メンタルヘルス不調や身体疾患により休職した従業員が「復職可能」との主治医診断書を持参した際、どう対応すればよいか迷う経営者・人事担当者は少なくありません。「診断書があるのだから復職させなければ」と焦る一方で、「本当に職場で働けるのだろうか」という不安が拭えない——そのような状況の中で注目されているのがリハビリ出勤制度(試し出勤制度)です。
リハビリ出勤とは、正式な復職判定を行う前に、段階的な出勤を通じて従業員の職場適応能力を確認するための仕組みです。厚生労働省が改訂した「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」でも、その有用性が認められています。しかし、労働基準法上に明文の規定がないため、制度設計から運用まで企業側の裁量が大きく、中小企業では「どう設計すればよいか分からない」「場当たり的な対応になっている」という声が多く聞かれます。
本記事では、リハビリ出勤制度の導入に必要な法的知識・制度設計・医療連携・賃金の取り扱いを網羅的に解説します。再休職の繰り返しを防ぎ、従業員と企業の双方にとって安全な職場復帰を実現するために、ぜひ最後までお読みください。
リハビリ出勤制度とは何か:法的根拠と位置づけを整理する
まず前提として確認しておきたいのは、リハビリ出勤制度には労働基準法上の明文規定が存在しないという点です。そのため、制度を適正に運用するためには、社内規程(就業規則または復職支援規程)への明記が不可欠となります。
法的根拠として関係する主な法律・規定は以下のとおりです。
- 労働契約法第5条(安全配慮義務):使用者は労働者の安全に配慮する義務を負います。復職後の過重な業務負荷による再発は、この義務違反と判断されるリスクがあります。
- 労働基準法第89条(就業規則への記載義務):休職・復職の手続きや賃金の取り扱いは就業規則への記載が義務付けられています。リハビリ出勤の導入に際しては必ず規程に落とし込む必要があります。
- 厚生労働省「職場復帰支援の手引き」:職場復帰を5ステップで定義しており、第3ステップ(職場復帰可否の判断)においてリハビリ出勤の位置づけと活用方法が具体的に示されています。
また、障害者雇用促進法に基づく合理的配慮の提供義務(常時雇用43.5人以上の事業主が対象)として、精神・発達障害を抱える従業員に対しては業務内容や労働時間の調整が求められる場合もあります。リハビリ出勤はその文脈でも重要な意味を持ちます。
重要なのは、主治医の「復職可能」という診断書が、即座に職場復帰を認める義務を使用者に課すわけではないという点です。主治医が判断するのはあくまで「日常生活が送れる程度まで回復しているか」であり、特定の職場環境への適応可否は別の問題です。リハビリ出勤制度は、この判断のギャップを埋めるための合理的な仕組みとして機能します。
就業規則への記載と制度設計:中小企業が最初に取り組むべきこと
リハビリ出勤を適正に運用するために最も重要な第一歩は、社内規程への明文化です。口約束や慣例的な運用では、後々「なぜ給与が支払われないのか」「いつまで続けるのか」といったトラブルの温床になります。
就業規則または別途作成する「復職支援規程」には、少なくとも以下の項目を明記することを推奨します。
- 対象者の要件:どのような休職事由(疾患種別・休職期間等)の場合に適用するか
- 実施期間の上限:例として最長2〜3か月とする企業が多く、期間を定めることで本人・職場双方に見通しを持たせられます
- 就業時間・業務内容の基準:段階ごとの時間・業務の目安を記載する
- 賃金の取り扱い:無給・一部支給・フル支給のいずれかを明確にする(詳細は後述)
- 中断・終了の条件:体調悪化時の中断基準や、復職判定の手続きを明記する
制度設計にあたって参考となる段階的なフェーズ分けの標準例を示します。
- 第1段階(1〜2週):通勤訓練を中心に、1日数時間程度の来社または図書館等への通所。業務は行わず、職場環境への慣れを目的とします。
- 第2段階(2〜4週):半日程度の出勤。資料整理や軽易な補助作業など、負荷の少ない業務から始めます。
- 第3段階(2〜4週):フルタイムに近い出勤。元の業務の一部を担当し、職場復帰後の状態に近づけていきます。
- 復職判定:産業医・人事担当者・上司が総合的に判断し、書面で結論を残します。
この段階設計はあくまで目安であり、個々の状態に応じて柔軟に調整することが前提です。重要なのは、各段階の移行基準を事前に明文化しておくことです。
