従業員のメンタルヘルス対策として、ストレスチェック制度が2015年に義務化されて以来、多くの企業で実施が定着してきました。しかし、ストレスチェックそのものを実施することと、その後の「面接指導」を適切に運用することは、まったく異なるレベルの取り組みです。特に中小企業では、「面接指導をどう進めればよいのか」「心理職と産業医の役割をどう整理すればよいのか」といった疑問を抱えたまま、形だけの運用に陥っているケースが少なくありません。
本記事では、心理職(公認心理師・産業カウンセラーなど)による面接指導を効果的に進めるための具体的な手順と、中小企業が陥りやすい失敗パターンを整理します。法律の要点を押さえながら、限られたリソースでも実践できる運用のあり方を解説していきます。
ストレスチェック後の「面接指導」とは何か――制度の基本を整理する
まず前提として、ストレスチェック後の面接指導に関する法的位置づけを正確に理解しておく必要があります。労働安全衛生法第66条の10では、ストレスチェックの結果、高ストレス者と判定された従業員から申し出があった場合、事業者は医師による面接指導を実施しなければならないと定めています。これは義務規定です。
一方でよく混同されますが、同法第66条の8~9に基づく長時間労働者(月80時間超の時間外・休日労働者)への医師による面接指導は、申し出の有無にかかわらず事業者が実施しなければならない別の義務です。これら二つの制度は根拠条文も対象者も異なります。
ここで重要なのは、法律上、面接指導の実施者は原則として「医師(産業医)」であるという点です。心理職はあくまで補助的な役割、または相談支援の担い手として位置づけられています。ただし、2019年に公認心理師法が本格施行されたことで心理職の専門性・信頼性が法的に整備され、産業保健の現場においても心理職の関与が実質的に広まっています。
つまり「心理職による面接指導」とは、法的義務としての医師面接とは別に、その前後の相談支援・フォローアップ・職場環境アセスメント(評価・分析)を心理職が担う実務を指します。この区別を社内で明確にしておくことが、運用のスタート地点です。
心理職と産業医の役割分担――「治療」と「就労支援」は別物
中小企業の人事担当者から多く聞かれる悩みのひとつが、「心理職に何を頼めばいいのかわからない」というものです。この混乱の多くは、心理職の役割に対する誤解から生じています。
産業保健の場で活動する心理職の役割は、治療者ではなく「就労支援・予防・早期対応」の専門家です。カウンセリングや傾聴を通じて従業員の状態をアセスメントし、職場復帰の準備を支援したり、医療機関への適切なつなぎを行ったりすることが主な業務です。精神的な症状への治療行為は、医療機関の医師が担う領域であり、心理職がそこまで介入することは求められていません。
一方、産業医の役割は、医学的見地から就業可否の判断を行い、事業者に対して就業上の措置(業務軽減・配置転換など)を勧告することです。両者の役割を整理すると以下のようになります。
- 心理職(公認心理師・産業カウンセラー等):傾聴・相談支援、状態のアセスメント、医療機関へのつなぎ、職場復帰支援、フォローアップ面接
- 産業医:医学的判断、就業可否の意見具申、法定面接指導の実施、事業者への意見提出
- 人事・管理職:就業上の措置の実施、職場環境の改善、制度の周知・運用管理
この三者が連携してはじめて機能する体制が整います。心理職に丸投げして人事・管理職が関与しない、あるいは産業医任せで心理的サポートが抜け落ちる、といった片手落ちの運用では効果が見込めません。
外部の心理職を活用する場合、費用面が気になる方も多いでしょう。産業保健総合支援センター(通称:さんぽセンター)は、都道府県ごとに設置されており、中小企業向けに無料または低コストで心理職や産業医を紹介しています。従業員50人未満の事業場であれば「地域産業保健センター」の利用も可能です。まずはこうした公的支援を活用することが、コスト面での現実的な解決策となります。また、メンタルカウンセリング(EAP)サービスを外部委託する方法も、継続的なサポート体制を構築するうえで有効な選択肢のひとつです。
