長期休職していた従業員が「そろそろ戻れそうです」と声をかけてきたとき、あなたはどのように対応しますか。主治医の診断書を受け取り、「では来月から復職してください」と伝えるだけでは、実は大きなリスクをはらんでいます。中小企業の現場では、復職後わずか数週間で再び体調を崩す「再休職」が繰り返されるケースが後を絶ちません。
こうした問題を防ぐための仕組みが、リハビリ出勤制度(試し出勤・慣らし出勤とも呼ばれる)です。段階的に職場復帰を進めることで、従業員の心身の回復を確認しながら、安全に本来の業務へ戻す橋渡しをする制度です。しかし「法的な位置づけが曖昧」「給与をどう扱えばいいかわからない」「就業規則に何も書いていない」という声を人事担当者から頻繁に耳にします。
本記事では、中小企業の経営者・人事担当者が知っておくべきリハビリ出勤制度の基本的な考え方から、法律上の留意点、実際の制度設計・運用のポイントまでを体系的に解説します。
なぜリハビリ出勤制度が必要なのか――再休職問題の現実
メンタルヘルス不調(うつ病・適応障害など)による休職者の復職は、身体疾患のケースとは大きく異なります。主治医が「復職可能」と判断する時点は、あくまで「日常生活が送れる程度まで回復した」段階であることが多く、必ずしも「職場の業務を8時間こなせる状態」と一致しない点に注意が必要です。
診断書の一文だけを根拠に即日復職させると、通勤ラッシュや対人ストレス、業務プレッシャーによって症状が再燃しやすくなります。再休職は従業員本人にとってのダメージが大きいだけでなく、職場の人員計画を狂わせ、残る従業員の負担増にもつながります。
厚生労働省が公表している「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(以下「職場復帰支援の手引き」)は、5段階のステップによる復職支援を推奨しており、その中でリハビリ出勤(試し出勤)は第3ステップにあたる重要な位置を占めています。制度として明文化しておくことが、スムーズな運用と法的リスク回避の両面で不可欠です。
知っておくべき法律上の3つの論点
① 安全配慮義務と復職拒否のリスク
労働契約法第5条は、使用者(会社)が従業員の生命・身体の安全に配慮しなければならない「安全配慮義務」を定めています。これは休職期間中や復職後も継続して適用されます。適切なリハビリ出勤の機会を設けず、急に通常業務に戻させて症状が悪化した場合、会社が安全配慮義務違反を問われる可能性があります。
一方で、会社側が「まだ復職は難しい」として復職を拒否したケースでも、客観的な判断根拠がなければ不当な復職拒否と見なされ、法的トラブルに発展することがあります。復職の可否を判断するための客観的なプロセスを制度として整えることが、会社を守る意味でも重要です。
② リハビリ出勤中の賃金支払い義務
「リハビリ出勤中は賃金を払わなくていいのでは」と誤解している担当者が少なくありませんが、これは慎重に整理する必要があります。
労働基準法の基本原則であるノーワーク・ノーペイ(働かない時間は賃金が発生しない)の裏返しとして、実際に業務指示を出して労働が提供された場合には、最低賃金法の下限を下回らない賃金を支払う義務があります。「見学」や「自主的な訓練」として位置づけ、業務指示を一切出さない形であれば無給とすることも可能とされていますが、実態が労働であれば賃金未払いとなるリスクがあります。
無給型を採用する場合でも、そのことを就業規則および本人との合意書面に明記することが不可欠です。有給型・無給型のどちらを選ぶにしても、曖昧な運用は後々のトラブルの温床になります。
③ 傷病手当金の支給停止リスク
休職中の従業員の多くは、健康保険の傷病手当金(病気・ケガで働けない間に支給される生活補填給付で、標準報酬日額の3分の2相当)を受給しています。リハビリ出勤を開始すると、保険者(協会けんぽや健保組合)が「労務可能と判断できる」として傷病手当金の支給を停止するケースがあります。
「試し出勤だから大丈夫」という認識は危険です。保険者によって判断基準が異なるため、リハビリ出勤を開始する前に、必ず文書で健保組合または協会けんぽに確認することが必須です。従業員本人への事前説明も忘れないようにしましょう。
