少子高齢化の加速と若手採用難という二重の課題に直面する中、多くの中小企業が高齢従業員の戦力化に本腰を入れ始めています。70歳まで働くことが珍しくなくなった現代において、経営者や人事担当者が頭を悩ませるのが「高齢従業員の健康管理と配置転換をどのように進めるべきか」という問題です。
「年齢を理由に現場から外したいが、差別と受け取られないか心配」「健康診断の結果が悪くても、どう対処すればいいかわからない」「配置転換を申し出たら本人に強く拒否された」——こうした声は、中小企業の現場で日常的に聞かれます。対応を誤ると、安全配慮義務違反による労災リスク、雇用差別に関するトラブル、あるいは優秀な高齢従業員の離職を招く恐れがあります。
本記事では、高齢従業員の健康と配置転換に関わる法律の基礎知識から、実務的な進め方、よくある失敗例まで、中小企業の経営者・人事担当者が知っておくべき情報を体系的に解説します。
高齢従業員をめぐる法律の基本を押さえる
高齢従業員の健康管理と配置転換には、複数の法律が関係しています。対応を誤ると法的リスクに直結するため、まずは主要な法律の要点を確認しましょう。
高年齢者雇用安定法:雇用確保の義務と努力義務
高年齢者雇用安定法は、事業主に対して65歳までの雇用確保措置を義務づけています。具体的には、定年の延長、継続雇用制度の導入、定年の廃止のいずれかを選択しなければなりません。さらに2021年の法改正により、70歳までの就業確保措置が努力義務として加わりました。義務ではありませんが、社会的な方向性として70歳就労を視野に入れた体制整備が求められています。
継続雇用制度においては、65歳以降の職務内容や賃金を変更することは認められています。ただし、変更には合理的な理由と本人への丁寧な説明が必要です。「体力が落ちたから給与を下げる」というだけでは不十分であり、職務内容の変化・健康状態・業務遂行能力の評価など、客観的な根拠を示す必要があります。
労働安全衛生法:健康診断と就業上の措置はセットで考える
労働安全衛生法では、常時50人以上の従業員を雇用する事業場に対して産業医の選任を義務づけています。しかし、従業員が50人未満の中小企業には産業医の選任義務がありません。そのため、「健康管理は健康診断を受けさせれば十分」と思っている経営者も少なくありませんが、これは大きな誤解です。
同法第66条の5では、健康診断の結果に基づき、医師の意見を聴いたうえで就業上の必要な措置を講じることが事業者に義務づけられています。健康診断を実施することと、その結果を職場管理に活用することはセットであり、診断だけで終わらせると安全配慮義務違反を問われるリスクがあります。就業上の措置とは、配置転換、労働時間の短縮、特定の作業の制限、就業禁止などを指します。
労働契約法:配置転換は「権利濫用」にならない範囲で
配置転換は、就業規則や労働契約の範囲内で行わなければなりません。また、不当な目的で行われた配置転換や、本人に過大な不利益をもたらす配置転換は「権利の濫用」として無効と判断されることがあります。特に注意したいのが、実質的な退職強要とみなされるリスクです。高齢従業員に対して著しく条件の悪い職場への異動を繰り返し命じた場合、退職を強いることを目的とした不当な配置転換と判断される可能性があります。
「年齢だけで判断」は危険——個別評価の重要性
高齢従業員への対応でもっとも多い誤りのひとつが、年齢だけを根拠に配置転換を決めることです。「60歳になったから現場を外す」「65歳を過ぎたら軽作業に移す」という判断は、一見すると合理的に見えますが、実際には年齢差別にあたる可能性があります。
高齢者の身体能力や認知機能には個人差が非常に大きいことが、多くの研究や実態調査から示されています。同じ65歳でも、体力・判断力・作業精度において現役世代と遜色のない方がいる一方で、早い段階からフレイル(虚弱化)が進む方もいます。フレイルとは、加齢に伴う筋力低下・疲労感・歩行速度の低下・体重減少などの状態を指し、適切なサポートがなければ身体機能の急速な低下につながります。
