副業・兼業を認める企業が増えるなか、「社員の健康をどう守るか」という問いに答えを出せていない中小企業は少なくありません。国の方針として副業・兼業の促進が打ち出され、大企業を中心に許可制への移行が進んでいる一方で、中小企業では制度の整備が追いつかず、現場任せの状態が続いているケースが多く見られます。
問題は「許可するかどうか」だけではありません。許可した後に、社員が実際にどれだけ働いているか、心身の状態は問題ないか、万一過労で倒れた場合の責任はどこにあるのか——こうした問いに答えられる仕組みを持っている企業は、まだ一握りです。本記事では、兼業・副業を認める際に企業が直面する健康管理上の課題を整理し、中小企業でも実践できる具体的な対策を解説します。
なぜ兼業・副業社員の健康管理が難しいのか
副業・兼業社員の健康管理が難しい最大の理由は、企業が把握できる労働時間が「自社での勤務分だけ」に限られるという構造的な問題にあります。
たとえば、自社での勤務時間が月160時間(所定内)であっても、副業先でさらに月60〜80時間働いていれば、実質的には過重労働の状態に近づいています。しかし、副業先での労働実態は本人からの申告がなければ把握できません。申告制にしても、虚偽申告や無申告のリスクは排除できず、実態の把握には限界があります。
また、中小企業の多くは産業医や保健師を配置していないため、健康相談の窓口が事実上存在しないという現実もあります。50人未満の事業場には産業医の選任義務がなく、健康管理の担い手が人事担当者一人に集中してしまうケースも珍しくありません。
さらに、社員側にも心理的なハードルがあります。「体調不良を申し出ると副業を禁止されるかもしれない」という不安から、不調を抱えていても黙って働き続ける社員が一定数存在します。この「言いづらい」空気が、早期発見・早期対応を妨げる大きな要因になっています。
知っておくべき法律のポイント:労働時間の通算と労災リスク
兼業・副業社員の健康管理を考えるうえで、まず押さえておくべき法律上のルールを確認します。
労働基準法第38条:労働時間は「通算」される
労働基準法第38条では、労働者が複数の事業場で働く場合、それぞれの労働時間を合計(通算)して法定労働時間を管理すると定めています。自社での勤務が1日7時間であっても、副業先でさらに2時間働けば、合計9時間となり、1時間分は時間外労働として扱われます。
割増賃金(時間外労働に対する割増分の賃金)の支払い義務については、原則として後から労働契約を締結した使用者が負うとされています。多くの場合は副業先がこれに該当しますが、自社が後発の契約であれば自社が義務を負うケースもあるため、雇用の順序についても確認が必要です。
労働安全衛生法:面接指導の対象範囲
労働安全衛生法第66条の8では、時間外・休日労働が月80時間を超え、本人から申出があった場合に、医師による面接指導(産業医などが直接話を聞き、健康状態を確認する制度)を実施することが義務づけられています。
厚生労働省のガイドラインでは、副業・兼業先の労働時間も含めた総労働時間を考慮して管理することが望ましいとされています。これは現時点では努力義務的な位置づけですが、社員の健康を守るうえでは積極的に取り入れる姿勢が求められます。
2020年改正:複数事業労働者への労災保険適用
2020年の労災保険法改正により、複数の会社で働く労働者への対応が大きく変わりました。改正前は、一つの事業場での業務のみで労災認定の可否を判断していましたが、改正後は複数の事業場での業務上の負荷を総合的に評価して労災認定できるようになりました。
また、給付額の計算にあたっては、複数事業場の賃金を合算して給付基礎日額(労災給付の計算の基準となる金額)を算定します。これにより、社員が副業先も含めた過重な働き方が原因で健康を損なった場合、自社が労災認定のプロセスに巻き込まれる可能性があることを認識しておく必要があります。
制度整備の具体的な進め方