制度設計の実務ステップ――就業規則への明記から段階設定まで
ステップ1:就業規則・復職規程への明文化
リハビリ出勤制度の根拠規定が就業規則に存在しない場合、トラブルが起きた際に会社側が著しく不利な立場に立たされます。最低限、以下の項目を就業規則または別途定める「復職支援規程」に盛り込んでください。
- リハビリ出勤の定義(試し出勤であり、正式な復職ではないこと)
- 対象者の要件(主治医の意見書提出等)
- 実施期間の上限(例:最長3か月)
- 賃金の取り扱い(無給型か有給型か)
- 傷病手当金との関係についての説明義務
- 復職可否の最終判断プロセスと判断者
- リハビリ出勤終了後の措置(本復職・休職延長・退職等)
就業規則は10人以上の事業場では労働基準監督署への届け出義務がありますが、それ以下の規模の会社でも従業員に周知することで効力を持ちます。
ステップ2:段階的な出勤プログラムの設計
リハビリ出勤は「いきなり通常業務」ではなく、段階を踏むことが重要です。以下はあくまで一例ですが、自社の業務実態に合わせてアレンジしてください。
- 第1段階(1〜2週間):通所のみ。図書館やカフェへの外出など、職場に近い場所での活動から始める場合もある。職場では見学・休憩が中心。
- 第2段階(2〜4週間):短時間(例:午前のみ)の軽作業。業務指示は最小限とし、成果を求めない。
- 第3段階(1〜2か月):徐々に勤務時間・業務量を増やし、通常業務への移行を図る。
各段階の移行は、従業員本人の体調報告・管理職の観察記録・産業医や主治医の意見をもとに判断します。「なんとなく良さそうだから次のステップへ」という感覚的な判断は避けてください。
ステップ3:復職可否の判断基準を文書化する
復職の可否は、以下のような客観的な指標をもとに判断することが推奨されます。
- 一定期間(例:2週間)継続して決まった時刻に通勤・通所できること
- 1日8時間程度の活動に耐えられる体力・集中力があること
- 業務に必要な基本的なコミュニケーションが取れること
- 主治医が職場での業務遂行を支障なく行える旨を意見書で示していること
- 産業医(または地域の産業保健スタッフ)が復職可能と判断していること
特に、主治医の診断書だけでなく、産業医や産業保健スタッフの意見を必ず取得することが重要です。主治医は職場環境を直接知らないため、業務遂行能力の評価には限界があります。
中小企業が抱える運用上の課題と現実的な対処法
「代替業務がない」問題への対応
大企業であれば復職者向けの軽減業務を用意しやすいですが、少人数の中小企業ではそうはいきません。この場合、以下のような工夫が考えられます。
- データ整理・資料の更新・マニュアル作成など、時間的余裕のある定型業務を割り当てる
- 電話対応やお客様対応など、プレッシャーの高い業務は当面除外する
- 在宅勤務が可能な職種であれば、在宅での軽作業から始める
- 第1段階は「通所のみ・業務なし」として、復帰への慣らし期間と位置づける
無理に業務を作り出す必要はありません。「出社して休憩室で過ごす」ことが、生活リズムの回復という意味で十分な意義を持つ段階もあります。
産業医がいない場合の専門的サポート
従業員数50人未満の事業場は産業医の選任義務がありません。しかしそれは「専門的サポートが受けられない」ことを意味しません。
全国に設置されている産業保健総合支援センター(通称:さんぽセンター)では、産業医や保健師への個別相談が無料で受けられます。復職支援の進め方や就業規則の書き方についても相談可能です。また、外部の産業医サービスを活用することで、小規模企業でも必要なタイミングに産業医の専門的な意見を得ることができます。
管理職の負担と「周囲の不満」への対応
復職者を受け入れる部署の管理職は、「どこまで仕事を任せていいか」「体調が悪そうなときにどう声をかければいいか」と、多くの不安を抱えています。事前に以下の3原則を共有してください。
- 見守る:成果を求めず、状態を観察することに徹する期間があることを理解する
