「ストレスチェック結果、上司に見せてはダメ」中小企業が今すぐ見直すべき個人情報保護の落とし穴

ストレスチェック制度が2015年に義務化されてから10年近くが経過しました。しかし、「毎年実施しているが形式的になっている」「従業員が本音で回答しているか不安だ」という声は、中小企業の経営者・人事担当者から今なお多く聞かれます。

その背景には、制度の「心理的安全性」が十分に確保されていないという根本的な問題があります。心理的安全性とは、ここでは「正直に回答しても不利益が生じない」という従業員の確信を指します。この確信が揺らぐと、従業員は虚偽回答や未回答を選ぶようになり、せっかくのストレスチェックが職場の実態を映し出せなくなります。

本記事では、ストレスチェック結果の個人情報保護を法律の観点から整理しつつ、従業員が安心して受検できる体制をどう構築するかを、実務の具体的な手順とともに解説します。

目次

なぜ従業員はストレスチェックに正直に答えないのか

従業員がストレスチェックに不信感を抱く理由は、主に次の三点に集約されます。

  • 「上司や人事に結果が伝わるのではないか」という懸念
  • 「高ストレスと判定されたら評価や配置に影響するのではないか」という恐れ
  • 「面接指導を申し出たら要注意人物として扱われるのではないか」という不安

これらはいずれも「制度が自分に不利に使われるかもしれない」という疑念から生まれています。そして残念ながら、この疑念が完全に的外れかといえばそうとも言い切れません。ストレスチェックの実施規程が整備されていない、あるいは周知されていない職場では、誰がどの範囲で結果を閲覧できるのかが不透明なまま運用されているケースが少なくないからです。

従業員が本音で回答しないということは、職場の本当のストレス状況が把握できないということです。その結果、必要な職場改善が行われず、メンタルヘルス不調が深刻化してから初めて問題が表面化する、という悪循環に陥ります。制度の心理的安全性を確保することは、単なるコンプライアンスの問題ではなく、経営リスクを低減するための重要な投資です。

まず押さえるべき法律の大原則:個人情報保護とストレスチェック

ストレスチェックの個人情報保護に関するルールは、労働安全衛生法第66条の10およびその省令・指針によって定められています。経営者・人事担当者が必ず理解しておくべき大原則を確認しましょう。

原則① 結果の通知先は「労働者本人」のみ

ストレスチェックの個人結果は、実施者(医師・保健師・精神保健福祉士など)から労働者本人に直接通知されます。事業者(会社)が本人の同意なしに個人の結果を取得することは法律上認められていません。上司や人事担当者に結果を見せることはもちろん、「高ストレス者リスト」を会社が独自に作成・保管することも原則として不可です。

原則② 面接指導の申し出は「本人の意思」が前提

高ストレス者と判定された従業員が医師による面接指導を希望する場合、その申し出があって初めて事業者への通知と面接指導の義務が発生します。申し出は任意であり、強制することはできません。また、面接指導を申し出たことを理由とした解雇・降格・配置転換などの不利益取り扱いは、法律で明示的に禁止されています。

原則③ 衛生委員会での事前審議が義務

ストレスチェックの実施方法や結果の取り扱いについては、衛生委員会(労働安全衛生法上の委員会で、労使双方の代表が参加する)で審議・決定することが義務付けられています。会社が一方的にルールを決めるのではなく、労使が合意した形で規程を整備することが求められます。

原則④ 保管・廃棄のルールを明確化する

個人の結果データは、行政指針上5年間の保存が推奨されています(法的義務ではありませんが、指針に従うことが望ましい対応です)。保存期間終了後の廃棄手続きも文書化しておく必要があります。紙媒体であれば溶解処理、電子データであれば完全削除の記録を残すことが求められます。

よくある4つの誤解と法的リスク

実務の現場では、善意から行った対応が法律違反になってしまうケースがあります。特に注意が必要な誤解を整理します。

誤解① 「上司に結果を見せて職場管理に活用してよい」

「部下のストレス状況を把握して適切なマネジメントをしたい」という動機は理解できます。しかし、本人の同意なしに個人結果を上司・人事に提供することは法律違反です。活用が認められているのは、個人が特定されない形で集計・分析された「集団分析」の結果です。部署ごとのストレス傾向を把握するには、集団分析を活用してください。