面接指導を機能させる「実施前の準備」が成否を決める
面接指導がうまくいかない企業の多くに共通しているのは、「実施すること」が目的になってしまい、事前の環境整備が不十分なままスタートしているという点です。特に中小企業では、従業員が「面接を受けると査定に影響するのではないか」「話した内容が上司に伝わるのではないか」といった不安を抱えていることが多く、これが面接指導の形骸化(形だけになること)につながります。
実施前に整備しておくべき事項は、主に以下の三点です。
役割と情報共有ルールの文書化・周知
心理職・産業医・人事の役割分担と、面接内容をどの範囲で共有するかについてのルールを文書化し、全従業員に事前に説明しておく必要があります。「誰が何を知り得るのか」が明確でないと、従業員は不安を抱えたまま面接に臨むことになります。
守秘義務(秘密保持)の明確な説明
労働安全衛生法および個人情報保護法の観点から、面接で得た情報は本人の同意なく事業者に開示することは原則として禁止されています。事業者への情報提供は「就業上の措置に必要な範囲」に限定され、その場合も本人の同意を得ることが求められます。また、面接を受けたことを理由とした不利益取扱いは法律で禁じられています(労働安全衛生法第66条の10第3項)。これらのことを従業員に丁寧に説明することで、面接への心理的ハードルを大きく下げることができます。
相談しやすい環境の整備
面接の場所・時間帯・予約方法・匿名での事前相談の可否などを工夫することも重要です。職場内の会議室よりも、社外のスペースや外部相談窓口の活用のほうが話しやすいという従業員も多くいます。
心理職による面接の進め方――信頼関係の構築から就業支援まで
事前準備が整ったうえで、実際の面接をどう進めるかについて解説します。心理職による面接では、段階的なアプローチが重要です。
初回面接:ラポール(信頼関係)の構築を最優先に
初回の面接では、「評価される場ではない」「ここで話した内容がそのまま上司に伝わるわけではない」ということを冒頭で丁寧に伝え、安心感を醸成することを最優先にします。ラポールとは、面接者と被面接者の間に生まれる信頼・安心感のことで、これが築けていない状態では、どれだけ専門的な質問をしても本質的な情報は得られません。
傾聴(相手の話をしっかりと聴くこと)と共感を基本姿勢とし、アドバイスや解決策を急いで提示するのではなく、本人自身の「気づき」を促すアプローチをとることが効果的です。
状態のアセスメント:生活・業務状況の丁寧な把握
信頼関係が築けたうえで、睡眠・食事・業務量・人間関係・家庭環境など、生活全般の状況を聴取します。就業継続の可否や業務調整の必要性を検討するためには、症状の有無だけでなく、具体的な日常の状況を把握することが不可欠です。
また、医療機関への受診が必要と判断される場合には、精神科・心療内科への受診に対するスティグマ(社会的偏見)への配慮を欠かさないことが重要です。「病院に行くほどではない」と本人が過小評価している場合も多く、受診を勧める際の言葉の選び方が大きく影響します。
面接後のフォローアップと職場環境改善へのつなぎ
面接はあくまで入口です。面接で把握した情報をもとに、過重労働・ハラスメント・職場の人間関係といった職場環境上の問題への改善提言を行うことが、心理職の重要な役割です。個人へのアプローチだけでなく、組織・職場レベルへの働きかけを行うことで、再発予防や集団的なメンタルヘルス向上につながります。
フォローアップ面接のスケジュールを最初から設定し、「その後どうなったか」を継続的に追跡する仕組みをつくることも不可欠です。産業医・上司・人事が参加するケース会議(個別事例の対応を関係者で協議する場)を定期的に開催し、情報を適切に連携させることで、組織全体での対応力が高まります。