健康管理の前提として、副業・兼業に関する社内制度を整えることが不可欠です。仕組みがなければ、実態の把握も健康管理も機能しません。
就業規則への明記と許可申請書の整備
まず、就業規則に副業・兼業に関する規定を盛り込みます。記載すべき主な内容は以下のとおりです。
- 副業・兼業は許可制であること
- 許可・不許可の判断基準(競業他社への就業、秘密漏洩のおそれ、業務への支障など)
- 申告義務および虚偽申告に対する取り扱い
- 健康状態が著しく悪化した場合の許可取り消し条件
次に、副業・兼業許可申請書の書式を整備します。記載必須項目として、副業先の業種・雇用形態・想定労働時間(週・月単位)・開始予定日を設け、半年ごとに状況を更新申告させる仕組みを設けることで、実態の継続的な把握が可能になります。
厚生労働省「管理モデル」の活用
厚生労働省が2018年に策定し2022年に改定した「副業・兼業の促進に関するガイドライン」では、労働時間管理の実務的な方法として「管理モデル」が示されています。これは、副業先との間であらかじめ労働時間の上限を設定し、月単位で管理するという枠組みです。
具体的には、自社での労働時間は既存の勤怠管理システムで把握しつつ、副業分については本人申告と月次の実績報告書の提出を義務化します。「どこまで副業先のことに踏み込めるか」と悩む企業も多いですが、このモデルに沿って事前に上限を取り決めることで、合理的な範囲での管理が可能になります。
健康状態を把握するための実践的なアプローチ
制度の整備が整ったうえで、日常的な健康管理の仕組みを構築します。ここでは、中小企業でも取り入れやすい方法を紹介します。
月次セルフチェックシートの導入
副業・兼業を行っている社員に対し、月に一度、睡眠の質・疲労度・集中力・気分の変化などを自己評価するセルフチェックシートの提出を義務づけます。これにより、社員自身が自分の健康状態を定期的に振り返る習慣が生まれるとともに、企業側も早期に異変を察知できるようになります。
チェックシートに異常値が見られた場合は、上長またはEAP(従業員支援プログラム:メンタルヘルスや仕事上の悩みについて専門家に相談できる仕組み)に繋ぐフローを事前に定めておきましょう。メンタルカウンセリング(EAP)を導入している企業であれば、社員が匿名で相談できる環境を提供することができ、申し出のハードルを下げる効果が期待できます。
産業医との連携体制の構築
50人未満の事業場は産業医の選任義務がありませんが、産業医と顧問契約を締結することで、健康相談窓口として活用することが可能です。産業医サービスを利用することで、面接指導の実施体制を整えられるだけでなく、副業含む総労働時間が月80時間を超えた社員への対応を社内ルールとして機能させることができます。
面接指導の対象を「自社分だけで月80時間超」ではなく「副業含む総労働時間で月80時間超」に拡張する旨を社内規程に明記しておくことで、過重労働のリスクを早い段階でキャッチできる仕組みになります。
上長による日常観察とストップサインの明確化
制度や仕組みに加えて、日常的な人間関係の中での観察も重要です。上長が業務パフォーマンスの低下・遅刻や欠勤の増加・表情や会話の変化に気づいたときは、速やかに個別面談を行うことを社内フローとして明文化します。
面談の結果、本人から体調不良の申し出があった場合の対応ステップ(相談→受診勧奨→必要に応じて副業の一時停止検討)をあらかじめ定めておくことで、現場の担当者が判断に迷わずに動けるようになります。
社員との信頼関係を築くコミュニケーション設計
健康管理の取り組みが「監視」と受け取られてしまうと、社員は情報を出さなくなります。取り組みの効果を最大化するためには、「会社はサポートする側にある」というメッセージを一貫して発信することが不可欠です。
具体的には、次のような方針を全社に周知することが有効です。
- セルフチェックシートや面談は、副業を禁止するための材料ではなく、健康を守るための仕組みであること