賃金と傷病手当金の取り扱い:知らないと生じるトラブルを防ぐ
リハビリ出勤制度の導入で最も多く寄せられる疑問が「給与を支払う必要があるか」という点です。この問題は健康保険法上の傷病手当金(業務外の傷病により労務不能となった際に支給される給付)との関係で整理する必要があります。
傷病手当金の支給期間は、2022年1月の健康保険法改正により「支給開始日から通算して1年6か月」に変更されています。リハビリ出勤中の賃金の取り扱いによって、この給付への影響が生じます。
- 無給方式:リハビリ出勤中は賃金を支払わない方式です。傷病手当金を引き続き受給できる可能性があります(保険者の判断による)。労務提供の性質を曖昧にできる利点がある一方、本人のモチベーション低下や「なぜ無給なのか」という不満が生じやすいため、事前の丁寧な説明が必要です。
- 一部支給方式:一定額の賃金を支払う方式です。賃金額が傷病手当金の日額を下回る場合は差額が支給されます。生活の安定に寄与しますが、傷病手当金との調整計算が複雑になる点に注意が必要です。
- フル支給方式:通常の賃金を全額支払う方式です。傷病手当金は支給停止となり、実質的に「復職した」とみなされるリスクがあります。使用者の費用負担も大きく、再休職した場合の取り扱いが複雑になります。
中小企業における実務上の推奨は「無給方式+傷病手当金継続」です。運用がシンプルで、従業員側も給付を受けながら段階的な回復に集中できます。ただし、「なぜ働いているのに給与が出ないのか」という本人・家族からの疑問には、制度の趣旨と傷病手当金の仕組みを丁寧に説明する機会を設けることが不可欠です。説明を怠ると、トラブルや信頼関係の毀損につながります。賃金の取り扱いや傷病手当金との調整については、社会保険労務士や健康保険組合へご確認ください。
なお、リハビリ出勤中に業務上の事故が発生した場合は労働者災害補償保険(労災)が適用される可能性があります。「業務指示を出していたか否か」が労働時間該当性の争点になりやすいため、業務指示の有無を記録に残しておくことが重要です。
産業医・主治医との連携体制:復職判定を「感覚」から「根拠」に変える
リハビリ出勤を成功させる鍵の一つが、医療側と職場側の適切な情報共有です。特に産業医の関与を制度上の必須要件として位置づけることが、復職判定の質を大きく左右します。
主治医は外来診療の中で「日常生活が送れているか」を評価しますが、職場の具体的な業務内容や人間関係の複雑さを把握していないケースがほとんどです。一方、産業医は職場環境と健康の両面から就業可否を判断できる立場にあります。
連携体制の構築にあたって実施すべき手順は以下のとおりです。
- 主治医への情報提供同意書の取得:本人の同意を得た上で、職場の実情(業務内容・職場環境・人間関係の状況など)を主治医に書面で共有します。これにより、主治医の復職判断が職場実態に即したものになります。
- 産業医による就業判定書の作成:主治医の意見書と産業医の判定書の両方を復職判定に使用します。どちらか一方だけに依拠した判断は、後に問題が生じた際の根拠が弱くなります。
- 復職支援プランの書面化:本人・直属上司・人事担当者・産業医が合意した内容を文書として残します。段階ごとの目標・確認事項・中断基準を明記します。
- 定期的な面談の実施:人事担当者・上司・本人が週1回程度の面談を行い、体調の変化を早期に把握します。産業医との面談も月1回程度確保することが理想です。
産業医が選任されていない企業(常時50人未満の事業場は産業医選任義務がありません)では、地域産業保健センターや外部の産業医サービスを活用することが現実的な選択肢となります。詳しくは産業医サービスをご参照ください。
再休職を防ぐための実践ポイントと記録管理
リハビリ出勤制度を導入しても、運用が不十分だと再休職を繰り返すケースが後を絶ちません。制度の形だけを整えるのではなく、日々の運用の中で適切な記録と観察を続けることが、長期的な職場定着につながります。
記録管理の徹底
リハビリ出勤中は以下の記録を毎週残すことを習慣化してください。
- 出勤記録:出退勤の時刻・実際の滞在時間を正確に記録します
- 体調確認シート:本人が毎日記入する睡眠・疲労感・気分の自己評価シート
- 面談記録:上司・人事担当者との面談内容を要点メモとして保管
- 業務指示の記録:どのような業務を指示したか(または指示しなかったか)を明確にしておくことは、労働時間該当性や労災申請時の判断材料となります
