「定年を迎えた社員を再雇用したいが、どんな契約書を作ればいいのかわからない」「賃金をどこまで下げてよいのか不安だ」——中小企業の経営者・人事担当者から、こうした相談が増えています。
高齢化社会の進展とともに、60歳・65歳以降も働き続ける従業員は年々増加しています。一方で、高年齢者雇用安定法(以下「高齢法」)の改正や、同一労働同一賃金ルールの整備、2024年4月の労働条件明示義務の改正など、関連する法律・制度は複雑化する一方です。知らないうちにルールに反した運用をしていたというケースも少なくありません。
本記事では、中小企業が高齢者雇用を適切に進めるために必要な、法律の基本知識・契約書の作成ポイント・賃金設計の考え方を、実務に役立つ形でわかりやすく解説します。
高年齢者雇用安定法の「義務」と「努力義務」を正しく理解する
まず押さえておきたいのが、高齢法における企業の義務の範囲です。この法律には「やらなければならないこと(義務)」と「できる限り取り組むべきこと(努力義務)」の2段階があります。混同している経営者・人事担当者が多いため、ここで整理しておきましょう。
65歳までの雇用確保は「義務」
すべての事業主は、以下のいずれかの措置を講じることが法律で義務づけられています。
- 定年の廃止
- 定年を65歳以上に引き上げる
- 65歳までの継続雇用制度(再雇用・勤務延長)を導入する
中小企業の多くは3つ目の「継続雇用制度」を選択しています。なお、2013年の法改正以降、継続雇用の対象者を選別するための「労使協定による基準」は原則廃止となっており、希望する従業員全員を対象とすることが原則です。ただし、就業規則等に定められた解雇事由・退職事由に該当する者を除くことは、合理的な運用として認められています。
70歳までの就業確保は「努力義務」
2021年4月に施行された改正高齢法により、70歳までの就業機会を確保するための措置も努力義務として追加されました。義務とは異なり、罰則はありませんが、国の指導・助言の対象となる可能性があります。対応策としては、定年廃止・継続雇用制度の延長に加え、他社への再就職支援、フリーランスや起業への支援、社会貢献活動への参加支援なども含まれます。
まだ対応方針が決まっていない企業も多いですが、少子化による人材不足が深刻化するなかで、高齢人材の活用は経営戦略上も重要なテーマとなっています。
定年後再雇用時の契約書作成で絶対に押さえるべきポイント
実務上よく見られるトラブルの一つが、「定年後も口頭や慣行で雇用を続けており、きちんとした契約書がない」というケースです。定年後の再雇用は、定年前の労働契約とは別の新たな契約関係です。必ず書面で労働契約書を締結してください。
2024年4月改正で追加された明示義務に注意
2024年4月施行の労働基準法施行規則の改正により、有期労働契約を締結する際に追加で明示しなければならない事項が増えました。再雇用契約は多くの場合有期契約(1年更新など)となるため、以下の点が特に重要です。
- 就業場所・業務の変更の範囲:将来的に配置転換等がありうる場合はその旨を明示
- 更新上限の有無とその内容:「満70歳を上限とする」など、雇用期間の上限を明記することが必須
- 無期転換申込機会と転換後の労働条件:後述する特例(第二種計画認定)を取得していない場合は必ず明示が必要
契約書に記載すべき主要事項
以下の内容を網羅した契約書を作成することが、後々のトラブル防止につながります。
- 雇用期間:「令和○年○月○日から令和○年○月○日まで(1年間)、自動更新なし」など
- 上限年齢:「満70歳の誕生月末日をもって雇用終了」など具体的に明示
- 職務内容・就業場所・変更の範囲:定年前と異なる場合は明確に記載
- 賃金の詳細:基本給の額、各手当の種類・金額・支給条件を明記
- 更新の有無と判断基準:「健康状態・業務遂行能力・事業の状況を総合的に判断して更新の可否を決定する」など
- 更新上限:更新上限年齢または更新回数の上限を必ず記載
