「内定者研修に給料は必要?」法律の基準と中小企業がやりがちなNG対応を解説

採用活動を終え、ようやく内定者が決まった。しかし人事担当者の仕事はそこで終わりではありません。内定から入社までの期間に何をすべきか、何を避けるべきか——この「内定期間の管理」こそ、中小企業が見落としがちな重要テーマです。

近年、新卒採用市場における内定辞退率は高止まりが続いており、厚生労働省の調査でも内定辞退は企業規模を問わず増加傾向にあります。しかし辞退を防ごうとするあまり、過剰な課題を課したり、無給で研修に参加させたりといった違法・不適切な対応が問題化するケースも後を絶ちません。

本記事では、内定者研修・待遇に関わる法的ルールと実務上のポイントを、中小企業の経営者・人事担当者に向けてわかりやすく解説します。誤った認識によるトラブルを未然に防ぐためにも、ぜひ最後までご確認ください。

目次

内定の法的性質——「内定=労働契約」という大原則

まず押さえておきたいのは、内定通知の承諾時点で労働契約が成立しているという法的事実です。これは1979年の最高裁判決(大日本印刷事件)で示された考え方で、内定は「始期付解約権留保付労働契約」と呼ばれます。

少し難しい言葉ですが、要するに「入社日を始期として、一定の条件のもとで解約できる権利を留保した労働契約」という意味です。この段階から、労働契約法・労働基準法の保護が内定者にも及びます

この大原則を理解していないと、後述する研修の賃金問題や内定取り消しの問題で深刻なトラブルに発展します。「まだ入社していないから」という認識は、法的には通用しないことを念頭に置いてください。

内定通知書・誓約書の整備が第一歩

内定段階から労働契約が成立する以上、書類の整備は欠かせません。内定通知書には以下の事項を明記することを推奨します。

  • 入社予定日
  • 労働条件の概要(職種・勤務地・給与等)
  • 内定取り消し事由

また、内定承諾書(誓約書)には、虚偽申告や他社との重複内定が判明した場合の対応条項を盛り込んでおくと、後々のトラブル予防につながります。なお、労働条件通知書は入社時までに書面で交付することが原則です(2019年以降は電子交付も可)。

入社前研修と給料——「任意」と言っても油断は禁物

人事担当者からよく聞かれる疑問が、「入社前研修に給料を払う必要はあるのか」という点です。結論から言えば、研修への参加が事実上強制されている場合には、賃金支払い義務が生じます

労働基準法では、使用者の指揮命令下に置かれている時間を「労働時間」と判断します。「参加は任意です」と伝えていても、欠席した内定者が不利益な扱いを受けたり、欠席しにくい雰囲気を意図的に作っていたりする場合は、実態として「強制参加」とみなされます。

以下に、参加形態による違いを整理します。

  • 任意参加の場合:原則として賃金支払い不要。ただし労災の適用外になる可能性がある点にも注意が必要です。
  • 義務・強制参加の場合:賃金支払いが必要(最低賃金以上)。労働時間管理も必須。交通費支給も強く推奨されます。また労災適用があります。

研修を「任意」と位置づけるなら、欠席しても入社後の評価や配属に一切影響しないことを明確に伝え、それを実際に守ることが求められます。「任意と言いながら実態は強制」というダブルスタンダードは、後に大きなリスクになり得ます。

研修費の「貸付制度」には慎重に

入社前研修の費用を内定者に一旦負担させ、入社後に返還するという取り決め(研修費貸付)を設ける企業もあります。しかし、この仕組みは条件次第で労働基準法に違反する可能性があります。特に、退職した場合に返還を強制するような条項は、賠償予定の禁止(労基法第16条)に抵触するリスクがあるため注意が必要です。

内定取り消しが許される条件——正当理由のない取り消しは「不当解雇」

「採用の判断を変えたい」「経営状況が変わった」といった理由で内定を取り消したいと考える場面もあるかもしれません。しかし前述のとおり、内定は労働契約の成立であるため、内定取り消しは解雇と同等に扱われます。正当な理由のない取り消しは不当解雇として、損害賠償請求や訴訟リスクにつながります。

内定取り消しが法的に認められる主な事由は以下のとおりです。

  • 採用選考時に内定者が虚偽の申告をしていた場合
  • 内定後に重大な非違行為(犯罪等)が判明した場合
  • 企業の経営危機・倒産等のやむを得ない事由(整理解雇の4要件に準じた判断が必要)
  • 卒業・資格取得など採用条件を満たさなかった場合

これらはあくまで限定的な要件です。「他にもっと良い候補者が見つかった」「思っていたより採用が進んだ」といった理由は認められません。

やむを得ず取り消す場合は、速やかに本人に説明・協議し、文書で理由を明記した通知を行うことが必要です。また、遠方から就職予定だった内定者に対しては、引越しキャンセル費用などの補償を検討することも求められます。さらに新卒採用の内定取り消しの場合、ハローワークへの届出義務もあることを忘れないようにしてください。

内定辞退に対する損害賠償請求は原則できない

逆のパターン——内定者側が辞退した場合——についても触れておきます。内定者の辞退の自由は法律上保障されており、企業が損害賠償を請求することは原則として認められません。内定者は「労働者」でもありますが、まだ就労を開始していない段階では民法上の就職内定取り消しの問題として捉えられ、過去の裁判例でも企業側の請求が認められないケースが大半です。「辞退した場合はペナルティを払う」などの条項は法的根拠を欠く可能性が高く、設けることは推奨されません。

