従業員が病気やケガ、精神的な不調などで長期間休職することになった場合、経営者や人事担当者が最初に直面するのが「給与はどうなるのか」「社会保険料はどう処理するのか」という実務上の疑問です。
休職制度は法律で細かく規定されているわけではなく、会社ごとの就業規則や労働契約に委ねられている部分が多いため、「前例がない」「どこに相談すればいいかわからない」という声をよく耳にします。特に中小企業では専任の人事部門が存在しないケースも多く、初めて対応する担当者が誤った処理をしてしまうリスクもあります。
この記事では、休職中の給与・社会保険の取扱いについて、法律と実務の両面から正確にわかりやすく解説します。誤解が多いポイントにも触れていますので、ぜひ自社の制度整備にお役立てください。
休職中の給与支払い義務はどこまであるのか
まず多くの経営者が気になる「給与を支払い続けなければならないのか」という点について整理します。
結論から言えば、私傷病(業務外の病気やケガ)による休職の場合、法律上、会社に給与の支払い義務はありません。労働基準法には「ノーワーク・ノーペイの原則」があり、働いていない期間に対して賃金を支払う義務は原則として発生しません。
一方、業務上の災害(労災)が原因の休業については、労働基準法第76条により「休業補償」として平均賃金の60%を支払う義務が生じます。ただし、実際には労働者災害補償保険(労災保険)から休業補償給付として支給されるため、会社が直接負担するケースは少なくなっています。
育児休業・介護休業についても、育児・介護休業法の規定により取得できる権利は保障されていますが、給与の支払いは法律上義務づけられておらず、原則として無給です。ただし、雇用保険から育児休業給付金や介護休業給付金が支給される仕組みがあります。
このように、「何の休職か」によって適用される法律・制度が異なります。就業規則や労働契約で有給の休職を定めることは可能ですが、多くの企業では私傷病休職を「無給」とするのが一般的な取扱いです。
傷病手当金の仕組みと会社側が行う手続き
休職中の従業員の生活保障として重要な役割を果たすのが、健康保険の傷病手当金です。これは会社が支払うお金ではなく、加入している健康保険組合または全国健康保険協会(協会けんぽ)から直接本人に支給されるものです。「会社が傷病手当金を払う」という誤解が意外と多いため、この点は明確に押さえておきましょう。
傷病手当金の受給要件
- 業務外の疾病・負傷であること(業務上の場合は労災保険が適用)
- 連続する3日間の待機期間を経ること(有給休暇・公休日も含む)
- 待機期間後の4日目以降が支給対象となること
- 労務不能の状態であること(医師の証明が必要)
- 賃金が支払われていないこと(一部支給の場合は差額のみ支給)
支給額と支給期間
支給額は、直近12か月の標準報酬月額の平均額を30で割った金額の3分の2(約67%)です。標準報酬月額とは、社会保険の算定基礎となる給与の区分のことで、実際の月収に近い金額と考えてください。
支給期間は、2022年1月の法改正により「支給開始日から通算して1年6か月」に変更されました。改正前は支給開始から暦の上で1年6か月でしたが、改正後は途中で復職した期間はカウントされず、実際に支給を受けた期間が通算1年6か月に達するまで受給できるようになりました。
会社側の実務上の対応
傷病手当金の申請書には事業主が証明を行う欄があります。具体的には「労務不能と認めた期間」「その期間中に支払った報酬の有無と金額」などを記載します。この証明欄を正確に記入することが、スムーズな支給につながります。
申請書は一般的に1か月ごとに、被保険者(本人)→医療機関→事業主の順に記載・提出します。月をまたぐたびに書類のやり取りが発生するため、提出期限や連絡窓口を最初に決めておくと事務処理がスムーズになります。
なお、有給休暇を取得している期間中は報酬が支払われているため、傷病手当金との調整が行われます。有給消化と傷病手当金の開始タイミングについては、従業員に事前に説明しておくことをお勧めします。
