従業員が退職した際、事業主には雇用保険に関する一連の手続きを行う法的義務があります。しかし、中小企業では総務・経理が兼務で対応しているケースも多く、「離職票の書き方がわからない」「離職理由をどう判定すればいいのか」といった疑問を抱えたまま、ハローワークの窓口で差し戻しを受けてしまうことも少なくありません。
離職票の手続きを誤ると、元従業員が受け取れるはずだった失業給付が減額されたり、給付開始が遅れたりと、相手の生活に直接影響を与える可能性があります。それだけでなく、事業主側も法令違反のリスクを抱えることになります。
この記事では、雇用保険の資格喪失届から離職票の交付まで、手続きの全体像と実務上の注意点をわかりやすく解説します。
雇用保険手続きの全体フローを把握する
退職者が発生した際に事業主が行うべき雇用保険手続きは、大きく分けて以下の流れで進みます。まずは全体像を把握することが、ミスなく進めるための第一歩です。
- 退職日の確定
- 「雇用保険被保険者資格喪失届」の作成(退職翌日から10日以内)
- 「離職証明書(様式5号)」の作成(元従業員が離職票の交付を希望する場合)
- ハローワークへの提出(窓口または電子申請)
- ハローワークから「離職票-1・離職票-2」が返付される
- 元従業員へ速やかに郵送
提出期限は退職翌日から10日以内と定められています(雇用保険法施行規則第7条)。この期限を過ぎると元従業員の失業給付手続きに支障をきたすため、退職日が確定した時点で速やかに準備を開始することが重要です。
なお、離職票の発行はあくまで事業主の義務であり、元従業員が手続きをするものではありません。本人任せにしていると法令違反につながるリスクがあるため、注意が必要です。
また、59歳以上の従業員が退職する場合は、本人が希望しなくても離職票を必ず交付しなければなりません(雇用保険法第17条)。定年退職の際でも例外ではないため、見落とさないようにしてください。
離職証明書の書き方と賃金記載の注意点
離職証明書(様式5号)は、離職票の基となる重要書類です。ハローワークへの提出後、内容をもとに元従業員の基本手当(いわゆる失業給付)の日額が計算されるため、賃金の記載に誤りがあると給付額に直接影響します。記入時には以下の点に特に注意してください。
賃金の記載方法
- 賃金額は総支給額(税や社会保険料を控除する前の金額)を記入します。手取り額を記入する誤りが多いため注意が必要です。
- 賃金支払対象期間は月ごとに正確に区切って記入します。
- 遅刻・欠勤控除がある月は、実際に支払った金額を記入します。
- 賃金支払基礎日数が11日未満の月は、原則として算定対象外となります。欠勤の多い月がある場合は特に確認が必要です。
- 賃金形態(月給・日給・時給など)を正確に選択します。
記載対象期間
離職証明書には直近6か月分の賃金月額を記入するのが基本です。ただし、基本手当の受給資格(原則として離職前2年間に通算12か月以上の被保険者期間が必要)を確認するための情報も記載する必要があるため、被保険者だった期間全体を把握しておくことも求められます。
また、特定受給資格者(後述)に該当する場合は「離職前1年間に通算6か月以上」の被保険者期間があれば受給資格が生じるため、被保険者番号の照合も含めて慎重に確認してください。
離職理由の判定が給付に大きく影響する
離職証明書の中でも特にミスが起きやすいのが離職理由の記載です。離職理由は、ハローワーク所定の区分(離職理由コード)から選択しますが、この判定が誤っていると元従業員の給付日数や給付制限に直接影響します。
離職理由の主な区分と給付への影響
- 特定受給資格者(会社都合等):解雇・倒産・賃金未払い・ハラスメントなどが該当します。給付制限がなく、所定給付日数も多くなります。
- 特定理由離職者:有期契約の期間満了(更新を希望したが更新されなかった場合)や、育児・介護・疾病などやむを得ない事情による自己都合退職が該当します。状況によっては給付制限なし、または給付日数が多くなります。
- 一般の自己都合離職:転職や一身上の都合による退職が該当します。原則として2か月の給付制限があります(令和7年の制度改正により変更がある場合があるため、最新情報をハローワークで確認してください)。
重要なのは、実態に基づいた理由を記載しなければならないという点です。会社側の都合でありながら「自己都合退職」として処理することは認められません。元従業員が離職理由に異議を申し立てた場合、ハローワークが事実関係を調査・判定します。その結果として離職理由が変更されると、事業主への信頼失墜や、場合によっては不正申告として問題になるケースもあります。
「本人が自ら退職届を出した」という場合でも、背景にハラスメントや賃金未払い、労働条件の一方的な引き下げなどがあれば、特定受給資格者や特定理由離職者と判定される可能性があります。退職の背景事情を丁寧に確認したうえで、適切なコードを選択することが求められます。
電子申請への対応と中小企業が押さえるべき実務ポイント
電子申請の義務化と活用方法
