「従業員台帳を作成したのはいいけれど、その後どうすればいいのかわからない」「労働基準監督署の調査が入ると聞いて、書類を確認したら情報がバラバラだった」——中小企業の人事担当者や経営者からよく聞かれる声です。
従業員台帳(正式には「労働者名簿」)は、労働基準法によって作成・保存が義務付けられた重要書類です。しかし、実務では入社時に一度作成したきり更新されていなかったり、紙と電子データが混在して最新情報がどこにあるか把握できていなかったりするケースが後を絶ちません。書類の不備や管理の杜撰さは、労働基準監督署の調査や助成金申請の際に大きな支障をきたすだけでなく、個人情報漏洩リスクにも直結します。
本記事では、従業員台帳の法的根拠から記載事項、更新タイミング、保存期間、退職者への対応、電子化の進め方まで、中小企業が実務で直面する課題を整理しながら解説します。法令を正確に理解し、今日から運用を見直すための手引きとしてご活用ください。
従業員台帳とは何か:法的根拠と法定記載事項
従業員台帳は、一般的に「労働者名簿」と呼ばれる書類で、労働基準法第107条によって全事業主に作成・保存が義務付けられています。「常時使用する労働者」ごとに1枚作成することが基本であり、正社員だけでなく、パート・アルバイト・契約社員など雇用形態を問わず、すべての労働者が対象です。業務委託(フリーランス)については雇用関係がないため労働者名簿の対象外ですが、別途契約書の管理が必要です。
法定記載事項(必ず記載しなければならない項目)は以下の8項目です。
- 氏名
- 生年月日
- 履歴(学歴・職歴など)
- 性別
- 住所
- 従事する業務の種類(ただし常時30人未満の事業所は省略可)
- 雇入年月日
- 退職・死亡の年月日とその事由(退職・死亡後に記載)
これらの項目が欠けていたり、記載内容が不正確であったりした場合、労働基準法第120条の規定により30万円以下の罰金が科される可能性があります。「罰則があるとは知らなかった」では済まないため、まず自社の台帳が法定事項を満たしているかを確認することが第一歩です。
なお、法定記載事項に加えて、実務上は緊急連絡先・保有資格・健康配慮事項・雇用形態・所属部署・給与情報などを追加記載して一元管理することを推奨します。ただし、健康診断の結果や傷病歴など、特に機密性の高い情報は別途厳格に管理する体制を整えてください。
保存期間の正確な理解:「退職日から」が起算点
従業員台帳の保存期間については、誤解が非常に多い項目です。「入社日から5年」と思っている担当者も少なくありませんが、これは誤りです。
労働基準法第109条では、保存期間の起算点を「退職・死亡した日」と定めており、そこから5年間の保存が原則です。ただし、法改正の経過措置として、当面の間は3年間でも可とされています(令和2年改正)。いずれにせよ、在職中はもちろん、退職後も一定期間は適切に保管しなければなりません。
現場でよく見られる失敗例を挙げます。
- 退職と同時に台帳を廃棄してしまう:保存義務違反になるリスクがあります
- 保存期間を過ぎても永久保存し続ける:個人情報の観点から、不要になった時点での適切な廃棄が求められます
- 退職者の台帳を現役社員の台帳と混在させて保管する:誤参照・情報漏洩のリスクが高まります
退職者の台帳は、現役社員の台帳とは物理的・データ上で明確に分けて保管することが重要です。また保存期間が満了した台帳は、シュレッダーによる裁断や専門業者への処理委託など、情報が復元できない方法で確実に廃棄してください。廃棄記録を残しておくと、後々のトレーサビリティ(どの書類をいつ廃棄したかの追跡可能性)確保にも役立ちます。
マイナンバーの取り扱い:従業員台帳とは必ず別管理
雇用保険や社会保険の手続きにはマイナンバーが必要であり、企業は従業員からマイナンバーを収集・管理する義務があります。しかし、マイナンバーは従業員台帳(労働者名簿)本体とは別のファイル・フォルダで厳格に管理することが原則です。
マイナンバー法(正式名称:行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律)では、マイナンバーを利用できる目的が厳密に限定されており、目的外利用や不適切な管理は重大な法律違反となります。具体的に必要な安全管理措置は以下のとおりです。
