社員が体調を崩して休職することになった際、「給与はどう扱えばいいのか」「社会保険料はどこまで会社が負担するのか」といった問いに、即座に答えられる中小企業はまだ多くありません。休職制度は大企業を中心に整備が進んでいますが、人事担当者が専任でいない中小企業では、いざ休職者が出たときに担当者が手探りで対応するケースが珍しくないのが実情です。
休職中の給与・社会保険の取り扱いを誤ると、会社と従業員の双方に深刻な影響を与えます。従業員側では、傷病手当金の申請遅延による資金繰りの悪化、会社側では、社会保険料の未回収や、後になって「こんな説明は受けていない」というトラブルに発展するリスクがあります。
本記事では、休職中の給与支払いの考え方から、社会保険料の実務的な徴収方法、傷病手当金の手続き、復職・退職時の対応まで、中小企業の経営者・人事担当者が押さえておくべき知識を体系的に解説します。
休職中の給与支払い:「払わなければならない」という法律はない
まず、多くの経営者が誤解しがちな点を確認しておきましょう。労働基準法には、休職中の賃金支払いを義務付ける規定はありません。労働法の基本原則である「ノーワーク・ノーペイ」(働いていない期間には賃金を支払わなくてよい)が適用されます。
したがって、私傷病(業務外の病気やけが)による休職の場合、休職中の給与を無給とすることは法的に問題ありません。実際、私傷病休職で無給とする企業は多数派です。ただし、重要なのは「就業規則に明記されているかどうか」という点です。
就業規則に休職中の給与について何も定めがない場合、労使間でトラブルが起きやすくなります。「当然もらえると思っていた」という従業員との認識のズレが、退職や訴訟につながるケースもあります。給与を支払う・支払わないにかかわらず、就業規則にルールを明文化しておくことが経営者・人事担当者にとって最初の責務です。
なお、業務上の病気やけが(労働災害)による休職の場合は、労災保険から休業補償給付(給付基礎日額の60%)が支給されます。また、育児・介護休業の場合は雇用保険から各種給付金が支給される仕組みになっており、私傷病休職とは制度が異なります。
傷病手当金の制度と会社が担う手続き
私傷病で休職した従業員が活用できる主な収入補填の仕組みが、健康保険の傷病手当金です。傷病手当金とは、業務外の病気やけがで働けない期間に、健康保険から支給される給付金のことです。
支給要件と支給額
傷病手当金を受け取るには、次の要件をすべて満たす必要があります。
- 業務外の傷病による療養であること
- 療養のために労務不能であること
- 連続した3日間(待期期間)を経過した4日目以降の休業であること
支給額は、直近12ヶ月の標準報酬月額(社会保険の計算に使う報酬の基準額)の平均を30で割った金額の3分の2が日額として支給されます。支給期間は、支給開始日から通算して最長1年6ヶ月です(2022年1月の改正により、入院・通院の有無にかかわらず通算で1年6ヶ月となりました)。
給与と傷病手当金の関係
ここでよくある誤解があります。「給与を一部でも支払ったら傷病手当金はもらえない」と考える方が少なくありませんが、これは誤りです。会社から支払われた給与が傷病手当金の日額を下回る場合、その差額が傷病手当金として支給されます。ただし、給与が傷病手当金の日額以上であれば、支給は停止されます。
会社が担う申請サポート
傷病手当金の申請は従業員本人が行いますが、申請書に会社が「事業主記載欄」(出勤・欠勤状況や賃金の支払い状況)を記入して提出を支援するのが通常の手続きです。主治医による意見書(医師の署名・押印が必要)も申請書類に含まれます。
申請が遅れると従業員の生活資金に直接影響します。書類の準備や提出に時間がかかるケースもありますが、会社としては速やかに対応することが誠実な姿勢といえます。申請は月ごと、またはまとめて行うことが可能です。
傷病手当金の申請手続きや休職者のメンタルヘルスサポートについて専門的な支援が必要な場合は、産業医サービスを活用することで、産業医や専門スタッフが会社の実情に合わせたアドバイスを提供します。
