採用面接で「持病はありますか?」「精神科に通院したことはありますか?」と聞いてしまっていませんか。あるいは、採用を決める前に健康診断を受けさせて、結果を見てから採用するかどうか判断しているという会社も少なくありません。
こうした対応は、経営者や人事担当者としては安全配慮義務を果たしたいという誠実な動機から来ていることがほとんどです。しかし実際には、個人情報保護法や障害者雇用促進法に抵触する可能性があり、法的トラブルに発展するリスクがあります。
本記事では、採用試験における適性判定と健康情報の取り扱いについて、中小企業の経営者・人事担当者が知っておくべき法律の要点と実務上の注意点を整理します。「どこまで聞いていいのか」「健康診断はいつ実施すべきか」「採用後のトラブルはどう防ぐか」といった疑問に、具体的かつ正確な情報でお答えします。
採用選考で健康情報を扱うことの法的リスク
採用選考の場で健康状態に関する情報を収集することは、複数の法律によって規制されています。まず整理しておくべき法律の要点を確認しましょう。
個人情報保護法における「要配慮個人情報」
個人情報保護法では、健康・医療に関する情報を「要配慮個人情報」(同法第2条第3項)として通常の個人情報よりも厳格に保護しています。要配慮個人情報とは、不当な差別や偏見が生じる可能性があるとして特別に配慮が必要な情報のことで、病歴・身体障害・精神障害・診療記録などが含まれます。
この要配慮個人情報を取得するには、原則として本人の明示的な同意が必要です。「応募書類に書いてあった」「面接で本人が自発的に話した」だけでは、法的に有効な同意とは言えないケースもあります。また、取得した情報の利用目的を明示し、目的外に利用しないための安全管理措置も義務付けられています。
職業安定法による収集範囲の限定
職業安定法第5条の4では、求人・求職者に関する個人情報の収集は「業務の目的達成に必要な範囲」に限定されることが定められています。つまり、健康情報を採用選考で収集するには、その業務を遂行するうえで健康状態の確認が不可欠である合理的な理由が必要になります。漠然と「万が一のリスクが不安だから」という理由では、この要件を満たすことができません。
障害者差別禁止と合理的配慮の義務
障害者雇用促進法は、障害を理由とする不当な差別的取扱いを禁止しています(同法第34条・第35条)。さらに、採用選考においても合理的配慮の提供が義務付けられており(同法第36条の2・3)、障害の有無を一方的に探るような情報収集は差別的取扱いとみなされるリスクがあります。
これらの法律が複合的に絡み合っているため、「健康のことを聞いた」というだけで複数の法律違反になる可能性があることを、まず認識しておく必要があります。
よくある誤解:採用前健康診断は適法か
中小企業から最もよく聞かれる誤解のひとつが、「採用を決める前に健康診断を受けさせることは問題ない」というものです。しかし、これは法律の趣旨に反する運用です。
雇入れ時健康診断は「雇い入れた後」に実施するもの
労働安全衛生法第66条は、事業者が常時使用する労働者を「雇い入れた際」に健康診断を実施しなければならないと定めています。この「雇い入れた際」とは採用決定後を指すものであり、選考段階で受診させることを想定したものではありません。実施項目は労働安全衛生規則第43条に規定されており、胸部X線検査・血圧測定・尿検査などが含まれます。
採用前に健康診断を受けさせ、その結果を採用可否の判断材料にすることは、健康状態を理由とした採用差別につながります。仮に内定後であっても、「健康診断の結果が悪いから内定を取り消す」という対応は、客観的・合理的な理由がない限り問題とされます。
内定取消が認められるのはどのような場合か
採用内定の取消は、労働契約が成立した後の解雇と同様に扱われる判例があります。内定取消が正当と認められるには、「業務遂行に著しく支障をきたすほどの客観的な理由」が必要です。単に特定の疾患を持っていること、あるいは通院歴があることだけを理由とした内定取消は、法的に問題とされるリスクが高いと言えます。
内定後に健康診断を実施すること自体は問題ありませんが、その結果を利用する際には、具体的な業務遂行能力に照らした合理的な判断基準をあらかじめ設けておくことが重要です。
