「主治医から復職可能と言われたから、そのまま職場に戻してしまった。その後3ヶ月でまた休職になってしまった」——こうした声は、中小企業の人事担当者からよく聞かれます。長期休職者の職場復帰は、本人にとっても会社にとっても重大な局面ですが、明確なルールや手順が定まっていないまま「なんとなく」対応している企業が少なくありません。
再休職を繰り返すケースは、本人の回復を妨げるだけでなく、職場全体のモチベーション低下や、対応する人事担当者の疲弊にもつながります。また、復職判断を誤ると、労務トラブルに発展するリスクもあります。
本記事では、厚生労働省が公表している「職場復帰支援の手引き」をベースとしながら、中小企業が実務で直面する課題に即した職場復帰ガイドラインの考え方と、具体的な実践ポイントをわかりやすく解説します。
なぜ「主治医の診断書だけ」では不十分なのか
長期休職からの復職対応でもっとも多いミスのひとつが、主治医の「復職可能」という診断書だけを根拠に復職を認めてしまうことです。しかし、これには重大な落とし穴があります。
主治医(かかりつけ医や精神科医)の役割は、あくまで患者の治療と回復を支援することです。診察は通院時の短時間の面談が中心であり、その人が実際の職場環境でどのように機能できるかを評価する立場にはありません。「日常生活が送れるようになった」と「職場での8時間勤務に耐えられる」は、まったく別の基準です。
厚生労働省の「職場復帰支援の手引き」でも明確に示されているとおり、復職可否の最終判断権限は会社側にあります。主治医の意見はあくまでも参考情報であり、それだけで復職を決定する根拠にはなりません。特にメンタルヘルス不調による休職の場合、回復の波が大きく、通院時に調子がよく見えても、業務ストレスにさらされると症状が再燃するケースがあります。
このような判断の精度を高めるために重要な役割を果たすのが産業医です。産業医は労働者の健康管理と就業適性を専門とする立場から、職場環境や業務内容を踏まえたうえで復職の可否や条件を判断することができます。産業医が在籍していない中小企業の場合は、外部の産業医サービスを活用することで、こうした専門的な判断を得ることが可能です。
厚生労働省ガイドラインが示す「5つのステップ」とは
厚生労働省の「職場復帰支援の手引き」は、長期休職者の復職支援を体系的に進めるための公式ガイドラインです。この手引きでは、職場復帰の流れを以下の5つのステップで整理しています。
- 第1ステップ:病気休業開始および休業中のケア
休職開始時に、復職の条件・手続きを書面で本人に伝える。連絡ルールや定期的な状況確認の方法を決めておく。 - 第2ステップ:主治医による職場復帰可能の判断
主治医から「復職可能」の診断書を受け取る。ただしこれはあくまで次のステップへの入口であり、最終判断ではない。 - 第3ステップ:職場復帰の可否判断と復職支援プランの作成
産業医による面談・意見書の取得、会社としての復職可否の判断、復職支援プランの策定。実務の核心となるステップ。 - 第4ステップ:最終的な職場復帰の決定
復職支援プランを本人・上司・人事担当者間で確認・合意し、復職日を正式に決定する。 - 第5ステップ:職場復帰後のフォローアップ
復職後も定期的な面談と状態確認を続け、プランの見直しや再休職の予防に努める。
この5つのステップは、いずれかを省略することでリスクが一気に高まります。特に中小企業で省略されがちなのが第3ステップと第5ステップです。「本人が戻ると言っているし、診断書もある。じゃあ月曜から来てください」という対応は、一見合理的に見えますが、再休職リスクを著しく高める典型的なパターンです。
復職判断の基準と「試し出勤(リハビリ出勤)」の法的位置づけ
復職可否を判断するうえで、あらかじめ判断基準を明文化しておくことが非常に重要です。「感覚で判断する」状況では、判断担当者によってブレが生じるだけでなく、本人や家族との間でトラブルになることがあります。
