「うちの会社は残業が多いんだけど、実態がよく見えていない」「紙のタイムカードのままで大丈夫なのか?」——中小企業の経営者や人事担当者からこうした声をよく耳にします。働き方改革関連法の施行から数年が経過した現在、勤務時間管理をめぐる法的要件は年々厳しくなっており、以前のような「どんぶり勘定」の管理では対応しきれない時代になっています。
とはいえ、「システムを導入したくても、費用が心配」「ITが苦手な社員への教育が大変そう」「製品が多すぎて何を選べばいいかわからない」という不安を抱えている経営者・人事担当者も少なくありません。本記事では、勤務時間管理システムの導入を検討するにあたって知っておくべき法律の基本から、システム選定のポイント、現場定着のコツまでを整理してお伝えします。
なぜ今、勤務時間管理システムの導入が求められているのか
「残業は本人が申告してくれれば十分」「管理職は残業代も勤怠管理も不要」——こうした認識は、残念ながら現在の法律の下では通用しません。まず押さえておきたい法的な要件を確認しましょう。
客観的記録が義務化されている
2019年4月に施行された労働安全衛生法第66条の8の3により、使用者は労働者の労働時間をタイムカード・ICカード・PCのログイン記録といった客観的な方法によって把握・記録することが義務付けられています。以前は「本人の自己申告で記録をとっていれば大丈夫」と思われていた部分がありましたが、現在は自己申告のみによる管理は原則として認められていません。
時間外労働の上限規制は中小企業にも適用済み
働き方改革関連法によって定められた時間外労働の上限規制は、中小企業に対する猶予期間がすでに2020年4月に終了しています。現在は大企業・中小企業を問わず、時間外労働の上限は原則として月45時間・年360時間とされています。臨時的な特別な事情がある場合に締結できる特別条項がある場合でも、年間720時間・単月100時間未満・複数月平均80時間以内という絶対的な上限が設けられています。
さらに2023年4月からは、月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率が中小企業にも50%以上へと引き上げられました。残業時間が把握できていなければ、正確な賃金計算もできませんし、上限規制違反のリスクに気づくことすらできません。
有給休暇の管理も企業の義務
労働基準法第39条により、年10日以上の有給休暇が付与されている労働者については、年間5日の有給休暇を取得させることが使用者の義務となっています。取得状況の把握・記録が求められており、これも勤怠管理と一体で運用すべき事項です。
こうした法的要件を満たすためにも、勤務時間管理システムの導入は「あれば便利」ではなく「対応が必要なもの」として位置づけることが重要です。
紙・エクセル管理のままでは何が問題なのか
「今のところ大きなトラブルはない」「エクセルで何とか回っている」という声もあります。しかし、現場で起きている問題をよく見ると、見えていないだけで潜在的なリスクが積み重なっているケースが少なくありません。
「サービス残業」や「暗黙の残業」が可視化されない
紙やエクセルによる手作業管理では、管理職が申告せずに行っている残業、部下が「空気を読んで」書かない残業が記録に残りません。こうした未記録の残業(いわゆるサービス残業)は、後になって未払い賃金として請求されるリスクがあります。労働基準法の時効は現在5年(当面は3年)とされているため、過去にさかのぼって多額の請求が発生するケースもあります。
多様な働き方への対応が難しい
在宅勤務(テレワーク)・直行直帰・フレックスタイム制など、働き方が多様化するなかで、紙のタイムカードは物理的に対応できません。エクセルでの自己申告管理でも、客観性・リアルタイム性に欠けるため、実態と記録が乖離しやすくなります。
集計・計算のミスと工数の無駄
毎月の残業時間集計・有給残日数の計算・給与計算ソフトへのデータ入力といった作業は、手作業であればあるほどミスが起きやすく、担当者の工数も相当なものになります。人事担当者が月末に残業続きになっているケースも珍しくありません。