記録管理と法的コンプライアンス――見落とされがちな運用ルール
面接指導の記録管理についても、法律で定められたルールに従って運用する必要があります。ストレスチェック・面接指導の結果に関する記録は、5年間の保存が義務づけられています(労働安全衛生規則第52条の18)。
記録の運用にあたっては、以下のポイントを整備してください。
- 様式の統一:面接記録の書式を統一し、何をどの粒度で記録するかを標準化する
- アクセス権限の明確化:誰が記録を閲覧できるかを事前に決め、不必要な情報共有を防ぐ
- 本人との合意形成:どの情報を誰に開示するかを面接前に本人と合意し、その内容も記録に残す
- 保管場所のセキュリティ:電子データであればアクセスログの管理、紙媒体であれば施錠保管を徹底する
特に注意が必要なのは、面接内容をそのまま上司や人事に報告してしまうケースです。守秘義務違反は従業員からの信頼を失うだけでなく、法的リスクにもつながります。報告する場合は「就業措置に必要な最小限の情報のみ」「本人の同意を得たうえで」という二つの条件を必ず守ってください。
実践ポイント――中小企業が今日からできること
ここまでの内容を踏まえ、中小企業が実際に取り組める具体的なアクションを整理します。
- 産業保健総合支援センター(さんぽセンター)に相談する:無料で心理職・産業医の紹介や面接指導の進め方についてのアドバイスを受けられます。まずはここへの問い合わせからスタートするのが現実的です。
- 役割分担と情報共有ルールを文書化する:心理職・産業医・人事の役割と、報告・共有の範囲を明記した社内ルールを整備し、全従業員に説明します。
- 面接の目的と守秘義務を全従業員に周知する:「査定に使われない」「話した内容はそのまま上司に伝わらない」という事実を、定期的に伝え続けることが重要です。
- 面接→アセスメント→措置→フォローのサイクルを確立する:面接で終わりにせず、その後の職場環境改善・フォローアップまでを一連のプロセスとして設計します。
- EAPや外部相談窓口の活用を検討する:産業医サービスと組み合わせて外部の専門機関を活用することで、社内リソースの限界を補いながら継続的な支援体制を整えることができます。
まとめ
心理職による面接指導を効果的に機能させるためには、「面接を実施する」という行為そのものよりも、その前後の環境整備・役割分担・フォローアップ体制のほうがはるかに重要です。法律で定められた義務の範囲を正確に理解したうえで、心理職・産業医・人事がそれぞれの役割を果たし連携することが、メンタルヘルス対策の実効性を高める鍵となります。
中小企業だからこそリソースの限界はありますが、公的支援の活用や外部委託の組み合わせにより、コストを抑えながら専門的な支援体制を整えることは十分に可能です。「形だけの実施」から脱却し、従業員が本当に安心して相談できる仕組みをつくることが、長期的な職場環境の改善と組織の安定につながります。
Q. ストレスチェックで高ストレス判定が出ても申し出がない従業員には、事業者はどう対応すればよいですか?
高ストレス者から面接指導の申し出がない場合でも、事業者には申し出やすい環境・制度・周知体制を整備することが求められます。不利益取扱いが行われないことを繰り返し周知し、匿名での事前相談窓口を設けるなど、心理的ハードルを下げる取り組みが重要です。放置することは、メンタル不調の深刻化リスクを高めるだけでなく、安全配慮義務の観点からも問題となる可能性があります。
Q. 心理職が面接で把握した内容を、上司や人事に報告することはできますか?
原則として、面接内容を本人の同意なく事業者に開示することは、個人情報保護および守秘義務の観点から禁じられています。事業者への情報提供が必要な場合は、「就業上の措置に必要な最小限の情報のみ」を「本人の同意を得たうえで」報告することが求められます。この合意は面接前に行い、何をどの範囲で共有するかを本人と確認したうえで記録に残しておくことが、トラブル防止の観点から重要です。







