従業員がメンタルヘルス不調や身体疾患で休職した際、多くの中小企業の経営者・人事担当者が「どこまで連絡してよいのか」「どう接すればよいのか」と頭を抱えます。連絡しすぎてハラスメントと指摘されることへの恐れ、一方で連絡が途絶えて状況把握できないことへの不安——この両方の悩みを抱えたまま、場当たり的な対応を続けているケースは少なくありません。
特に専任の人事担当者や産業医(労働者の健康管理を専門に担う医師)が不在の小規模企業では、前例もなく「何が正しい対応なのか」がわからないまま、休職者本人にとっても会社にとっても好ましくない状況が生まれがちです。
この記事では、休職中の従業員との適切なコミュニケーションについて、法的な根拠をふまえながら、中小企業でも実践できる具体的な方法を解説します。
休職中も続く会社の「安全配慮義務」——法律上の基本的な考え方
まず押さえておきたいのが、休職中であっても会社の法的責任は継続しているという点です。
労働契約法第5条は、使用者(会社)が労働者の生命・身体・精神の健康を守るために必要な配慮をする義務、いわゆる「安全配慮義務」を定めています。この義務は休職中も消えません。つまり、「休職中だから放置してよい」という考え方は法的に誤りであり、適切な関与を続けることが会社に求められています。
一方で、個人情報保護法は、病名・診断内容などを「要配慮個人情報」として特に厳格な扱いを義務付けています。本人の同意なく上司や同僚に病名を開示することは原則として許されません。「チームのみんなに説明した方がいい」という善意の行動が、プライバシー侵害につながるリスクがある点には十分な注意が必要です。
また、労働安全衛生法では、50人以上の事業場に産業医の選任を義務付けており、50人未満の事業場でも産業医の活用は強く推奨されています。産業医が不在の場合でも、地域産業保健センター(産保センター)が無料の相談窓口を提供しており、復職判断に迷ったときの相談先として活用できます。
「連絡しないのが配慮」は誤解——適切な連絡頻度と内容の設定
休職者への連絡について、「余計なプレッシャーをかけないよう、一切連絡しない」という対応を選ぶ会社があります。しかし、これは誤った配慮です。連絡が全く途絶えると、休職者は「会社に見捨てられた」「自分の存在が消えてしまった」という孤立感を抱えやすくなり、回復の妨げになることがあります。
反対に、頻繁すぎる連絡や業務に関する問い合わせは、療養を妨害するハラスメントとみなされる可能性があります。重要なのは、適切な頻度と適切な内容のバランスをとることです。
推奨される連絡頻度と方法
実務的な目安として、月1回程度のメールまたは書面による連絡が多くの場面でバランスが取れています。電話よりもメールや書面の方が、従業員が自分のペースで読み返せるため、心理的な負担が少ない傾向があります。
- 連絡担当者は人事担当者1名に絞る(上司、経営者、同僚など複数からの連絡は混乱と負担を生む)
- 本人の状態に応じて「回復してきたら連絡してほしい」と本人主導の連絡を尊重する場面も設ける
- 緊急連絡先や家族への連絡の可否は、休職開始時に必ず確認・合意しておく
連絡内容の「NG」と「OK」
何を連絡するかも非常に重要です。以下を参考に内容を整理してください。
避けるべき連絡内容(NG)
- 業務の進捗確認や業務指示
- 「いつ頃戻れそうですか」という復職時期の催促
- 他の従業員の近況や活躍を伝える(比較によるプレッシャーにつながる)
適切な連絡内容(OK)
- 傷病手当金申請(健康保険法に基づき、休職4日目以降から給与の約3分の2を最長1年6か月支給)の書類手続きに関する依頼・案内
- 診断書の提出依頼など事務的な連絡
- 「療養に専念してください」という会社の姿勢の伝達
- 復職後に利用できるサポート制度の案内
なお、傷病手当金の申請には会社の証明記入が必要なため、これが定期的な連絡の自然な機会になることもあります。手続きの流れを休職開始時に丁寧に説明しておくことで、本人の不安を減らす効果も期待できます。