休職中の社会保険料:会社も本人も払い続けなければならない
休職中の社会保険(健康保険・厚生年金保険)の扱いについても、誤解が多い領域です。休職中であっても、雇用関係が継続している限り被保険者資格は維持されます。つまり、社会保険料は会社・従業員の双方に発生し続けます。
通常、社会保険料は給与から天引きして会社がまとめて納付しますが、休職中に給与が無給になると天引きができなくなります。そこで問題となるのが、従業員負担分の保険料をどのように回収するかという実務上の課題です。
社会保険料の徴収方法
主な対応方法として以下の3つが考えられます。
- 毎月請求・振込対応:会社が毎月従業員に請求書を送付し、指定口座へ振込んでもらう方法。最もシンプルですが、振込忘れや未払いのリスクがあります。
- 事前預り金として徴収:休職開始前に数ヶ月分の保険料相当額を預り金として会社が預かっておく方法。休職期間が短い場合に有効です。
- 復職時に一括精算:復職後に給与から分割天引きで精算する方法。ただし、退職した場合には回収できないリスクが残ります。
どの方法を選ぶにしても、「いつまでに・いくら・どの口座に」という支払い条件と、未払い時の対応を書面で合意しておくことが後々のトラブルを防ぐうえで重要です。口頭での合意だけでは、「そんな話は聞いていない」という主張を招きやすいため、必ず書面に残してください。
雇用保険料の扱い
雇用保険料は実際に支払われた賃金をもとに計算します。そのため、休職中に給与が支払われない(無給)の場合は、その期間の雇用保険料は発生しません。雇用保険の被保険者資格は休職中も継続します。
就業規則の整備:休職制度の土台をつくる
休職中の給与・社会保険の取り扱いで最も多いトラブルの原因は、就業規則に休職規定がない、または内容が古くなっていることです。
休職制度は労働基準法が定めを義務付けているわけではなく、会社が任意に設ける制度です。しかし、一度休職者が出たあとに規定を整備しようとしても、当事者への対応に矛盾が生じたり、「後出しルール」として従業員から反発を受けたりする可能性があります。
就業規則に盛り込むべき主な項目
- 休職事由:どのような場合に休職を命じるか(私傷病、精神疾患、家庭の事情など)
- 休職期間:勤続年数などに応じた最長期間の設定
- 給与の取り扱い:無給か、一部支給かを明確に定める
- 社会保険料の本人負担分の支払い方法:振込先・期限・未払い時の取り扱い
- 休職期間中の連絡ルール:月1回の状況報告など、コミュニケーションの頻度と方法
- 復職の基準と手続き:主治医・産業医の意見を踏まえた判断フロー
- 休職期間満了時の取り扱い:復職できない場合に退職とみなす旨の定め
就業規則は10人以上の従業員を抱える企業では作成・届出が義務(労働基準法第89条)ですが、10人未満の企業でも整備することが強く推奨されます。既に就業規則がある場合も、最終改定が数年前であれば、法改正への対応も含めて内容を見直すことをお勧めします。
復職・退職時の社会保険の切替と注意点
休職者が復職あるいは退職するタイミングには、社会保険に関していくつかの確認事項があります。
復職時の対応
復職後に給与額が休職前と大きく変動する場合(例:段階的復職で短時間勤務に移行した場合など)は、随時改定(月額変更届)の要否を確認する必要があります。随時改定とは、給与に固定的な変動が生じた場合に標準報酬月額を見直す手続きです。2等級以上の差が生じる場合に届出が必要となります。
退職時の傷病手当金継続受給
休職者が回復せずに退職する場合、条件を満たせば退職後も傷病手当金を継続して受給できます。継続受給の条件は次のとおりです。
- 健康保険の被保険者期間が継続して1年以上あること
- 資格喪失(退職)の前日(退職日)まで傷病手当金を受給していること、または受給要件を満たしていること
退職後は国民健康保険または任意継続被保険者として健康保険を継続することが一般的です。任意継続の場合は、退職翌日から20日以内に申請が必要です。この期限を過ぎると任意継続を選べなくなるため、退職が決まった際は早めに従業員へ情報を提供することが大切です。