個人情報・健康診断の取り扱い——収集できる情報には限界がある

入社準備として、内定者の個人情報を収集する機会は多くあります。しかし収集できる情報は業務上必要な範囲に限定されるという個人情報保護法の原則を忘れてはなりません。

特に注意が必要なのが、以下の情報です。

  • 健康診断結果・病歴等の健康情報:「要配慮個人情報」として厳格な管理が必要です。収集する場合は本人の明示的な同意が必要であり、取り扱いルールの整備が求められます。
  • 思想・信条・宗教・家族情報:職業安定法第5条の4により、採用選考において収集することは原則禁止されています。内定後であっても業務上の必要性がなければ収集は避けるべきです。

健康診断については、入社後に実施することが基本です。入社前に会社負担で実施する場合でも、その結果の利用目的を明確にし、内定取り消し判断に不当に使用しないよう注意が必要です。

内定者フォローの実践——辞退を防ぐ具体的な施策

法的リスクを回避しながらも、内定者の入社意欲を維持・向上させるフォロー体制の構築は、中小企業にとって特に重要な課題です。大企業に比べてフォロー体制が手薄になりがちな中小企業では、少ない工数でも効果的な施策を選んで実践することが求められます。

月1回程度の連絡・面談でエンゲージメントを維持

内定者が「自分は本当にこの会社でいいのか」という不安を抱えやすいのは、入社日が近づいても会社からの連絡がない時期です。定期的な近況報告や短時間の面談を月1回程度設けることで、内定者との関係を継続的に築くことができます。その際、内定者の生活・就職活動の状況を過剰に把握しようとする行為はプライバシー侵害につながるため、あくまで双方向の対話として実施するよう心がけてください。

配属予定部署との早期顔合わせが効果的

内定者が辞退する背景には「実際の職場環境がわからない」という不安があることが少なくありません。配属予定の部署の先輩社員と早期に顔合わせの機会を設けることで、入社後のイメージを具体化し、安心感につなげることができます。

懇親会・見学会の費用負担と任意参加の明示

内定者同士や社員との懇親会・職場見学は定着率向上に有効な施策ですが、実施にあたっては費用は会社負担、参加は完全任意であることを明示することが重要です。飲酒を強要したり、参加しない内定者を不利益に扱ったりすることは、ハラスメントに該当し得ます。内定者もハラスメント保護の対象であることを全社員が認識しておく必要があります。

また、メンタルヘルスへの不安を抱える内定者もいます。入社前から相談窓口の存在を伝えることで、入社後の離職リスクを低減する効果も期待できます。自社でそのような体制が整っていない場合は、外部のメンタルカウンセリング(EAP)サービスを活用することも一つの選択肢です。

実践ポイント——今すぐ見直せる5つのチェックリスト

以上の解説を踏まえ、自社の内定者対応を見直す際の実践ポイントをまとめます。

  • 内定通知書に取り消し事由・労働条件概要を明記しているか——書面の整備は全ての出発点です。
  • 入社前研修を「任意」と位置づけるなら、欠席への不利益が本当に生じない設計になっているか——実態が強制参加であれば賃金支払い義務が発生します。
  • 内定取り消しの判断基準を社内で共有しているか——感情的・恣意的な取り消しは訴訟リスクに直結します。
  • 個人情報・健康情報の収集範囲と管理方法を明確にしているか——要配慮個人情報の取り扱いには特別な体制整備が必要です。
  • 内定者フォローの頻度・方法・費用負担を事前に決めているか——場当たり的な対応は内定者の不信感を招きます。

内定者のメンタルヘルスや職場適応への支援を強化したい企業には、産業医サービスを活用した産業保健体制の整備も、採用定着率向上に向けた有効なアプローチです。

まとめ

採用内定者への対応は、「まだ入社していないから」という認識ではなく、「労働契約が既に成立している相手」として誠実に向き合う姿勢が基本です。入社前研修の賃金問題、内定取り消しのリスク、個人情報の取り扱い、ハラスメント対策——これらはいずれも、正しい知識があれば十分に対処できる問題です。

中小企業だからこそ、一人ひとりの内定者との関係を丁寧に築くことが、辞退防止と入社後の定着率向上につながります。法令を遵守しながら、内定者が「この会社で働きたい」と思えるような環境づくりを、ぜひ今から始めてください。

よくあるご質問

入社前研修への参加を内定者に求めた場合、必ず給料を支払わなければなりませんか?

参加が実質的に強制されている場合は、労働基準法上の「労働時間」に該当し、最低賃金以上の賃金を支払う義務が生じます。「任意」と称していても、欠席すると不利益が生じる状況になっていれば強制参加とみなされる可能性があります。完全に任意の参加であれば賃金支払いは原則不要ですが、労災の適用外になるリスクも伴うため、研修の目的・位置づけを明確にした上で設計することが重要です。

内定取り消しをしたいのですが、どのような手順を踏む必要がありますか?

内定取り消しは解雇と同等に扱われるため、客観的合理的な理由と社会通念上の相当性が必要です。取り消しが認められる主な事由は、採用選考時の虚偽申告、重大な非違行為の判明、採用条件(卒業・資格取得等)の不充足、企業の経営危機などに限られます。取り消しを行う場合は、速やかに本人へ説明・協議し、理由を明記した文書で通知してください。新卒採用の場合はハローワークへの届出も必要です。不明な点は、社会保険労務士や弁護士に相談することを推奨します。

内定者の健康診断はいつ、どのように実施すればよいですか?

健康診断は基本的に入社後に実施することが原則です。入社前に実施する場合は、本人の同意を得た上で、収集した健康情報を内定取り消しの判断に不当に使用しないよう厳重に管理することが求められます。健康診断結果は「要配慮個人情報」として個人情報保護法上の厳格な管理対象となるため、担当者を限定し、目的外利用を禁じる社内ルールを整備しておくことが重要です。

監修・運営:INTERMIND株式会社

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