勤務時間管理システムの選び方:自社に合った製品を選ぶポイント
勤怠管理システムは現在、国内だけでも数十種類以上の製品が提供されており、「比較しようとしたら時間がかかりすぎた」という声も多く聞かれます。製品選定で迷わないために、以下のポイントを押さえておきましょう。
①自社の勤務形態に対応しているか
製品によって対応できる勤務形態に差があります。変形労働時間制(一定期間の総労働時間を一定の範囲内に収める制度)・フレックスタイム制・シフト勤務・裁量労働制など、自社の実態に合った設定ができるかどうかを必ず確認してください。対応していない勤務形態をシステムに無理やり当てはめると、正確な集計ができなくなります。
②打刻手段の多様性
ICカード・スマートフォンアプリ・生体認証(指紋・顔認証)・PC打刻など、どの方法で打刻できるかは働き方と職場環境によって異なります。特にテレワーク・直行直帰が多い職場では、スマートフォンやPCから打刻できる機能が不可欠です。GPS連携による位置情報の記録機能をもつ製品もあります。
③給与計算ソフトとの連携
勤怠データを給与計算に自動連携できるかどうかは、導入効果を左右する重要な要素です。弥生給与・freee人事労務・マネーフォワードクラウド給与など、現在使用している給与計算ソフトとの連携に対応しているかを確認しましょう。連携がスムーズであれば、集計ミスの防止と担当者の工数削減が同時に実現できます。
④アラート機能の有無
残業時間が一定の時間数を超えた場合に管理者へ自動通知する機能、有給休暇の取得状況をモニタリングする機能は、法令対応と健康管理の両面で有効です。過重労働になりそうな従業員を早期に把握し、適切な対応をとるための仕組みとして活用できます。従業員の健康を守る取り組みとして、産業医サービスと組み合わせることで、より実効性の高い健康管理体制を構築することができます。
⑤費用の目安
クラウド型の勤怠管理システムの場合、一般的な相場感として1人あたり月額200〜500円程度の製品が多く見られます(機能や規模によって異なります)。従業員50人の会社であれば月額1万〜2万5千円程度が目安となります。初期費用は無料〜数万円程度の製品が多く、以前に比べてコストは大幅に下がっています。ただし、費用だけで選ぶのではなく、サポート体制・カスタマイズの柔軟性・セキュリティポリシーも含めて総合的に判断することが重要です。
導入を成功させるための実践ポイント
システムを選定して契約しても、現場に定着しなければ意味がありません。導入プロセスと運用フェーズで押さえておくべき実践的なポイントを整理します。
就業規則・賃金規程の整合性を確認する
システム導入の前後に、必ず就業規則・賃金規程との整合性を確認してください。「システムの仕様と就業規則の内容が合わなかった」というトラブルは珍しくありません。場合によっては就業規則の一部改訂が必要になるため、社会保険労務士に確認を依頼することをおすすめします。36協定(時間外・休日労働に関する労使協定)の内容もあわせて見直しましょう。
管理職を巻き込む
現場の定着率を左右する最大の要因の一つが、管理職が率先して使用するかどうかです。「自分は関係ない」という姿勢の管理職がいると、部下も真剣に取り組みません。導入の目的・必要性を管理職層にしっかり理解してもらい、推進の旗振り役になってもらうことが定着への近道です。
パイロット導入から始める
全社一斉に展開するのではなく、特定の部門や事業所でパイロット(試験的)導入を行い、問題点を洗い出してから全社展開する流れをとると、失敗リスクを大きく下げられます。現場で起きやすいトラブルを事前に把握し、マニュアルやFAQを整備してから全社展開することで、問い合わせ対応の負担も軽減できます。
「管理・監視のためではない」と伝える
