従業員から「副業を始めたいのですが」と申し出があったとき、あなたの会社はどのように対応しますか。「許可制にしているから安心」「本人が管理すればよい」と考えているとすれば、それは大きな落とし穴になりかねません。
2018年に厚生労働省が副業・兼業促進のガイドラインを策定し、2020年には労災保険制度の改正と管理モデルの導入が行われました。副業を認める企業が増える一方で、労働時間の通算ルールや安全衛生上の義務をどこまで果たせばよいのか、実務対応に悩む経営者・人事担当者は少なくありません。
本記事では、中小企業が押さえるべき副業・兼業の労働時間通算ルールの基本から、健康管理義務の実務対応、就業規則の整備ポイントまでを体系的に解説します。
なぜ今、副業の労働時間管理が重要なのか
副業・兼業に関する制度の変化は、ここ数年で急速に進んでいます。政府の働き方改革推進の流れを受け、厚生労働省は2018年に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を策定。さらに2020年9月の改定では、実務現場の混乱を軽減するための「管理モデル」が導入されました。同時期には労災保険法も改正され、複数の事業場で働く労働者の保護が強化されています。
しかし多くの中小企業では、「副業を許可しさえすれば、後は本人任せ」という認識のまま運用されているケースが見受けられます。実際には副業を許可した使用者にも、労働時間管理と健康確保の義務が継続して課せられています。この認識のズレが、後々の労務トラブルや労災認定時の責任問題につながるリスクとなります。
また、副業を申請せずに働く「隠れ副業」の存在も無視できません。把握できていない労働時間が積み重なり、過重労働による健康障害が発生した場合、使用者側の管理義務が問われる可能性があります。副業・兼業を認めるかどうかの判断だけでなく、認めた後の管理体制をいかに構築するかが、今日の企業経営における重要な課題となっています。
労働時間通算ルールの基本:法律が定める仕組み
副業・兼業に関する労働時間管理の根拠となるのは、労働基準法第38条です。同条は「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と定めており、異なる事業主のもとで働く場合も例外ではありません。つまり、本業と副業の労働時間は合計して管理する必要があります。
法定時間の超過と割増賃金の負担
通算した労働時間が1日8時間・週40時間の法定労働時間を超えた場合、時間外労働に対する割増賃金(通常は25%以上の割増)が発生します。この割増賃金を負担するのは、後から労働契約を締結した使用者です。一般的には本業が先に契約しているため、副業先が割増賃金を支払う義務を負います。
ただし、この「後から契約した側が払う」という原則は、管理モデルを採用することで整理しやすくなります。
2つの労働時間管理方式
厚生労働省のガイドラインでは、以下の2つの方式が示されています。
- 原則的方式:本業・副業の実際の労働時間を通算して管理する方法。正確である反面、リアルタイムで副業先の労働時間を把握し続けなければならず、管理コストが大きくなります。
- 管理モデル:自社と副業先がそれぞれ労働時間の上限枠を事前に設定し、その枠内で就労させる方法。副業先のリアルタイムな時間把握が不要になるため、中小企業の実務には特にこちらが推奨されます。
たとえば管理モデルでは、自社で「時間外労働は月45時間以内」と設定し、副業については「残り時間の範囲内で就業すること」を条件とすることで、通算管理の複雑さを大幅に軽減できます。
安全衛生法上の義務:健康管理をどこまで行うべきか
副業・兼業に関する健康管理義務の根拠は、労働安全衛生法第66条の8の4(2019年4月施行)にあります。この条文は、労働者が副業・兼業を行っている場合、事業者は労働者の申告をもとに通算した労働時間を把握し、必要に応じて医師による面接指導を実施しなければならない旨を定めており、副業がある場合の長時間労働対策を使用者に義務付けています。
面接指導が必要になる基準
面接指導の実施が必要となるのは、通算した時間外・休日労働時間が月80時間を超えると見込まれる場合です。「過労死ライン」とも呼ばれるこの基準は、本業のみで判断するのではなく、副業分も含めた合計時間で判定することが求められます。
したがって、自社では月45時間の時間外労働しかなくても、副業先でさらに月40時間働いているとすれば合計85時間となり、面接指導の対象となります。このような状況を把握するためにも、従業員からの定期的な自己申告の仕組みが欠かせません。
ストレスチェックと衛生管理の考え方
ストレスチェック(常時50人以上の事業場で義務)は、主たる事業場(本業)で実施することが基本です。副業先での実施は努力義務にとどまりますが、産業医や衛生管理者と連携し、副業従業員の心身の状態を定期的に確認する体制を整えることが望ましいといえます。
特に副業従業員が増えてきた場合には、産業医サービスを活用して、面接指導の実施体制や健康相談の窓口を事前に構築しておくことが実務上の大きな助けになります。
就業規則と申請制度の整備:実務フローの構築
副業・兼業を適切に管理するうえで、社内の制度基盤を整えることは最優先事項です。就業規則に副業・兼業に関する規定がない、または曖昧なまま運用している企業は、早急な整備が必要です。
就業規則に盛り込むべき内容
- 許可制の明記:副業・兼業を行う際は事前に会社の許可を得ること
- 申請事項:副業先の業種、就業日、就業時間帯、週の所定労働時間
- 許可条件:本業のパフォーマンスに支障がないこと、競業・情報漏洩リスクがないこと
- 禁止できる合理的理由の例示:競合他社への就業、守秘義務違反のおそれ、著しい本業への影響
- 報告義務:副業先の変更・終了の際は速やかに届け出ること
申請書・承認書の様式化