- マイナンバーを記載した書類・データは専用のファイル・フォルダに分けて保管する
- アクセスできる担当者を必要最小限に限定する
- 収集・利用・廃棄の各段階で記録を残す
- 保管が不要になった場合は速やかに廃棄し、廃棄記録を作成する
「マイナンバーを従業員台帳と同じバインダーに綴じている」というケースは中小企業に少なくありません。万が一情報が漏洩した場合、個人情報保護委員会への報告義務が生じるほか、従業員や取引先との信頼関係に深刻なダメージを与えます。早急に管理方法を見直してください。
更新・運用ルールの整備:属人化を防ぐ仕組みづくり
従業員台帳の管理で最も多いトラブルのひとつが、「担当者が退職するとルールが消える」という属人化問題です。管理のノウハウが特定の個人の頭の中にしか存在せず、引き継ぎができない状態は、組織としてのリスク管理上、大きな問題です。
更新すべきタイミングを明確にする
従業員台帳は以下のような変更が生じた際に、速やかに(原則として事象発生後の次の業務日内に)更新するルールを設けることを推奨します。
- 入社・退職・死亡
- 異動・昇格・職種変更
- 改姓(結婚・離婚など)
- 住所変更
- 扶養家族の変更
- 資格の取得・失効
これらの変更を人事部門が自力で把握するのは難しいため、従業員から人事へ変更を届け出る内部フローを就業規則または社内規定として明文化しておくことが重要です。「気づいたら報告」ではなく「変更後○日以内に所定の様式で届け出る」と明確に規定することで、更新漏れを防ぐことができます。
年1回の定期棚卸しを実施する
日常的な更新に加え、年に1回は全従業員の台帳を棚卸しする機会を設けることを推奨します。具体的には、現在の記載内容を本人に確認してもらい、変更があれば届け出てもらう「現況確認シート」を活用する方法が効果的です。年末調整の時期と合わせて実施すると、扶養情報などの確認も同時に行えるため効率的です。
アクセス権限と保管場所を明確にする
従業員台帳には住所・給与・健康情報など機密性の高い情報が含まれるため、閲覧・更新できる担当者を役職や職務に応じて明確に限定することが必要です。
- 紙管理の場合:施錠できるキャビネットに保管し、鍵の管理者と補佐者を指定する
- 電子管理の場合:パスワード保護・暗号化・アクセスログの記録を整備する
- いずれの場合も:バックアップ体制を構築し、データ消失リスクに備える
また、個人情報保護法では、従業員本人からの開示請求に対して原則として応じる義務があります。「個人情報だから本人にも見せない」という対応は誤りであり、正当な理由のない開示拒否は法令違反となりますのでご注意ください。
雇用形態別・電子化対応:多様な働き方への対応と効率化
パート・アルバイト・契約社員への対応
前述のとおり、従業員台帳はすべての雇用形態の労働者に対して作成義務があります。「うちのパートは数人だから大丈夫」という認識は誤りです。雇用形態ごとに記載すべき項目や関連する社会保険の適用状況が異なるため、雇用形態別にテンプレートを用意して管理することを推奨します。
たとえば、週20時間以上勤務のパート・アルバイトは社会保険の加入要件を満たす場合があり、台帳上での保険情報の管理も必要になります。また、外国人労働者については在留資格・在留期限の記載・管理が実務上必要です。多様な雇用形態に対応した台帳管理の体制を整えることが、コンプライアンス(法令遵守)上の重要な課題となっています。
従業員台帳の電子化を検討する
電子帳簿保存法の改正により、一定の要件を満たせば、労働者名簿を電子データとして保存することが認められています。クラウド型の人事管理システム(例:freee人事労務、SmartHRなど)を導入することで、以下のメリットが得られます。
- 情報の一元管理と自動更新による更新漏れの防止
- アクセス権限の細かな設定によるセキュリティ向上
- 検索・抽出機能による労働基準監督署の調査や助成金申請への迅速な対応
- ペーパーレス化による保管スペースの削減
電子化に際しては、データのバックアップ体制・アクセスログの記録・ベンダー(システム提供事業者)との契約内容確認(特に情報管理責任の所在)が重要なポイントです。紙管理から電子化への移行は一度に行う必要はなく、まず新規入社者分から電子管理を始め、段階的に移行する方法も現実的です。
