少子高齢化が加速する日本では、働く世代が家族の介護と仕事を両立させる「ビジネスケアラー」の増加が社会的な課題となっています。厚生労働省の調査によれば、介護を理由に離職する労働者は年間約10万人にのぼるとされており、中小企業においても「ある日突然、主力社員から介護の相談を受けた」というケースが珍しくなくなっています。
こうした状況に対応するための法的な枠組みとして設けられているのが、育児・介護休業法(正式名称:育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律)に基づく介護休業制度です。しかし、「制度の存在は知っているが、詳しい内容や手続きはよくわからない」という経営者・人事担当者の声は依然として多く、対応を誤ったり、結果として従業員が離職してしまったりするケースも後を絶ちません。
本記事では、中小企業の経営者・人事担当者が押さえておくべき介護休業制度の基本知識から社内体制の整備方法まで、実務に直結する形で解説します。いざというときに慌てないよう、ぜひ今のうちに理解を深めておいてください。
介護休業・介護休暇とは何か:2つの制度の違いを正確に理解する
まず多くの担当者が混同しがちな「介護休業」と「介護休暇」の違いを整理しておきましょう。この2つは同じ育児・介護休業法に根拠を持つ制度ですが、目的・日数・給付の有無が大きく異なります。
介護休業の概要
介護休業は、要介護状態(2週間以上にわたり常時介護を必要とする状態が目安)にある対象家族を介護するために取得できる休業制度です。主なポイントは以下のとおりです。
- 取得日数:対象家族1人につき通算93日まで
- 分割取得:3回まで分割して取得することが可能(93日を一括で使う必要はない)
- 申請方法:原則として休業開始予定日の2週間前までに書面等で申出
- 対象家族の範囲:配偶者・父母・子・配偶者の父母・祖父母・兄弟姉妹・孫
- 対象者:日雇い労働者を除く労働者(パートや有期雇用の方も、申出時点で雇用継続が93日超見込まれれば対象)
- 給付金:雇用保険から「介護休業給付金」が支給される(詳細は後述)
「介護休業は1回しか取れない」という誤解がありますが、これは正しくありません。介護の状況は変化することが多いため、必要に応じて最大3回に分けて取得できる柔軟な制度設計となっています。
介護休暇の概要
介護休暇は、通院の付き添いやケアマネジャーとの打ち合わせなど、単発・短時間の介護ニーズに対応するための制度です。
- 取得日数:対象家族が1人の場合は年5日、2人以上の場合は年10日
- 取得単位:2021年の法改正により、時間単位での取得が可能
- 給付金:法律上の定めはなく、無給でも違法とはならない(ただし就業規則で有給とすることも可能)
介護休業が「まとまった期間の休業」を想定しているのに対し、介護休暇は「日常的なスポット対応」のための制度と理解するとわかりやすいでしょう。両制度を組み合わせて活用することで、従業員の介護負担を段階的に支えることができます。
介護休業給付金の仕組みと申請手続きの実務
経営者・人事担当者が見落としがちなのが、介護休業給付金の存在です。育児休業の給付金は比較的知られていますが、介護休業にも同様の給付制度があります。従業員に給付金の存在を知らせないまま休業させてしまうケースも見られるため、会社側から積極的に案内することが重要です。
給付金の概要
- 支給額:休業開始時賃金日額の67%(2025年現在)
- 申請窓口:事業主を経由してハローワークへ申請
- 申請期限:休業終了日の翌日から2ヶ月以内
- 受給要件:休業開始前2年間に雇用保険の被保険者期間が通算12ヶ月以上あること
なお、給付金が支給される期間中は、社会保険料(健康保険・厚生年金)の免除制度はありません(育児休業中とは異なる点です)。ただし、給付金の支給期間中は賃金日額の67%が支給されるため、従業員の生活保障として一定の機能を果たします。
申請実務の注意点
申請に必要な主な書類は、賃金台帳・出勤簿・介護休業申出書・対象家族の状況を確認できる書類などです。書類の準備に時間がかかることがあるため、休業が決まった時点で速やかに書類整理を開始することをお勧めします。申請期限の2ヶ月を過ぎると受給できなくなるため、スケジュール管理は会社側が主導して行うべきです。
