従業員が長期休職に入ったとき、「給与はどうすればいいのか」「社会保険料は誰がどう負担するのか」「手続きは何から始めればいいのか」と、頭を抱える経営者・人事担当者は少なくありません。特に中小企業では、長期休職者が出るのが初めてというケースも多く、前例がないまま手探りで対応しなければならない状況が起こりがちです。
対応を誤ると、後から未払い保険料の一括精算を求められたり、復職・退職をめぐってトラブルに発展したりするリスクがあります。本記事では、長期休職者が発生した際の給与・社会保険手続きの基本を、法律の根拠とともに分かりやすく解説します。担当者が最低限おさえておくべき実務知識を体系的に整理しましたので、ぜひ参考にしてください。
休職制度の基本:法律上の義務はないが「就業規則」が全ての根拠になる
まず押さえておきたいのは、休職制度は法律上の義務ではないという点です。労働基準法には休職制度そのものを定める条文は存在しません。つまり、休職を認めるかどうか、期間を何ヶ月にするか、その間の給与をどう扱うかは、すべて会社が就業規則で定めることになります。
労働基準法第89条は、常時10人以上の労働者を使用する事業場に対して就業規則の作成・届出を義務付けており、休職に関する事項もその記載内容に含まれます。就業規則に休職規定が整備されていなければ、休職の可否・期間・給与の有無・復職の条件など、何一つ明確な根拠がない状態で対応しなければなりません。これは会社にとっても従業員にとっても大きなリスクです。
長期休職者が発生した際、最初に確認すべきことは就業規則に休職規定があるかどうかです。規定がない場合は、早急に整備を検討してください。また、休職事由が「私傷病(仕事と無関係な病気やケガ)」なのか「業務上の疾病・ケガ」なのかを明確に区分することも重要です。業務上の場合は労働者災害補償保険(労災)の対象となり、休業中は解雇が制限される(労働基準法第19条)など、取り扱いが大きく異なります。
休職中の給与:「ノーワーク・ノーペイ」が原則、支払い義務はない
私傷病による休職中の給与については、ノーワーク・ノーペイの原則が適用されます。ノーワーク・ノーペイとは「働かなければ賃金は発生しない」という労働法上の基本的な考え方で、就業規則に「休職中は無給とする」と定めれば、会社に給与の支払い義務はありません。
一方で、就業規則に「休職中も一定期間は給与の一部を支給する」といった規定を設けている企業も存在します。これは法律上の義務ではなく、会社の判断によるものです。給与の有無・支給割合は就業規則の記載内容によって決まるため、規定の内容を正確に確認することが第一歩となります。
給与を支給停止する場合は、休職開始と同時に支給停止の旨を本人に書面で通知することが望ましいです。口頭だけで伝えると後にトラブルの原因になることがあります。また、給与支給が停止された場合、従業員が利用できる所得補填の制度として「傷病手当金」があります。次の項目で詳しく解説します。
傷病手当金の仕組みと会社が担うべき役割
傷病手当金は、健康保険(協会けんぽや健康保険組合)から支給される給付で、私傷病による欠勤・休職によって賃金が支払われない場合に、従業員本人の生活を支える制度です。
- 支給額:標準報酬日額(過去12ヶ月の平均報酬を基に算出)の3分の2
- 支給期間:同一の傷病について通算1年6ヶ月(2022年1月の改正により、途中で就労した期間があっても通算で計算する「通算制」に変更)
- 待期期間:連続3日間欠勤(待期完成)した後、4日目から支給開始
ここで多くの企業が誤解しているのが、傷病手当金の申請主体は「従業員本人」であるという点です。会社が代わりに申請するものではありません。ただし、申請書には「事業主記入欄」があり、会社は出勤状況や賃金支払いの有無を証明する義務があります。
この証明欄の記入を拒否したり、著しく遅延させたりすることは、本人の不利益につながるため避けなければなりません。虚偽の内容を記載した場合は不正受給の共犯とみなされるリスクもあります。会社としては、申請書が届いたら速やかに正確な内容で記入・返送することが求められます。
