは、正式な復職の前に段階的に職場に慣れるための期間を設ける仕組みです。法的な義務ではありませんが、段階的な復帰によって再休職リスクを大幅に低減できるとされており、実務上の効果は高いとされています。
導入する際には、試し出勤中の賃金の発生有無・労災の適用関係を事前に就業規則や内規に明記しておくことが重要です。曖昧なまま運用すると、後にトラブルになる可能性があります。
復職支援プランの作成と職場環境の事前確認
復職を正式に決定する前に、復職支援プラン(職場復帰後の具体的なサポート計画)を文書として作成することが再休職防止の核心です。口頭での約束では形骸化するため、必ず書面にまとめてください。
復職支援プランに盛り込む主な内容
- 復職初期の業務内容・業務量の上限(例:定型業務のみ・1日6時間まで)
- 残業禁止・出張制限等の具体的な制限事項とその解除基準
- 段階的に業務を引き上げるスケジュール(6か月程度を目安に完全復帰を目指す)
- フォローアップ面談の実施頻度とその担当者
- 変調が見られた際の連絡・対応フロー
復職判定基準についても文書化することを推奨します。たとえば「毎日8時間の活動を2週間継続できること」など具体的な基準を就業規則や内規に盛り込んでおくことで、判断のブレを防ぎ、本人・上司・人事の認識を一致させることができます。
休職原因が職場環境にある場合は事前改善が必須
休職の原因がハラスメントや過重労働など職場環境にある場合、その問題が解消されないまま復職させることは、再休職の温床となります。「元の部署に戻す前に環境が改善されているか」「原因となった上司との関係をどうするか」を事前に検討・対応することが不可欠です。
また、周囲の従業員への説明も重要です。病名や診断内容は個人情報であり、第三者への開示は原則として本人の同意なく行えません(個人情報保護法・プライバシー配慮の観点)。情報共有の範囲を事前に就業規則や同意書で明確化し、「なぜ配慮が必要なのか」を管理職が適切に説明できる体制を整えておきましょう。
復職後フォローアップ:再休職を防ぐ継続的なケア
復職はゴールではなく、サポートのスタートです。復職後のフォローアップ体制をどれだけ丁寧に組めるかが、再休職防止の成否を分けます。
面談のスケジュールを事前に決めておく
フォローアップ面談は、感覚ではなくスケジュールを事前に確定させて実施することが重要です。目安として、復職後1か月は週1回程度、その後は月1回程度の定期面談を設定することが推奨されています。
面談では体調・業務量・職場の人間関係などを確認し、記録として残します。状態の変化を可視化することで、早期に対処できる体制が整います。面談担当者は人事担当者や管理職が務めることが多いですが、「話しやすい人」を選ぶことも配慮のひとつです。
上司・管理職への事前教育が不可欠
復職者の直属の上司は、日々の状態を最も観察できる立場にあります。しかし、適切な声かけの仕方や変調のサインの見方を知らないまま対応すると、意図せず本人にプレッシャーをかけてしまうケースがあります。
「頑張れ」「気合で乗り越えろ」といった言葉が本人を追い詰めることもあります。また、遅刻の増加・ミスの増加・表情の変化などは再悪化のサインとして認識しておくべき重要な変調の兆候です。管理職に対して、こうした基礎的な知識を事前に共有しておくことが再休職防止につながります。
外部のEAPサービスも有効な選択肢
社内だけでフォローアップ体制を完結させることが難しい場合、外部のメンタルカウンセリング(EAP)(従業員支援プログラム)の活用を検討することも有効です。EAPとは、従業員が心理的な問題を抱えた際に専門のカウンセラーに相談できる外部支援サービスです。復職者が「会社に知られずに相談できる場所」として活用できるため、本人が早期に変調を打ち明けやすくなる効果が期待されます。
再休職を繰り返す従業員への対応と法的な考え方
同じ従業員が何度も休職を繰り返すケースは、企業にとって大きな負担となります。しかし、「何度も休んでいるから解雇できる」という考え方は単純には通用しません。
裁判例では、休職回数だけでなく、企業が十分なサポートを行っていたか・就業規則に明確な定めがあるか・休職期間の上限を超えているかなどが総合的に判断されています。解雇・退職勧奨を検討する前に、必ず以下を確認してください。
- 就業規則に休職期間の上限と期間満了時の取り扱いが明記されているか
- 復職支援プランに基づくサポートが実施されていたか(記録があるか)
- 産業医の意見書など医学的根拠が揃っているか
- 労働弁護士や社会保険労務士に相談したうえで進めているか
また、うつ病などで精神障害者手帳を取得した従業員については、障害者雇用促進法に基づく合理的配慮の提供義務が発生します(合理的配慮とは、障害のある人が働くうえで生じる支障を取り除くために必要かつ過重でない配慮のことです)。この観点からも、画一的な対応ではなく個別の状況に応じた判断が求められます。
実践ポイント:中小企業でもすぐ動ける5つのステップ
- 就業規則の確認・整備:復職手続き・休職期間の上限・満了時の取り扱いが明記されているかを確認し、不備があれば社会保険労務士と連携して整備する
- 復職判定フローの文書化:主治医診断書+産業医意見書の取得を必須とするフローを社内ルールとして明文化する
- 試し出勤制度の内規化:正式復職前の段階的な慣らし期間を制度として設け、賃金・労災の扱いを明確にする
- 復職支援プランのテンプレート作成:業務内容・制限事項・解除基準・面談スケジュールを盛り込んだ書式を準備しておく
- 外部専門家との連携:嘱託産業医やEAPサービスを活用し、社内だけで抱え込まない体制をつくる
まとめ
復職者のサポート体制と再休職防止は、「やさしさ」の問題ではなく、企業の法的責任とリスク管理の問題でもあります。安全配慮義務は復職後も続き、不十分な対応は法的リスクにつながります。一方で、適切なサポート体制を整えることは、従業員の職場定着と生産性の維持にも直結します。
専任のスタッフを置けない中小企業だからこそ、仕組みを先に整えておくことが重要です。就業規則の整備・復職支援プランの作成・外部専門家との連携という3つの柱を意識して、一歩ずつ体制を構築していきましょう。
よくある質問(FAQ)
主治医が復職可能と診断したら、すぐに通常業務に戻してよいですか?
主治医の診断書はあくまで日常生活レベルでの回復を示すものであり、職場での業務遂行能力を証明するものではありません。産業医による意見書の取得や試し出勤の実施を通じて、職務遂行能力を別途確認することが再休職リスクの低減につながります。
従業員数が50人未満でも産業医を活用できますか?
はい、可能です。50人未満の企業には産業医の選任義務はありませんが、嘱託(非常勤)契約で産業医を活用することができます。月1〜2万円程度から契約できるケースもあり、復職判定や職場環境の評価など、費用対効果の高い活用が期待できます。
再休職を繰り返す従業員を解雇することはできますか?
休職回数だけを理由とした解雇は認められないケースがほとんどです。就業規則に休職期間の上限と満了時の取り扱いが明記されているか、会社として十分なサポートを記録とともに実施してきたか、などが司法判断では考慮されます。解雇・退職勧奨を検討する場合は、必ず事前に労働弁護士や社会保険労務士に相談することを強くお勧めします。
復職者の病名や診断内容を上司や同僚に伝えてもよいですか?
病名・診断内容は個人情報であり、本人の同意なく第三者に開示することは原則として認められません。情報共有の範囲は、就業規則や本人との同意書で事前に明確化しておくことが重要です。管理職には「業務上の配慮が必要な状態にある」という事実のみを伝える形で対応するケースが一般的です。









