従業員の健康管理に取り組もうとしても、「健康診断の案内を送っても誰も動いてくれない」「特定保健指導の対象者が誰なのかすら把握できていない」と頭を抱える中小企業の経営者・人事担当者は少なくありません。
特定保健指導の実施率は、第4期(2024〜2029年度)の目標として全国で45%以上が掲げられていますが、中小企業が多く加入する協会けんぽでは依然として目標に届かない事業所が多いのが現状です。実施率が低いままでは、保険者へのペナルティや医療費の高止まりといった問題が企業経営にも影響を及ぼします。
この記事では、保健指導の実施率が上がらない根本的な原因を整理しながら、中小企業が今日から取り組める実践的な改善策を詳しく解説します。
保健指導の実施率が上がらない根本原因を理解する
まず「なぜ実施率が低いのか」という原因を正しく把握することが、対策の出発点になります。よくある誤解として「案内を送れば受けてくれるはず」という認識があります。しかし現実には、案内を受け取っても「後でいいや」と後回しにされるケースがほとんどです。
実施率が低迷する主な原因は、大きく3つに分類できます。
- 従業員側の障壁:「忙しい」「面倒くさい」「健康情報を会社に知られたくない」という心理的・時間的ハードル
- 企業側の体制不足:対象者の把握ができていない、専任の産業保健スタッフがいない、健保組合との連携が取れていない
- 仕組みの問題:案内が1回で終わっている、勤務時間外での受診を求めている、オンライン対応ができていない
これらの課題は中小企業に特有の構造的な問題でもあります。対象者が数人しかいない小規模企業では「そのために仕組みをつくるコストが重い」と感じることも理解できます。しかし、少人数だからこそ一人ひとりへの個別アプローチが取りやすいという側面もあります。原因を正確に把握したうえで、自社の規模に合った現実的な打ち手を選択することが重要です。
特定保健指導の対象者を正確に把握するための仕組みづくり
保健指導の実施率を高める大前提として、誰が対象者なのかを正確に把握することが必要です。特定健康診査(特定健診)・特定保健指導は、高齢者の医療の確保に関する法律(高確法)に基づき、40〜74歳の被保険者・被扶養者を対象として医療保険者(健保組合や協会けんぽなど)が実施義務を負う制度です。
ただし、保険者が制度の主体であるからといって「健保組合が全部やってくれる」という認識は誤りです。実際には保険者から従業員への連絡は届きにくく、事業者が積極的に連携することで初めて実施率が向上します。
対象者リストの入手と社内管理の手順
まず取り組むべきは、加入している健保組合または協会けんぽから対象者リストを入手し、社内の名簿と突き合わせる体制を構築することです。Excelなどの簡単なツールでも構いません。以下の情報を管理できるシートを作成するだけで、追跡・フォローがしやすくなります。
- 対象者の氏名・所属部署
- 特定健診の受診済み/未受診の状況
- 保健指導の区分(動機付け支援 または 積極的支援)
- 初回面談の実施状況・完了日
- 3ヶ月後の評価完了状況
なお、被扶養者(配偶者など)は直接連絡が取りにくいため、被保険者(本人)を経由して案内を届ける仕組みを整えることが現実的です。「ご家族の方にもご案内があります」という一言を添えるだけで、届く確率が大きく変わります。
特定保健指導には動機付け支援と積極的支援の2種類があります。動機付け支援は初回面談(20分以上)と3ヶ月後の評価が基本で、リスクがやや高い方が対象です。積極的支援はリスクが高い方を対象とし、複数回の継続支援(180ポイント以上)が求められるため、完了までのフォローアップ設計が特に重要になります。
従業員が「動いてくれない」問題を解決する受診勧奨の実践テクニック
対象者を把握できても、従業員に動いてもらえなければ実施率は上がりません。ここでは、受診勧奨を成功させるための具体的なアプローチを紹介します。
上司・管理職を巻き込む