従業員が傷病手当金の存在を知らない場合もあるため、休職開始時に制度の概要と申請方法を丁寧に案内することが、会社側の親切心であるとともに、後々のトラブル防止にもつながります。メンタルヘルス不調による休職の場合は、メンタルカウンセリング(EAP)と連携しながら復職支援の体制を整えることも、長期化を防ぐうえで効果的な選択肢です。
社会保険料の扱い:休職中も支払い義務は継続、徴収方法の取り決めが重要
長期休職者の対応で最も誤解が多いのが、社会保険料(健康保険・厚生年金)の取り扱いです。育児休業や産前産後休業中は一定の条件下で社会保険料の免除制度がありますが、私傷病による休職にはこの免除制度は適用されません。
在籍している限り、従業員は健康保険・厚生年金の被保険者資格を継続します。つまり、会社・本人の双方に保険料の負担義務が発生し続けます。給与が0円になっても、この事実は変わりません。
問題になるのが、給与から天引きできなくなった場合の徴収方法です。実務上は以下の方法が考えられます。
- 毎月現金納付:本人に毎月の保険料額を通知し、現金または銀行振込で支払ってもらう
- 会社が一時立替え、復職時に精算:本人の同意を得たうえで立替え、復職後の給与から分割控除する
- 退職時に一括精算:退職金や最終給与から控除する
どの方法を選択する場合も、必ず書面で本人と合意を取り付けることが重要です。口頭での約束だけでは、後から「そんな話は聞いていない」とトラブルになるリスクがあります。「社会保険料の取り扱いに関する確認書」といった書類を作成し、本人の署名を得て保管するようにしましょう。
また、保険料の未納が長期にわたると、後から一括精算を求められる額が大きくなり、退職時に本人が支払えないというケースも起こり得ます。毎月の進捗を管理し、積み上がった未払い額を定期的に本人に通知するなど、透明性を保つことが重要です。
休職期間満了時の対応:自動退職・解雇・復職の判断と法的注意点
休職期間が終わりに近づくと、「復職できるのか」「できない場合はどうすればいいのか」という判断が必要になります。この段階での対応を誤ると、解雇をめぐる労働争議に発展することがあるため、慎重に進めることが求められます。
復職の判断には産業医の関与が効果的
主治医(かかりつけ医)が「復職可能」と判断したとしても、職場環境や業務内容に適応できるかどうかは別問題です。主治医は日常生活が送れるかどうかを判断する立場であり、職場での業務遂行能力を評価する専門家ではありません。産業医サービスを活用し、産業医が職場の実情を踏まえたうえで復職可否の意見を出す体制を整えることが、トラブル防止の観点から非常に重要です。
休職期間満了後の「自動退職」規定
就業規則に「休職期間満了時に復職できない場合は退職とする」と定めている場合、その規定は原則として有効です。ただし、裁判例では退職扱いであっても解雇と同等の合理性が求められるケースもあります。期間満了前に十分な通知を行い、復職への支援努力をしたうえで退職に至ったという経緯を記録として残しておくことが重要です。
退職合意書の取得
本人が復職できないことに納得している場合でも、口頭の合意だけでなく退職合意書(退職届)を書面で取り付けることが望ましいです。後から「解雇された」と主張されるリスクを低減できます。
実践ポイント:長期休職者が出たときの対応チェックリスト
以上の内容を踏まえ、長期休職者が発生した際の実務対応を整理します。以下のポイントを順番に確認・実行することで、法的リスクを抑えながら適切な対応が可能になります。
- 就業規則の確認:休職規定の有無・内容(期間・給与・復職条件)を確認する。規定がなければ早急に整備する
- 休職事由の区分:私傷病か業務上の疾病かを明確に判断し、必要に応じて労災申請を検討する
- 診断書の取得:休職開始時に医師の診断書を取得し、保管する
- 休職命令書の交付:休職開始日・期間・給与の扱いなどを明記した書面を本人に交付する