休職開始時に「ルール」を明確にしておくことが最大の予防策
休職中のコミュニケーショントラブルの多くは、休職開始時のルール設定が不十分だったことに起因します。「なんとなく」の対応が続いた結果、従業員側と会社側の認識のズレが大きくなってしまうのです。
休職開始時に合意しておくべき事項
- 連絡方法(メール・郵送など)と頻度(月1回など)
- 連絡の担当窓口(1名に限定)
- 緊急時の連絡先(本人・家族)
- 傷病手当金申請など事務手続きの流れと必要書類
- 復職に向けて必要な手続き(診断書の提出、産業医面談など)
これらは口頭だけでなく、書面(合意書や案内文)として交わしておくことで、後のトラブルを防ぐ効果があります。
就業規則の整備も不可欠
中小企業では就業規則に休職・復職に関する規定が不十分なケースが見られます。労働契約法上、就業規則の内容が休職・復職の判断基準の根拠となるため、少なくとも以下の項目を明記しておくことが重要です。
- 休職期間の上限と延長条件
- 休職期間満了時の取り扱い(自然退職・解雇など)
- 復職に必要な条件(診断書の提出、産業医面談の受診など)
これらが明文化されていることで、会社と従業員の双方にとって判断基準が明確になり、不必要なトラブルを避けられます。
復職判断は「診断書だけ」に頼らない——医療機関・産業医との連携
「主治医から復職可能という診断書をもらったが、本当に職場に戻れる状態なのか確信が持てない」という悩みは、人事担当者から非常によく聞かれます。主治医は患者の回復を支援する立場であり、必ずしも職場環境や業務負荷を十分に把握した上で診断書を発行しているわけではないためです。
こうした場合に有効なのが、「職場復帰支援情報提供書」の活用です。これは、本人の同意を得た上で、会社が担当業務の内容・職場環境・勤務時間などの情報を主治医に提供し、「どのような業務なら可能か」を具体的に確認するための文書です。主治医との双方向のコミュニケーションを通じて、より現実に即した復職判断が可能になります。
産業医がいる事業場では、復職前に産業医面談を必ず実施することが重要です。産業医は主治医とは独立した立場で、職場復帰の可否を労務管理の観点から評価できます。主治医と産業医の意見が食い違う場合は、産業医の意見を優先しつつ、主治医とも情報共有を続けることが望ましいとされています。
産業医がいない中小企業では、地域産業保健センター(産保センター)の無料相談を活用する方法があります。また、外部の産業医サービスを利用することで、専門的なサポートを得ることも選択肢の一つです。復職判断に迷いが生じた時点で、早めに専門家の力を借りることを検討してください。
段階的な復職支援プログラムの実践——厚労省ガイドラインを活用する
厚生労働省は「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」の中で、5つのステップからなる職場復帰支援プログラムを示しています。法的義務ではありませんが、実務上の標準として広く参照されており、中小企業でも参考にできる内容です。
- 第1ステップ:病気休業の開始・休業中のケア(休職開始時のルール設定、定期的な連絡)
- 第2ステップ:主治医による職場復帰可能の判断(診断書の取得)
- 第3ステップ:職場復帰の可否の判断・復職支援プランの作成(産業医面談、業務内容の調整計画)
- 第4ステップ:最終的な職場復帰の決定(書面での確認、試し出勤の実施など)
- 第5ステップ:職場復帰後のフォローアップ(定期的な面談、業務負荷の調整)
特に中小企業で見落とされがちなのが、第5ステップの復職後フォローアップです。復職が認められた後も、メンタルヘルス不調は再発リスクを抱えています。復職後1か月・3か月・6か月といった節目で面談の機会を設け、本人の状態や業務負荷を確認することが、再休職の予防につながります。
