「法改正の内容は知っているが、自社に何が適用されるのか整理できていない」「専任の人事担当者がおらず、対応が後回しになっている」――中小企業の経営者・人事担当者からこうした声を聞く機会は、近年ますます増えています。
働き方改革関連法は2018年に成立し、大企業への適用を先行させながら、段階的に中小企業へも適用が拡大されてきました。すでに多くの規定が中小企業にも適用済みですが、「まだ猶予があると思っていた」「いつの間にか義務化されていた」という認識のズレが、法令違反リスクに直結している事例が後を絶ちません。
本記事では、中小企業が今すぐ取り組むべき働き方改革関連法の主要ポイントを整理し、実務的な対応手順をわかりやすく解説します。罰則のある義務事項を中心に、優先順位をつけて確認していきましょう。
中小企業が見落としやすい「適用時期」の確認
働き方改革関連法は、規制の種類によって大企業と中小企業で適用時期が異なります。「大企業が先行して義務化→数年後に中小企業にも適用」というパターンが多いため、大企業向けの情報を見て「まだうちは対象外」と判断してしまうケースがあります。
下記に主要な規定の中小企業への適用時期をまとめます。
- 時間外労働の上限規制(労働基準法改正):2020年4月より中小企業に適用
- 年次有給休暇の時季指定義務(年5日取得):2019年4月より全企業に適用(規模問わず)
- 同一労働同一賃金(パートタイム・有期雇用労働法、労働者派遣法改正):2021年4月より中小企業に適用
- 建設業・運送業・医師への時間外上限規制の完全適用:2024年4月より(いわゆる「2024年問題」)
年次有給休暇の5日取得義務については、企業規模にかかわらず2019年4月の時点で全企業が対応を求められています。「中小企業はまだ先」という認識自体が誤りであることを、まず確認してください。
また、建設業や運送業、医療機関を経営されている方は、2024年4月に猶予期間が終了した「2024年問題」への対応が急務です。これらの業種では従来、時間外労働の上限規制に特例(猶予)が認められていましたが、2024年4月以降は業種ごとに定められた上限規制が適用されています。業種によって上限の水準が異なる場合があるため、自社が該当する規制の内容を個別に確認することが重要です。
時間外労働の上限規制と36協定の見直し方
時間外労働(いわゆる残業)の上限規制は、働き方改革関連法の中でも特に重要な柱です。違反した場合には6か月以下の懲役または30万円以下の罰金という刑事罰が設けられており、経営者が直接問われるリスクがあります。
上限の内容は以下のとおりです。
- 原則上限:月45時間・年360時間
- 特別条項付き36協定を締結した場合の上限:年720時間以内、かつ単月100時間未満(休日労働を含む)、かつ複数月(2〜6か月)の平均が80時間以内(休日労働を含む)
36協定(さぶろくきょうてい)とは、使用者と労働者の代表が「法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて働かせることがある」と取り決め、労働基準監督署に届け出る協定のことです。これを締結せずに残業させることは法律違反になります。
実務上、特に注意が必要なのは以下の点です。
- 現在締結している36協定の内容が、新しい上限規制に対応した様式・内容になっているか
- 特別条項を設けている場合、その発動要件や手続き(労使協議の実施など)が協定書に明記されているか
- 36協定は原則として毎年更新が必要であり、有効期限切れや届出漏れがないか
「以前から36協定を結んでいるから大丈夫」と思っていても、法改正前の旧様式のまま更新されていたり、特別条項の上限が新規制を超える数字のまま記載されているケースが実際に存在します。社労士などの専門家と連携して内容を点検することを強くお勧めします。
年次有給休暇「年5日取得義務」の実務的な管理方法
