「雇用契約書、これで大丈夫?」中小企業が今すぐ見直すべき作成・保管の落とし穴7選

「雇用契約書は作成しているから大丈夫」と思っている経営者・人事担当者の方は少なくありません。しかし実際には、雛形をそのまま流用して自社の実態と合っていない、パートやアルバイトと正社員で同じ書式を使い回している、あるいは退職者の契約書がどこにあるか分からない、といった問題が中小企業の現場では頻繁に起きています。

雇用契約書は、単なる事務手続きの書類ではありません。労使双方の権利と義務を明確にし、トラブル発生時の最後の拠り所となる重要な法的文書です。2024年4月には労働条件明示に関する法改正が施行され、従来の対応では不足が生じるケースも出てきました。

本記事では、中小企業の経営者・人事担当者が押さえておくべき雇用契約書の作成・保管のポイントを、法律の根拠とともに分かりやすく解説します。

目次

雇用契約書と労働条件通知書の違いを正確に理解する

実務の現場でよく混同されるのが、「雇用契約書」と「労働条件通知書」の違いです。この二つは似て非なるものであり、それぞれの性質を正確に理解することが適切な書類管理の出発点となります。

労働条件通知書:使用者の法的義務

労働基準法第15条では、「使用者は労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない」と定めています。この義務を果たすために交付するのが労働条件通知書です。使用者が一方的に交付する書類であり、労働者の署名・捺印は必須ではありません。

雇用契約書:双方合意の証明

一方、雇用契約書は使用者と労働者が労働条件に合意したことを双方の署名・捺印によって確認する書類です。法律上は労働条件通知書の交付のみで義務は果たせますが、トラブル防止の観点から、雇用契約書として双方が署名・捺印した書面を取り交わすことが実務上は強く推奨されます。

中小企業においては、「労働条件通知書兼雇用契約書」という形式で一本化している企業も多く見られます。この形式は法的にも問題なく、双方の署名欄を設けることで通知義務と合意確認を同時に満たすことができます。

2024年4月改正で変わった「必ず記載すべき事項」

雇用契約書に記載しなければならない事項は、法律によって「絶対的明示事項」として定められています。加えて、2024年4月に施行された労働基準法施行規則等の改正により、明示が義務付けられる項目が追加されました。見落としがあると労基法違反となるため、必ず確認が必要です。

従来からの絶対的明示事項(書面での交付が必須)

  • 労働契約の期間(期間の定めの有無)
  • 就業場所・従事すべき業務の内容
  • 始業・終業の時刻、休憩時間、休日・休暇
  • 賃金の決定・計算・支払方法、締切・支払時期
  • 退職に関する事項(解雇事由を含む)

2024年4月から追加された明示義務事項

  • 就業場所・業務の変更の範囲の明示:将来的に配置転換や業務変更が想定される場合、その範囲を明記することが義務化されました
  • 有期契約の更新上限の明示:更新回数や通算契約期間に上限がある場合はその旨を記載しなければなりません
  • 無期転換ルールに関する情報提供の強化:有期契約が通算5年を超えた場合に労働者が無期転換を申し込める権利(無期転換権)について、転換申込権が発生する契約更新時に明示することが義務付けられました
  • 無期転換後の労働条件の明示:無期転換後にどのような労働条件になるかを事前に明示する義務が新設されました

特に有期契約を多用している企業では、この改正への対応が急務です。既存の雛形やテンプレートを使い続けている場合は、上記の項目が追加されているか早急に確認してください。

雇用形態別・シーン別の作成ポイント

雇用契約書は、雇用形態によって記載すべき内容が異なります。正社員向けの書式をパートタイマーにも流用するのは、法律上の不備につながるリスクがあります。

パート・アルバイト・有期契約社員への追加対応

パートタイム・有期雇用労働法(パート有期法)では、短時間労働者および有期雇用労働者に対して、通常の明示事項に加えて以下の事項を文書で明示することを義務付けています。

  • 昇給の有無
  • 退職手当の有無
  • 賞与の有無
  • 雇用管理の改善等に関する相談窓口

また、同法は正規雇用労働者との不合理な待遇差を禁止しています(同一労働同一賃金)。契約書の記載内容が実態と乖離していないか、また正社員との待遇差に合理的な説明が可能かという観点での確認も必要です。