また、正式な復職前に段階的に職場環境に慣れる「試し出勤(リワーク的な運用)」を整備する企業も増えています。ただし、試し出勤中の時間が法的に「労働時間」にあたるかどうかの整理が必要になるため、導入前に専門家へ確認することをお勧めします。
メンタルヘルス不調による休職の場合、専門的なカウンセリングが回復と職場復帰を後押しする場合があります。メンタルカウンセリング(EAP)などの外部支援サービスの活用も、従業員のサポート手段として検討する価値があります。
実践のためのポイントまとめ
ここまでの内容を、実際の対応に役立てるポイントとして整理します。
- 休職開始時に連絡ルールを書面で合意する——頻度・方法・担当窓口・事務手続きの流れを明確にする
- 連絡担当は1名に絞る——複数の人間からの連絡は従業員の負担を増やす
- 連絡内容は事務的・支持的なものに限定する——業務依頼や復職催促は避ける
- 就業規則に休職・復職の規定を整備する——判断基準の明文化が双方を守る
- 診断書だけで復職判断しない——主治医・産業医との連携を通じて多角的に評価する
- 病名・診断内容の情報管理を徹底する——本人同意なく第三者に開示しない
- 復職後のフォローアップを継続する——再発予防のために定期的な面談の場を設ける
- 産業医が不在なら外部リソースを活用する——産保センターや外部産業医サービスを検討する
まとめ
休職中の従業員との適切なコミュニケーションは、「どこまでやるか」の線引きが難しく、多くの中小企業が手探りで対応しているのが実情です。しかし、安全配慮義務という法的な責任の観点からも、従業員の回復を支援するという人的な観点からも、「放置」は最善の選択ではありません。
大切なのは、休職開始の段階でルールを明確にし、適切な頻度と内容での連絡を継続しながら、復職プロセスを段階的かつ組織的に進めることです。専任担当者や産業医がいない環境でも、厚生労働省のガイドラインや外部の専門家リソースを活用することで、適切な対応は十分に実現できます。
一人ひとりの従業員が安心して療養し、職場に戻ってこられる環境を整えることは、企業の持続的な成長にとっても欠かせない投資です。今回ご紹介した内容を参考に、自社の対応を見直すきっかけにしていただければ幸いです。
よくある質問(FAQ)
休職中の従業員に連絡をしなかった場合、法的な問題はありますか?
直ちに法令違反となるわけではありませんが、労働契約法第5条が定める安全配慮義務の観点から、休職中も従業員の状況を把握し適切な配慮を続けることが会社に求められています。連絡が全くない状態が続くと、従業員が孤立感を深めて回復が遅れるリスクがあるほか、後にトラブルとなった際に「義務を果たしていなかった」と判断される可能性もあります。月1回程度の事務的・支持的な連絡を継続することが望ましいとされています。
主治医が「復職可能」と言っているのに、会社として不安が残る場合はどうすればよいですか?
主治医は患者の治療を担う立場であり、必ずしも職場の業務内容や環境を詳しく把握した上で判断しているとは限りません。このような場合は、本人の同意を得た上で職場の業務内容・勤務条件などを主治医に文書で伝え、具体的にどのような業務が可能かを確認する「職場復帰支援情報提供書」の活用が有効です。また、産業医がいる場合は産業医面談を実施し、労務管理の観点から復職可否を改めて評価することが推奨されます。産業医がいない場合は、地域産業保健センターや外部の産業医サービスへの相談を検討してください。
休職者の病名や診断内容を、同じ部署の社員に伝えることは問題ありますか?
個人情報保護法において、病名・診断内容は「要配慮個人情報」として特に厳格な取り扱いが義務付けられています。本人の明示的な同意なく、上司・同僚・他の従業員に病名を開示することは原則として許されません。チームへの説明が必要な場合は、「体調不良により休職中」という事実の範囲にとどめ、具体的な病名や診断内容については本人の意向を尊重した上で慎重に判断することが重要です。