採用面接で「聞いていいこと」と「聞いてはいけないこと」
採用面接における健康関連の質問は、内容によって法的リスクが大きく異なります。以下の区別を実務のなかで徹底することが求められます。
明確にNGとなる質問例
- 「うつ病や精神疾患の既往歴はありますか?」:病歴の収集は要配慮個人情報の取得にあたり、かつ差別的判断に利用されるリスクが高い
- 「精神科や心療内科に通院したことはありますか?」:医療機関への受診歴は明確に要配慮個人情報に該当する
- 「持病や慢性疾患はありますか?」:業務との具体的な関連なしに聞くことは職業安定法の趣旨に反する
- 「障害手帳を持っていますか?」:一般採用選考の場で一方的に確認することは障害者差別禁止の観点から問題となる
適切な聞き方の例
業務遂行能力の確認という目的であれば、以下のように具体的な職務要件に紐付けた形で確認することが可能です。
- 「この業務では長時間の立ち仕事が含まれますが、支障なく対応できますか?」
- 「繁忙期には月〇時間程度の残業が発生することがありますが、現時点で対応可能ですか?」
- 「配属予定の業務内容と環境を説明したうえで、業務の遂行に際して事前に相談しておきたいことがあればお知らせください」
重要なのは、「病気の有無」ではなく「業務ができるかどうか」にフォーカスするという視点です。このアプローチによって、法的リスクを回避しながら、必要な業務適性を確認することができます。
適性検査ツールを使う際の注意点
性格検査や能力検査などの適性検査は、採用選考で広く活用されています。しかし、一部の検査ツールには精神疾患の傾向を示唆するような設問が含まれているものがあります。このような設問は要配慮個人情報に関わる可能性があるため、検査会社に対して要配慮個人情報の取り扱いポリシーと、設問の法的適合性について確認することを推奨します。
安全配慮義務と採用差別禁止のバランスをどう取るか
「採用後に安全管理上の問題が起きたら責任を取れない」という経営者・人事担当者の不安は、非常に現実的なものです。労働契約法第5条は、使用者が労働者の生命・身体の安全に配慮する義務(安全配慮義務)を定めており、この義務は軽視できません。しかし、安全配慮義務を果たそうとするあまり、採用選考において健康状態を過度に詮索することは、別の法的リスクを生みます。
この矛盾を解消する鍵は、「採用後の仕組みを整備すること」にあります。
雇入れ後の自己申告制度を整備する
入社時に、「業務遂行上配慮が必要な事項」を任意で申告できる仕組みを設けることが有効です。強制ではなく任意であることが重要で、申告しないことで不利な扱いを受けないことを明示する必要があります。申告された情報は人事部門が適切に管理し、直接の上司や関係のない部署に不必要に共有されないよう、情報管理のルールも整備してください。
特殊業務では事前の説明と合意が鍵
高所作業・運転業務・有機溶剤を取り扱う業務など、特定の身体的・精神的条件が求められる業務については、業務遂行能力の確認範囲が広がります。また、これらの業務では特殊健康診断(労働安全衛生法第66条2項)の実施が法定されており、これは通常の採用プロセスとは別に、業務上の安全確保という目的のもとで適法に実施できます。ただし事前に就業者に対して実施目的・内容を説明し、同意を得たうえで進めることが基本です。
採用後に従業員の健康管理を専門的にサポートする体制として、産業医サービスを活用することも、安全配慮義務の実践的な履行につながります。産業医が在籍していれば、健康情報の適切な管理や業務適性の評価について専門的な助言を得ることができます。
採用後のトラブルを防ぐための実践ポイント
採用時に健康情報を適切に扱っていたとしても、採用後に「入社前に病歴を伝えなかった従業員が体調不良で業務を続けられなくなった」「合理的配慮を求められたが対応の仕方がわからない」といった事態が起こることがあります。こうしたトラブルを防ぐため、以下の実践ポイントを参考にしてください。
採用条件・業務内容を明確に書面で伝える
