「退職金は払わなくていい?」中小企業が知らないと損する制度構築と支払義務の全真実

「退職金は払わなければならないのか」「制度を作ったら一生変えられないのか」——中小企業の経営者や人事担当者からこうした声を聞くことは少なくありません。採用競争が激化する昨今、退職金制度は人材確保の重要な要素として注目される一方、財務負担や制度設計の複雑さから導入をためらう企業も多いのが実情です。

本記事では、退職金制度の法的な位置づけから制度設計の実務、財源確保の方法まで、中小企業が知っておくべき要点を体系的に解説します。制度の新規導入を検討している方はもちろん、既存制度の見直しや法的リスクの整理にお役立てください。

目次

退職金制度は法律上「義務」ではない——ただし規定した瞬間から強制力が生じる

まず大前提として押さえておきたいのが、退職金制度の設置は労働基準法上の義務ではないという点です。企業が自由に導入するかどうかを決めることができます。厚生労働省の調査でも、退職金制度を持たない企業は一定数存在しており、特に従業員規模が小さい企業ほどその割合が高い傾向にあります。

しかし、「義務ではない」ことと「規定したあとも自由」であることは全く別の話です。就業規則や労働契約に退職金規定を設けた時点で、それは労働条件の一部として法的拘束力を持ちます。労働契約法第7条・第12条により、就業規則の内容は労働契約の内容となるため、規定に従った支払い義務が発生します。

さらに注意が必要なのは、明文化されていない場合でも「長年の慣行として退職金を支払ってきた」という事実が、「労働慣行」として認められることがある点です。判例の中には、就業規則の明記がなくても慣行による支払い義務を認めたものも存在します。何気なく続けてきた慣行が、後々の法的リスクに発展するケースもあるため、現状を正確に把握しておくことが重要です。

また、常時10人以上の従業員を雇用する企業が退職金制度を設ける場合、労働基準法第89条により就業規則への記載が義務づけられています。支給条件・計算方法・支払時期などを明確に規定したうえで、労働者代表への意見聴取と労働基準監督署への届出を行う必要があります。

制度設計の基本:支給基準・計算方式・不支給条件を明確に定める

退職金規定を設ける際に最も重要なのは、支給条件の曖昧さをなくすことです。あいまいな規定は、後のトラブルや解釈の相違につながります。以下の項目を漏れなく規定することが求められます。

支給対象者の範囲

正社員のみを対象とするのか、契約社員やパートタイム労働者も含めるのかを明確にします。同一労働同一賃金の観点から、パートタイム・有期雇用労働法により不合理な格差は禁止されています。正社員のみに退職金を設ける場合は、職務内容や責任の程度の違いについて合理的な説明が求められます。

なお、2020年の最高裁判例(大阪医科薬科大学事件)では、アルバイトへの退職金不支給について一定の条件のもとで合理性が認められましたが、これは個別の事情に基づく判断であり、すべてのケースに当てはまるものではありません。自社の雇用形態や業務内容に照らして慎重に検討する必要があります。

退職理由ごとの支給率

退職理由によって支給率を変えることは一般的な実務です。定年退職・会社都合退職・自己都合退職・懲戒解雇といった区分ごとに支給率を定め、それぞれの倍率や金額を明記します。支給率の差は「退職理由の差」を反映したものとして認められますが、あまりにも大きな差は問題となる場合もあります。

計算方式の選択

退職金の計算方式には主に以下の3種類があります。

  • 基本給連動型:退職時の基本給に勤続年数に応じた係数を掛ける方式。シンプルで理解しやすい反面、賃金改定のたびに退職金額が変動する
  • 勤続年数ポイント型:勤続年数に応じたポイントを積み上げ、退職時の単価を掛ける方式。給与体系と切り離して設計できる
  • 別テーブル型:職位・等級・退職理由に応じた金額を一覧表で定める方式。明確で予測しやすい

懲戒解雇時の不支給・減額規定

「不正を働いた社員にも退職金を払わなければならないのか」という疑問は多くの経営者から寄せられます。重要なのは、不支給・減額の規定を就業規則に明確に記載しておくことが前提となる点です。規定がない場合、懲戒解雇であっても退職金の支払い義務が発生するリスクがあります。