適切な配置転換の判断は、健康診断の結果・医師の意見・実際の業務遂行状況・本人の自己申告を組み合わせて、個別に評価することが基本です。年齢はあくまで参考情報のひとつにすぎません。
産業医がいない中小企業はどうすればよいか
50人未満の中小企業では産業医を選任する義務がないため、「専門家に相談できる窓口がない」という声をよく耳にします。こうした企業には、地域産業保健センター(通称:さんぽセンター)の活用が推奨されています。さんぽセンターは、都道府県ごとに設置されており、産業医などの専門家が無料で健康相談や職場巡視、健康診断結果に基づくアドバイスを提供しています。
また、主治医との連携も重要です。本人の同意を得たうえで主治医から就業に関する意見書を取得し、それをもとに職場での配慮事項を検討する方法も有効です。専門家へのアクセスが難しい状況でも、活用できるリソースはあります。まず一歩として地域産業保健センターへの相談から始めることをお勧めします。
配置転換を進める際の具体的なプロセス
高齢従業員の健康状態を踏まえた配置転換は、適切なプロセスを踏むことで、本人との信頼関係を維持しながら円滑に進めることができます。以下のステップを参考にしてください。
ステップ1:健康状態の客観的な把握
配置転換の検討は、定期健康診断の結果を起点にするのが基本です。高齢者に多い疾患(高血圧・糖尿病・心疾患・腰椎疾患など)や、フレイルのサインを見逃さないよう注意が必要です。健康診断の結果が出たら、産業医または主治医から就業に関する意見を文書で取得します。この医師意見が、後の配置転換の客観的根拠となります。
あわせて、本人が日常業務の中で感じている困りごとや体調の変化を申し出やすい自己申告制度を整備することも重要です。本人からの情報は、健康診断では把握しきれない実態を知るうえで不可欠です。
ステップ2:本人との丁寧な面談
配置転換の検討段階では、必ず本人と面談の場を設けます。この面談でもっとも大切なのは、会社の方針を一方的に伝えるのではなく、本人の希望や不安を十分に聴くことです。「現在の業務で困っていることはあるか」「体調面で気になることはあるか」「今後どのような働き方を希望しているか」といった問いかけから対話を始めると、本人も受け入れやすくなります。
配置転換の打診が「差別」や「嫌がらせ」と受け取られやすいのは、会社側の一方的な通告になるケースが多いからです。本人が自分の状況を正確に理解したうえで、会社と一緒に解決策を考えるというスタンスで臨むことが、合意形成の近道です。
ステップ3:配置転換の内容を書面で明示する
配置転換の内容が固まったら、職務内容・勤務場所・労働時間・賃金などの変更事項を書面で明示し、本人の署名または確認印を得ることが重要です。口頭だけの合意は、後から「そんな説明はなかった」「同意していない」というトラブルに発展しやすいため、必ず書面に残してください。
賃金の引き下げを伴う場合には特に慎重な対応が必要です。職務内容の変化に見合った変更であることを説明するとともに、段階的な調整や激変緩和措置を設けることで、本人の理解を得やすくなります。
ステップ4:試行期間の設定とフォローアップ
新しい配置に移行した後は、一定の試行期間を設けて定期的にフォローアップを行います。本人が新しい環境に適応できているか、健康状態に変化はないか、業務上の困りごとはないかを継続的に確認することが大切です。配置転換は「終わり」ではなく「始まり」であり、その後のモニタリングが重要です。
高齢従業員の強みを活かす業務設計の視点
配置転換は、体力が低下した高齢従業員を「現場から外す」ための手段ではありません。その人の経験・知識・人間関係といった強みを最大限に活かせる役割を設計するという発想の転換が求められています。
