従業員のメンタルヘルス不調が顕在化する前に、職場としていち早くサインをキャッチし、適切な支援につなげることは、今や経営上の重要課題です。ストレスチェック制度における「高ストレス者への面接指導」は、まさにそのための公的な仕組みですが、多くの中小企業では「制度の対象かどうかも曖昧」「面接を申し出てくれる社員がいない」「産業医がいないので対応できない」といった課題を抱えたまま、形だけの運用に終わっているケースが少なくありません。
本記事では、労働安全衛生法に基づく制度の基本から、高ストレス者が安心して面接を申し出られる環境づくり、実際の面接の進め方、面接後の就業上の措置まで、中小企業の経営者・人事担当者が今日から実践できる内容を体系的に解説します。
まず確認:ストレスチェックと面接指導の法的義務
ストレスチェック制度は、労働安全衛生法第66条の10を根拠とし、常時50人以上の労働者を使用する事業場に実施が義務付けられています。50人未満の事業場は努力義務ですが、従業員のメンタルヘルス保護という観点から、自主的に取り組む企業が増えています。
ストレスチェックを実施した結果、一定基準以上のストレスが確認された労働者を「高ストレス者」と呼びます。高ストレス者への面接指導は、労働者本人が申し出た場合に事業者の実施義務が発生します(労働安全衛生規則第52条の15〜18)。つまり、会社が自動的に呼び出すのではなく、あくまでも本人の意思に基づく申し出が起点となります。
申し出があった場合、事業者はおおむね1ヶ月以内に医師による面接指導を実施しなければなりません。面接指導を行えるのは医師(産業医等)に限られており、保健師や精神保健福祉士は対応できない点に注意が必要です。また、面接指導の結果記録は5年間の保存が求められます。
さらに重要なのが不利益取扱いの禁止です。面接を申し出たこと、または受診したことを理由とした解雇・降格・減給等は法律で明確に禁止されています。この規定を社員に十分周知することが、制度を機能させる大前提になります。
最大の壁:なぜ高ストレス者は申し出ないのか
制度として整備されていても、実際に申し出る社員が少ない職場は多くあります。その背景には、主に次のような心理的ハードルがあります。
- 評価への不安:「申し出たら上司や会社に弱みを見せることになる」「査定に響くのではないか」
- プライバシーへの懸念:「ストレスの内容が上司に筒抜けになるのでは」「職場内に広まるのが怖い」
- 深刻さの過小評価:「自分はまだ大丈夫」「こんなことで相談するのは大げさだ」
- 申し出方法がわからない:制度の案内が不十分で、どこに・どうやって申し出ればよいか知らない
これらのハードルを下げるために、企業側が取れる対策があります。まず、結果通知の文書に受診を促す文言を添えることが効果的です。「あなたのストレス状態が高めです。面接指導は会社が費用を負担します。申し出た事実が評価に影響することは一切ありません」といったメッセージを明記するだけで、申し出のハードルは下がります。
また、申し出窓口を人事部門以外にも設けることが重要です。直属の上司や人事担当者に話しにくいと感じる社員も、外部のメンタルカウンセリング(EAP)窓口や産業医への直接申し出が可能であれば、利用しやすくなります。上司を介さず直接申し出られる仕組みがあることを、あらかじめ全社員に周知しておくことが不可欠です。
産業医がいない中小企業の面接体制をどう整えるか
中小企業が面接指導の実施でつまずく最大の理由の一つが、面接指導を担う医師の確保です。常時50人以上の労働者を使用する事業場には産業医の選任義務がありますが、実態として産業医との契約が形骸化していたり、そもそも医師との接点がない企業も多く存在します。
こうした場合に活用できる外部リソースが、地域産業保健センター(産保センター)です。全国の労働基準監督署の管轄区域に設置されており、小規模事業場を対象に産業医による面接指導を無料で提供しています。費用の負担なく専門医の支援を受けられる貴重な仕組みですが、知らずに使っていない企業が多いのが現状です。まずは最寄りの産保センターに問い合わせてみることをお勧めします。
また、嘱託産業医の契約も有効な選択肢です。月1〜2時間程度の短時間契約から対応する医師も多く、面接指導のみを依頼する形での活用も可能です。さらに、厚生労働省は一定の条件下でテレビ電話等を活用したオンライン面接指導を認めており、地理的な制約がある企業や在宅勤務者への対応としても注目されています。
産業医サービスを外部に委託することで、産業医の選任から面接指導の実施まで一括して対応できる体制を整える企業も増えています。自社の規模や状況に合わせた体制構築を検討してみてください。
面接指導の実際の進め方:7つのステップ
高ストレス者から申し出を受けてから、就業上の措置を実施するまでの流れを、実務に即した7つのステップで整理します。
STEP1:申し出の受理と日程調整
申し出は書面または電子メールで受け付け、記録として残します。申し出から面接実施までおおむね1ヶ月以内を目安に日程を設定します。申し出やすいよう、複数の日時の選択肢を提示することが望ましいです。
STEP2:面接前の情報整理
産業医は面接に先立ち、対象者のストレスチェック結果と業務状況(残業時間・担当業務の内容等)を確認します。ただし、この情報収集は本人の同意を得た上で行うことが原則です。
STEP3:面接指導の実施(30分〜1時間程度)
面接では以下の項目を中心に確認します。
- 現在の体調・症状(睡眠の質・食欲・気力・集中力など)
- 職場環境・業務負荷・職場内の対人関係