試用期間の明記でトラブルを防ぐ

試用期間についての記載が曖昧な契約書は、後々のトラブルの温床になります。契約書には以下の事項を明確に記載しておくことが重要です。

  • 試用期間の長さ(例:入社日から3ヶ月間)
  • 試用期間中の労働条件(賃金・社会保険加入の有無など)
  • 本採用しない場合の解雇事由と手続き
  • 試用期間の延長の可否とその条件

試用期間中であっても、14日を超えて雇用した場合は解雇予告(30日前の予告または予告手当の支払い)が必要になります(労働基準法第21条)。この点も契約書の記載と実務を一致させておく必要があります。

テレワーク・副業解禁時代への対応

在宅勤務やテレワークを導入している場合、就業場所の記載を「自宅または会社が認めた場所」などと柔軟に記載しつつ、費用負担(通信費・光熱費等)の取り扱い、セキュリティルールの遵守義務なども明記することが望ましいといえます。副業・兼業の可否についても、許可制か届出制かを含めて明確に記載しておくことでトラブルを予防できます。

外国人労働者採用時の注意点

外国人労働者を採用する際、労働条件の書面明示は日本語で行うことで法的義務は満たせますが、言語の壁によって内容を理解しないままサインするケースが現実には多く存在します。厚生労働省は母国語での説明を推奨しており、多言語版の労働条件通知書モデルを公開しています。トラブル防止の観点から、可能な限り母国語での説明・書面対応を実施することが強く推奨されます。

電子契約への移行:法的有効性と実務上の注意点

ペーパーレス化・DX推進の流れの中で、雇用契約書の電子化に関心を持つ企業が増えています。2023年4月に施行された労働基準法施行規則の改正により、労働者が希望する場合に限り、FAX・メール・クラウドサービスなど電子的方法での労働条件通知が認められるようになりました。

ただし、注意すべき点があります。

  • 労働者の同意が前提:会社側が一方的に電子交付に切り替えることはできません。労働者が希望・同意した場合のみ電子交付が可能です
  • 書面交付の原則は維持:労働者が書面での交付を希望する場合は、引き続き紙の書面を交付しなければなりません
  • 電子帳簿保存法への対応:電子で保存する場合は、電子帳簿保存法の要件を満たしたシステムの利用が必要です
  • 電子署名の有効性:電子契約として締結する場合は、電子署名法に基づく適切な電子署名を用いることで法的効力が担保されます

電子化はコスト削減や管理効率の向上に有効ですが、法的要件を満たさないシステムの使用はリスクとなります。導入前に専門家への確認を行うことを推奨します。

保管期間と管理方法:社内ルールの整備が不可欠

雇用契約書の適切な保管は、作成と同様に重要な実務です。いざトラブルが発生したときに「書類が見つからない」「内容が確認できない」という事態は、企業にとって致命的なリスクになります。

法定の保管期間

労働基準法第109条では、労働関係の重要書類(雇用契約書を含む)について、退職・契約終了後3年間の保存を義務付けています。なお、2020年の民法改正(消滅時効の延長)に対応する形で、5年間への延長が努力義務とされています。実務上は5年間保存することをルールとして設定しておくと安全です。

保管の具体的な方法

  • 紙での保管:施錠可能なキャビネットで管理し、担当者以外がアクセスできない環境を整える。個人情報保護の観点からも重要です
  • 電子での保管:アクセス権限を設定したクラウドシステムやサーバーで管理し、バックアップを定期的に取得する
  • 索引・台帳の整備:誰がいつ入社・退職したか、どの書類がどこにあるかを一覧で管理できる台帳を作成し、担当者が替わっても引き継げる体制をつくる
  • 定期的な棚卸し:年に一度程度、保存状況を確認し、紛失・劣化・保存期間超過の書類がないかチェックする

変更・更新時の手続きを属人化させない

有期契約の更新時は、更新通知書の交付だけでなく新たな契約書の締結が必要なケースがあります。また、賃金改定・勤務地変更・業務内容の変更など、労働条件に変更が生じた場合は、労働者の同意を得た上で「労働条件変更合意書」を別途作成・保管することが重要です。これらの手続きを担当者の記憶や慣行に頼っていると、担当者の退職や異動で手続きが滞るリスクがあります。チェックリストや社内規程として明文化することで、属人化を防ぎましょう。