誤解② 「高ストレス者が面接を申し出たら配置転換で対応してよい」

面接指導の申し出後に行う就業上の措置は、必ず医師の意見を聴取した上で決定しなければなりません。医師の意見を経ずに行った配置転換や業務軽減は、不利益取り扱いとみなされるリスクがあります。実際に面接後の異動が労働紛争に発展した事例も報告されています。

誤解③ 「受けない社員を叱責して受検率を上げてよい」

受検の勧奨はできますが強制はできません。叱責や圧力による受検促進は、心理的安全性をさらに損ない、「正直に答えると不利になる」という不信感を強化するだけです。受検率向上は、制度への信頼構築によって達成するものです。まず未受検の理由をヒアリングし、不安の解消に努めることが先決です。

誤解④ 「年1回実施すれば義務は果たした」

ストレスチェックの義務は「実施」だけではありません。高ストレス者への面接指導の機会提供、集団分析の実施と職場改善への活用、そして衛生委員会への報告が一体として求められます。実施するだけで改善につなげない運用は、制度の趣旨に反するとともに、従業員の制度不信をさらに深める結果を招きます。

心理的安全性を高める実施体制の構築ステップ

ここからは、従業員が安心してストレスチェックを受けられる体制を構築するための具体的なステップを解説します。

ステップ1 実施規程を文書化し全員に周知する

最も重要な第一歩は、実施規程の整備と周知です。規程には以下の項目を明記してください。

  • 実施目的(人事評価・採用選考には使用しないことを明示)
  • 実施者の氏名・資格(医師・保健師・精神保健福祉士など)
  • 結果の保管場所と閲覧権限(閲覧できる担当者を最小限に限定)
  • 個人結果が本人の同意なしに会社に渡らないこと
  • 面接指導の申し出は任意であり不利益取り扱いがないこと
  • 保管期間と廃棄方法

この規程を衛生委員会で審議・決定した後、全従業員に配布・説明する機会を設けてください。「書いてあるだけ」では機能しません。実施前に丁寧に説明する場を持つことが、信頼形成の起点となります。

ステップ2 実施者の独立性を確保する

人事権を持つ上司や経営者が実施者・結果管理者を兼ねることは、利益相反の観点から避けるべきです。外部の産業医や保健師、あるいは外部のEAP(従業員支援プログラム)機関への委託は、客観性と秘密保持の両面から有効な選択肢です。

特に50人未満の事業場では産業医が非常勤または未選任のケースも多いため、地域産業保健センター(地産保)を無料で活用する方法も検討に値します。地域産業保健センターは、労働者数50人未満の事業場を対象に、産業医による相談や健康指導などを無料で提供している公的機関です。

外部の専門機関と連携することで、従業員は「会社の人間には結果が渡らない」という安心感を持ちやすくなります。産業医サービスの活用は、こうした体制構築を支援する有力な手段の一つです。

ステップ3 結果データのアクセス管理を厳格化する

個人の結果データへのアクセスは、以下の観点で管理してください。

  • 閲覧権限の最小化:アクセスできる担当者を規程上明記し、それ以外の者がアクセスできない仕組みを構築する
  • 物理的・電子的な分離保管:人事ファイルや給与データとは完全に分離して保管する
  • アクセスログの記録:誰がいつ閲覧したかの記録を残す
  • 廃棄記録の保存:保存期間終了後の廃棄を記録として残す

ステップ4 面接指導を申し出やすい環境を整える

高ストレス者が面接指導を申し出るかどうかは、職場の雰囲気と申し出の仕組みに大きく左右されます。次の点を整備してください。

  • 窓口の複数化:産業医だけでなく、外部の相談窓口(EAPなど)も選択肢として提示する
  • 申し出方法の匿名性確保:直接上司に申し出るのではなく、産業医や外部機関に直接連絡できる経路を設ける
  • 不利益取り扱い禁止の明示的な宣言:経営トップが「申し出ても不利益は一切ない」と明言する機会を設ける

外部のメンタルカウンセリング(EAP)を相談窓口として設置することで、「社内の人間に知られたくない」という心理的ハードルを下げることができます。

ステップ5 集団分析を職場改善に活用する

集団分析とは、個人が特定されない形でストレスチェックの結果を部署・チーム単位で集計・分析したものです。この結果を活用することで、どの職場でどのようなストレス要因が高いかを把握し、業務量の調整、コミュニケーション改善、管理職向け研修などの具体的な職場改善につなげることができます。