- 給与支給停止の通知:就業規則に基づき給与を支給停止する場合は書面で通知する
- 傷病手当金の案内:制度の概要と申請方法を本人に説明し、申請書への協力を約束する
- 社会保険料の徴収方法を書面で合意:毎月現金徴収か立替えか、方法と金額を文書化する
- 定期的な状況確認:月1回程度、プレッシャーにならない範囲で本人の状況を確認する連絡を取る
- 復職判断時の産業医活用:主治医の診断書だけでなく、産業医の意見を踏まえて復職可否を判断する
- 期間満了前の通知と合意:満了が近づいたら早めに本人に通知し、退職または延長の判断を書面で行う
まとめ
長期休職者への対応は、給与・社会保険・就業規則・労働法など、複数の知識が重なり合う複雑な実務です。しかし、基本的な考え方を整理すると、対応の骨格は明確になります。
まず、すべての根拠は就業規則にあること。休職規定が整備されていなければ、どの判断も根拠を持てません。次に、給与停止は法的に認められるが、社会保険料の徴収義務は継続すること。育児休業との混同による誤解が最も多いポイントです。そして、傷病手当金の申請主体は本人であり、会社は証明書類の作成に誠実に協力すること。
復職・退職の判断時には、主治医の診断書だけに頼らず、産業医の専門的な意見を取り入れることがトラブル防止に有効です。社内に産業医との連携体制がない場合は、外部の産業医サービスの導入を検討することも一つの選択肢です。
長期休職は従業員にとっても会社にとっても、負担の大きい状況です。正確な知識を持ち、適切な手続きを踏むことで、双方にとって納得のいく結果につなげることができます。本記事を参考に、まずは自社の就業規則と手続き体制を見直すところから始めてみてください。
よくある質問(FAQ)
Q. 育児休業と同じように、休職中は社会保険料が免除されますか?
いいえ、私傷病(業務外の病気・ケガ)による休職には、社会保険料の免除制度は適用されません。免除制度が使えるのは、育児休業(育児・介護休業法に基づく休業)や産前産後休業の期間に限られています。私傷病休職中は、在籍している限り会社・本人ともに健康保険料・厚生年金保険料の負担義務が継続します。給与から天引きできない場合は、現金納付や立替え精算などの方法を書面で取り決めておく必要があります。
Q. 傷病手当金の申請は会社が行うのですか?
傷病手当金の申請主体は従業員本人です。会社が代わりに申請するものではありません。ただし、申請書には「事業主記入欄」があり、会社は出勤状況や賃金支払いの有無について証明記入を行う義務があります。この証明を拒否・遅延させると本人の不利益になるため、申請書が届いたら速やかに対応することが求められます。また、従業員本人が制度を知らないケースもあるため、休職開始時に制度の説明と申請方法を案内することが望ましいです。
Q. 就業規則に休職規定がない場合はどうなりますか?
就業規則に休職規定がない場合、休職の可否・期間・給与の有無・復職条件などの根拠がなくなります。その結果、「なぜ休職を認めたのか」「いつまで在籍させるのか」といった判断が場当たり的になり、後から本人や家族とトラブルに発展するリスクが高まります。また、休職期間満了後に退職扱いにしようとしても、規定がなければ法的な根拠が薄くなり、不当解雇として争われる可能性もあります。長期休職者が発生する前に、就業規則の整備を進めることを強くお勧めします。
Q. 休職期間満了後、退職させることは解雇になりますか?
就業規則に「休職期間満了時に復職できない場合は退職とする」と明記されている場合、これは自動退職(雇用契約の終了)として取り扱われます。形式上は解雇ではありませんが、裁判例の中には、退職扱いであっても解雇と同等の合理性が必要とされたケースがあります。期間満了前に十分な通知を行い、復職への支援を行ったうえで退職に至ったという経緯を記録として残しておくことが重要です。また、可能であれば退職合意書を書面で取得することで、後々の紛争リスクを低減できます。







