健康診断の結果が戻ってきたとき、人事担当者が最も頭を抱えるのが「d判定」の社員への対応ではないでしょうか。「何かしなければ」と感じながらも、具体的にどう動けばよいかわからず、結局そのままにしてしまっているケースは中小企業に多く見られます。
しかし、d判定を放置したまま社員が脳梗塞や心筋梗塞で倒れた場合、会社は安全配慮義務違反として損害賠償責任を問われる可能性があります。「知っていたのに何もしなかった」という事実は、裁判において会社にとって最も不利な証拠となります。
本記事では、健康診断d判定社員に対して会社が果たすべき法的義務と、中小企業でも実践できる具体的な対応手順を、ステップ形式でわかりやすく解説します。
健康診断d判定とは何か──判定の意味と会社が負う責任の全体像
まず「d判定」の意味を正確に理解しておきましょう。健康診断の判定区分は健診機関によって表記が異なりますが、一般的には以下のように区分されています。
- A判定:異常なし
- B判定:軽度異常・経過観察
- C判定:要経過観察・生活改善
- D判定(d1・d2):要再検査・要医療(d1は軽度異常で再検査が必要な状態、d2は医療機関での治療が必要な状態)
- E判定:現在治療中
重要なのは、これらの判定基準は法律によって統一されているわけではなく、健診機関ごとに異なるという点です。したがって「d判定だから一律にこう対応する」という単純な公式は存在せず、判定の背景にある健康状態の内容・程度を把握した上で個別に対応する必要があります。
会社がd判定社員に対して負う責任の根拠となる主な法律は、労働安全衛生法と労働契約法第5条(安全配慮義務)の二つです。労働安全衛生法は健診後の対応手順を具体的に定めており、労働契約法は「労働者が安全に働けるよう必要な配慮をする義務」を事業者に課しています。この二つの法律が組み合わさることで、d判定を放置した企業は法的リスクにさらされることになります。
【STEP1】健診結果受領後の法定対応──産業医への意見聴取は義務です
健康診断でd判定(要再検査・要医療)などの異常所見が出た場合、会社には労働安全衛生法第66条の4に基づき、医師からの意見聴取が義務付けられています。これは努力義務ではなく、怠ると50万円以下の罰金の対象となる法定義務です。
意見聴取のポイントは以下のとおりです。
- タイミング:健診結果を受領後、遅くとも3ヶ月以内に実施することが目安とされています
- 内容:単に診断書を転写してもらうのではなく、「この社員が現在の業務を継続することに問題はないか」「どのような就業上の配慮が必要か」という就業措置に特化した意見を求めることが重要です
- 記録:意見聴取の内容は書面で記録・保存してください(労働安全衛生法第66条の3により健診結果の5年間保存が義務付けられており、意見聴取記録も同様に保存が必要です)
産業医がいない中小企業はどうすればよいか
従業員50人未満の事業場には産業医の選任義務がありません。しかし「産業医がいないから意見聴取ができない」とはなりません。
このような場合は、地域産業保健センター(産保センター)を活用してください。全国の都道府県に設置されており、50人未満の事業場であれば産業医への相談・意見聴取を無料で利用できます。最寄りの産業保健総合支援センターに問い合わせることで案内を受けられます。
また、常時50人以上の事業場では産業医の選任が義務となります。まだ選任していない場合は早急に対応が必要です。産業医サービスを活用することで、専門的なサポートを受けながら法定対応を整えることができます。
【STEP2】就業上の措置──会社はどこまで指示できるか
医師・産業医の意見を受けたら、次は労働安全衛生法第66条の5に基づき、就業上の措置を検討・実施する義務があります。具体的には以下のような措置が考えられます。
- 労働時間の短縮・残業禁止
- 深夜業・交替勤務の制限または禁止
- 重作業・高所作業・車両運転など危険を伴う業務の制限
- 出張・海外赴任の制限
- 一時的な配置転換
- 休職の命令または勧奨