今日からできる実践ポイント:中小企業のための整備ステップ

雇用契約書の整備は一度に全てを完成させる必要はありません。優先度の高いものから段階的に取り組むことが現実的です。以下のステップを参考にしてください。

  • ステップ1:現状確認 現在使用している雇用契約書・労働条件通知書が2024年4月の法改正に対応しているか確認する。特に就業場所・業務の変更範囲の明示、有期契約の更新上限の記載を優先的にチェックする
  • ステップ2:雇用形態別テンプレートの整備 正社員・パートタイム・有期契約社員それぞれ別のテンプレートを用意し、各雇用形態で必要な記載事項が漏れなく含まれているか確認する
  • ステップ3:試用期間・副業・テレワークなどの記載を見直す 自社の実態に合わせて、試用期間の取り扱い、副業の可否、テレワーク時のルールなどが明確に記載されているか点検する
  • ステップ4:保管ルールを文書化する 保管場所・担当者・保管期間・廃棄のタイミングを社内規程として明文化し、全担当者に周知する
  • ステップ5:更新・変更手続きのチェックリストを作成する 有期契約の更新タイミングや労働条件変更時の手続きをリスト化し、漏れなく対応できる仕組みをつくる

特に、従業員のメンタルヘルスに関わる問題や職場環境に起因するトラブルが発生した場合、雇用契約書の内容が紛争解決の重要な証拠になります。労使関係の基盤をしっかり整えることが、健全な職場環境の維持にもつながります。職場のメンタルヘルス対策を強化したい場合は、メンタルカウンセリング(EAP)の活用も有効な選択肢のひとつです。

まとめ

雇用契約書の適切な作成と保管は、労働トラブルを未然に防ぐための最も基本的かつ重要なリスク管理です。法律が求める記載事項を満たしつつ、自社の実態に即した内容にすること、雇用形態ごとに適切な書式を整備すること、そして確実に保管・管理する仕組みをつくることが求められます。

2024年4月の法改正で追加された明示義務事項への対応はすでに必須となっており、既存の雛形を見直していない企業は早急な対応が必要です。また、電子化を検討する場合も法的要件を確認した上で進めることが重要です。

書類一枚の不備が、後に大きなコストと時間を要する労使紛争につながるケースは少なくありません。今回ご紹介したステップを参考に、自社の雇用契約書の整備を進めていただければと思います。法律の解釈や書式の作成に迷う場合は、社会保険労務士などの専門家に相談することも有効です。また、従業員の健康管理・職場環境づくりに関して専門的なサポートが必要な場合は、産業医サービスの導入もぜひご検討ください。

よくある質問(FAQ)

雇用契約書を交付しなかった場合、どのような罰則がありますか?

労働基準法第15条に基づく労働条件の明示義務を怠った場合、同法第120条により30万円以下の罰金が科せられる可能性があります。また、労働条件が明示されていない場合、労働者は即時に労働契約を解除できる権利を持ちます(労働基準法第15条第2項)。罰則だけでなく、採用後すぐに退職されるリスクも生じるため、必ず採用前または採用時に交付することが重要です。

パートタイマーにも雇用契約書は必要ですか?

はい、必要です。雇用形態にかかわらず、労働契約を締結する際には労働条件の書面明示が義務付けられています。さらにパートタイム・有期雇用労働者については、通常の明示事項に加えて昇給・賞与・退職金の有無なども文書で明示する義務があります(パートタイム・有期雇用労働法第6条)。短時間・短期間だからといって省略することはできません。

労働条件を変更する場合、契約書の作り直しは必要ですか?

賃金・労働時間・勤務場所など主要な労働条件を変更する場合は、労働者の同意を得た上で変更内容を記載した「労働条件変更合意書」を作成することが強く推奨されます。特に労働者に不利な変更は、合意がない限り無効となります(労働契約法第8条・第9条)。変更の記録を残すことがトラブル防止の観点からも非常に重要です。

退職した従業員の雇用契約書はいつまで保管すればよいですか?

労働基準法第109条により、退職・契約終了後最低3年間の保存が義務付けられています。ただし、2020年の民法改正(消滅時効の延長)への対応として5年間保存することが努力義務とされており、実務上は5年間を基準として保管することが安全です。訴訟や労働審判など法的紛争に備えるためにも、保管期間は余裕を持って設定することをお勧めします。

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