「うちの会社、ストレスチェックって本当にやらないといけないの?」
人事担当者からよく聞かれる言葉です。2015年12月に労働安全衛生法の改正によって導入されたストレスチェック制度は、施行から10年近くが経過した今も、中小企業では「よく分からないまま放置している」「とりあえず外部に丸投げしている」というケースが少なくありません。
義務かどうかの判断を誤れば法令違反になるリスクがあり、形だけの実施では従業員のメンタルヘルス対策としての意味を失います。この記事では、中小企業の経営者・人事担当者が最低限押さえておくべき制度の概要から、実施義務の判断基準、実務上の注意点まで、正確な情報をもとに解説します。
ストレスチェック制度とは何か
ストレスチェック制度は、労働安全衛生法第66条の10を根拠とする制度で、2015年12月1日に施行されました。従業員自身がアンケート形式の調査票に回答することで、自分のストレス状態を客観的に把握し、必要であれば医師による面接指導を受けられる仕組みです。
制度の目的は大きく2つあります。ひとつは、従業員が自分のストレスに気づき、早期に対処できるようにすること(一次予防・二次予防)。もうひとつは、集団ごとの分析結果をもとに職場環境そのものを改善することです。単なるメンタルヘルス不調者の「発見・摘出」が目的ではない点は、制度の趣旨として重要な点です。
調査票では、以下の3つの領域を確認することが必須とされています。
- 職務上のストレス要因:仕事の量・質・裁量範囲など、仕事そのものに由来するストレス
- 心身のストレス反応:疲労感・不安感・抑うつ傾向など、本人が感じている状態
- 周囲のサポート:上司や同僚からの支援・職場の人間関係
厚生労働省が推奨している標準的な調査票は「職業性ストレス簡易調査票(57項目版)」ですが、23項目の簡易版や、妥当性が確認された他の調査票を用いることも認められています。自社の状況や従業員の負担感に応じて選択することが可能です。
自社は「実施義務あり」か「努力義務」か——判断の基準
ストレスチェック制度において、実務上もっとも混乱が多いのが「義務かどうかの判断」です。基準はシンプルですが、見落としやすい落とし穴があります。
基本的な判断基準
- 常時50人以上の労働者を使用する事業場:実施義務あり(違反した場合、50万円以下の罰金)
- 常時50人未満の事業場:努力義務(当面の間)
ここで注意が必要なのは、「事業場単位」で判断するという点です。企業全体の従業員数ではありません。たとえば、本社の従業員が30人であっても、同じ会社の支店・営業所・工場などが独立した事業場として50人以上の労働者を使用していれば、その事業場は実施義務の対象となります。逆に、会社全体で200人いても、各拠点がいずれも50人未満であれば、それぞれの事業場は努力義務の扱いです。
「常時使用する労働者」の数え方にも注意が必要です。正社員だけでなく、契約社員やパートタイム労働者であっても、常時使用に該当する場合は人数に含まれます。また、派遣労働者については、雇用関係のある派遣元事業者がストレスチェックの実施主体となるため、派遣先の人数にはカウントしません。
「50人未満だから何もしなくてよい」は誤解
努力義務とはいえ、従業員のメンタルヘルスを守る経営上の責任は変わりません。厚生労働省は50人未満の小規模事業場向けの支援策として、産業保健総合支援センターによる無料相談や、地域産業保健センターを通じた医師面接の活用を提供しています。費用や人手の制約がある中小企業でも、こうした公的支援を活用しながら取り組みを始めることが望まれます。
実施の流れ——誰が・何を・どのように行うか
実施者の要件
ストレスチェックは、誰でも実施できるわけではありません。「実施者」として認められるのは以下の資格保有者に限られます。
- 医師
- 保健師
- 厚生労働大臣が定める研修を修了した歯科医師・看護師・精神保健福祉士・公認心理師