これらの措置はあくまで「医師の意見に基づいて」実施することが前提です。会社が独断で「d判定だから残業禁止」と決めるのではなく、医師意見→会社の措置判断→本人への通知という流れを踏むことが重要です。措置の内容・理由・期間は書面で通知し、記録を保存してください。
d判定社員に残業させ続けるリスク
特に注意が必要なのが過重労働との組み合わせです。労働安全衛生法第66条の8では、月80時間を超える時間外・休日労働(残業)を行った労働者に対し、本人の申出があれば医師による面接指導を実施することが義務付けられています。
d判定が出ている社員に長時間残業を継続させ、その後に重篤な疾患が発症した場合、会社は「健診でリスクを把握していたにもかかわらず、残業を継続させた」として安全配慮義務違反(労働契約法第5条)を問われる可能性が高くなります。判例上、「知っていたのに何もしなかった」ことは最も重い過失と評価される傾向があります。
【STEP3】本人への通知・受診勧奨と拒否された場合の対応
健診結果は本人に速やかに通知することが法律上の義務です(労働安全衛生法第66条の6)。通知と同時に、再検査・精密検査の受診を会社として勧めること(受診勧奨)が求められます。
受診勧奨は口頭ではなく文書で行い、勧奨した記録を保存することが重要です。後に「言った・言わない」のトラブルを防ぐためです。
社員が受診を拒否した場合はどうするか
受診勧奨はあくまで「勧奨」であり、会社が強制的に受診させることは原則できません。しかし対応を何もしなかった記録は残ってしまいます。拒否されたときの実務的な対応としては以下が有効です。
- 拒否の事実を記録した文書を作成し、保存する
- 就業規則や雇用契約に「再検査結果の報告義務」および「正当な理由のない拒否は就業上の措置対象となる場合がある」旨の規定を設ける
- 複数回にわたり書面・メール等で受診を促し、その都度記録を残す
- それでも拒否が続く場合は、産業医や顧問弁護士に相談し、就業制限措置の可否を検討する
なお、受診結果の報告を求める場合には、就業規則や雇用契約に根拠規定があることが法的にも実務的にも重要です。規定なしに一方的に報告を求めることはトラブルの原因になります。
【STEP4】健康情報の社内共有と個人情報保護の正しい理解
健康診断の結果は「要配慮個人情報」(個人情報保護法第2条第3項)に該当し、通常の個人情報よりも厳格な取り扱いが求められます。本人の同意なく第三者に提供することは原則として禁止されています。
「では上司に何も伝えられないのか」という疑問が生じますが、答えはノーです。厚生労働省の「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針」(2019年)では、安全配慮義務の履行を目的とした合理的な範囲での情報共有は許容されるとされています。
ただし、共有できる情報の範囲や共有先・目的を明確にしておく必要があります。そのために推奨されているのが「健康情報取扱規程」の整備です。この規程には以下の内容を盛り込むことが望ましいとされています。
- 健康情報を収集する目的と利用範囲
- 情報を管理する担当者・責任者の明確化
- 上司や人事部門への情報提供の範囲と手続き
- 情報の保存期間・廃棄方法
社員の健康情報を適切に守りながら、安全配慮義務も果たすための「守るべきルールの明文化」が、中小企業においても急務となっています。
d判定を理由に解雇・降格・減給はできるか──処遇変更の法的判断
「d判定が出た社員を解雇できるか」という相談は珍しくありません。結論から言えば、d判定を理由とした解雇は原則として認められません。
労働契約法第16条は、客観的に合理的な理由がなく社会通念上相当でない解雇を無効と規定しています。「健康診断でd判定が出た」という事実だけでは解雇の合理的理由にはならず、仮に解雇した場合は不当解雇として訴えられるリスクが高くなります。
また、業務上の疾病(業務が原因または誘因となった疾患)については、労働基準法第19条により療養期間中の解雇が禁止されています。業務関連性が認定されると、会社には療養補償義務(労働基準法第75条)も発生します。