- OJT(職場内訓練)の指導役:長年の経験を持つ高齢従業員は、若手社員の育成に大きな力を発揮します。技術や知識の継承という観点からも、企業にとって貴重な存在です。
- 品質管理・検査業務:熟練した目と精度を求められる確認作業は、経験豊富な高齢者が高い成果を発揮しやすい分野です。
- 顧客対応・渉外業務:長年培った対人スキルや信頼関係を活かせる業務です。
- 管理・監督・マニュアル整備:現場の第一線を退いた後も、組織のノウハウを体系化する役割を担えます。
また、短時間勤務制度やフレックスタイム制の活用により、体力的な負担を軽減しながら継続就業を支援することも有効です。作業ペースの柔軟化、休憩の増加、重量物作業の補助器具の導入など、職場環境の整備もあわせて検討してください。
実践ポイント:今日から取り組めること
最後に、中小企業がすぐに実践できる具体的な取り組みをまとめます。
- 健康診断の結果を「活用する仕組み」に変える:受けさせるだけで終わっている場合は、結果に基づく就業上の措置の検討を義務化します。地域産業保健センターへの相談を起点にするとスムーズです。
- 本人の自己申告制度を整備する:年1回程度、健康状態や業務上の困りごとを申し出る機会を設け、早期発見・早期対応の体制を作ります。
- 配置転換の判断基準を文書化する:「どのような状態になったら配置転換を検討するか」という社内基準を、医師の意見も参考にしながら整備します。曖昧なまま放置すると、判断のたびにトラブルになりやすいです。
- 記録を残す習慣をつける:健康診断結果・医師意見・面談記録・配置転換の経緯はすべて文書として保存します。これが法的トラブルが発生した際の重要な証拠になります。
- 急病・事故発生時の対応手順を整備する:高齢従業員が多い職場では、現場での急病・事故リスクも考慮し、緊急連絡体制・AEDの設置・救急対応手順を確認しておくことが重要です。
まとめ
高齢従業員の健康と配置転換は、「問題が起きたときに対処する」のではなく、日常的な健康把握と対話の積み重ねによって予防的に管理していくことが基本です。年齢だけを根拠にした一律の対応は年齢差別につながるリスクがある一方で、健康状態を無視したまま現状を維持し続けることは安全配慮義務違反の危険をはらみます。
適切な配置転換は、従業員の健康を守るだけでなく、その人の経験や強みを組織に活かし続けるための前向きな取り組みです。丁寧な対話・客観的な評価・書面による合意形成という三つの柱を大切にしながら、高齢従業員が安心して長く働ける職場環境を整えていきましょう。
まずは地域産業保健センターへの相談や、健康診断結果の活用体制の整備から一歩を踏み出してみてください。小さな取り組みの積み重ねが、企業全体の安全と生産性向上につながります。
よくある質問
Q1: 65歳以降の給与を下げたいのですが、どのような理由があれば認められますか?
単に「体力が落ちたから」という理由では不十分です。職務内容の変化、健康状態、業務遂行能力の評価など、客観的な根拠を示す必要があります。本人への丁寧な説明と合理的な理由を組み合わせることが重要です。
Q2: 従業員50人未満の中小企業では、健康診断だけを実施していれば安全配慮義務を果たせますか?
いいえ、健康診断の実施と結果の職場管理への活用はセットです。診断結果に基づいて医師の意見を聴き、配置転換や労働時間短縮など必要な措置を講じなければ、安全配慮義務違反となるリスクがあります。
Q3: 年齢だけを理由に配置転換を命じることは認められないのですか?
年齢だけの判断は年齢差別にあたる可能性があります。同じ年齢でも個人の体力や能力には大きな差があるため、健康診断の結果、医師の意見、実際の業務遂行状況、本人の自己申告を組み合わせた個別評価が必須です。
労働法改正への対応や安全衛生管理体制の整備には、INTERMINDの産業医サービスが力になります。専門家による継続的なサポートで法令対応を進められます。









