従業員から「オフィスが暗い」「冬は寒くて仕事に集中できない」という声が上がっていても、設備投資の優先順位が上がらず、対応が後回しになっている企業は少なくありません。あるいは「だいたいこのくらいの明るさで大丈夫だろう」と感覚で判断し、実際には法定基準を下回っていたというケースも現場ではよく見られます。
職場の照度(明るさ)や温度・湿度の管理は、単なる「快適性」の問題ではありません。不適切な環境は眼精疲労・頭痛・集中力低下といった健康被害を引き起こし、従業員の生産性を静かに蝕んでいきます。そして何より、これらの管理は法律で義務付けられている事項であり、対応を怠った場合には行政指導や罰則のリスクもあります。
本記事では、職場の照度・温度管理に関する法的基準の正確な内容から、中小企業でも無理なく実践できる具体的な管理手順まで、わかりやすく解説します。
職場環境管理は「努力義務」ではなく「法的義務」
まず押さえておきたいのは、職場の照度・温度管理が任意の取り組みではなく、法律に基づく義務だという点です。
事務所(オフィス)での作業に適用されるのは、労働安全衛生法および事務所衛生基準規則(通称:事務所則)です。この事務所則は2022年(令和4年)に大幅な改正が行われており、旧基準の情報をそのまま使っていると対応が不十分になる場合があります。改正内容については後述しますが、まずは「管理は義務である」という前提を確認してください。
また、測定と記録についても義務があります。事務所則第7条・第8条により、照度・温度・湿度などの定期測定は2か月以内ごとに1回実施し、その記録を3年間保存することが求められています。「感覚で管理している」「測定器を持っていない」という状態は、そのまま法令違反につながる可能性があります。
なお、製造業など事務所以外の作業場には労働安全衛生規則(安衛則)の第604条以降が適用されます。また、熱中症リスクが高い環境では別途の特別規則や厚生労働省の「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」に基づく行政指導の対象になることもあります。自社の業種・作業環境に応じた適用法令を確認しておきましょう。
2022年改正後の照度・温度基準を正確に理解する
2022年の事務所則改正により、照度と温度の基準が明確化・一部変更されました。古い情報と混同しないよう、改正後の基準を正確に把握しておくことが重要です。
照度基準(事務所則第10条)
照度とは、単位面積あたりに当たる光の量を示す指標で、単位は「ルクス(lux)」です。改正後の基準は作業の種類によって以下のとおり定められています。
- 精密な作業:300ルクス以上
- 普通の作業:150ルクス以上
- 粗な作業:70ルクス以上
多くのオフィスワークは「普通の作業」に分類されますが、細かい文字を扱う事務作業や図面確認などは「精密な作業」とみなされる場合もあります。自社の業務内容に照らし合わせて、どの区分が適用されるかを確認してください。
また、パソコンを使う作業(情報機器作業。以前はVDT作業とも呼ばれていました)については、厚生労働省の「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」(2019年改訂)が別途あります。このガイドラインではディスプレイ周辺の照度は500ルクス以下とすることが推奨されています。つまり、パソコン作業においては「明るすぎること」もNGであり、ディスプレイへの映り込みやグレア(まぶしさ)が眼精疲労や頭痛を引き起こす原因となります。書類やキーボード面については300ルクス以上を確保することが求められており、「明るすぎず、暗すぎず」のバランスが重要です。
温度・湿度基準(事務所則第5条)
室内環境の基準として定められているのは以下のとおりです。
- 室温:18℃以上28℃以下
- 相対湿度(空気中の水分量):40%以上70%以下