人事部門や健康保険担当からの案内メールよりも、直属の上司や管理職からの声かけのほうが行動につながりやすいことが多くの企業で確認されています。「部署の全員が受けてほしい」というメッセージを管理職に伝え、ミーティングや個別面談の場で声かけしてもらう仕組みを作りましょう。
業務時間内での実施を認める
「勤務時間外に自分で予約して受けてください」という案内は、参加のハードルを大きく上げます。保健指導を業務扱いとする社内ルールを明文化するだけで、参加率が向上した事例は少なくありません。「会社が時間を保障してくれる」という安心感が行動の後押しになります。
リマインドを複数回行う
案内を1回送っただけでは、多くの従業員は忘れてしまいます。初回案内の後、2〜3回のリマインド(メール・社内チャット・口頭)を設計してください。「締め切りまであと〇日です」という具体的な期限を示すことも有効です。
初回面談の心理的ハードルを下げる
「保健指導」という言葉が「生活を指摘される」「面倒なことに巻き込まれる」というイメージを持たれることがあります。「まず話を聞くだけでOKです」「30分程度で終わります」というメッセージを前面に出すことで、申込みへの抵抗感を減らすことができます。
オンライン面談の活用
2024年からの第4期では、ICTを活用した遠隔面談が正式に制度化されました。テレワーカーや遠隔地勤務者にとって、移動や対面の手間がなくなることは大きな参加障壁の解消につながります。オンライン対応の保健指導機関を選定する際にも、このポイントを確認しておきましょう。
従業員の健康行動を継続的にサポートするためには、メンタルカウンセリング(EAP)のような外部支援サービスと組み合わせることで、より包括的な健康管理体制を構築できます。
積極的支援の完了率を高める継続支援の設計方法
特定保健指導の中でも、積極的支援は途中離脱(脱落)率が高く、完了まで至らないケースが多い区分です。初回面談を実施できても、その後の継続支援が完了しないと「実施」としてカウントされません。継続率向上のための設計を意識的に行うことが、実施率全体の底上げに直結します。
「終わりが見える」設計をする
支援を開始する段階で、「3ヶ月後にゴールがあります」という見通しを明確に伝えることが継続のカギになります。「いつ終わるかわからない」という不安が脱落を招くため、全体スケジュールを可視化して渡すことをおすすめします。
非対面・短時間での支援を組み合わせる
継続支援は電話・メール・チャットなどの非対面手段も認められています。毎回対面で長時間の面談を求めるのではなく、短時間の電話確認やチャットでの進捗共有を組み合わせることで、参加者の負担を大幅に軽減できます。
担当者との関係性を構築する
同じ担当者が継続して支援することで、信頼関係が生まれ、脱落しにくくなります。外部委託の場合も、担当者が変わらないよう配慮できる機関を選ぶと継続率の向上が期待できます。
第4期の制度変更を活用する
2024年からの第4期では、2年連続で積極的支援の対象となった同一の人については、2年目以降の支援を一部簡略化できるルールが導入されました。また、腹囲・体重などのアウトカム(結果指標)が一定程度改善されている場合の評価方法も整理されています。制度の変更点を把握し、対象者にとってより無理のない支援プランを設計することが重要です。
中小企業が実施率を高めるための体制整備と外部活用のポイント
「産業保健の専任スタッフがいない」「人事担当者が兼任で手が回らない」というのは、中小企業に共通する課題です。自社リソースだけで完結させようとせず、外部の機能を上手に活用することが現実的な解決策になります。
健保組合・協会けんぽのサービスを最大限に使う
多くの健保組合や協会けんぽでは、特定保健指導の費用補助や出張指導のサービスを用意しています。「どんなサービスが使えるか」を担当窓口に確認するだけで、自社の負担なく体制を整えられるケースがあります。利用できるリソースの棚卸しから始めてみましょう。
健診当日のワンストップ実施を検討する
特定保健指導の初回面談を健診当日に健診機関でそのまま実施するワンストップ方式は、参加率向上に特に効果的です。「後日また予約して来てください」という二度手間をなくすことで、申込み率が大幅に改善します。健診機関との契約時に、この対応が可能かどうかを事前に確認しましょう。