事業主が守らなければならない法的義務とリスク管理
介護休業制度は、従業員が「取得したい」と申し出た場合、事業主が原則として拒否することはできません。また、以下のような不利益取扱いも法律で明確に禁止されています。
- 介護休業を理由とした解雇・雇い止め
- 降格・減給・昇進・昇給における不利益な取扱い
- 退職強要・不当な配置転換
さらに、2022年の法改正以降は介護ハラスメント(ケアハラ)への対応も事業主の義務となっています。ケアハラとは、介護休業等の申出・取得を理由とした嫌がらせや、取得を妨げる言動を指します。上司による心ない一言が法的問題に発展するリスクもあるため、管理職向けの研修や社内啓発を通じた防止措置が求められます。
また、育児・介護休業法では従業員への制度周知が事業主の義務とされています。従業員が「会社に言い出しにくい」と感じて介護離職に至るケースは中小企業に多く見られますが、これは周知不足と相談しやすい環境の未整備が一因です。制度をきちんと案内し、相談窓口を明示することが離職防止の第一歩となります。
従業員のメンタル面の負担も見過ごせません。仕事と介護の両立は心身の疲弊につながりやすく、早期にサポートにつなげることが重要です。メンタルカウンセリング(EAP)などの従業員支援プログラムを整備しておくことで、相談しやすい職場環境の構築に寄与します。
中小企業が直面する「人手不足・代替対応」問題への対処法
中小企業からよく聞かれるのが、「主力社員が長期休業に入ると業務が回らない」という切実な悩みです。しかし、この問題への対応を事前に考えておくかどうかが、制度を活用できる職場とそうでない職場の分かれ目になります。
業務の棚卸しと引継ぎ計画の立て方
休業が決まったら、できるだけ早い段階で当該従業員の業務内容を整理し、引継ぎ計画を立てましょう。以下のステップが有効です。
- 担当業務のリストアップと優先度の整理
- 引継ぎ先(社内の担当者または外部リソース)の決定
- マニュアル・手順書の作成(休業中でも参照できるように整備)
- 休業開始2〜4週間前を目安に引継ぎを完了させるスケジュールの設定
代替要員の確保手段
代替要員の確保には、派遣社員・パートタイム・業務委託の活用が有効です。また、介護休業が最長93日・最大3回という分割取得の仕組みを活かせば、一定期間ごとに状況を確認しながら業務体制を組み直すことも可能です。
なお、所定外労働の制限(残業免除)・時間外労働の制限・深夜業の制限・短時間勤務等の措置も法律上整備されており、完全な休業に至らなくても、就業しながら介護と両立できる環境を段階的に整えることが、離職防止と業務継続の両立につながります。
社内体制の整備と復職支援:制度を「使える状態」にするために
制度の知識があっても、社内の仕組みが整っていなければ従業員は活用できません。以下の実務ポイントを参考に、介護休業制度を「使える状態」に整備してください。
就業規則・規程の整備
育児・介護休業法の定める内容は就業規則に明記する義務があります(常時10人以上の労働者を使用する事業場)。法定基準を満たした上で、自社の状況に合わせた内容(例:休業中の連絡方法、復職面談の実施など)を上乗せすることも可能です。厚生労働省のウェブサイトにはモデル就業規則・規程のひな形が公開されているため、これを参考に整備することをお勧めします。
また、介護休業申出書・対象家族の状況報告書などの申請様式をあらかじめ用意しておくことで、相談を受けた際にスムーズに対応できます。
相談窓口の明確化と定期周知
「誰に相談すればいいかわからない」という状況を防ぐため、相談窓口(人事担当者・外部相談先など)を明文化し、全従業員に周知します。入社時の案内に加え、年1回程度の定期的な制度案内(社内通知・研修等)を行うことが効果的です。
復職支援の進め方
介護休業からの復職においても、育児休業と同様に段階的な復帰支援が重要です。復職前には必ず面談を実施し、以下の点を確認・調整しましょう。
- 介護の現状と今後の見通し(介護度の変化・施設利用の予定など)
- 希望する勤務形態(短時間勤務・フレックス・テレワーク等)
- 体調や精神的な負担の有無
- 段階的に業務量を戻すための復帰プランの共有