年10日以上の年次有給休暇が付与されるすべての従業員(管理職・パートタイマーも含む)に対して、使用者は年5日間について時季を指定して取得させる義務があります。違反した場合は対象者1人につき1件の違反として30万円以下の罰金が科されるため、従業員数が多い企業ほどリスクが大きくなります。
実務上の管理ポイントは以下のとおりです。
- 有給休暇管理簿の作成と3年間の保存が義務付けられています。基準日・取得日数・残日数を個人ごとに記録・管理してください。
- 従業員が自ら申請して取得した日数と、計画的付与(労使協定による一斉付与)の日数を合算して、年5日に達しているかを確認します。
- 年度末に取得が集中しないよう、半年ごとなど定期的に取得進捗を確認し、未達の従業員に対しては早めに使用者側から時季を指定します。
繁忙期が重なると「有休を取らせる余裕がない」という声もよく聞かれます。しかし、業務量の問題と法令遵守は切り離して考える必要があります。計画的付与制度(労使協定を結んで夏季休暇や年末年始に一斉に取得させる仕組み)を活用することで、現場の業務調整と法令対応を両立しやすくなります。人員配置の見直しや業務の平準化と組み合わせることが現実的な解決策の一つです。
同一労働同一賃金への対応――非正規雇用の待遇差是正
パートタイマーや契約社員、派遣社員など、正規雇用以外の労働者を雇用している企業は、同一労働同一賃金への対応が求められています。2021年4月以降、中小企業にも適用されており、対応が済んでいない場合は法的リスクがあります。
この制度のポイントは、「正社員と全く同じ賃金にしなければならない」ということではなく、職務内容・責任の範囲・配置転換の有無といった違いに基づかない、不合理な待遇差を設けてはならないという点です。「均等待遇」(差別的取扱いの禁止)と「均衡待遇」(不合理な待遇差の禁止)の二つの概念があります。
実務的な対応の手順を整理すると、次のようになります。
- ステップ1:待遇の洗い出し……基本給・賞与・各種手当(通勤手当・住宅手当・家族手当など)・福利厚生(食事補助・慶弔見舞金・社員食堂の利用など)・教育訓練の機会を、正規・非正規それぞれについて一覧化する。
- ステップ2:待遇差の確認……正規と非正規の間で待遇差がある項目を特定する。
- ステップ3:合理的理由の検討……職務内容・責任・配置転換の範囲などの違いに基づいて待遇差を説明できるか検討する。説明できない差は「不合理」とみなされるリスクがある。
- ステップ4:見直しと説明準備……不合理な差がある場合は改善を検討し、非正規労働者から説明を求められた際に対応できる準備をする(説明義務がある)。
実際に問題になりやすいのは、通勤手当や食事補助、慶弔見舞金といった福利厚生面の格差です。「正社員にだけ支給していたが、特段の合理的理由がない」というケースでは、是正が求められます。多様な雇用形態が混在している企業ほど、早期の整理が必要です。
労働時間の「客観的把握」と産業保健体制の整備
労働安全衛生法の改正により、使用者はすべての労働者(管理職を含む)の労働時間をタイムカード・ICカード・PCのログイン記録など客観的な方法で把握する義務を負っています。従来よく行われていた「自己申告制のみ」での管理は、原則として認められないことを確認してください。自己申告制を補完的に使用する場合でも、申告値と客観的記録との間に乖離が疑われる場合には実態調査が必要です。
また、就業規則に残業の事前申請・承認ルールを明記し、上司の明示的な指示なく行われる「黙示の残業」を防ぐ仕組みを整えることも重要です。記録上は退社しているように見えても、実際には作業を続けているような慣行が残っている場合、それが未払い残業(サービス残業)の問題に直結します。
さらに、働き方改革関連法では産業医・産業保健機能の強化も定められています。長時間労働者やストレスチェックの結果についての情報を産業医に提供する義務が強化されており、従業員の健康管理を経営課題として位置付ける重要性が高まっています。従業員50人未満の事業場でも、産業保健総合支援センターの無料相談窓口を活用できるほか、産業医サービスを導入して定期的な健康管理体制を整えることが、長時間労働の抑制やメンタルヘルス対策にも有効です。
