長期休職者が出た際、「とりあえず様子を見よう」と放置してしまうか、あるいは「もう戻れないだろう」と早期に解雇に踏み切ってしまうか——中小企業の現場では、この二択で判断されてしまうケースが少なくありません。しかし、どちらの対応も会社と従業員の双方にとってリスクをはらんでいます。
実は、適切な通院支援と生活保障の仕組みを整えることで、従業員の早期回復を後押しし、会社としての法的リスクを大幅に低減することができます。本記事では、中小企業の経営者・人事担当者が知っておくべき制度知識と実務対応を、具体的にわかりやすく解説します。
長期休職者への対応で中小企業が陥りやすい落とし穴
まず、多くの中小企業が抱える共通の課題を整理しておきましょう。
第一に、「休職中は会社が何もしなくていい」という思い込みです。休職は労働義務の免除であり、会社の関与が不要になるわけではありません。労働契約法第5条には、使用者が従業員の心身の健康に配慮する「安全配慮義務」が定められており、通院支援や状況確認を怠った場合、損害賠償請求を受けるリスクがあります。
第二に、傷病手当金の存在を知らない、または案内していないという問題です。傷病手当金は業務外の病気やケガで休業した際に支給される健康保険の給付ですが、本人が制度を知らないまま申請しないケースが散見されます。これは本人の生活困窮につながるだけでなく、「会社が教えてくれなかった」という不満からトラブルに発展することもあります。
第三に、就業規則に休職制度が明記されていない、または曖昧という問題です。休職制度は法律で義務付けられたものではありませんが、設けている場合は労働基準法第89条に基づき就業規則への明記が必要です。特に「休職期間満了後の退職扱い」が明確でないと、後に不当解雇として争われるリスクが高まります。
生活保障の核:傷病手当金の仕組みと会社の役割
長期休職者の生活を下支えする制度として、最初に理解しておくべきが傷病手当金です。これは健康保険の給付制度であり、業務外の病気・ケガで働けない状態が続いた場合に支給されます。
支給の要件と金額
- 支給開始の条件:連続3日間の休業(待機期間)を経た後、4日目以降の休業日から支給対象となります。
- 支給額:直近12か月の標準報酬月額(給与を一定の等級に区分した金額)の平均を30日で割った金額の、3分の2が日額として支給されます。
- 支給期間:2022年1月の法改正により、通算1年6か月となりました。以前は暦の上で連続した期間のみでしたが、現在は出勤した日を除いた「通算」の考え方に変わっています。
会社が行うべき手続きと案内
申請主体は被保険者本人(従業員)ですが、申請書には会社が「就労不能であったことの証明」を記入する欄があります。この欄への記入を会社が速やかに対応することが、本人の申請をスムーズにするための重要なサポートです。
また、退職後も一定の条件(退職前に1年以上の被保険者期間があるなど)を満たせば傷病手当金の継続受給が可能です。この点を本人に説明しておくことで、退職後の生活不安を軽減できます。
なお、障害厚生年金を受給している場合は傷病手当金との併給調整が行われ、障害厚生年金が優先され、その差額のみ傷病手当金が支給される仕組みになっています。長期化するケースでは社会保険労務士への相談も検討してください。
休職開始時に整えておくべき書類・ルールの明確化
休職への対応は、休職が始まってからではなく、休職を命じるタイミングで正しい手順を踏むことが後々のトラブル防止に直結します。
休職開始時の必須対応チェックリスト
- 診断書の受領と休職命令書の発行:口頭だけの合意は後日「言った・言わない」のトラブルになります。必ず書面で手続きを行いましょう。
- 休職中の連絡ルールの取り決め:連絡の頻度・手段・担当者を書面で合意しておきます。月1回程度のメールや郵便など、本人の負担にならない方法が一般的です。
- 復職基準と期間満了時の扱いの説明:「いつまでに、どういう状態になれば復職できるか」「期間満了になった場合はどうなるか」を事前に丁寧に説明します。
- 社会保険料・住民税の支払い方法の確認:休職中も健康保険料・厚生年金保険料・住民税の支払い義務は継続します。会社が立て替えて後日本人から徴収するか、本人が直接振り込むかを早期に取り決めておきましょう。
- 傷病手当金の申請案内:制度の概要、申請のタイムライン、会社への証明依頼の方法を書面で渡すことが望まれます。
これらを一つひとつ丁寧に対応することは、「放置」でも「切り捨て」でもなく、安全配慮義務を果たしながら会社のリスクも管理する適切な対応といえます。
通院支援の具体的な方法:復職後も続く医療ニーズへの配慮
長期休職者が回復し、職場に戻ってきた後も、定期的な通院が必要なケースは珍しくありません。特にメンタルヘルス不調の場合、主治医への月1回以上の受診が継続することが多く、通院と業務の両立をどう支援するかが復職定着の鍵を握ります。
時間単位有給休暇の活用
労働基準法の規定により、年次有給休暇のうち年5日分を限度として、1時間単位での取得が認められています。この制度を活用することで、例えば「午前中に通院して午後から出勤する」といった柔軟な働き方が可能になります。通院を理由に1日休む必要がなくなるため、本人の心理的・経済的負担を軽減できます。