復職後も引き続き所定外労働の制限・短時間勤務等の措置(介護開始から3年間で2回以上の利用機会を確保する義務あり)を活用できることを伝え、「休業後も働き続けられる」という安心感を持てる職場づくりを目指しましょう。
なお、仕事と介護の両立に関する悩みは、産業医や専門家への相談が有効な場合もあります。社内に専門的なサポート体制が整っていない場合は、産業医サービスの活用も選択肢のひとつとして検討してみてください。
実践ポイント:今日からできる3つのアクション
最後に、中小企業の経営者・人事担当者がすぐに取り組める実践ポイントを整理します。
- アクション①:就業規則・介護休業規程の現状確認
現在の規程が法定内容を満たしているか確認し、不足があれば速やかに改定します。厚生労働省のモデル規程を参考にするのが近道です。 - アクション②:申請様式と対応フローの整備
介護休業申出書・給付金申請の手順書・相談窓口の案内資料をセットで用意し、いつでも使える状態にしておきます。 - アクション③:全従業員への制度周知
社内通知・朝礼・研修などを活用して制度の存在と利用方法を案内します。管理職向けにはケアハラ防止の観点も含めた研修を実施することが望ましいです。
まとめ
介護休業制度は、少子高齢化が進む日本において、企業が優秀な人材を確保・維持するうえで欠かせない仕組みです。「制度を整備すること」が目的ではなく、「従業員が安心して仕事と介護を両立できる職場をつくること」が本来のゴールです。
中小企業だからこそ、一人ひとりの離職が会社全体に与えるダメージは大きくなります。今回ご紹介した介護休業と介護休暇の違い、給付金の仕組み、法的義務、代替対応の考え方、復職支援の方法を参考に、まずは社内規程と相談体制の整備から着手してみてください。準備が整っていれば、いざという場面でも落ち着いて対応できるはずです。
よくある質問(FAQ)
Q1. 介護休業と介護休暇は何が違うのですか?
介護休業は、要介護状態にある家族を介護するためにまとまった期間(対象家族1人につき通算93日・最大3回まで分割取得可)を休業できる制度で、雇用保険から給付金が支給されます。一方、介護休暇は通院の付き添いやケアマネジャーとの打ち合わせなど短期の対応を目的としており、年5〜10日・時間単位での取得が可能です。ただし介護休暇に給付金は支給されません。目的と期間の長さが大きく異なる制度として理解しておくことが大切です。
Q2. 小規模企業でも介護休業を認めなければなりませんか?
はい、従業員規模に関わらず、育児・介護休業法に基づき介護休業の申出を原則として拒否することはできません。ただし、労使協定を締結している場合に限り、一定の要件を満たさない従業員(例:入社後間もない方)を適用除外とすることが認められています。制度の適用範囲を就業規則に明記し、法的リスクを回避した上で対応することが重要です。
Q3. 介護休業給付金はいくらもらえますか?また申請はどこにすればよいですか?
介護休業給付金は、休業開始時賃金日額の67%が支給されます(2025年現在)。申請は事業主を経由してハローワークに行い、休業終了日の翌日から2ヶ月以内が申請期限です。受給要件として、休業開始前2年間に雇用保険の被保険者期間が通算12ヶ月以上あることが必要です。従業員がこの給付金の存在を知らないケースも多いため、会社側から積極的に案内することをお勧めします。
Q4. 介護休業中の社会保険料はどうなりますか?
介護休業中は、育児休業と異なり社会保険料(健康保険・厚生年金)の免除制度はありません。そのため、休業中も従業員本人・会社双方の社会保険料の負担は継続します。休業中の給与の支払いを行わない場合でも保険料の支払いが生じる点について、従業員に事前に説明しておくことが望ましいです。
Q5. 介護ハラスメント(ケアハラ)とはどのような行為を指しますか?
介護ハラスメント(ケアハラ)とは、従業員が介護休業等の申出・取得をしたことに対して、上司や同僚が嫌がらせをしたり、取得を妨げるような言動を行ったりすることを指します。「介護なら辞めてもらうしかない」「休業を取ると評価に影響する」といった発言もこれに該当する可能性があります。2022年の法改正以降、事業主はケアハラ防止のための措置を講じる義務があり、管理職研修や相談窓口の整備が求められます。