更新の期待を合理的に抱かせるような運用をしながら、理由なく雇止め(更新拒絶)を行うと、「雇止め法理」(労働契約法19条)により雇止めが無効となるリスクがあります。更新するかどうかの判断基準を最初から明示しておくことが重要です。
無期転換ルールの「特例」活用も検討を
労働契約法18条の「無期転換ルール」では、同一の使用者との有期労働契約が通算5年を超えた場合、労働者の申し込みによって無期契約に転換する権利(無期転換申込権)が発生します。定年後の再雇用が長期に及ぶ場合、この権利が発生する可能性があります。
これを防ぐ方法として、厚生労働大臣(都道府県労働局)への「第二種計画認定」の申請があります。認定を受けることで、定年後再雇用者については無期転換申込権を発生させないことが可能になります。ただし、認定には高齢者雇用推進のための措置整備が必要であり、認定を受けていない企業には通常の無期転換ルールがそのまま適用される点に注意が必要です。
賃金引き下げは「合理的説明」ができるかが鍵
定年後再雇用における最大の悩みの一つが「賃金をどう設定するか」です。定年前から大幅に下げることが一般的ですが、法的リスクを避けるためには、単純な削減ではなく「合理的な説明ができる設計」が不可欠です。
同一労働同一賃金との関係
パートタイム・有期雇用労働法により、正規雇用労働者と有期・パートタイム労働者の間で「不合理な待遇差」を設けることは禁止されています。定年後再雇用者も有期労働者として比較の対象となります。
2018年の最高裁判決(長澤運輸事件・ハマキョウレックス事件)は、この問題の重要な判断基準を示しています。判決のポイントは以下のとおりです。
- 定年後再雇用における賃金の引き下げ自体は、直ちに違法とはならない
- ただし、各手当・福利厚生の項目ごとに、待遇差の合理的な理由を説明できなければならない
- 職務内容・責任の範囲・配置変更の範囲が正社員と変わらないにもかかわらず大幅な賃金減額を行うことは、違法となるリスクが高い
つまり、「定年後だから賃金を下げる」という理由だけでは不十分で、職務内容・責任・勤務条件の変化に応じた説明が求められます。
賃金設計の実務的な考え方
賃金設計にあたっては、以下の手順で検討することをお勧めします。
- 職務内容の整理:定年前と比べて何がどう変わるのかを明確にする(管理職から外れる、責任範囲が縮小するなど)
- 基本給の根拠を明確に:職能給・職務給など、給与の決め方を整理する
- 各手当の支給・不支給理由を整理:通勤手当・精皆勤手当・賞与など、項目ごとに正社員との差の合理性を確認する
- 在職老齢年金との関係を把握する:2025年現在、月収と年金の合計が50万円を超えると年金の一部が支給停止となる制度(在職老齢年金)があります。本人が年金受給状況を開示してくれる場合、賃金設計の参考にすることは可能ですが、強制的な情報提供を求めることはできません
また、高年齢雇用継続給付(60歳以降に賃金が60歳時点比75%未満になった場合に支給される雇用保険の給付)の活用も検討に値しますが、この給付は2025年以降、段階的に縮小される予定となっています。最新の制度状況を確認しながら対応してください。
人間関係・組織マネジメント上の課題にも目を向ける
契約書や賃金の問題だけでなく、高齢従業員の雇用には人間関係・マネジメント上の課題も伴います。特に中小企業では、元管理職が平社員として再雇用されるケースも多く、本人のモチベーション維持と若手・中堅との関係構築が重要な課題となります。
役割・期待を明確に伝える
再雇用後の役割が曖昧なまま働き続けると、本人も周囲も扱いに困る状況が生じます。再雇用時の面談で、職務内容・期待する成果・指揮命令系統を明確に伝えることが大切です。「技術・経験の伝承担当」「特定のプロジェクトのサポート役」など、具体的な役割を設けることで、本人のやりがいにもつながります。
健康状態の変化への備え