副業申請書には、副業先での就業形態(雇用契約か業務委託かフリーランスか)、月の予定労働時間、時間外労働の見込みなどを記載させることが重要です。承認の際は条件を書面で明示し、本人に控えを持たせます。申請書・承認書・労働時間報告書は5年間保存することが求められます(労働基準法改正対応)。
隠れ副業への対処
申請されていない副業(隠れ副業)は、会社が把握できない労働時間を生み出します。申告しない場合に就業規則上の懲戒処分の対象となることを明示するとともに、定期的な自己申告制度を設けることが有効です。また、健康診断や産業医面談の際に「他の事業場での就業状況」を確認する機会を設けることも、把握の一助となります。
労災保険と複数事業労働者:見落とせないリスク管理
2020年9月の労働者災害補償保険法(労災保険法)の改正により、複数の事業場で働く労働者(複数事業労働者)の保護が強化されました。この改正を把握していない経営者・人事担当者は、リスクの見落としにつながる可能性があります。
給付基礎日額の合算
改正前は、労災給付の基礎となる「給付基礎日額」は被災した事業場の賃金のみをもとに算定していました。改正後は、すべての事業場の賃金を合算して算定することとなりました。副業先で労災が発生した場合でも、本業での賃金が算定基礎に含まれます。
業務上の負荷を複数就業全体で評価
業務起因性(その業務が原因で病気やけがが生じたかどうか)の判断においても、複数就業の負荷を総合的に評価するよう改正されました。本業では問題ない程度の時間外労働でも、副業と合わせると過重労働と評価される場合があります。これは、使用者が副業従業員の総労働時間を把握・管理することの重要性をより高めた改正といえます。
なお、通勤災害についても、複数の事業場への合理的な経路が認定されるようになりました。副業先への通勤途中の事故も、労災の対象となりうる点を理解しておく必要があります。
実践ポイント:今日から始める副業管理の5ステップ
制度の全体像を理解したうえで、中小企業がすぐに取り組める実践的な対応をまとめます。
-
ステップ1:就業規則の整備
副業・兼業の許可制規定を整備し、申請書・承認書の様式を作成します。既存の就業規則に副業規定がない場合は、労働者への周知と労働基準監督署への届け出も必要です。 -
ステップ2:管理モデルの採用
自社の時間外労働の上限枠と、副業に充てられる上限枠を設定します。この枠を副業許可の条件として申請書に明記し、書面で通知する運用を整備します。 -
ステップ3:定期的な労働時間報告の仕組みを設ける
月に1回程度、副業での実績労働時間を自己申告させるフォームや様式を用意します。通算時間外労働が月80時間に近づいた場合はアラートを出す運用ルールを設けましょう。 -
ステップ4:面接指導の実施体制を整える
通算の時間外労働が月80時間を超えると見込まれる従業員に対して、速やかに医師による面接指導を実施できる体制を事前に構築します。産業医が未選任の場合は、外部の産業医サービスの活用を検討してください。また、副業による長時間労働や職場の人間関係ストレスで心身に不調をきたす従業員には、メンタルカウンセリング(EAP)の窓口を設けることも有効な健康支援策となります。 -
ステップ5:記録の保存とレビュー
申請書・承認書・労働時間報告書は5年間保存します。年に1度は運用状況を見直し、制度の周知や申請漏れのチェックを行います。
まとめ
副業・兼業の労働時間通算ルールは、制度の全体像を正確に理解しないまま運用すると、割増賃金の未払いや安全衛生義務の不履行、労災発生時の責任問題など、複合的なリスクを抱えることになります。
重要なのは、副業を許可した段階で会社の管理義務が終わるわけではないという点です。通算した労働時間の把握、月80時間超の面接指導の実施、就業規則の整備と申請制度の運用——これらを一体的に進めることが、副業・兼業時代の適切な労務管理の基本となります。
制度理解と実務体制の構築は、決して大企業だけの課題ではありません。むしろ専任の人事・労務スタッフが少ない中小企業こそ、シンプルで運用しやすい管理モデルの活用と、外部専門家との連携によって、リスクを最小化する体制づくりを早期に進めることが求められます。
副業を許可した後、会社にはどのような管理義務が残りますか?
副業を許可した後も、使用者には労働時間の通算管理義務と安全衛生確保義務が継続します。具体的には、本業と副業を合算した時間外労働が月80時間を超える見込みとなった場合に医師による面接指導を実施する義務(労働安全衛生法第66条の8の4)があります。「許可したら後は本人任せ」という運用は法律上認められていないため、定期的な労働時間の自己申告制度と産業医との連携体制を整備することが重要です。
管理モデルとはどのような仕組みで、どのようなメリットがありますか?
管理モデルとは、自社と副業先がそれぞれ労働時間の上限枠を事前に設定し、その枠内で就労させる労働時間管理の方法です。2020年9月の厚生労働省ガイドライン改定で導入されました。この方式の最大のメリットは、副業先のリアルタイムな労働時間の把握が不要になる点です。たとえば自社で「時間外労働月45時間以内」、副業は「残り枠内に収まる時間数」と事前に設定・通知しておくことで、通算管理の複雑さを大幅に軽減でき、中小企業の実務に特に適した方式といえます。
従業員が副業を申告しない「隠れ副業」が発覚した場合、どのように対処すればよいですか?
まず就業規則に「副業・兼業は事前申請が必要であり、無申告の場合は懲戒処分の対象となりうる」旨を明記し、全従業員に周知することが前提となります。発覚した場合は、隠れ副業による総労働時間を速やかに確認し、過重労働状態にあれば健康確保措置(面接指導等)を優先して実施します。処分については就業規則の規定と合理性を踏まえて判断し、証拠の収集と記録保存も徹底してください。具体的な懲戒処分の判断については、社会保険労務士や弁護士などの専門家にご相談ください。再発防止のために定期的な自己申告制度や健康診断時の就業状況確認の機会を設けることも有効です。