- 記録する:出勤状況・業務の様子・本人からの申告内容を日次または週次で記録する
- 一人で抱えない:判断に迷ったら人事担当者や外部の専門家に相談する
また、周囲の従業員への説明については、個人情報(病名や診断内容)を開示せずに、「業務上の配慮が必要な期間がある」という事実のみを伝えることが適切です。不公平感が広がらないよう、必要であれば「本人が同意した範囲で」状況を共有するという方針を事前に決めておきましょう。
実践ポイント:制度導入から運用定着までのチェックリスト
以下は、リハビリ出勤制度を新たに導入・整備する際の実践チェックリストです。自社の現状と照らし合わせながら活用してください。
- 就業規則または復職支援規程にリハビリ出勤の定義・期間・賃金取り扱いを明記しているか
- 傷病手当金の扱いについて、事前に協会けんぽまたは健保組合に文書で確認しているか
- 復職可否の判断基準(客観的指標)を文書化しているか
- 主治医の意見書と産業医(または産業保健スタッフ)の意見を両方取得するプロセスがあるか
- リハビリ出勤の段階(ステップ)と各段階の移行基準を定めているか
- リハビリ出勤期間の上限(最長○か月)を設けているか
- 出勤状況・体調・業務遂行状況の記録様式を用意しているか
- 管理職向けに復職者対応の基本方針を共有・研修しているか
- 外部の専門機関(さんぽセンター・産業医サービス等)との連携先を把握しているか
- 従業員本人と制度の内容について事前に十分な説明・合意を得ているか
メンタルヘルス不調者の復職支援においては、メンタルカウンセリング(EAP)を活用することで、主治医と職場の間をつなぐ専門的サポートが得られます。特に、従業員本人が「上司には言いにくいこと」を吐き出せる場として機能し、復職後の定着率向上に有効です。
まとめ
リハビリ出勤制度は、休職者と会社の双方を守るための重要な仕組みです。「診断書が出たから復職させる」という一足飛びの対応が再休職を招き、結果として会社の負担を増やすという悪循環を、適切な制度設計によって断ち切ることができます。
中小企業にとって、人員の少なさや専門スタッフの不在は確かなハンデです。しかし、産業保健総合支援センターの無料相談や外部の産業医サービス・EAPといったリソースを賢く活用することで、大企業に引けを取らない復職支援体制を整えることは十分に可能です。
まずは自社の就業規則を確認し、リハビリ出勤に関する規定が存在するかどうかを確かめることから始めてください。規定がなければ、この機会に専門家の力を借りながら整備することを強くお勧めします。制度を整えることは、従業員への誠実な姿勢を示すと同時に、会社の法的リスクを下げる経営上の投資でもあります。
よくある質問
リハビリ出勤中は傷病手当金を受け取りながら給与ももらえますか?
原則として、リハビリ出勤中に会社から賃金が支払われると、傷病手当金は減額または支給停止となる場合があります。賃金の日額が傷病手当金の日額を下回る場合には差額が支給されることがありますが、保険者(協会けんぽ・健保組合)によって取り扱いが異なります。リハビリ出勤開始前に必ず文書で確認し、従業員本人にも十分に説明してください。
産業医がいない中小企業でもリハビリ出勤制度を運用できますか?
運用できます。産業医の選任義務は従業員数50人以上の事業場に課されていますが、50人未満の事業場でも産業保健総合支援センター(さんぽセンター)の無料相談や、外部の産業医サービスを利用することで専門的な意見を取得できます。主治医の診断書だけに頼らず、第三者の専門家の目を入れることで、復職判断の精度が大幅に向上します。
リハビリ出勤中に本人の体調が悪化した場合、どう対応すればよいですか?
まず本人の安全を最優先に、無理な出勤を求めないことが基本です。体調悪化が続く場合は、リハビリ出勤を一時中断し、主治医・産業医に状況を報告した上で判断を仰いでください。就業規則に「体調悪化時はリハビリ出勤を中断し休職を延長する場合がある」旨を明記しておくと、トラブルを防ぎやすくなります。記録をしっかり残しておくことも、後の対応を円滑にする上で重要です。







