テレワーク規程が「ない」「曖昧」では経営リスクになる
新型コロナウイルス感染症の拡大をきっかけに、多くの中小企業がテレワークを急遽導入しました。しかしその後、感染状況が落ち着いた今も、テレワーク中の労務管理ルールが整備されないまま運用が続いているケースが少なくありません。
「とりあえず在宅勤務を認めているが、明確なルールはない」「社員から通信費の負担について不満が出ているが、どう対応すべきかわからない」——このような状態を放置していると、労働基準法違反や未払い残業代の問題、さらには労使トラブルへと発展するリスクがあります。
本記事では、中小企業の経営者・人事担当者の方に向けて、テレワーク規程の整備に必要な基本知識と、実務で使える具体的な対応策をわかりやすく解説します。規程整備は一度に完璧なものを作る必要はありません。まず「最低限の骨格」を整えることを目標に、一つひとつ確認していきましょう。
テレワーク規程は就業規則とは別に整備する
テレワーク規程(在宅勤務規程とも呼ばれます)とは、テレワーク勤務に関するルールをまとめた規程のことです。就業規則とは別に「附則・別規程」として整備するのが一般的ですが、既存の就業規則に条文を追記する形でも対応可能です。
ただし、注意が必要なのは就業規則の変更・届出義務です。労働基準法第89条・第90条により、常時10人以上の労働者を使用する事業場では、テレワークの導入によって既存の労働条件が変わる場合、就業規則の変更が必要となり、労働基準監督署への届出も義務付けられています。常時10人未満の事業場であっても、就業規則を定めているのであれば同様に対応することが望ましいでしょう。
また、厚生労働省は2021年3月に「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」を改定しています。このガイドラインは法的拘束力を持つものではありませんが、行政指導の判断基準となる重要な指針であるため、規程整備の際には必ず参照しておく必要があります。
テレワーク規程に最低限盛り込むべき10の事項
規程の内容は企業の実態に合わせてカスタマイズすることが大切ですが、以下の項目は最低限盛り込むことが求められます。
- テレワークの対象者・適用条件:誰がどのような条件でテレワークを利用できるか(申請・許可制かどうかを含む)
- 勤務場所の定義:自宅のみに限定するか、サテライトオフィスやカフェなどの利用を認めるか
- 労働時間・休憩・休日の取り扱い:通常の就業規則を準用するか、みなし労働時間制を採用するか
- 時間外・深夜・休日労働の申請手続き:事前申請の方法と承認フロー
- 業務上の連絡方法・報告義務:中抜け(一時的に業務を離れること)時の報告手続きを含む
- 費用負担のルール:通信費・光熱費の扱い、機器の貸与または持ち込みに関するルール
- 情報セキュリティに関する義務・禁止事項:機密情報の取り扱いや端末使用のルール
- 健康管理・安全衛生に関する措置:セルフチェックの義務付けや面談の実施方針
- テレワーク中の労働災害の取り扱い:事故発生時の報告手続きと労災認定の考え方
- テレワーク許可の取消・変更条件:業務の都合や規律違反による許可取消の基準
完璧な規程を一度に作ろうとすると、作業が止まってしまいがちです。まず骨格を整えて運用を始め、実態に合わせて改定していくアプローチが現実的です。
労働時間の管理はテレワークでも「義務」である
テレワークに関して最も多い誤解の一つが、「自宅勤務なら労働時間の管理は緩くてよい」というものです。しかし、これは大きな誤りです。
労働安全衛生法第66条の8の3により、使用者(会社)はテレワーク中の労働者も含め、客観的な方法によって労働時間を把握する義務を負っています。社員の自己申告のみに頼った管理は、実態と乖離した記録が残るリスクがあり、未払い残業代の問題につながる可能性があります。
客観的な記録手段を確保する
労働時間の把握には、以下のような客観的な記録手段を活用することが推奨されています。
- パソコンの起動・終了ログ
- クラウド型の勤怠管理システムへの打刻
- Web会議ツールの接続・切断ログ
- 社内チャットツールのオンライン・オフライン記録
自己申告制を採用する場合でも、これらのログと申告時刻を定期的に照合し、大きな乖離がないか確認する仕組みを規程に盛り込むことが重要です。
「中抜け時間」と「深夜労働」のルール化も必須