集団分析の結果を従業員にフィードバックし、改善策を一緒に検討するプロセス自体が、「ストレスチェックは職場をよくするために使われている」という信頼感の醸成につながります。なお、対象グループの人数が少ない場合(目安として10人未満)は、個人が特定されるリスクがあるため、グループの統合や分析の見送りなどの対応が必要です。

実践ポイント:経営者・人事担当者が今日からできること

体制整備には時間がかかりますが、まず着手すべき優先事項を整理します。

  • 実施規程の点検と整備:現在の規程に閲覧権限・保管方法・廃棄手続きが明記されているか確認する。なければ今期の衛生委員会で審議・策定する。
  • 実施前の従業員説明の実施:次回のストレスチェック前に、「個人結果は本人同意なしに会社に渡らない」「面接指導の申し出は任意で不利益取り扱いはない」を書面と口頭で伝える。
  • 外部機関との連携検討:実施者や相談窓口に外部の専門機関を活用することで、従業員の安心感を高める。50人未満の事業場は地域産業保健センターへの相談から始める。
  • 集団分析結果の共有と改善議論の場の設定:集団分析結果を管理職にフィードバックし、職場改善のアクションプランを衛生委員会で策定する。
  • 経営トップのメッセージ発信:「健康経営への取り組みを会社方針とする」「ストレスチェックは従業員を管理するためではなく職場環境を改善するために使う」という明確なメッセージを経営者自身が発信する。

まとめ

ストレスチェックの心理的安全性とは、「正直に答えても不利益を受けない」という従業員の確信であり、それは法律の正確な理解と、透明な制度運用によってのみ構築されます。

本人の同意なしに個人結果を取得しないこと、面接指導の申し出に対して不利益取り扱いをしないこと、衛生委員会で労使合意のもとに規程を整備すること——これらは法律が定める最低限の義務です。その上で、外部機関との連携、複数の相談窓口の設置、集団分析を活用した職場改善のサイクルを回すことが、制度への信頼を積み重ねていきます。

従業員が安心してストレスチェックを受けられる職場は、メンタルヘルス不調の早期発見と予防が機能する職場です。それは結果として、欠勤・離職のリスク低減や生産性の維持につながります。形式的な年1回の実施で終わらせず、制度を職場の健康と信頼を守るインフラとして機能させることが、経営者・人事担当者としての重要な役割です。

よくあるご質問(FAQ)

Q1. ストレスチェックの結果を上司が見ることは許されないのですか?

はい、原則として許されません。労働安全衛生法の規定により、ストレスチェックの個人結果は本人の同意なしに事業者(会社)へ提供することが禁止されています。上司が部下のストレス状況を把握したい場合は、個人が特定されない形で集計・分析した「集団分析」の結果を活用するのが適切な対応です。

Q2. 高ストレスと判定された従業員が面接指導を申し出た場合、会社はどう対応すべきですか?

申し出を受け付けた後、速やかに医師による面接指導を実施してください。面接後の就業上の措置(業務内容の調整・勤務時間の短縮など)は、必ず医師の意見を聴取した上で決定します。また、申し出を理由とした解雇・降格・配置転換などの不利益取り扱いは法律で明示的に禁止されています。不利益取り扱いを行った場合は労働紛争に発展するリスクがあるため、十分に注意が必要です。

Q3. 従業員50人未満の事業場はストレスチェックをしなくてよいのですか?

50人未満の事業場はストレスチェックの実施が「努力義務」であり、法的な強制義務はありません。しかし、職場のメンタルヘルス対策として実施することが強く推奨されています。費用面や産業医の確保が難しい場合は、地域産業保健センター(地産保)を無料で利用できます。地産保では産業医への相談や労働者の健康相談など、小規模事業場向けの支援サービスを提供しています。

Q4. ストレスチェックの結果データはいつまで保管すればよいですか?

法律上の明確な義務期間は定められていませんが、厚生労働省の行政指針では5年間の保存が推奨されています。保管する際は人事ファイルなどとは完全に分離し、閲覧できる担当者を最小限に絞った管理体制を構築してください。保存期間終了後は、紙媒体であれば溶解処理、電子データであれば完全削除を行い、その記録を残すことが望ましい対応です。

監修・運営:INTERMIND株式会社

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