ただし、規定があれば必ず全額不支給が認められるわけではありません。判例では、全額不支給が許容されるのは「著しく信義に反する行為」がある場合に限られる傾向にあります。不支給・減額規定を設ける場合は、その適用要件を具体的かつ明確に記載することが実務上のポイントです。

退職金制度の変更・廃止には高いハードルがある

「一度作った制度を後から変えられるのか」という不安を持つ経営者も少なくありません。結論から言えば、退職金制度の減額・廃止は原則として労働者の個別同意が必要です。

労働契約法第9条・第10条(いわゆる不利益変更のルール)により、労働者に不利益となる就業規則の変更は、同意なしには原則として効力を持ちません。同意なしに変更が認められるには、変更の必要性の高さ、変更の内容の相当性、代償措置の有無、労働者への説明・交渉の状況など、複数の要素を総合的に考慮する必要があります。

特に難しいのが「既得権」の扱いです。すでに勤続年数に応じて積み上がった退職金見込み額(既得部分)の削減は、将来分の変更よりもさらに高いハードルが設定されています。

このような変更の困難さを踏まえると、制度設計の段階で将来の変更可能性も見据えた規定にしておくことが重要です。たとえば、制度の見直し条項を盛り込んでおくことや、外部制度(後述の中退共や企業型DCなど)を活用して柔軟性を確保することが有効な対策となります。

財源確保の方法:中退共・企業型DC・社内積立を比較する

退職金制度を設けた場合、最大の課題の一つが財源の確保です。退職金の支払いは突発的に発生するため、計画的な積立が不可欠です。主な方法を比較します。

中小企業退職金共済(中退共)

中退共は、中小企業向けの国の退職金共済制度です。月々の掛金を機構に納付し、従業員が退職する際には機構から直接従業員に支払われます。

  • メリット:掛金は全額損金算入が可能。新規加入時には国の助成があり、運営が比較的シンプル。会社が倒産しても従業員への支払いが守られる
  • デメリット:加入後の掛金減額や脱退には制限がある。自社独自の支給計算との連動が難しい場合がある

企業型確定拠出年金(企業型DC)

企業型DCは、企業が毎月一定額を拠出し、従業員が自ら運用する年金制度です。退職金の代替・補完として活用する企業も増えています。

  • メリット:拠出額は損金算入が可能。運用リスクを従業員が負うため会社の財務リスクが低い。税制優遇が大きい
  • デメリット:従業員への継続的な教育・説明負担がある。制度導入・維持のコストがかかる

社内積立(保険活用・現金積立)

養老保険等の生命保険を活用した積立や、準備金として現金を積み立てる方法もあります。

  • メリット:自社の設計に合わせた柔軟な積立が可能
  • デメリット:保険料の損金算入には制限があり、税制上のメリットは制度によって異なる。現金積立は資金流用リスクや倒産リスクへの対応が必要

どの方法が自社に適しているかは、従業員規模・財務状況・制度設計の内容によって異なります。社会保険労務士や税理士への相談を活用しながら慎重に選択することをお勧めします。また、従業員のメンタルヘルスや定着率向上という観点では、メンタルカウンセリング(EAP)などの福利厚生との組み合わせも、制度設計の一環として検討する価値があります。

税務上のメリットを正しく理解する

退職金制度を設けることには、税務上の観点からも重要なメリットがあります。会社側・従業員側それぞれの視点を整理しておきましょう。

会社側のメリット

退職金として支払った金額は、原則として損金算入が可能です(法人税法上)。支払時に費用計上されるため、課税所得を圧縮する効果があります。また、中退共や企業型DCの掛金も損金算入の対象です。

従業員側のメリット

退職金は「退職所得」として給与所得とは分離して課税されます(分離課税)。退職所得控除として、勤続20年以下の場合は勤続年数×40万円、勤続20年超の場合は800万円+勤続年数(20年超部分)×70万円が非課税枠として設定されています。