復職可能の目安として、就業規則や復職判断基準書に記載することが考えられる項目としては、以下のようなものがあります。
- 公共交通機関を利用して定時通勤できること
- 所定労働時間(8時間)の業務に耐えられる体力・集中力があること
- 睡眠・食事など基本的な生活リズムが安定していること
- 職場環境でのストレスに一定程度対処できること
- 医療機関への通院が就業の著しい支障とならない状態であること
また、完全復職の前段階として「試し出勤(リハビリ出勤)」を導入している企業もあります。職場環境への慣らしや状態観察として有効な制度ですが、法的な位置づけに注意が必要です。
試し出勤中の取り扱いは企業によって異なりますが、もし「労働の提供」と見なされる場合には、労働契約上の義務や労災保険の適用関係が生じる可能性があります。一方で「訓練・慣らし」として明確に位置づける場合は、賃金の支払い義務が発生しないケースもありますが、その場合でも傷病手当金との関係に注意が必要です。
いずれにせよ、試し出勤制度を導入する場合は就業規則に明記し、賃金・労災の取り扱いをあらかじめ決めておくことが不可欠です。制度の存在だけあって運用ルールが曖昧な状態は、かえってリスクを高めます。
復職後の「最初の3ヶ月」が再発を左右する理由
復職が認められた後、最初の3ヶ月間は特に注意が必要な時期です。本人は「早く戦力にならなければ」という焦りを抱えやすく、一方で職場側も「もう大丈夫だろう」と過度な期待をかけてしまうことがあります。このミスマッチが再休職の大きな原因のひとつです。
この時期のリスクを下げるために、復職支援プランを書面で作成し、本人に交付することが効果的です。復職支援プランには、以下の内容を明記することが望ましいとされています。
- 担当業務の内容と範囲(当初は限定的な業務から始める)
- 勤務時間の取り扱い(短時間勤務の可否・期間)
- 残業・出張・深夜勤務の制限
- フォローアップ面談のスケジュール(例:1週間後、1ヶ月後、3ヶ月後)
- 症状が再燃した際の連絡先・対応手順
直属上司へのマネジメント教育も欠かせません。復職者への声かけの方法、観察すべきサインの見極め方、相談された際の対応などを事前に伝えておくことで、現場での対応力が大きく変わります。「どう接していいかわからない」という上司の不安が、復職者への無関心や過剰な配慮という二極化した対応につながり、再発リスクを高めることがあります。
また、復職後の定期的なフォローアップには、産業保健スタッフ(産業医・保健師)との連携が有効です。人事担当者が個人的に抱え込まず、専門職を交えた複数の目で状態を確認する体制をつくることが、長期的な安定復帰につながります。メンタルカウンセリング(EAP)を活用することで、復職者本人が職場以外の第三者に相談できる環境を整えることも、再発防止に有効な手段のひとつです。
休職・復職に関するコストと制度の基礎知識
経営者・人事担当者が見落としがちなのが、休職中および復職時のコスト面の整理です。主要な点を確認しておきましょう。
傷病手当金について
業務外の疾病や負傷による休職の場合、健康保険の傷病手当金が支給されます。2022年の法改正により、支給期間は「通算1年6ヶ月」となりました(改正前は継続した1年6ヶ月)。支給額は標準報酬日額の3分の2です。復職して給与が支払われた日については傷病手当金は支給されませんが、給与額が傷病手当金より低い場合は差額が支給されます。
休職中の社会保険料について
休職中であっても、社会保険(健康保険・厚生年金)の保険料は労使双方が引き続き負担します。休職中は給与が支払われないケースが多いため、本人負担分については会社が立替払いし、後日精算する方法が一般的です。この取り扱いについても、休職規程に明記しておくことを推奨します。
労災認定がある場合の注意点