外部保健指導機関への委託を検討する
専門性を担保しながら担当者の負担を減らすためには、外部の保健指導機関への委託が有効な選択肢です。費用はかかりますが、初回面談から継続支援・評価まで一括して対応してもらえるため、社内工数の削減と品質の確保を同時に実現できます。
産業医・保健師を活用した社内完結型
すでに産業医や保健師が在籍している企業では、社内で保健指導を完結させることもコスト削減の観点から有効です。ただし、労働安全衛生法に基づく一般定期健診後の保健指導と、特定保健指導の二重実施に注意が必要です。健保組合との調整を事前に行い、ルールの整合性を確認してください。
産業医との連携体制を強化したい場合は、産業医サービスの活用も選択肢のひとつです。保健指導を含めた包括的な産業保健体制の構築をサポートしてもらえます。
実施率向上のための実践ポイントまとめ
保健指導の実施率を高めるために、今すぐ着手できる取り組みを整理します。
- 健保組合から対象者リストを入手し、社内管理シートを作成する(まず対象者を「見える化」することが第一歩)
- 管理職を巻き込み、上司からの声かけを仕組み化する(案内メール一本では動かない)
- 業務時間内での参加を認め、社内ルールとして明文化する(時間的ハードルを下げる)
- リマインドを2〜3回設計し、期限を明示する(一度の案内では忘れられる)
- オンライン面談に対応した機関・体制を整える(第4期で制度化済み)
- 健診当日のワンストップ実施を健診機関に相談する(申込み率が最も上がりやすい工夫)
- 継続支援の全体スケジュールを参加者に最初から伝える(「終わりが見える」安心感が脱落防止に)
- 健保組合の補助・出張指導サービスを確認する(使えるリソースを棚卸しする)
どれか一つを実施するだけでも効果はありますが、複数の取り組みを組み合わせることで実施率の向上は加速します。特に「対象者の把握」「案内の複数回実施」「ワンストップ面談の設計」の3点は費用をかけずに着手できる効果的な施策です。
中小企業だからこそ、経営者や人事担当者が従業員一人ひとりに目を向けやすい環境があります。制度を上手に活用しながら、従業員の健康を守る体制を着実に整えていきましょう。
よくある質問(FAQ)
特定保健指導の実施率の目標値はどのくらいですか?
第4期(2024〜2029年度)における特定保健指導の実施率目標は45%以上と定められています(高齢者の医療の確保に関する法律に基づく基本方針)。特定健診については70%以上が目標です。実施率が低い保険者は後期高齢者支援金が加算されるペナルティがあるため、保険者と事業者が連携して取り組むことが求められます。
社内に産業保健スタッフがいなくても保健指導の実施率は上げられますか?
はい、可能です。健保組合や協会けんぽが提供する費用補助・出張指導サービスの活用、外部の保健指導機関への委託、健診機関との連携によるワンストップ実施など、社内スタッフに頼らない体制を構築する方法があります。まずは加入している保険者の担当窓口に利用できるサービスを確認することをおすすめします。
積極的支援と動機付け支援の違いは何ですか?
いずれも特定保健指導の区分で、健診結果に基づくリスクの高さによって振り分けられます。動機付け支援はリスクがやや高い方を対象とし、初回面談(20分以上)と3ヶ月後の評価が基本です。積極的支援はリスクが高い方を対象とし、複数回の継続支援(180ポイント以上)と3ヶ月後の評価が求められます。積極的支援は完了までの期間が長い分、脱落防止のフォローアップが特に重要です。
保健指導でオンライン面談は利用できますか?
はい、2024年から始まった第4期の特定保健指導では、ICTを活用した遠隔面談が正式に制度化されました。テレワーカーや遠隔地勤務者にも対応しやすくなっており、参加障壁の解消に活用できます。委託先や健保組合のサービスがオンライン対応しているか、事前に確認しておくとよいでしょう。