この控除を差し引いたうえで、さらに2分の1が課税対象となる特例(一部例外あり)があるため、同額の給与と比べて税負担が大幅に軽くなります。従業員にとって退職金は非常に税制上有利な受け取り方であることを、制度説明の際に伝えることも大切です。

なお、2022年の税制改正により、勤続5年以下の短期退職手当等については、2分の1課税の特例に制限が加えられています。短期離職が多い職種や業種では影響に注意が必要です。

実践ポイント:退職金制度を正しく構築するための手順

以下に、退職金制度を新たに構築・整備する際の実践的な手順をまとめます。

  • 現状の把握:現在、明文化されていない慣行的な退職金支払いがないかを確認する。口頭約束や過去の支払い実績が「慣行」として認められるリスクを整理する
  • 制度の目的と対象範囲の決定:人材定着・採用競争力強化・税務メリットなど、導入目的を明確にしたうえで支給対象者の範囲を決定する
  • 計算方式・支給条件の設計:自社の賃金体系や人事制度と整合する計算方式を選択し、退職理由ごとの支給率・不支給条件を明確に定める
  • 財源確保方法の選択:中退共・企業型DC・社内積立など、自社の財務状況に合った積立方法を選定する
  • 就業規則への記載と届出:退職金規程を作成し、労働者代表への意見聴取を経て労働基準監督署へ届出を行う(常時10人以上の場合)
  • 従業員への周知:制度内容・計算方法・税制上のメリットについて丁寧に説明し、理解と納得を得る
  • 定期的な見直し:経営状況・法改正・人事制度の変更に合わせ、専門家と連携しながら定期的に内容を確認する

制度設計や就業規則の整備に不安がある場合は、社会保険労務士や弁護士への相談が近道です。また、従業員の定着率向上を本質的に支援するためには、退職金制度と並行して職場環境の改善やメンタルヘルス対策にも取り組むことが効果的です。産業医サービスを活用した職場環境の整備も、人材定着の観点から有力な選択肢の一つです。

まとめ

退職金制度は法律上の設置義務はありませんが、一度規定した以上は法的拘束力を持ち、変更・廃止にも高いハードルが伴います。制度設計の段階で支給基準・計算方式・不支給条件・財源確保の方法を明確に定め、就業規則に適切に反映させることが、後のトラブル防止と健全な労務管理の基盤となります。

特に中小企業においては、財務負担を抑えながら制度を設計することが重要です。中退共や企業型DCといった外部制度を上手に活用しつつ、税務上のメリットも取り込みながら、自社の実情に合った退職金制度を構築してください。制度の新規導入・見直しの際は、専門家への相談を積極的に活用することをお勧めします。

退職金制度を就業規則に記載した場合、後から廃止することはできますか?

退職金制度の廃止は、労働者にとって重大な不利益変更にあたるため、原則として労働者一人ひとりの個別同意が必要です。同意が得られない場合、労働契約法第10条に基づき、変更の合理的な理由と相当な手続きが求められますが、認められるハードルは高いとされています。特に、すでに積み上がった退職金の既得部分の削減は、さらに厳しい判断がなされる傾向があります。制度の廃止・変更を検討する場合は、事前に社会保険労務士や弁護士に相談することを強くお勧めします。

懲戒解雇した従業員にも退職金を支払わなければなりませんか?

懲戒解雇の場合でも、就業規則に不支給・減額規定がなければ退職金の支払い義務が生じるリスクがあります。規定がある場合でも、全額不支給が認められるのは「著しく信義に反する行為」があったと判断される場合に限られる傾向にあります。トラブルを防ぐためには、就業規則の退職金規程に不支給・減額の適用要件を具体的に記載しておくことが不可欠です。

中小企業が退職金制度を導入する場合、中退共と企業型DCどちらが向いていますか?

一般的に、制度をシンプルに運営したい・財務リスクを抑えたいという場合は中退共が選ばれやすい傾向にあります。一方、従業員の資産形成意識が高い・税制優遇を最大化したい場合は企業型DCが適しています。ただし、どちらが最適かは従業員規模・財務状況・人事制度との整合性によって異なるため、税理士や社会保険労務士と相談しながら判断することをお勧めします。

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