- 体調不良を申し出ても、即座に副業を禁止するわけではなく、まず本人の意向を踏まえた対応を検討すること
- 申告情報は人事担当者と産業医の間でのみ共有し、不必要に広めないこと
副業・兼業を禁止から許可制に移行する場合は特に、「なぜ許可するのか」「会社はどこまで関与するのか」を丁寧に説明する場を設けることが、制度への信頼感を高めるうえで重要です。
実践ポイントのまとめ
最後に、本記事で解説した内容を実践するうえでの優先順位を整理します。特に、まだ何も手をつけていない企業は、以下のステップを順番に進めることをお勧めします。
- ステップ1:就業規則の整備——副業・兼業に関する規定を明記し、許可基準・申告義務・健康悪化時の対応を盛り込む
- ステップ2:許可申請書・実績報告書の書式を作成——副業先の業種・想定労働時間の把握と定期更新申告の仕組みを整える
- ステップ3:セルフチェックシートの導入——月次での健康状態の自己申告を義務化し、早期発見の仕組みを作る
- ステップ4:産業医・EAPとの連携体制を構築——相談窓口を明確にし、社員が利用しやすい環境を整える
- ステップ5:上長への教育と対応フローの明文化——現場が迷わず動けるよう、ストップサインと対応手順を社内に共有する
副業・兼業の普及は今後も続くと考えられます。「許可しているから大丈夫」ではなく、「許可した社員をどう守るか」まで踏み込んだ制度設計が、企業のリスク管理と社員との信頼関係の両方を支えることになります。
まとめ
兼業・副業社員の健康管理は、法律の理解・制度整備・日常的な健康チェック・コミュニケーション設計のすべてが噛み合って初めて機能します。中小企業においては、大企業のような大がかりな仕組みは必要ありません。まずは就業規則への明記と申請書の整備から始め、セルフチェックシートや産業医との顧問契約といった小さな仕組みを積み重ねることが、社員の健康を守り、会社の信頼を築く第一歩になります。
副業・兼業を認めることは、優秀な人材の定着や多様な働き方の実現につながる一方で、適切な管理なしでは企業リスクを高めることにもなりかねません。今こそ、「許可した後の管理」に目を向ける時期です。
よくあるご質問(FAQ)
副業・兼業を許可する場合、就業規則には何を記載すればよいですか?
最低限、許可制である旨・許可・不許可の判断基準(競業他社への就業、秘密漏洩のおそれ、業務への支障など)・申告義務・虚偽申告への対応・健康状態が著しく悪化した場合の許可取り消し条件を盛り込むことをお勧めします。曖昧な記載は後日のトラブルにつながるため、具体的な基準を明文化することが重要です。
50人未満の小規模企業でも産業医と契約できますか?
はい、可能です。50人未満の事業場には産業医の選任義務はありませんが、顧問契約という形で産業医と契約を結ぶことができます。これにより、健康相談窓口の設置や面接指導の実施体制を整えることが可能になります。副業・兼業社員の健康管理を強化したい場合、産業医サービスの活用は有力な選択肢の一つです。
副業先での過労が原因で社員が体調を崩した場合、自社に責任はありますか?
2020年の労災保険法改正により、複数事業場の業務上の負荷を総合的に評価して労災認定が行われるようになりました。自社での労働時間が基準内であっても、副業含む総労働時間が過重であった場合、自社の業務も負荷の一因として評価される可能性があります。「自社での勤務時間が問題なければ関係ない」とは言い切れないため、総労働時間の把握と健康管理の取り組みが企業リスクの軽減につながります。
社員が副業の実態を正直に申告しているか確認する方法はありますか?
完全な確認は困難ですが、申請時に副業先の業種・雇用形態・想定労働時間を記載させたうえで、半年ごとに実績報告書を提出させる仕組みを設けることが有効です。また、月次のセルフチェックシートを通じて健康状態に異変がないかを確認し、パフォーマンスや勤怠の変化を上長が日常的に観察することで、実態と申告内容のギャップに気づきやすくなります。