「アンケートを配って集計すれば制度上の実施になる」というのは誤りです。実施者要件を満たした者が関与していなければ、制度上の実施とみなされません。産業医が選任されている事業場では産業医が実施者を兼ねるケースが一般的ですが、産業医が選任されていない中小企業では、外部の健診機関やEAP(従業員支援プログラム)専門機関への委託が現実的な選択肢です。委託する場合も、委託先の担当者が実施者要件を満たしているか確認することが必要です。
実施前の準備:衛生委員会での審議
ストレスチェックを実施する前に、衛生委員会(または安全衛生委員会)で以下の事項を審議・決定し、社内規程として文書化することが求められます。
- 実施方法と使用する調査票の種類
- 実施者および実施事務従事者(データ入力・集計を担当するスタッフ)の選定
- 結果の情報管理体制・保管方法
- 高ストレス者の選定基準
- 集団分析の方法
この事前準備を省略すると、実施後に「誰が何を管理するのか」「情報をどこまで共有してよいのか」が曖昧になり、トラブルの原因となります。
実施から面接指導までの流れ
制度の基本的な流れは以下のとおりです。
- 従業員がストレスチェック(調査票)に回答する
- 実施者が高ストレス者に該当するかどうかを判定する
- 結果を本人に直接通知する(会社・上司には通知しない)
- 高ストレス者と判定された本人が希望する場合に限り、医師による面接指導の申出を行う
- 会社は申出から1か月以内に面接指導を実施する
- 医師の意見を踏まえ、必要に応じて就業上の配慮(業務軽減・配置転換等)を検討する
面接指導はあくまでも本人からの申出が前提であり、会社側から強制することはできません。また、面接指導の申出を理由とした不利益な取扱いは法律で禁止されています。この点を従業員に周知することが、申出しやすい環境づくりの第一歩です。
個人情報の取り扱い——従業員の不信感をなくすために
「結果が会社や上司に伝わるのでは」という不安から受検を拒否する従業員は少なくありません。この懸念を払拭できるかどうかが、受検率ひいては制度の実効性を左右します。
会社が結果を取得できる条件
本人の同意なしに、会社(事業者)がストレスチェックの結果を取得することは法律で禁止されています。結果は原則として本人に直接通知され、会社が閲覧できるのは本人が同意した場合のみです。
ただし、実務上は「本人の同意を得た上で会社が結果を把握し、面接指導につなげる仕組み」を事前に設計しておくことが重要です。同意取得の仕組みを用意していない場合、高ストレス者がいても会社として何も把握できず、支援のきっかけを失うことになります。
実施事務従事者の守秘義務
ストレスチェックのデータ入力・集計を担当する実施事務従事者にも守秘義務が課されます。社内の人事担当者がこの役割を担う場合は、守秘義務の内容を本人に説明した上で、誓約書などで管理することが望まれます。担当者が「役職上知り得た情報」として結果を利用することは許されません。
集団分析における個人特定のリスク
集団ごとの集計・分析(集団分析)は努力義務ですが、10人未満の集団では個人が特定されるリスクがあるため、原則として集計しないこととされています。小規模な部署や拠点を扱う際は注意が必要です。
報告義務と集団分析——「やりっぱなし」にしないために
労働基準監督署への報告
常時50人以上の事業場を持つ使用者は、ストレスチェックを実施した後、所轄の労働基準監督署に結果等報告書を年1回提出する義務があります。様式は「心理的な負担の程度を把握するための検査結果等報告書」(厚生労働省所定様式)です。
「実施したのだから報告は不要」という認識は誤りです。報告義務を果たさない場合、行政による指導の対象になる可能性があります。実施後のスケジュール管理として、報告期限を社内カレンダーに組み込んでおくとよいでしょう。
集団分析を職場改善につなげる
集団分析とは、個人の結果ではなく、部署・チームといった集団単位で集計・分析を行い、その結果をもとに職場環境改善につなげる取り組みです。法的には努力義務ですが、ストレスチェック制度の本来の目的である「職場環境の改善」を実現するための核心部分といえます。集団分析を省略すると、個人がストレスに気づくきっかけにはなっても、職場全体の課題が改善されないまま翌年も同じ問題を繰り返すことになりかねません。