- 本人が話せる範囲でのプライベートな要因
- 本人自身の希望や、すでに取り組んでいる対処方法
面接の姿勢として最も重要なのは、傾聴と共感を基本とすることです。医師も人事担当者も、面接の場を「情報収集の場」と位置付けるのではなく、「本人のための相談の場」として機能させることを最優先に考えてください。診断や評価を下す場ではないことを、面接開始前に本人に明確に伝えることも大切です。
STEP4:医師による意見書の作成
面接後、医師は就業上の措置に関する意見書を作成します。必要な措置の例としては、残業時間の上限設定・深夜業の免除・業務内容や量の調整・休業の勧奨などが挙げられます。措置が特に必要ない場合も、その旨を記録として残します。
STEP5:事業者への情報提供
医師から事業者へ提供できる情報は、就業上の措置に必要な範囲に限定されます。診断名や具体的な症状は、本人の同意なく事業者に開示することは原則禁止です。「残業を月○時間以内に制限することが望ましい」といった措置の内容のみを共有する形が基本です。
STEP6:就業上の措置の実施
事業者は医師の意見を十分に尊重する義務があります(労働安全衛生法第66条の10第6項)。人員が少ない中小企業では「対応が難しい」と感じる場面もあるかもしれませんが、医師の意見を無視することは法的にも問題となります。措置の内容と理由を本人に丁寧に説明し、「これは懲罰ではなく、回復を支援するための対応である」ことを明確に伝えることが信頼関係の維持につながります。
STEP7:フォローアップ
措置実施後、1〜3ヶ月を目安に産業医・人事・上司が連携して経過を確認します。状態が改善していなければ、医療機関への受診勧奨や措置内容の見直しを検討します。
個人情報の取り扱い:どこまで共有してよいか
面接指導にまつわる情報管理は、企業の信頼に直結する重要な問題です。基本原則を改めて整理します。
- ストレスチェックの結果は、本人の同意なく事業者に提供してはならない(労働安全衛生規則第52条の13)
- 面接指導の結果記録は医師が作成・管理するのが原則
- 事業者に提供できる情報は就業上の措置に必要な範囲のみ
- 上司への情報共有は本人の同意を得た上で必要最小限に
現場でよく起こるのが、「上司が心配だから状況を教えてほしい」という要望です。上司の善意であっても、本人の同意なく詳細な情報を開示することはプライバシーの侵害となり得ます。情報共有の基準を事前に社内ルールとして明文化しておくことで、現場での判断ミスを防ぐことができます。
実践ポイント:中小企業が今すぐ取り組むべきこと
制度を形だけで終わらせず、実質的なケアにつなげるために、以下の点から着手してみてください。
- 不利益取扱い禁止を繰り返し周知する:結果通知文書・社内研修・社内報など、複数の機会を使って伝え続ける
- 申し出窓口を複数用意する:人事・産業医・外部EAPなど、社員が選べる経路を確保する
- 産保センターを活用する:産業医がいない、またはコストが課題の場合は、まず地域産業保健センターに問い合わせる
- オンライン面接の活用を検討する:在宅勤務者や地方勤務者への対応として、テレビ電話を活用した面接指導の導入を検討する
- 事後措置の判断基準を事前に決めておく:「残業削減をどう調整するか」「業務量を減らした場合の業務配分はどうするか」といった措置の実施ルールを、日常業務の中で議論しておく
- フォローアップを仕組み化する:面接後の経過確認を担当者任せにせず、スケジュールに組み込んで確実に実施する
まとめ
高ストレス者への面接指導は、義務だから行うものではなく、働く人のメンタルヘルスを守り、職場の持続的な生産性を維持するための重要な経営判断です。制度の対象となる50人以上の事業場はもちろん、それ未満の企業であっても、従業員のストレスに早期に気づき、適切に対応する文化を育てることが組織の健全な成長を支えます。
面接指導を機能させるカギは、「申し出やすい環境」「確実な実施体制」「適切な情報管理」「実効性のある事後措置」の4点にあります。外部の専門リソースを積極的に活用しながら、自社の実情に合った仕組みを着実に整えていきましょう。
よくある質問(FAQ)
ストレスチェックで高ストレス判定が出た社員全員に面接指導を受けさせることはできますか?
法律上、面接指導は労働者本人が申し出た場合に事業者の実施義務が発生します。会社が高ストレス者を呼び出して強制的に受けさせることは、本人の意思に反する場合は適切ではありません。ただし、本人の同意を得た上で受診を勧奨することは問題ありません。申し出を促す丁寧な働きかけと、申し出やすい環境づくりが重要です。
面接指導の結果、業務を軽減する必要があると言われましたが、人手不足で対応できません。どうすればいいですか?
事業者は医師の意見を「十分に尊重する義務」があり、合理的な理由なく無視することは法的に問題となります。すぐに全面的な対応が難しい場合でも、残業の一部削減や特定業務からの一時的な外れなど、できる範囲での段階的な措置を講じることが求められます。措置の具体的な内容については産業医とよく相談し、現実的かつ本人の状態を考慮した対応策を協議してください。
産業医がいない場合、面接指導はどうすれば実施できますか?
産業医が選任されていない場合でも、地域産業保健センター(産保センター)を活用することで、費用無料で医師による面接指導を受けることができます。また、嘱託産業医を外部から契約する方法や、外部の産業医サービスに委託する方法もあります。厚生労働省は一定の条件下でオンライン面接指導も認めているため、地理的な制約がある場合はこの活用も検討してみてください。