降格・減給についても同様で、d判定の事実だけでは就業規則上の懲戒理由にも能力不足の立証にもなりません。就業上の措置として一時的に業務範囲や役割を変更することは可能ですが、それに伴う賃金や処遇の変更は慎重に検討する必要があります。処遇変更を検討する際は、必ず弁護士や社会保険労務士に相談してください。
実践ポイント──中小企業がすぐに取り組むべき5つのアクション
ここまでの内容を踏まえ、中小企業が今すぐ実践すべき具体的なアクションをまとめます。
- ①健診結果受領後のフローを文書化する:「受領→意見聴取依頼→措置検討→本人通知→記録保存」という一連の手順を社内で明文化し、担当者が変わっても対応が属人化しないようにする
- ②地域産業保健センターに連絡する:産業医がいない50人未満の事業場は、まず無料相談窓口を活用する。毎年の健診後に一括で相談するルーティンを作ることを推奨する
- ③就業規則に健康管理関連規定を追加する:再検査報告義務、就業制限の根拠、健康情報の取り扱い方針等を盛り込む。規定のない対応は後に「権限外の行為」とみなされるリスクがある
- ④健康情報取扱規程を策定する:個人情報保護と安全配慮義務の両立を図るため、健康情報の管理ルールを文書化する。厚労省の2019年指針を参考にすると策定しやすい
- ⑤d判定社員の残業管理を強化する:月80時間超の残業をしているd判定社員がいれば、直ちに医師面接指導の実施を検討する。残業時間の集計・管理体制を整備し、リスクの高い社員を早期に把握できる仕組みを作る
社員のメンタルヘルス面が気になる場合は、メンタルカウンセリング(EAP)の導入も有効な選択肢の一つです。身体的な健康課題を抱える社員はメンタルヘルスにも影響が出やすく、早期の包括的サポートが離職や長期休職の予防につながります。
まとめ
健康診断のd判定は、会社にとって「対応しなければならない法的な起点」です。労働安全衛生法に基づく医師意見聴取・就業上の措置・本人通知のいずれも、努力義務ではなく法定義務であることを改めて認識してください。
中小企業だからといって、対応が免除されるわけではありません。産業医がいない場合でも地域産業保健センターという無料の公的リソースが存在し、活用できる手段は確実にあります。
最も避けるべきは「d判定が出ていることを知りながら何もしないこと」です。対応の記録を残し、医師の意見を踏まえた措置を実施することが、社員の健康を守ると同時に、会社を法的リスクから守る最大の防衛策となります。今回解説した手順を参考に、まずは自社の現状を確認するところから始めてみてください。
よくある質問(FAQ)
Q1. d判定が出た社員に再検査を強制することはできますか?
受診勧奨は会社の義務ですが、強制受診は原則できません。ただし、就業規則に「再検査結果の報告義務」や「正当な理由のない拒否に対する就業制限措置」の根拠を設けておくことで、拒否された場合でも会社として適切な対応を取りやすくなります。拒否の事実は必ず書面で記録・保存してください。
Q2. 健康診断の費用や再検査費用は会社が負担しなければなりませんか?
一般健康診断(定期健康診断)の費用は会社負担が原則です。再検査・精密検査については法律上の明確な義務規定はありませんが、厚生労働省は会社負担を推奨しており、費用を理由に受診を妨げることがないよう配慮が求められています。受診率向上・安全配慮義務の観点からも、再検査費用の補助制度を設けることを検討してください。
Q3. 産業医がいない中小企業でも医師意見聴取は本当にできますか?
はい、できます。従業員50人未満の事業場は産業医の選任義務はありませんが、各都道府県に設置されている「地域産業保健センター(産保センター)」を利用することで、無料で産業医への相談・意見聴取を行えます。最寄りの産業保健総合支援センターに問い合わせると窓口を案内してもらえます。
Q4. d判定の内容を上司に伝えることはプライバシー侵害になりますか?
健康診断結果は要配慮個人情報であり、原則として本人同意なく第三者に提供できません。ただし、安全配慮義務の履行を目的とした合理的な範囲での情報共有は、厚生労働省指針において許容されています。「何のために・誰に・どこまで共有するか」を明確にした健康情報取扱規程を整備することで、法的根拠を持って適切に対応することができます。