高齢従業員は、加齢に伴う体力・健康状態の変化が避けられません。突然の長期休業や業務遂行能力の低下に備えて、定期的な健康診断の実施はもちろん、産業医との連携体制を整えておくことが重要です。特に50人未満の小規模事業場では産業医の選任義務がない場合もありますが、専門家のサポートを受けられる体制を整えることが望まれます。
高齢従業員の健康管理や職場復帰支援については、産業医サービスを活用することで、医学的見地から適切なアドバイスを受けることが可能です。
また、長年の職歴を持つ高齢従業員は、処遇変化に対して強いストレスを感じる場合があります。メンタルヘルスの問題が生じた場合に早期対応できるよう、メンタルカウンセリング(EAP)などの相談窓口を整備しておくことも、組織としての配慮として重要です。
今すぐ取り組める実践ポイント
最後に、法的リスクを減らし、高齢従業員が働きやすい環境をつくるために、今日から実践できる具体的な行動をまとめます。
- 既存の再雇用者全員の契約書を点検する:更新上限・賃金根拠・職務内容が明記されているか確認する。口頭のみの合意で運用しているケースはすぐに書面化を
- 賃金設計の根拠を文書化する:なぜその賃金水準なのか、職務内容・責任の変化に対応した合理的理由を書き残しておく
- 第二種計画認定の取得を検討する:今後も継続雇用者が増える見込みであれば、早めに都道府県労働局へ相談する
- 2024年4月改正の契約書対応を確認する:更新上限の明示、就業場所・業務変更の範囲の記載など、新たな必須事項が漏れていないか点検する
- 再雇用時の面談を制度化する:契約締結前に本人の希望・健康状態・役割認識を確認する場を設ける
- 就業規則・再雇用規程を整備・最新化する:高齢法の改正内容や同一労働同一賃金の観点から、古い規程のままになっていないか見直す
まとめ
高齢者雇用をめぐる法律・制度は近年大きく変化しており、中小企業にとっても対応が求められる場面が増えています。65歳までの雇用確保は義務、70歳までは努力義務という大枠を理解したうえで、定年後再雇用に際しては必ず書面による労働契約書を作成し、賃金・処遇については職務内容の変化に応じた合理的な説明ができる設計を心がけることが重要です。
また、高齢従業員の健康管理やメンタルヘルスケアを含めたトータルな対応が、企業の信頼性向上と人材定着にもつながります。法律の細かい解釈や個別ケースへの対応に迷う場合は、社会保険労務士や産業医などの専門家に相談しながら進めることをお勧めします。高齢者が安心して長く働ける職場環境は、企業の持続的な成長にも貢献します。
よくある質問(FAQ)
定年後再雇用の契約書は毎年新たに締結する必要がありますか?
1年ごとの有期契約として再雇用する場合は、更新のたびに労働条件を明示した書面(労働条件通知書または労働契約書)を交付することが必要です。労働基準法15条の労働条件明示義務は、更新時にも適用されます。特に2024年4月以降は更新上限の明示なども必要となっているため、毎回の更新時に最新の様式で対応することが望まれます。
定年後の賃金は定年前の何割程度まで下げてよいのですか?
法律上、何割までという一律の基準はありません。重要なのは、賃金の引き下げが「不合理な待遇差」にあたらないことです。職務内容・責任範囲・配置変更の範囲が定年前と比べてどう変化したかを根拠として、各手当・福利厚生の項目ごとに合理的な説明ができることが求められます。長澤運輸事件などの最高裁判例を参考に、職務変化を伴わない大幅な減額には慎重に対応してください。
65歳を超えた再雇用者が「もっと働きたい」と言っている場合、断ることはできますか?
65歳を超える雇用については義務ではなく努力義務の範囲となるため、就業規則や雇用契約書に定めた上限年齢(例:70歳)に達した場合には雇用終了とすることは可能です。ただし、契約書に上限年齢を明示しておくことが雇止めの重要な根拠となります。上限の定めがないまま長期間更新を続けていると、雇止めが困難になる場合がありますので、最初の契約から上限を明記することが大切です。







