従業員が体調を崩して欠勤が続いているのに、「どのタイミングで休職を命じればいいのか」「就業規則に何を書けばいいのか」と判断に迷ったまま対応が後手に回ってしまう——中小企業の経営者や人事担当者から、こうした声を多く耳にします。
休職制度は、実は労働基準法や労働契約法に「休職命令を出しなさい」と明記された制度ではありません。法律上の根拠は就業規則または労働契約の定めに委ねられており、規定がなければ命令自体の根拠が曖昧になります。つまり、休職をめぐるトラブルの多くは「就業規則の整備不足」と「命令のタイミングを誤ったこと」の二点に集約されます。
本記事では、休職命令を出すべき判断基準と手続きの流れ、そして就業規則に必ず盛り込むべき要件を、法的根拠とともに解説します。「様子見」をしてしまいがちな現状を変え、会社と従業員の双方を守る体制づくりの参考にしてください。
なぜ休職の判断が後手に回るのか——中小企業が直面する現実
大企業と比べて中小企業では、人事担当者が兼務であることが多く、個別の従業員対応に時間を割きにくい実情があります。加えて「休職させると現場が回らない」というプレッシャーが、判断を遅らせる大きな要因になっています。
しかし、対応を先延ばしにすることには深刻なリスクが伴います。労働契約法第5条は、使用者が労働者の生命・健康を守るための安全配慮義務を負うと定めています。従業員の不調を把握しながら放置した場合、この安全配慮義務違反として損害賠償請求を受けるリスクがあります。また、労働安全衛生法も事業者に対して健康障害防止措置を講じる義務を課しており、「知らなかった」では済まされません。
もう一つよくある誤解が、「休職の次は解雇」という認識です。休職は解雇の前段階ではなく、解雇を回避するための措置という位置づけが一般的です。十分な休職機会を与えずに解雇した場合、不当解雇と判断されるリスクが高まります。就業規則の整備と適切なタイミングでの休職命令は、会社を守ることにも直結するのです。
休職命令を出すべき具体的なタイミングと判断基準
「いつ休職命令を出すべきか」という問いに対し、明確な法律上の基準はありません。ただし、実務上は以下のような状況が重なったとき、命令を検討すべきサインと捉えられています。
主治医の診断書が提出されたとき
「休養が必要」「就業困難」などの診断書が提出された場合は、速やかに対応を検討する必要があります。診断書はあくまで参考情報ですが、これを無視して就業を継続させた結果として症状が悪化した場合、会社の責任が問われる可能性があります。
欠勤・遅刻・早退が一定期間継続したとき
就業規則に「連続○日間の欠勤」や「○ヶ月間で○日以上の欠勤」を休職事由として定めておくことで、客観的な判断基準になります。この基準がなければ、命令を出すタイミングが担当者の主観に左右されてしまいます。
業務遂行能力の著しい低下や言動の異常が確認されたとき
ミスの多発、集中力の低下、周囲とのコミュニケーションの問題、感情のコントロールが難しい状態などが続く場合も、就労継続の適否を検討するタイミングです。本人が「大丈夫です」と言い張る場合でも、会社側から客観的に就労困難と判断できるなら、職権による休職命令(職権休職)を命じることができます。もちろん、この場合も就業規則に職権休職の根拠規定があることが前提です。
産業医が就業不可・業務制限の意見を述べたとき
産業医(会社が選任する労働者の健康管理を担う医師)が就業不可や業務制限を意見した場合は、その意見を尊重した対応が強く求められます。産業医意見を無視して就業させ続けた場合、安全配慮義務違反となる可能性が高まります。また、自傷・他傷のリスクが懸念される状況では、特に迅速な対応が必要です。
メンタルヘルス不調の従業員対応に不安がある場合は、産業医サービスを活用することで、専門的な視点から適切なタイミングの判断をサポートしてもらうことができます。
休職命令を出す際の手続きフロー
休職命令は、適切な手順を踏んで行うことが後のトラブル防止に直結します。以下に推奨される手続きの流れを示します。
ステップ1:異変の早期把握
上司や人事担当者による定期的な面談を通じて、体調変化や勤怠状況の変化を早めにキャッチします。小規模企業では日常的な観察が有効な手段になります。
ステップ2:本人との面談と受診の促し
プライバシーに配慮した場所で本人と面談し、体調・業務状況を確認します。必要に応じて医療機関への受診と診断書の提出を促します。受診を強制することは難しいですが、就業規則で「会社が必要と認める場合、指定医または主治医の診断書の提出を求めることができる」と定めておくことが有効です。
ステップ3:産業医面談の実施
可能であれば産業医による面談を実施し、就業可否について専門的な意見を得ます。主治医の診断書と産業医の意見が食い違う場合は、原則として産業医の意見を優先しつつ、必要に応じて主治医への照会も検討するのが実務上の対応です。就業規則に「会社は必要に応じて産業医その他の医師の意見を求めることができる」と明記しておくと、この判断の根拠が明確になります。
ステップ4:休職命令書の文書交付
口頭だけの命令は後に「言った・言わない」の問題が生じるリスクがあります。休職命令は必ず書面(休職命令書)で交付し、休職開始日・休職期間・休職中の連絡ルール・復職プロセスの概要を明記します。
就業規則に盛り込むべき休職規定の要件
労働基準法第89条は、常時10人以上の労働者を使用する事業場に就業規則の作成・届出を義務づけています。10人未満の事業場に義務はありませんが、従業員数に関わらず就業規則を整備しておくことが紛争予防に有効です。以下に、休職規定として必ず盛り込むべき項目を整理します。
休職事由の明記
- 傷病による欠勤が連続○日(または○ヶ月間で○日)継続した場合