集団分析の結果活用の一例として、以下のような手順が考えられます。
- 分析結果を経営層・管理職に共有し、数値で職場の状態を可視化する
- ストレス要因として上位に挙がった項目(業務量・裁量のなさ・コミュニケーション不足など)を特定する
- 改善策を衛生委員会で審議し、具体的なアクションプラン(業務分担の見直し、1on1面談の導入など)に落とし込む
- 翌年のストレスチェック結果と比較して、改善効果を検証する
実践ポイント——中小企業が押さえるべき5つの行動
以上を踏まえ、中小企業の経営者・人事担当者が今すぐ確認すべき実践ポイントをまとめます。
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①まず「事業場単位」で義務対象かを確認する
拠点ごとの従業員数を洗い出し、常時50人以上に該当する事業場を特定してください。本社だけでなく、支店・営業所・工場なども個別に確認することが必要です。 -
②実施者要件を満たすルートを確保する
産業医が選任されていない場合は、外部の健診機関・EAP機関への委託を検討してください。委託先の担当者が実施者要件(医師・保健師等)を満たしているか確認することを忘れずに。 -
③衛生委員会での審議と社内規程の整備を先行させる
「とりあえず実施する」ではなく、情報管理・同意取得・高ストレス者対応の方針を事前に決めておくことが、後々のトラブル防止につながります。 -
④不利益取扱い禁止の周知で受検率を上げる
結果を理由とした不利益取扱いが法律で禁じられていること、本人の同意なしに会社が結果を把握しないことを繰り返し伝えることが、従業員の安心感と受検率向上につながります。 -
⑤集団分析を職場改善のPDCAに組み込む
集団分析の結果を「見て終わり」にせず、改善策の立案→実施→翌年の検証というサイクルに乗せることで、制度が職場環境改善の実質的なツールとして機能します。
まとめ
ストレスチェック制度は、単なる法令遵守の手続きではなく、従業員の心身の健康を守り、職場環境を改善するための継続的な取り組みの起点です。実施義務の判断を「企業全体の人数」で誤る、実施者要件を満たさないまま調査票を配布する、集団分析を省略して形だけ終わらせる——こうした落とし穴は、正しい知識があれば避けることができます。
50人未満で努力義務の段階にある事業場であっても、公的支援機関を活用しながら早期に取り組みを始めることが、将来的なメンタルヘルス不調による休職・離職のリスクを軽減することにつながります。まずは自社の事業場ごとの従業員数の確認と、実施体制の整備から着手してみてください。
制度の詳細や自社への適用について不明点がある場合は、都道府県の産業保健総合支援センター(無料相談窓口あり)や、社会保険労務士・産業医への相談も有効な手段です。
よくある質問
Q1: うちの会社は50人未満なので、ストレスチェックをしなくてもいいですよね?
50人未満の事業場は法律上「努力義務」とされていますが、従業員のメンタルヘルスを守る経営上の責任は変わりません。厚生労働省は無料相談や医師面接などの公的支援を提供しているため、これらを活用しながら取り組みを始めることが推奨されています。
Q2: 複数の拠点がある場合、全社で50人以上なら実施義務があるということですか?
いいえ、判断は「事業場単位」で行います。各拠点がそれぞれ50人未満であれば、会社全体で200人いても実施義務はありません。逆に、本社30人でも支店が50人以上なら、その支店は実施義務の対象となります。
Q3: ストレスチェック制度の目的は、不調者を見つけることではないのですか?
そうではありません。制度の主な目的は、従業員が自分のストレスに早期に気づいて対処すること、そして集団分析の結果に基づいて職場環境そのものを改善することです。単なる不調者の「発見・摘出」が目的ではない点が、制度の重要な特徴です。
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