休職中も社会保険料は発生し続ける——徴収方法の実務
休職に関して最も誤解が多いのが社会保険料の取扱いです。休職中であっても、原則として健康保険・厚生年金保険の被保険者資格は継続し、保険料は毎月発生します。「働いていないから保険料はかからない」という思い込みは誤りです。
育児休業・産前産後休業中の保険料免除との違い
例外として、育児休業中および産前産後休業中は、申出を行うことで社会保険料が免除されます(健康保険法第159条・厚生年金保険法第81条の2)。会社負担分・本人負担分の両方が免除となるため、経済的な負担が軽減されます。
一方、私傷病による休職や介護休業中には、この免除制度は適用されません。たとえ給与がゼロであっても、毎月の保険料は通常通り発生し続けます。育児休業と私傷病休職では取扱いが大きく異なるため、混同しないよう注意が必要です。
給与ゼロ時の保険料徴収——3つの対応策
給与が支払われていない月は、天引きによる保険料徴収ができません。この場合、本人負担分の徴収をどうするかが実務上の大きな課題となります。一般的には以下の3つの方法が取られます。
- 毎月、本人に直接振込で納付してもらう:確実性は高いが、本人の手続き負担が生じる。銀行口座と振込期日を事前に書面で合意しておくことが重要。
- 復職後の給与からまとめて控除する:一度に大きな金額を控除することになるため、本人の同意と説明が不可欠。労働基準法第24条の賃金全額払いの原則との関係から、書面での合意を忘れずに。
- 会社が立替え、退職時または復職時に精算する:万が一そのまま退職した場合の回収リスクを考慮し、書面による合意・確認を必ず取る。
いずれの方法を選ぶ場合でも、休職開始前に本人への説明と書面での合意を得ておくことが最大のポイントです。後から「聞いていなかった」というトラブルを防ぐため、具体的な金額と徴収方法を書面に残しておきましょう。
また、雇用保険については給与から天引きする形で保険料が発生するため、給与がゼロの場合は雇用保険料の負担も発生しません。
就業規則への休職規定の整備が不可欠な理由
休職に関するトラブルの多くは、就業規則に休職規定が整備されていないことが原因です。「口頭で休職を認めた」「期間を決めずに休ませていた」というケースでは、後になって復職可否や退職の扱いをめぐって紛争に発展するリスクがあります。
就業規則に定めておくべき主な事項
- 休職の対象となる理由(私傷病・育児・介護・その他)
- 休職を命じることができる期間(勤続年数に応じた段階設定も有効)
- 休職中の給与の有無(無給の場合はその旨を明記)
- 社会保険料の本人負担分の徴収方法
- 復職の条件(主治医の診断書・産業医の意見が必要かどうか)
- 休職期間満了時の取扱い(自然退職とする場合はその旨を明確に)
- 休職中の連絡方法・頻度のルール
特に「休職期間満了=自然退職」とする規定は、従業員保護の観点から慎重に運用する必要があります。この規定がある場合でも、復職可能性の確認を怠ったまま退職扱いにすることは、解雇権濫用法理(労働契約法第16条)の類推適用により無効とされるリスクがあるため、産業医による復職判定プロセスを併せて整備することが重要です。具体的な運用方法については、社会保険労務士など専門家にご相談ください。
復職の判断に迷う場面では、産業医サービスを活用し、主治医の意見だけでなく職場の実態を知る産業医の視点も取り入れることで、より適切な判断が可能になります。
月額変更(随時改定)との関係にも注意
社会保険には、固定的な賃金の変動があった際に標準報酬月額を見直す「月額変更(随時改定)」という手続きがあります。休職により給与がゼロになった月は、報酬が発生しないため「除外月」として随時改定の計算から除かれます。ただし、復職後に給与が回復したタイミングで改定が必要になるケースもあるため、社会保険事務の担当者は復職時に忘れず確認してください。