他の従業員への配慮
リハビリ出勤者の受け入れは、同僚への負担増や職場の雰囲気に影響を与えることがあります。リハビリ出勤者の詳細な状況を周囲に開示する必要はありませんが、上司や受け入れ担当者には事前に役割を説明し、「余裕のある範囲で支援する」という共通認識を持たせることが重要です。過度な気遣いを求めることは、結果的に職場全体の士気低下を招くリスクがあります。
中断・再休職の判断基準を事前に明確化する
復職支援プランには、リハビリ出勤を中断する条件も明記しておく必要があります。例えば「週3日以上の欠勤」「体調確認シートで2週連続の悪化傾向」などの客観的基準を設けることで、中断の判断が感情論にならずに済みます。中断後の再開条件や、再休職となった場合の手続きも合わせて規程化しておきましょう。
小規模企業における軽作業ポストの工夫
「軽作業を割り当てる部署がない」という悩みは中小企業に特有のものです。この場合、業務そのものを軽くするのではなく「業務の時間を短くする」「チェック作業・データ入力など補助的業務を切り出す」という発想の転換が有効です。また、第1段階では通勤訓練として図書館や会社近くのカフェへの通所を認める企業もあり、必ずしも職場内に軽作業ポストを用意する必要はありません。
メンタルヘルス不調による休職からの復帰では、専門家によるカウンセリング支援が復職後の安定につながる場合があります。外部のメンタルカウンセリング(EAP)を従業員支援の仕組みとして導入することも、再休職予防の有効な手段のひとつです。
まとめ:制度設計と運用の継続が「安全な職場復帰」を支える
リハビリ出勤制度は、主治医の診断書だけに頼った復職判断の不確実性を下げ、従業員と企業の双方にとってリスクを軽減するための合理的な仕組みです。その効果を最大化するためには、制度の形を整えるだけでなく、運用の継続性と関係者間の連携が欠かせません。
本記事でお伝えした要点を以下に整理します。
- リハビリ出勤制度には労働基準法上の明文規定がないため、就業規則または復職支援規程への明文化が必須です
- 賃金の取り扱いは傷病手当金との関係を踏まえて設計し、中小企業では「無給方式+傷病手当金継続」が最も運用しやすい選択肢のひとつです
- 復職判定には主治医の意見書と産業医の就業判定書の両方を活用し、根拠のある判断を心がけましょう
- 出勤記録・体調確認シート・面談記録を毎週残し、中断・終了の基準も事前に明文化しておくことがトラブル防止につながります
- 本人・家族への丁寧な説明を欠かさず、制度の趣旨と給付の仕組みを共有することで不信感を未然に防げます
職場復帰支援は一度きりの対応ではなく、従業員の状態に応じた継続的なプロセスです。制度を「入れたら終わり」ではなく、運用しながら改善していく姿勢が、中長期的な職場の健康経営につながります。
よくある質問(FAQ)
リハビリ出勤中に労災事故が起きた場合、会社に責任はありますか?
リハビリ出勤中であっても、使用者の業務指示のもとで作業を行っていた場合は労働者災害補償保険(労災)が適用される可能性があります。会社としては業務指示の有無を記録で明確にしておくことが重要です。また、労働契約法第5条に基づく安全配慮義務の観点から、体調に見合った業務を割り当てているかどうかも問われる場合があります。個別の事案については、社会保険労務士または弁護士にご相談ください。
主治医が「復職可能」と診断書を出しているのに、リハビリ出勤を経ないと復職を認めないことは問題ですか?
主治医の診断書はあくまで「日常生活が送れる程度の回復」を示すものであり、職場環境への適応可否を保証するものではありません。就業規則にリハビリ出勤制度が明記されており、産業医の判定も組み合わせた合理的な復職プロセスとして運用している限り、直ちに違法となるわけではないと考えられています。ただし、個別の状況によって判断が異なる場合もあるため、社会保険労務士や弁護士への確認を推奨します。
産業医が選任されていない小規模企業でも、リハビリ出勤制度は導入できますか?
産業医の選任義務は常時50人以上の労働者を使用する事業場に課されるものであり、それ未満の事業場では義務がありません。しかし、復職判定の質を確保するために、地域産業保健センター(各都道府県に設置)や外部の産業医サービスを活用することが現実的な対応策です。主治医との連携に加え、専門家の意見を取り入れることで、より適切な復職支援が可能になります。