テレワーク特有の問題として、中抜け時間の取り扱いがあります。中抜けとは、業務時間中に一時的に業務を離れる行為(例:子どもの送迎、通院など)を指します。これを休憩扱いにして終業時刻を繰り下げるのか、時間単位の有給休暇として処理するのか、あらかじめルールを決めておかないと、労働時間の計算が複雑になります。
また、深夜労働(午後10時から翌午前5時)については、テレワークであっても割増賃金(深夜割増25%以上)の支払いが必要です。深夜の業務を原則禁止とし、例外的に許可制とする旨を規程に明記することで、コスト管理とコンプライアンス(法令遵守)の両立が図れます。
事業場外みなし労働時間制の適用には要注意
「みなし労働時間制」とは、実際の労働時間を計算することなく、あらかじめ定めた時間を労働時間とみなす制度のことです。労働基準法第38条の2に定める事業場外みなし労働時間制は、テレワークに適用できる場合もありますが、「労働時間の算定が困難」という要件を満たすことが必要です。
具体的には、パソコンの起動ログや勤怠管理システムによって労働時間が把握できる状況では、この要件を満たさないと判断される可能性が高く、安易に適用することは避けるべきです。導入を検討する場合は、社会保険労務士などの専門家に確認することをお勧めします。
費用負担と手当のルールを明確にしないと社員の不満が蓄積する
テレワーク導入後に社員から不満が出やすいのが、通信費や光熱費などの費用負担に関するルールが曖昧な場合です。「会社のために在宅勤務しているのに、電気代や通信費は自己負担なの?」という感情は、モチベーション低下や離職につながりかねません。
在宅勤務手当の税務上の取り扱い
費用負担の方法には大きく分けて2つあります。
- 実費精算方式:通信費や光熱費の一部を実際の使用量に基づいて精算する方法。計算が複雑になる反面、適切に処理すれば非課税とすることができる。
- 定額支給方式(在宅勤務手当):毎月一定額を手当として支給する方法。簡便だが、支給額が業務使用の実費として認められる範囲を超えると、給与として課税対象になる場合がある。
国税庁は2021年に「在宅勤務に係る費用負担等に関するFAQ」を公表しており、具体的な計算例が示されています。規程を作成する際にはこのFAQを参照し、課税・非課税の区分を明確にしておくことが必要です。
通勤手当の見直しには慎重な対応を
テレワークが定着したことで、「定期代の支給から実費精算に切り替えたい」と考える経営者の方もいるでしょう。しかし、通勤手当の引き下げや支給方法の変更は、労働条件の不利益変更に該当する可能性があります。一方的に変更することは法的リスクを伴うため、必ず社員への説明と同意取得のプロセスを踏む必要があります。
安全衛生とメンタルヘルス対策はテレワーク中も継続する義務がある
テレワーク中であっても、使用者の安全配慮義務(労働契約法第5条)は継続します。社員が自宅で業務に従事している間も、心身の健康を守るための措置を講じることは会社の責任です。
テレワーク中の労働災害認定
「自宅での事故は労災にならない」と思っている方もいるかもしれませんが、これは誤りです。テレワーク中に就業に起因して発生した事故や疾病は、労働災害として認定される対象となります。たとえば、自宅内で業務中にトイレへ移動する途中で転倒した場合でも、業務起因性が認められる可能性があります。
このため、テレワーク規程には業務中の事故発生時の報告手続きを明記し、社員が労災申請をためらわない環境を整えることが大切です。
孤立しやすいテレワーク環境でのメンタルヘルス対策
在宅勤務では、職場の同僚との日常的なコミュニケーションが減少し、孤立感や不安感を抱える社員が増えやすい傾向があります。また、仕事とプライベートの境界が曖昧になることで、過重労働に陥るリスクもあります。
従業員が50人以上の事業場では、ストレスチェック制度の実施が法律上の義務となっており、テレワーク中の社員も対象です。50人未満の事業場では義務ではありませんが、実施することが強く推奨されています。
また、上司との定期的な1on1ミーティング(一対一の面談)を規程に盛り込むことや、産業医や外部EAP(従業員支援プログラム)との連携体制を整えることも、テレワーク環境でのメンタルヘルス対策として有効です。
情報機器作業に関する健康管理