- 精神・身体の疾患により就業が困難と会社が判断した場合
- 本人の申し出による休職と、会社の職権による休職の双方を規定する
休職期間と通算規定
- 勤続年数に応じた休職期間の設定(例:勤続1年未満は1ヶ月、3年以上は3ヶ月など)
- 同一疾病または類似疾病による再休職を通算する旨の規定(復職後すぐに再発した場合に休職期間がリセットされないようにするため)
- 期間延長の可否と条件
休職中の処遇と義務
- 給与の取り扱い(多くの場合は無給とするが、無給である旨を明記しておかなければ賃金請求の余地が生じる)
- 社会保険料(健康保険・厚生年金)は休職中も発生するため、会社が立替払いした場合の精算ルール
- 月1回程度の定期的な状況報告義務と連絡方法
- 医療機関への受診継続と診断書提出の義務
なお、休職中の従業員の心理的なサポートとして、メンタルカウンセリング(EAP)を導入することで、円滑な復職につながるケースも増えています。
復職要件と試し出勤の規定
- 主治医による「復職可能」の診断書提出を必須とする
- 産業医や会社指定医の意見聴取を経て会社が復職の可否を判断する旨を明記
- 試し出勤やリハビリ勤務(段階的な復帰)の制度と、その期間中の処遇を規定
- 復職後の業務内容・勤務時間の配慮に関する規定
休職期間満了時の取り扱い
ここが最も重要なポイントの一つです。休職期間満了時に復職できない場合の取り扱いを明記しておかないと、会社が解雇手続きを取らざるを得なくなり、解雇権濫用法理(解雇に客観的合理性と社会的相当性が必要という裁判所の考え方)の適用を受けてトラブルになるケースがあります。
実務上は「休職期間満了時に復職できない場合は自然退職とする」と明記することで、解雇手続きを経ずに労働契約が終了したとみなせる根拠になります。ただし、この条項が有効に機能するためには、規定が明確で、従業員があらかじめその内容を認識していることが前提です。規定が曖昧な場合や、本人への周知が不十分な場合は、実質的な解雇と判断されるリスクがあります。
実践ポイント——今すぐ取り組める3つのこと
法律や手続きの全体像を把握したうえで、実際に何から着手すればよいか迷う方も多いでしょう。以下の3点を優先的に確認・実施することをお勧めします。
- 既存の就業規則を確認し、休職規定の有無と内容を点検する:規定がない場合はすぐに整備を始めましょう。すでにある場合も、休職事由・期間・満了時の取り扱い・復職要件が明確かどうかを確認してください。就業規則を変更した際は、労働者代表の意見聴取(労働基準法第90条)と所轄の労働基準監督署への届出が必要です。
- 管理職向けの初期対応ルールを整備する:部下の異変に気づいた際の報告・面談・受診促しのフローを明文化し、管理職が判断に迷わない仕組みをつくります。「気になるが声をかけにくい」という状況が続くと、対応が遅れる最大の原因になります。
- 傷病手当金の仕組みを人事担当者が正確に把握する:傷病手当金は、業務外の傷病による欠勤4日目から、最長1年6ヶ月にわたって標準報酬日額の3分の2が支給される健康保険の給付です。会社が給与を支払わない休職中でも本人はこれを受け取れることを、従業員に適切に伝えることが、休職への心理的ハードルを下げることにもつながります。
まとめ
休職命令は、従業員を守るためだけでなく、会社をトラブルから守るための重要な人事管理の手段です。そのためには、①就業規則に明確な休職規定を整備すること、②判断基準を明確にして適切なタイミングで命令を出すこと、③手続きを文書で残すことの三つが欠かせません。
「様子を見ていたら症状が悪化した」「就業規則がなかったので休職命令の根拠が問われた」「期間満了後の退職扱いをめぐって紛争になった」——こうした事例は、事前の準備があれば多くは防げます。制度の整備は、従業員が安心して働き、かつ回復できる環境をつくることでもあります。自社の就業規則と対応フローを、今一度見直してみてください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 本人が「休みたくない」「問題ない」と言い張る場合でも、会社から休職を命じることはできますか?
はい、就業規則に職権休職の根拠規定があれば、本人の同意がなくても会社側から休職を命じることは可能と考えられています。客観的に就労困難と判断できる状況(業務遂行能力の著しい低下、産業医による就業不可意見など)がある場合には、会社の安全配慮義務の観点からも適切な対応といえます。ただし、その判断の根拠を文書で記録しておくことが重要です。
Q2. 主治医の診断書と産業医の意見が食い違った場合、どちらを優先すべきですか?
一般的に、職場の状況や業務内容を把握している産業医の意見を優先するのが実務上の原則とされています。主治医は患者(従業員)の症状や療養の観点から意見を述べる立場であり、職場環境を踏まえた就業可否の判断は産業医がより適切な場合が多いとされています。ただし、重大な食い違いがある場合には、主治医への照会や別の専門医の意見を求めることも検討に値します。就業規則に「産業医その他の医師の意見を求めることができる」と規定しておくと、この判断の根拠が明確になります。
Q3. 従業員が10人未満の会社でも、就業規則を整備しておくべきですか?
労働基準法上、常時10人未満の事業場には就業規則の作成・届出義務はありません。しかし、就業規則がないと休職命令の法的根拠が曖昧になり、休職期間満了後の自然退職の取り扱いなども主張しにくくなります。紛争を未然に防ぎ、会社と従業員の双方にとって公平なルールを設けるという観点から、従業員数に関わらず就業規則を整備しておくことが強く推奨されます。