休職者とのコミュニケーションと連絡の取り方
「休職中の従業員に連絡してもいいのか」という悩みも、人事担当者から多く寄せられます。まったく連絡を取らないことは、従業員の孤立感につながる一方で、頻繁な連絡は療養の妨げや心理的プレッシャーになりかねません。
一般的な対応として、休職開始時に連絡方法・頻度・窓口を書面で合意しておくことが有効です。例えば「月1回、人事担当者からメールで状態確認を行う」「緊急時以外は業務に関する連絡は行わない」といったルールを明確にしておくと、双方が安心して関係を維持できます。
また、休職の背景にメンタルヘルス不調がある場合は、メンタルカウンセリング(EAP)の活用も検討してください。従業員が社外の専門家に相談できる環境を整えることで、早期回復や職場復帰の円滑化につながります。
実践ポイント:今日からできる整備チェックリスト
以上の内容を踏まえ、中小企業の経営者・人事担当者が今すぐ確認・対応すべきポイントをまとめます。
- 就業規則に休職規定があるか確認する:ない場合は早急に整備する。特に期間・給与・復職条件・自然退職の規定は必須。
- 社会保険料の徴収方法を決め、書面で合意する:休職開始前に本人と面談し、毎月の保険料負担について具体的な金額と方法を書面で確認する。
- 傷病手当金の申請フローを整備する:申請書の入手先・会社の証明欄の担当者・提出先を明確にし、従業員にも案内できるようにしておく。
- 休職・復職に関する記録を残す:休職開始日・終了日・給与の支払い状況・保険料の徴収状況を記録し、書面で保存する。
- 復職判断のプロセスを明確化する:産業医・主治医の意見を参照する仕組みをつくり、恣意的な判断を避ける。
- 育児休業と私傷病休職の保険料扱いの違いを正確に把握する:育児・産前産後休業中は免除申請が可能。申請漏れは会社・本人双方の不利益につながる。
まとめ
休職中の給与・社会保険の取扱いは、法律・社会保険・就業規則が複雑に絡み合うテーマです。誤った認識のまま処理を進めると、後から従業員とのトラブルや未納保険料の問題が生じるリスクがあります。
最も重要なのは、「休職前に制度と手続きを整備し、本人に十分な説明と合意を得ること」です。口頭による約束や曖昧な運用は、後のトラブルの温床となります。就業規則の整備、社会保険料の徴収方法の合意、傷病手当金の申請フローの確認という3点から、まず着手してみてください。
従業員が安心して療養に専念できる環境と、会社が適正な手続きを取れる仕組みの両立が、健全な労務管理の第一歩です。制度整備に不安がある場合は、社会保険労務士や産業医などの専門家に相談することも有効な手段の一つです。
よくある質問
休職中も社会保険料を支払い続けなければならないのですか?
はい、育児休業・産前産後休業を除き、休職中も健康保険・厚生年金保険の被保険者資格は継続するため、保険料は毎月発生します。給与がゼロになると天引きができなくなるため、休職開始前に本人と徴収方法(毎月振込・復職後まとめて控除など)を書面で合意しておくことが重要です。
傷病手当金は会社が支払うものですか?
いいえ、傷病手当金は会社が支払うものではなく、加入している健康保険組合または全国健康保険協会(協会けんぽ)から直接本人に支給されます。会社は申請書の事業主証明欄を記入する役割を担いますが、費用の支出は行いません。支給額は直近12か月の標準報酬月額の平均額の3分の2程度で、支給期間は支給開始日から通算1年6か月です。
休職規定が就業規則にない場合はどうすればよいですか?
休職規定がない場合は、従業員が休職に入る前に早急に整備することをお勧めします。最低限、休職理由・期間・給与の有無・社会保険料の負担方法・復職条件・期間満了時の取扱いを明記してください。規定がないまま口頭で休職を認めると、期間や復職の条件をめぐるトラブルに発展するリスクがあります。社会保険労務士に相談しながら整備するのが確実です。