空気調和設備(エアコン等)がある場合は、これらの範囲を保つよう努める義務があります。「28℃設定にしてコスト削減」という判断自体は基準の上限として許容されますが、実際の室温が28℃を超えている状態が常態化している場合は問題となります。また、湿度が40%を下回ると粘膜への刺激が強まり、感染症リスクの上昇や咽喉・眼の乾燥症状を招くことが知られています。温度だけでなく湿度の管理も忘れないようにしてください。
不適切な照度・温度が引き起こす健康リスク
「多少暗くても仕事はできる」「少し寒くても我慢できる」という感覚は、短期的には正しいかもしれません。しかし、不適切な職場環境が継続することで、従業員の健康と業務効率に対して無視できない影響が蓄積されていきます。
照度不足・過剰が引き起こす問題
- 眼精疲労・ドライアイ:暗い環境での長時間作業や、ディスプレイへの映り込みによるピント調整の繰り返しが目を疲弊させます
- 頭痛・肩こり:視認性の低下を補おうと前傾姿勢をとることで、頸部・肩への負担が増加します
- 集中力・作業効率の低下:視覚的な疲労が認知機能に影響し、ミスの増加にもつながります
- 睡眠リズムの乱れ:オフィスの照明環境が体内時計に影響するという研究報告もあります
温度・湿度の不適切管理が引き起こす問題
- 熱中症:高温多湿環境では、軽度の頭痛・めまいから重篤な意識障害まで幅広いリスクがあります
- 冷え・筋緊張:過度な冷房による冷えは、血行不良や筋肉のこわばりにつながります
- 感染症リスクの上昇:低湿度環境ではウイルスが飛散しやすく、粘膜の防御機能も低下します
- 集中力・判断力の低下:過度な暑さや寒さはどちらも認知パフォーマンスを低下させることが複数の研究で示されています
特に注意が必要なのは、高年齢の従業員です。厚生労働省の「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)」(2020年)では、高齢者は若年者と比較して視力・温度感覚が低下しているため、照度・温度に関して追加の配慮を行うことが推奨されています。高齢の従業員が在籍している職場では、この点を意識した環境設計が求められます。
中小企業でも実践できる測定・管理の具体的な手順
「産業医も衛生管理者もいない」「測定の専門知識がない」という中小企業でも、正しい手順を踏めば適切な管理は十分に可能です。以下に実務的なステップをまとめます。
ステップ1:測定機器を用意する
照度の測定には照度計が必要です。目視・感覚による判断は法的に認められていません。市販の照度計は1万円前後から購入できます。温度・湿度については、一般的なデジタル温湿度計で対応可能です。ただし、温湿度計の設置位置には注意が必要です。エアコンの吹き出し口直下や窓際に設置すると実際の作業環境とかけ離れた数値になりやすいため、作業者が実際に過ごしている位置の高さ(床から0.5〜1.5m程度)で計測することが重要です。
ステップ2:正しい位置で測定する
照度の測定はタスク面(実際の作業面)で行うことが基本です。天井照明の明るさだけで判断するのは不十分で、机の上面・書類を置く位置・キーボード上など、実際に目を使う場所での測定が求められます。また、昼間だけでなく残業・夜間時間帯の照度確認も必要です。昼間は窓からの自然光で基準を満たしていても、夜間に不足するケースがあります。
ステップ3:2か月ごとに測定・記録する
法令に基づき、2か月以内ごとに1回の定期測定が必要です。測定日・測定箇所・測定値・測定者名を記録し、3年間保存します。記録様式に特定の書式はありませんが、エクセルシート等で管理する方法が実務的です。「誰が測定するか」を事前に担当者として決めておくことで、測定の抜け漏れを防ぐことができます。
ステップ4:基準を満たしていない場合の対応
- 照度不足の場合:全体照明のリニューアルが難しければ、デスクライト(局所照明)の追加で対応できます。また、照明器具の汚れや蛍光灯の劣化は照度を大幅に低下させるため、定期的な清掃と球交換を行ってください
- 照度過剰・グレアの場合:ブラインドやカーテンで窓からの直射光を遮断し、ディスプレイへの映り込みを防ぎます。モニターの位置や角度の調整も有効です