今すぐ取り組む実践ポイント
法対応を着実に進めるために、優先順位をつけた実践ポイントをまとめます。
① 現状の「見える化」から始める
まず、自社の実態を把握することが出発点です。現在の月別残業時間の実績、有給取得率と未達者のリスト、非正規社員の待遇一覧など、データを整理するだけで見えていなかった問題が浮かび上がります。紙やExcelから始めても構いません。
② 36協定・就業規則の点検と更新
36協定の有効期限と内容を確認し、新しい上限規制に対応した内容に更新されているかを社労士と確認してください。同時に、残業申請ルール・有給取得手続き・同一労働同一賃金対応などを就業規則に反映させることが必要です。
③ 有給休暇管理簿の整備と計画的取得の促進
まだ有給休暇管理簿を整備できていない場合は早急に作成し、3年間の保存義務を意識した運用を開始してください。計画的付与制度の導入も、年5日取得を確実にするうえで有効な手段です。
④ 労働時間の客観的管理ツールの導入検討
タイムカードやICカード、クラウド型の勤怠管理システムなど、客観的に労働時間を把握できる仕組みを導入してください。コスト面では、働き方改革推進支援助成金(厚生労働省)など中小企業向けの補助制度も活用できます。
⑤ 従業員への周知と相談窓口の整備
法改正の内容やルールの変更を、経営者・管理職だけが把握していても意味がありません。全従業員に向けた周知・説明の機会を設け、疑問や不安を相談できる窓口(社内担当者・外部EAPなど)を整備することが、現場での定着につながります。メンタルヘルス不調を早期に発見・対応するためには、メンタルカウンセリング(EAP)を活用することも有効な選択肢の一つです。
まとめ
働き方改革関連法への対応は、「大企業の話」でも「将来の課題」でもなく、多くの中小企業にとってすでに現在進行形の義務です。時間外労働の上限規制・年次有給休暇の5日取得義務・同一労働同一賃金はいずれも罰則を伴う規定であり、対応の遅れは法的リスクだけでなく、従業員の離職や採用競争力の低下にも直結します。
一方で、「何から手をつければよいかわからない」という状況が続くほどリスクは積み上がっていきます。まずは現状の把握と36協定・就業規則の点検という具体的なアクションから着手し、専門家(社労士・産業医など)と連携しながら一歩ずつ対応を進めていくことが現実的です。
法令遵守は、働く人にとっての安心・安全な職場環境を整えることでもあります。対応を経営課題として正面から捉え、継続的な改善に取り組んでいきましょう。
Q. 従業員が数人の小規模企業でも、働き方改革関連法の対応は必要ですか?
はい、必要です。時間外労働の上限規制・年次有給休暇の5日取得義務は従業員規模にかかわらず適用されます。「小さい会社だから関係ない」という認識は誤りであり、違反した場合は罰則の対象となります。ただし、少人数であれば管理の仕組みもシンプルに構築できる面もあります。まずは労働時間の記録と有給休暇管理簿の整備から始めることをお勧めします。
Q. 36協定はすでに結んでいますが、新たに見直す必要はありますか?
はい、見直しが必要な場合があります。2020年4月の法改正以前に締結された36協定は、新しい上限規制(月45時間・年360時間、特別条項でも年720時間など)に対応した内容に更新されていない可能性があります。また、36協定は有効期限が設けられており、毎年の更新と届出が必要です。現在の協定書の内容と有効期限を確認し、必要に応じて社会保険労務士に相談のうえ改定してください。
Q. 繁忙期に残業規制を守るのが難しい場合、どのように対応すればよいですか?
特別条項付き36協定を締結することで、年720時間以内・単月100時間未満(休日労働含む)・複数月平均80時間以内という範囲で一時的な上限超過に対応できます。ただし、特別条項は「臨時的な特別な事情がある場合」にのみ適用可能であり、常態化した残業への対応として使い続けることは法の趣旨に反します。業務の平準化・外注・人員補充といった根本的な対策と並行して進めることが重要です。