雇用保険の被保険者資格喪失届・離職証明書は、e-Gov電子申請または労働保険電子申請システムを通じて電子申請が可能です。なお、常時雇用する従業員が30名以上の事業所については、令和2年4月から電子申請が義務化されています(雇用保険法施行規則第7条)。
GビズID(法人・個人事業主向けの共通認証システム)を取得していれば、よりスムーズに電子申請ができます。電子申請を利用した場合、ハローワークからの返送書類も電子データとして受け取ることができ、業務の効率化につながります。
「操作方法がわからない」という方は、ハローワークの窓口で電子申請に関する案内を受けることができます。また、社会保険労務士に手続きを委託する方法も有効です。
アルバイト・パートの雇用保険加入を正確に把握する
中小企業では複数の雇用形態が混在しているケースが多く、アルバイトやパートタイム労働者の雇用保険加入状況を正確に把握できていないことがあります。雇用保険の加入要件は、「31日以上の雇用見込み」かつ「週の所定労働時間が20時間以上」であることです。これらを満たしていれば、正社員でなくとも被保険者となります。
資格喪失の手続きを見落とすと、後日に遡って修正が必要となり、元従業員の給付手続きに支障が生じる場合があります。退職者が発生した際は、雇用形態にかかわらず被保険者資格の確認を行うことを習慣化してください。
退職後に連絡が取れなくなった場合の対応
退職後に元従業員と連絡が取れなくなった場合でも、事業主側の手続き義務はなくなりません。離職票は元従業員の最後の住所に郵送することが基本です。郵送が戻ってきた場合は、ハローワークに相談のうえ適切な対応を取ってください。
実践ポイント:手続きミスを防ぐためのチェックリスト
以下のポイントを退職者が発生するたびに確認する習慣をつけることで、手続きのミスを大幅に減らすことができます。
- 退職翌日から10日以内という提出期限を必ずカレンダーに登録する
- 賃金額は税・社会保険料控除前の総支給額で記入する
- 賃金支払基礎日数が11日未満の月がないか確認する
- 離職理由は退職の実態に基づいて判定し、安易に「自己都合」にしない
- 59歳以上の退職者は希望不問で離職票を必ず交付する
- アルバイト・パートの被保険者資格を事前に確認しておく
- 従業員30名以上の事業所は電子申請の義務を忘れずに対応する
- 離職票が返付されたら速やかに元従業員へ郵送する
なお、従業員のメンタルヘルスの問題が退職につながるケースも増えています。退職前から従業員の健康状態に継続的に関われる体制として、産業医サービスの導入を検討することも、離職予防の観点から有効です。
また、職場環境の問題やハラスメントを背景とした退職は、離職理由の判定にも影響します。従業員が気軽に相談できる窓口として、メンタルカウンセリング(EAP)を整備しておくことが、健全な職場づくりと適切な雇用管理の両面で役立ちます。
まとめ
離職票と雇用保険手続きは、退職した元従業員の生活を守る重要な手続きです。事業主には、資格喪失届の提出から離職票の交付まで一連の義務があり、期限や記載内容を誤ると元従業員に不利益が生じるだけでなく、事業主自身もリスクを負うことになります。
特に注意が必要なのは、提出期限(退職翌日から10日以内)の厳守、賃金の正確な記載(総支給額で記入)、そして実態に基づく離職理由の判定の3点です。これらを正確に行うことが、元従業員への誠実な対応であり、企業としての信頼を守ることにもつながります。
手続きに不安がある場合は、ハローワークへの事前相談や、社会保険労務士への委託も積極的に検討してください。正確な知識と適切な体制を整えることが、トラブルのない雇用管理の基本です。
よくある質問(FAQ)
離職票は必ず発行しなければなりませんか?
離職票の発行は、原則として元従業員が希望した場合に必要です。ただし、退職時に59歳以上の従業員については、本人の希望にかかわらず必ず交付しなければなりません(雇用保険法第17条)。定年退職の場合も同様です。また、「自己都合退職だから不要」と判断するのは誤りで、本人が希望すれば必ず発行する義務があります。
自己都合退職と会社都合退職の判定が難しい場合はどうすればよいですか?
退職の形式(退職届の提出など)だけでなく、退職に至った実態に基づいて判定する必要があります。賃金未払いやハラスメント、労働条件の一方的な不利益変更などが背景にある場合は、「特定受給資格者」や「特定理由離職者」と判定される可能性があります。判断に迷う場合は、あらかじめハローワークや社会保険労務士に相談することをお勧めします。元従業員が異議を申し立てた場合はハローワークが調査・判定しますので、事実と異なる記載は避けてください。
電子申請は中小企業でも必須ですか?
常時雇用する従業員が30名以上の事業所については、令和2年4月から電子申請が義務化されています。30名未満の事業所は現時点で義務ではありませんが、手続きの効率化のために電子申請の活用を検討することをお勧めします。e-GovやGビズIDを活用することで、ハローワークへの往復の手間を省くことができます。