休職から復職・退職にかけての一連のプロセスを適切に管理するには、産業保健の専門家との連携が助けになります。メンタルヘルス不調による休職者の復職支援には、メンタルカウンセリング(EAP)の導入も、従業員の回復と職場復帰を後押しする有効な手段の一つです。
実践ポイント:今日から取り組める対応チェックリスト
最後に、中小企業の経営者・人事担当者が今すぐ確認・着手できる実践的なポイントをまとめます。
- 就業規則の休職規定を確認する:規定がなければ作成、内容が古ければ更新。特に給与・社会保険料の取り扱いを明文化する。
- 社会保険料の徴収方法を事前に決めておく:休職者が出る前に、どの方法で徴収するかを社内で統一し、合意書のひな形を用意しておく。
- 傷病手当金の申請手順をマニュアル化する:申請書類の入手先、会社記載欄の記入担当者、提出期限のフローを整備し、担当者が変わっても対応できる体制にする。
- 休職開始時に従業員へ書面で説明する:給与の扱い、傷病手当金の制度、社会保険料の支払い方法、連絡ルール、復職基準を書面で説明・合意することで、後のトラブルを予防する。
- 休職期間中の連絡を定期化する:月1回程度の状況確認連絡を設定し、孤立させない配慮と情報把握の両立を図る。
- 退職可能性がある場合は任意継続の期限を早めに案内する:退職翌日から20日という申請期限を逃さないよう、退職が見込まれる段階から情報提供を始める。
まとめ
休職中の給与・社会保険の取り扱いは、「知らなかった」では済まない実務上の重要事項です。主なポイントを整理すると次のようになります。
- 休職中の給与支払い義務は法律上なく、就業規則の定めによる
- 私傷病による無給休職では傷病手当金(健康保険)が活用できる
- 社会保険料は休職中も発生し、無給の場合は別途徴収の仕組みが必要
- 傷病手当金の申請は会社がサポートし、速やかに対応することが求められる
- 復職・退職時には標準報酬月額の見直しや任意継続の期限管理が必要
- すべての取り扱いの土台となるのは、就業規則への明確な規定
休職者への対応は、担当者個人のノウハウに依存しがちです。しかし、属人化した対応はいつかほころびます。制度を整備し、手順をマニュアル化し、専門家との連携体制を整えることが、従業員と会社の双方を守ることにつながります。今一度、自社の休職制度を点検してみてください。
よくある質問(FAQ)
Q. 休職中に給与を支払わなければ社会保険料も発生しないのでしょうか?
いいえ、そうではありません。給与の支払いがなくても、雇用関係が継続している限り健康保険・厚生年金の被保険者資格は維持されるため、社会保険料は会社・従業員の双方に発生し続けます。無給の場合は給与からの天引きができないため、従業員に別途振込を依頼するなど、保険料回収の手続きを事前に取り決めておくことが重要です。
Q. 傷病手当金の申請は従業員が自分でやるものですか?会社は何をすればよいですか?
傷病手当金の申請は従業員本人が行いますが、申請書には会社が「事業主記載欄」に出勤・欠勤状況や賃金の支払い状況を記入して提出を支援する必要があります。申請が遅れると従業員の生活資金に影響が出るため、書類が整い次第、速やかに対応することが会社に求められる誠実な姿勢です。申請書類の入手から提出までのフローを社内でマニュアル化しておくと、担当者が変わっても適切に対応できます。
Q. 休職期間が終わっても復職できない社員はどうなりますか?
就業規則に「休職期間満了時に復職できない場合は退職とみなす(自然退職)」と定めている場合は、その規定に基づいて退職となります。この規定がない場合や内容が曖昧な場合はトラブルになりやすいため、就業規則への明記が不可欠です。退職となった場合でも、一定の要件(被保険者期間が継続1年以上かつ退職前から傷病手当金の受給要件を満たしていること)を満たしていれば、退職後も傷病手当金を継続受給できる場合があります。