労働条件通知書や雇用契約書に、業務の内容・勤務環境・求められる体力的・精神的な要件を具体的に記載しておくことで、入社後の「思っていたのと違う」というミスマッチを減らすことができます。また、応募者側が自身の健康状態と業務の適合性を自ら判断できる材料を提供することにもなります。
入社後の定期的な健康管理体制を整える
定期健康診断(労働安全衛生法第66条1項)の確実な実施と、その結果に基づく業務配置の見直しが安全配慮義務の基本です。また、従業員がメンタルヘルス上の問題を抱えた際に相談できる窓口として、メンタルカウンセリング(EAP)を導入しておくことで、早期発見・早期対応が可能になります。問題が深刻化する前にサポートできる環境は、離職防止にもつながります。
情報管理のルールを社内で文書化する
採用時・雇用中に取得した健康情報をどのように管理し、誰がアクセスできるのかを社内規程として文書化しておくことが重要です。担当者が変わっても同じ基準で運用できるよう、情報の取得・保管・廃棄・共有のルールを明確にしておきましょう。これは万が一のトラブル時に、会社が適切な対応をしていたことを示す証拠にもなります。
専門家への相談ルートを確保する
中小企業では人事担当者が一人で抱え込むケースが多く見られます。しかし、採用と健康情報に関わる問題は、個人情報保護法・労働安全衛生法・障害者雇用促進法・労働契約法が複雑に絡み合う専門的な領域です。産業医・社会保険労務士・弁護士など、それぞれの専門家への相談ルートをあらかじめ確保しておくことを強くお勧めします。
まとめ
採用試験における健康情報の取り扱いは、「安全配慮のために確認したい」という経営者・人事担当者の誠実な意図が、かえって法的リスクを生む可能性がある難しい領域です。重要なポイントを整理すると、以下のようになります。
- 健康状態に関する質問は原則NG。確認する場合は具体的な業務要件に紐付けること
- 健康診断は採用決定後(雇入れ後)に実施するのが原則。採用前の実施と選考への利用は法的問題がある
- 病歴・通院歴などの要配慮個人情報は取得・利用に厳格な規制がある
- 内定取消は客観的・合理的な理由が必要。疾患の存在のみを理由とすることは問題とされる
- 採用後の仕組み(自己申告制度・健康管理体制・情報管理ルール)を整備することが安全配慮義務を果たす現実的な方法
法律は決して「病気の人を雇わなくていい」と言っているわけではありません。むしろ、不当な差別を排除しながら、雇用後の適切な配慮によって安全を確保することを求めています。採用プロセスを見直すことは、会社のリスク管理であると同時に、多様な人材が活躍できる職場環境づくりにつながります。今一度、自社の採用フローを確認してみてください。
よくある質問(FAQ)
採用面接で「通院中の病気はないか」と聞いてしまいました。これは違法になりますか?
直ちに刑事罰が科されるわけではありませんが、個人情報保護法上の要配慮個人情報を不適切に収集したとして、個人情報保護委員会への報告や是正勧告の対象となる可能性があります。また、障害者雇用促進法に基づく差別的取扱いとして問題視されるリスクもあります。今後は「現在の業務遂行に支障があるか」という形に質問を改め、健康情報を直接聞く形を避けることをお勧めします。
高所作業がある現場に採用する場合、健康状態を事前に確認することはできますか?
高所作業などの特殊業務では、業務遂行能力の確認範囲が一般業務より広くなることがあります。ただし、採用前に健康診断を実施して選考に利用することは原則として適切ではありません。業務内容と安全要件を明確に提示したうえで「この業務を安全に遂行できるか」を確認し、採用決定後に健康診断や特殊健康診断を実施して配置判断に活用するという流れが法的に望ましい対応です。
応募者が面接中に自発的に病歴を話してくれた場合、その情報を採用判断に使ってもよいですか?
本人が自発的に話した情報であっても、要配慮個人情報として慎重に扱う必要があります。その情報を採用可否の判断に利用することは、個人情報保護法が定める利用目的の範囲外となる可能性があります。面接で健康情報が出てきた場合は、「業務遂行に具体的な支障があるかどうか」という観点にのみ照らして判断し、それ以外の目的での利用は避けることが重要です。記録として残す際も、情報の取り扱いに細心の注意を払ってください。