業務配置への配慮
通院日がある程度決まっている場合、その曜日や時間帯に会議や重要業務を集中させないといった業務スケジュールへの配慮も有効です。これは障害者雇用促進法が求める「合理的配慮」の一形態でもあり、精神障害者保健福祉手帳を取得している従業員については2016年以降、合理的配慮の提供が義務化されています。
EAP(従業員支援プログラム)の導入
会社の費用負担で、従業員が専門のカウンセラーや医療・生活相談の窓口を利用できるEAP(従業員支援プログラム)の活用も、通院支援の一つとして注目されています。主治医の治療を補完するかたちで、職場復帰後のメンタルケアや生活上の悩みを継続的にサポートできます。メンタルカウンセリング(EAP)を活用することで、個人面談の窓口を社外に設けることができ、本人が会社に気兼ねなく相談できる環境を整えることができます。
復職判断と再休職防止のプロセス設計
長期休職者への対応で最も難しいのが、復職の可否をどのように判断するかという問題です。「主治医が復職可能と言っているから戻す」という対応だけでは不十分であり、実際に再休職を繰り返す事例の多くがこのパターンに該当します。
主治医診断書だけに頼らない復職判定
主治医は「日常生活が送れるかどうか」を基準に判断することが多く、「職場の業務に耐えられるかどうか」を判断するには情報が不足していることがあります。そのため、産業医(または嘱託産業医)による就業判定を復職プロセスに組み込むことが重要です。産業医は職場環境や業務内容の情報を踏まえたうえで、主治医とは異なる視点から復職可否を判断できます。
産業医の選任義務がない従業員数50人未満の企業でも、地域の産業保健総合支援センターや外部の嘱託産業医サービスを利用することができます。産業医サービスを活用することで、単発の復職判定だけでなく、継続的な職場環境改善のアドバイスを受けることも可能です。
復職可否の基準を事前に明文化する
「通勤が自力でできるか」「一定時間(例:4〜6時間)業務に集中できるか」「定時出勤・退勤が安定してできるか」といった具体的な行動・能力の基準を就業規則または復職判定基準として文書化しておくことで、本人・会社双方の認識齟齬を防ぐことができます。
段階的復職とフォローアップ面談
いきなりフルタイムに戻すのではなく、試し出勤(リハビリ出勤)として短時間・軽作業から始める段階的な復帰制度を設けることで、再休職のリスクを大幅に低減できます。また、復職後1か月・3か月・6か月の節目でフォローアップ面談を設けることも、早期の不調サインを把握するうえで有効です。
実践ポイントまとめ:中小企業がいますぐ取り組める5つのこと
- 就業規則に休職制度を明記する:休職期間・復職基準・期間満了時の退職扱いを明確に規定し、全従業員に周知しましょう。
- 傷病手当金の案内を休職開始時に必ず行う:申請書類と手順を書面で渡し、会社の証明記入対応を迅速に行う体制を整えましょう。
- 休職中の連絡ルールを最初に合意しておく:月1回程度の状況確認を負担にならない方法で続けることで、安全配慮義務を果たしつつ関係を維持できます。
- 復職判断に産業医を活用する:主治医の診断書だけでなく、職場環境を知る専門家の視点を加えることで、復職後の定着率が高まります。
- 通院支援として時間単位有給休暇とEAPを活用する:復職後も治療を続けながら働ける環境を制度として整えることが、長期的な活躍につながります。
まとめ
長期休職者への対応は、「放置か解雇か」ではなく、適切な制度活用と継続的なコミュニケーションによって双方にとって望ましい結果を生み出すことができるマネジメント課題です。
傷病手当金の案内・就業規則の整備・産業医の活用・段階的復職の設計——これらは大企業だけのものではなく、中小企業でも取り組める具体的な施策です。一人の担当者が抱え込まず、社会保険労務士・産業医・EAPといった外部専門家を積極的に活用することが、持続可能な対応体制をつくる近道となります。
まだ社内の仕組みが整っていないと感じている方は、まず就業規則の確認と傷病手当金の案内フローの整備から始めてみてください。一つひとつの積み重ねが、従業員が安心して働き続けられる職場環境を支えていきます。
Q. 休職中の従業員に連絡を取ることはハラスメントになりますか?
適切な方法と頻度で行う状況確認は、ハラスメントにはあたりません。重要なのは「連絡の目的・頻度・手段を休職開始時に本人と合意しておくこと」です。月1回程度のメールや書面による確認であれば、安全配慮義務を果たすための正当な対応といえます。ただし、回復状況を過度に問い詰めたり、復職を急かす言動は労働施策総合推進法(パワハラ防止法)上の問題になりうるため注意が必要です。
Q. 従業員50人未満の中小企業でも産業医を活用できますか?
産業医の選任が法律上義務付けられるのは従業員50人以上の事業場ですが、50人未満の企業でも外部の嘱託産業医サービスや地域の産業保健総合支援センターを活用することができます。費用や規模の面でハードルを感じる場合でも、復職判定や職場環境改善のために単発で相談・依頼するといった利用形態も一般的です。専門家の視点を取り入れることで、担当者一人では判断しにくい復職可否の判断が客観的に行えるようになります。