長時間のパソコン作業による目の疲れや肩こり、腰痛なども、テレワークで多く見られる健康問題です。厚生労働省が2019年に改定した「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」では、連続して作業する時間や休憩の取り方についての指針が示されています。規程に作業環境の基準を盛り込み、社員に周知することが望まれます。
実践ポイント:規程整備を進めるための4つのステップ
テレワーク規程の整備は、一度に完成させようとするより、段階的に進めることが現実的かつ効果的です。以下のステップを参考に、自社の状況に合わせて取り組んでみてください。
ステップ1:現状の「ルールのなさ」を可視化する
まず、現在テレワークに関してどのような問題が起きているかを洗い出します。社員アンケートや管理職へのヒアリングを通じて、労働時間管理・費用負担・コミュニケーション・評価制度など、どの領域に課題があるかを整理しましょう。
ステップ2:既存の就業規則との整合性を確認する
テレワーク規程は既存の就業規則と矛盾しないよう設計する必要があります。特に、労働時間・休暇・手当に関する条文との整合性を確認し、必要に応じて就業規則本体の改定も検討します。
ステップ3:規程の骨格を作成し、社員に説明・意見聴取を行う
規程の草案ができたら、社員への説明会を開催し、内容を周知するとともに意見を聴取します。就業規則の変更手続きとして、労働者の過半数を代表する者(労働者代表)の意見を聴取し、意見書を添付したうえで労働基準監督署に届け出ることが法律上求められています。
ステップ4:運用しながら定期的に見直す
規程は作成して終わりではありません。実際に運用してみると、「想定していなかった状況が発生した」「この条文では解釈が分かれる」といったことが出てきます。半年から1年に一度を目安に内容を見直し、実態に合わせて改定を重ねていくことが重要です。社会保険労務士などの専門家と顧問契約を結び、定期的に相談できる体制を整えることも、長期的なコスト削減につながります。
まとめ:規程整備は「守り」ではなく「経営の基盤づくり」
テレワーク規程の整備は、単なる法令対応のための作業ではありません。労働時間管理・費用負担・安全衛生・メンタルヘルスといった多岐にわたるルールを明確にすることで、社員が安心して働ける環境が整い、生産性の向上や人材定着にもつながります。
特に中小企業においては、経営資源が限られている分、一つの労使トラブルが経営に与えるダメージが大きくなります。「ルールがないから問題が起きていない」のではなく、「ルールがないからこそ、いつ問題が起きてもおかしくない」という認識を持つことが大切です。
まずは本記事で紹介した10項目を念頭に置きながら、自社の規程に何が欠けているかを確認するところから始めてみてください。完璧を目指すのではなく、「最低限の骨格を整えて運用する」というアプローチが、規程整備を前に進める最も現実的な方法です。
法律の解釈や規程の具体的な文言については、社会保険労務士や弁護士への相談を適宜活用しながら、自社に合ったテレワーク労務管理の体制を構築していただければと思います。
よくある質問
Q1: テレワーク規程は就業規則とは別に作成する必要があるのですか?
テレワーク規程は就業規則とは別に「附則・別規程」として整備するのが一般的ですが、既存の就業規則に条文を追記する形でも対応可能です。ただし、常時10人以上の労働者を使用する事業場では、テレワーク導入により労働条件が変わる場合、就業規則の変更と労働基準監督署への届出が法律で義務付けられています。
Q2: テレワーク中は労働時間の管理を厳密にしなくてもよいのではないでしょうか?
いいえ、これは大きな誤解です。労働安全衛生法により、会社はテレワーク中の労働者についても客観的な方法で労働時間を把握する義務があります。自己申告のみに頼った管理は未払い残業代の問題につながるため、パソコンログやクラウド勤怠システムなどの客観的記録手段を確保することが重要です。
Q3: テレワーク規程に必須の項目は何ですか?完璧に整える必要がありますか?
対象者・勤務場所・労働時間・時間外労働手続き・連絡方法・費用負担・情報セキュリティ・健康管理・労災処理・許可取消条件の10項目が最低限必要です。ただし完璧な規程を一度に作る必要はなく、まず骨格を整えて運用を始め、実態に合わせて改定していくアプローチが現実的です。
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