従業員に対して、システム導入の目的を丁寧に説明することが重要です。「行動を監視するためではなく、法律で定められた権利(残業代・有給休暇)を確実に守り、健康を守るための仕組みである」という趣旨を共有することで、現場の抵抗感を減らすことができます。長時間労働が続いている従業員への対応として、メンタルカウンセリング(EAP)のような相談窓口を併せて整備しておくと、「管理から支援へ」というメッセージがより伝わりやすくなります。
データを「活用する」仕組みを作る
システムを入れただけで満足してしまい、データを集めても活用しない「形骸化」は導入失敗の典型例です。月次で勤怠データをレビューする場を設ける、残業時間の多い部門・個人に対して定期的にフォローアップを行うなど、データを意思決定や改善行動につなげる仕組みを最初から設計しておくことが大切です。
よくある誤解に注意:これは法律違反になる可能性があります
最後に、現場でよく聞かれる誤解を整理しておきます。
- 「36協定を結んでいるから何時間でも残業させられる」——36協定を締結していても、年720時間・単月100時間未満という絶対的な上限があります。超えた場合は罰則の対象となります。
- 「管理職には勤怠管理が不要」——労働基準法上の「管理監督者」に該当する場合でも、深夜割増賃金の支払いと健康管理のための労働時間把握は義務です。また、「課長」「マネージャー」という肩書だけで管理監督者と認められるわけではありません。実態として経営上の重要な決定に参画し、出退勤の裁量があるかどうかで判断されます。
- 「システムを入れれば法令対応は完了」——システムはあくまで手段です。就業規則・36協定・賃金規程の整備、割増賃金の正確な計算、有給休暇の取得管理といった運用が伴ってはじめて法令対応が完成します。
まとめ
勤務時間管理システムの導入は、単なるIT化・効率化の話ではありません。労働安全衛生法の客観的記録義務、時間外労働の上限規制、有給休暇の取得義務——こうした法的要件への対応という観点から、中小企業にとっても待ったなしの課題となっています。
一方で、「費用が心配」「現場が使いこなせるか不安」という声があることも事実です。重要なのは、完璧なシステムを最初から全社展開しようとするのではなく、自社の勤務形態と既存システムに合った製品を選び、就業規則の整備・管理職の巻き込み・段階的な展開というプロセスを踏むことです。
勤怠データが正確に蓄積されれば、法令対応だけでなく、過重労働の早期発見・有給取得率の改善・採用・定着率の向上にも活用できます。勤務時間管理の見直しを、職場環境を改善するための第一歩として前向きに捉えてみてください。
Q. 勤務時間管理システムを導入する際、就業規則の変更は必ず必要ですか?
必ずしも全面的な変更が必要というわけではありませんが、システムの仕様(例:残業申請の方法、打刻ルール、有給申請手続きなど)が現行の就業規則・賃金規程の内容と合わない場合は、整合性をとるための改訂が必要になります。導入前に社会保険労務士に確認し、必要な箇所を洗い出しておくことをおすすめします。
Q. テレワーク中の従業員の勤務時間はどのように管理すればよいですか?
テレワーク中であっても、客観的な方法による労働時間の記録義務は変わりません。スマートフォンアプリやPCからの打刻機能、PCのログイン・ログオフ記録などを活用できるシステムを選ぶことが重要です。また、テレワーク時の労働時間管理についてのルール(開始・終了の申告方法、中抜け時間の扱いなど)をあらかじめ就業規則や社内規程に明記しておくことが、トラブル防止につながります。
Q. 管理職(課長・部長クラス)は勤怠管理システムに登録しなくてもよいですか?
原則として、管理職(課長・部長など)であっても勤怠システムへの登録・記録が必要です。「管理監督者」(労働基準法上、労働時間規制の一部が適用除外となる役職)に該当する場合でも、深夜割増賃金の計算および健康管理目的での労働時間把握は義務とされています。また、肩書だけで管理監督者と認められるわけではなく、実態審査が伴います。管理職を勤怠システムの対象外とすることには法的なリスクが伴うため、原則として全員を対象とすることが安全です。