- 温度管理の場合:温度の個人差への対応として、席の配置変更や小型ヒーター・扇風機の使用を許容する運用ルールの整備が現実的な対策の一つです。ただし、小型ヒーターの使用は電気容量・火災リスクも考慮した上でルールを設けてください
「従業員間の感覚差」への現実的な対応策
温度管理において多くの企業が頭を抱えるのが、「暑い・寒い」の感覚差です。この問題には正解がないように感じられますが、いくつかの現実的なアプローチがあります。
まず前提として、法令上の基準(18〜28℃)は幅を持った基準です。この範囲内であれば、季節や作業内容に応じて柔軟に設定することが認められています。「夏は26℃設定、冬は22℃設定」のように、季節ごとの運用ルールを設けて従業員に周知することで、不満の一部を軽減できます。
また、座席配置の見直しも有効です。エアコンの風が直接当たる席に体感が冷えやすい従業員が長期間座り続けることは、健康管理上も望ましくありません。定期的な席替えや、申告に基づく席移動の仕組みを設けることも検討してください。
さらに、衣服での調整を認めるルールを明示することも重要です。「夏でもジャケット着用が暗黙のルール」というような環境では、温度設定を下げることへのプレッシャーが生まれます。クールビズ・ウォームビズのような指針を会社として明示することが、健康管理と空調コストの両立につながります。
実践ポイントのまとめ:今日から始められること
以下に、中小企業の経営者・人事担当者が今すぐ確認・着手すべきポイントを整理します。
- 照度計と温湿度計を購入する:感覚での管理は法的に通用しません。まず測定ツールを揃えることが出発点です
- 測定担当者と測定スケジュールを決める:2か月ごとの定期測定を担当者の業務として明示し、カレンダーに登録してください
- 記録を3年間保存する体制を作る:紙またはデジタルで記録し、いつでも確認・提出できる状態にしておきます
- 夜間・残業時間帯の照度も確認する:自然光がある昼間だけでなく、照明のみに頼る時間帯の照度を必ず確認してください
- パソコン作業席の照度は「上限」も意識する:明るすぎる環境はグレアを生み、眼精疲労の原因となります。ブラインドの活用とディスプレイの角度調整で対応しましょう
- 高年齢従業員への配慮を検討する:視力・温度感覚の変化に応じた個別対応を行うことが望まれます
- 温度の不満に対しては運用ルールで対応する:全員を満足させることは困難ですが、基準の範囲内で季節別設定・席配置の工夫・服装ルールの整備で対応できます
職場の照度・温度管理は、初期コストが比較的低い一方で、従業員の健康と生産性に与える影響は決して小さくありません。「問題が表面化してから対応する」のではなく、定期的な測定と記録を通じて環境の「見える化」を進めることが、法令遵守と職場改善の両方につながります。
まずは自社のオフィスで照度計を使って測定することから始めてみてください。数値を見ることで、これまで「感覚」で片付けていた問題が、具体的な改善課題として浮かび上がってくるはずです。
よくある質問
Q1: 2022年の改正で照度基準は具体的にどう変わったのですか?
改正後は作業の種類によって基準が明確化され、精密な作業は300ルクス以上、普通の作業は150ルクス以上、粗な作業は70ルクス以上と定められました。また、パソコン作業に限っては500ルクス以下とすることが推奨されており、明るすぎることも眼精疲労の原因となるため注意が必要です。
Q2: 照度・温度の測定と記録は本当に必須なのですか?
はい、事務所則第7条・第8条により、2か月以内ごとに1回の定期測定と3年間の記録保存が法的義務として義務付けられています。感覚で管理しているだけでは法令違反となるリスクがあります。
Q3: 室温が28℃を超える状態があっても、基準の上限が28℃だからセーフではないのですか?
いいえ、28℃は努力目標の上限値であり、それを超えた状態が常態化していれば問題となります。空気調和設備がある場合は、この範囲を保つよう努める義務があるため、実際の室温が継続的に28℃を超えないようにする必要があります。
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