精神疾患の原因が業務にある場合(いわゆる「業務上疾病」として労災認定を受けた場合)は、労働基準法第19条の解雇制限が適用されます。治療中および治療終了後30日間は解雇が原則できません。また、休職規程の満了による退職(自然退職)についても、業務起因性がある場合は有効性が問題になりえます。業務との関連が疑われる精神疾患の場合は、早期に専門家(社会保険労務士や弁護士)への相談を検討することが賢明です。
実践ポイント:中小企業が今すぐ取り組める3つのこと
体制づくりや規程の整備には時間がかかりますが、まず以下の3点から着手することをお勧めします。
- 休職規程・復職規程の見直し
休職期間の上限・延長可否・満了時の扱い、復職の手続きと条件、試し出勤制度の有無と取り扱いなどを明文化します。古い規程をそのまま使い続けているケースが多く、法改正や実態との乖離がトラブルの原因となります。 - 復職判断の標準プロセスの確立
「診断書を受け取ったら次はこの手順」という流れを社内で統一します。産業医面談を必須プロセスとして組み込み、判断記録を必ず書面で残すことがポイントです。判断の根拠を文書化しておくことは、後の労務トラブルを防ぐうえでも重要です。 - 復職支援プランのテンプレートを用意する
都度ゼロから作るのではなく、基本的なテンプレートを準備しておくことで、対応の質と速度が上がります。業務内容・勤務時間・フォローアップスケジュールを記入できる書式を整備しましょう。
まとめ
長期休職者の職場復帰は、「本人が戻りたい」「診断書がある」という状況だけで動いてしまうと、再休職という最悪の結果を招くリスクがあります。重要なのは、会社が主体的に復職の可否を判断し、段階的な支援プランを設計・実行するという姿勢です。
厚生労働省の「職場復帰支援の手引き」が示す5つのステップは、中小企業においても基本的な枠組みとして参考になります。すべてを一度に整備する必要はありませんが、少なくとも「復職判断のプロセス」と「復職後のフォローアップ体制」の2点を明確にするだけでも、対応の質は大きく変わります。
人事担当者が一人で抱え込まず、産業医や外部専門家、EAPなどの資源を積極的に活用することが、持続可能な復職支援の鍵です。社員一人ひとりが安心して働ける環境づくりは、企業の生産性と信頼性を高めることにもつながります。
よくある質問(FAQ)
Q1. 主治医が「復職可能」と言っているのに、会社が復職を認めないことはできますか?
はい、可能です。厚生労働省の「職場復帰支援の手引き」でも、復職可否の最終判断権限は会社側にあることが明示されています。主治医の診断書はあくまでも参考情報であり、実際の就労適性は職場環境や業務内容を踏まえて産業医が評価する必要があります。ただし、復職を認めない場合は、その理由と改善すべき条件を本人に明確に伝えることが重要です。
Q2. 試し出勤(リハビリ出勤)中に事故が起きた場合、労災は適用されますか?
試し出勤中の労災適用については、その期間が「労働」として認められるかどうかによって異なります。会社の指揮命令下で業務に従事していると見なされる場合は労災保険の適用対象となる可能性がありますが、あくまで「訓練・観察」として位置づけている場合は解釈が異なります。トラブルを防ぐためにも、試し出勤制度の法的位置づけや賃金・労災の取り扱いについては、事前に就業規則に明記し、必要に応じて社会保険労務士に確認することをお勧めします。
Q3. 小規模企業で産業医がいない場合、復職判断はどうすればよいですか?
常時50人未満の事業場は産業医の選任義務がありませんが、復職判断に専門的な視点を取り入れることは非常に重要です。外部の産業医サービスを利用することで、スポット的に産業医の意見書取得や面談を依頼することが可能です。また、地域の産業保健総合支援センターが無料で相談対応を行っていることもあります。「産業医がいないから仕方ない」と人事担当者だけで判断を抱え込まず、専門職の関与を確保することをお勧めします。