なお、従業員のメンタルヘルスや健康管理に関する情報は台帳とは別途、専門的な管理が必要な場合があります。健康情報の適切な取り扱いや産業保健体制の構築については、産業医サービスを活用することで、法的要件を満たした運用体制を整えることができます。
実践ポイント:今日からできる見直しステップ
従業員台帳の管理を適切に行うために、以下のステップで現状の見直しを進めることをお勧めします。
- ステップ1:現状の棚卸し——全従業員の台帳が存在するか確認し、法定記載事項の充足状況をチェックする
- ステップ2:情報の集約——紙と電子データが混在している場合は、正本(最新版)がどれかを特定し、一元化の方針を決める
- ステップ3:更新ルールの文書化——更新タイミング・届け出フロー・担当者を就業規則または社内規定に明記する
- ステップ4:マイナンバーの分離管理——従業員台帳と同じ場所で管理している場合は直ちに分離し、アクセス制限を設ける
- ステップ5:退職者台帳の整理——退職日から起算して保存期間(原則5年、当面3年も可)を確認し、期間超過分を適切に廃棄する
- ステップ6:電子化の検討——現在の管理体制の課題を整理した上で、クラウドシステム導入の可否を検討する
また、従業員の心身の健康管理を一体的に進める観点から、メンタルカウンセリング(EAP)の導入も、人事情報管理の高度化と並行して検討する価値があります。健康情報の適切な管理と従業員支援体制の整備は、企業リスクの低減に直結します。
まとめ
従業員台帳の適切な管理は、労働基準法・個人情報保護法・マイナンバー法といった複数の法令に関わる重要な義務です。「入社時に作ったから大丈夫」「退職したら捨てていい」「パートは対象外」といった誤解が中小企業では依然として多く見られますが、これらは法令違反につながるリスクをはらんでいます。
ポイントを改めて整理すると、法定記載事項を漏れなく記載すること、保存期間の起算点は退職日であること(原則5年・当面3年も可)、マイナンバーは台帳本体と必ず別管理すること、雇用形態を問わず全労働者の台帳を作成すること、更新ルールと保管ルールを文書化して属人化を防ぐこと——これらが中小企業で特に見直しが必要な事項です。
労働基準監督署の調査や助成金申請の場面では、台帳の整備状況が企業の信頼性を左右します。日常的な管理体制を整えることが、結果として人事リスクの低減と業務効率化につながります。まずは現状の棚卸しから始め、一歩ずつ管理体制を強化していきましょう。
よくある質問
Q. パートタイム労働者やアルバイトも従業員台帳の作成対象になりますか?
はい、雇用形態を問わず、すべての労働者が対象です。労働基準法第107条は「常時使用する労働者」について定めており、パート・アルバイト・契約社員も含まれます。「短時間だから不要」という認識は誤りであり、法定記載事項を満たした台帳を全員分作成する必要があります。
Q. 従業員台帳の保存期間はいつから数えればよいですか?
保存期間の起算点は「退職・死亡した日」です。「入社日から」や「作成日から」ではありません。労働基準法第109条により、退職・死亡の日から原則5年間(経過措置として当面3年間も可)の保存が義務付けられています。保存期間が満了したら、シュレッダーなど情報が復元できない方法で適切に廃棄し、廃棄記録を残すことを推奨します。
Q. マイナンバーは従業員台帳と一緒に管理してもよいですか?
いいえ、マイナンバーは従業員台帳(労働者名簿)とは必ず別のファイル・フォルダで管理することが原則です。マイナンバー法では厳格な安全管理措置が義務付けられており、アクセスできる担当者の限定、収集・利用・廃棄の記録、廃棄時の確実な処理が求められます。万が一漏洩した場合は重大な法令違反となり、個人情報保護委員会への報告義務も生じます。
Q. 従業員台帳を電子化する際に注意すべき点はありますか?
電子帳簿保存法の要件を満たせば電子保存が認められます。導入時はバックアップ体制の整備、アクセス権限の細かな設定、アクセスログの記録が必須です。また、クラウドシステムを利用する場合は、情報管理責任の所在や情報漏洩時の対応をベンダーとの契約で明確にしておくことが重要です。紙から電子への移行は段階的に進めることも現実的な選択肢です。







