採用活動において、内定を出した後に予期せぬ事態が発生することがあります。業績の急激な悪化、内定者の経歴詐称の発覚、あるいは内定者のSNS上での問題行動など、さまざまなケースで「内定を取り消せるのか」と頭を抱える経営者・人事担当者は少なくありません。
しかし、内定取り消しは「まだ入社前だから自由に撤回できる」と考えているとすれば、それは大きな誤解です。内定の取り消しは法的に解雇と同等に扱われるため、正当な理由なく行えば損害賠償請求や訴訟リスクを招くことになります。
この記事では、内定取り消しが法的に認められる条件と、実務上の注意点を詳しく解説します。中小企業の経営者・人事担当者の方に、法的トラブルを未然に防ぐための正確な知識をお伝えします。
内定取り消しは「解雇」と同じ——法的性質を正しく理解する
まず押さえておくべき最重要ポイントは、採用内定の法的性質です。1979年の最高裁判所判決(大日本印刷事件)により、採用内定は「始期付解約権留保付労働契約」が成立すると解釈されています。少し難しい言葉ですが、平たく言えば「入社日を始期(スタート日)とした労働契約が、内定通知の時点ですでに成立している」ということです。
この判例の意味するところは非常に重大です。内定通知を出した時点で労働契約が成立しているため、内定の取り消しは「採用見送り」ではなく、実質的な解雇として扱われます。その結果、労働契約法や労働基準法の保護が内定者にも及ぶことになります。
解雇が認められるためには「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が必要です(労働契約法第16条)。内定取り消しも同様の基準で判断されるため、「経営の都合」「採用計画の変更」といった曖昧な理由では、取り消しが無効と判断されるリスクがあります。
この基本的な法的性質を理解していないまま内定取り消しを実行してしまうケースが後を絶ちません。まずは「内定=労働契約の成立」という認識を経営者・人事担当者全員で共有することが、リスク管理の第一歩です。
内定取り消しが認められる主な条件
では、どのような場合に内定取り消しが法的に認められるのでしょうか。以下に代表的な事由を挙げて解説します。
経歴詐称・虚偽申告が判明した場合
学歴、保有資格、職歴、犯罪歴などに重大な虚偽申告があった場合は、内定取り消しの正当な理由となり得ます。ただし、すべての虚偽申告が認められるわけではなく、その虚偽が業務遂行や信頼関係に重大な影響を与えるものに限られます。
たとえば、採用の決め手となった資格を偽っていた場合や、業務に直接関係する職歴を詐称していた場合は取り消しの理由として認められやすいといえます。一方、採用の判断にほとんど影響しなかった些細な誇張については、取り消しの根拠として弱いと判断される可能性があります。
入社前に刑事事件へ関与した場合
内定通知後に内定者が逮捕・起訴された場合や有罪判決を受けた場合も、取り消しの理由となり得ます。ただし、この場合も事件の重大性と業務との関連性が重要な判断基準になります。
担当する業務の性質や企業のイメージへの影響を踏まえ、合理的に判断する必要があります。軽微な違反で即座に取り消しを行うと、不当な取り消しと判断されるリスクがある点に注意が必要です。
採用条件となっていた卒業・資格取得ができなかった場合
新規学卒採用において「大学卒業を条件とする」と明示していたにもかかわらず、留年や中退によって卒業できなかった場合は、取り消しの正当な理由として認められます。同様に、特定の資格保有を採用条件としていた場合に、その資格取得ができなかったときも同様です。
この事由を確実に主張するためには、内定通知書や誓約書に採用条件を明記しておくことが不可欠です。口頭のみの約束では後のトラブルの原因になります。
経営上のやむを得ない理由がある場合
企業の経営危機による内定取り消しは認められる場合がありますが、認められるハードルは相当に高いといえます。判断の際には、通常の「整理解雇の4要件」に準じた基準が適用されます。
- 人員削減の必要性:倒産の危機に瀕している、大規模な事業撤退が不可避であるなど、真にやむを得ない状況であること
- 解雇回避努力:役員報酬の削減、配置転換の検討、新規採用の停止など、あらゆる回避策を講じたこと
- 人選の合理性:特定の内定者だけを恣意的に取り消すのではなく、合理的な基準に基づいて判断していること
- 手続きの妥当性:内定者への事前説明と誠実な協議を行っていること
「売上が少し落ちた」「採用計画を見直した」「予算が削減された」といった程度では、経営上の理由による内定取り消しは認められないと考えておく必要があります。
よくある誤解と危険な思い込み
内定取り消しに関しては、経営者・人事担当者の間に根強い誤解がいくつか存在します。これらの思い込みが法的トラブルを招く原因となっています。
誤解①「内定はまだ正式採用ではないから取り消せる」
前述のとおり、内定通知の時点で労働契約は成立しています。「正式採用ではない」という認識は法的に通用しません。内定取り消しには解雇と同様の正当な理由が求められます。
誤解②「業績が悪化したから取り消せる」
業績悪化を理由とする取り消しが認められるのは、あくまで倒産寸前や大規模な事業撤退が不可避なレベルの状況に限られます。「今期の利益が想定を下回った」「採用予算を削減することになった」という理由では、正当な取り消し理由とはなりません。
誤解③「SNSの問題投稿が見つかれば即座に取り消せる」
内定者のSNS上の問題行動が発覚した場合、その内容と業務への影響の関連性・重大性を慎重に検討する必要があります。軽微な投稿や個人的な意見表明のレベルで取り消しを強行すると、不当な取り消しと判断されるリスクがあります。投稿内容が企業の信頼や業務に与える具体的な影響を客観的に評価したうえで判断することが重要です。
手続き・補償における実務上の注意点
やむを得ず内定取り消しを行う場合でも、手続きと補償を適切に行うことで法的リスクを大幅に軽減できます。
書面による通知を徹底する
内定取り消しの通知は必ず書面で行うことが原則です。口頭のみの通知は、後になって「そのような説明はなかった」「理由が不明確だった」というトラブルの原因になります。通知書には取り消しの理由を具体的かつ明確に記載してください。
また、経営上の理由による取り消しの場合は、できる限り早期に内定者へ連絡することが重要です。就職活動の機会を十分に確保させることが、誠実な対応として評価されます。
解雇予告手当や損害賠償への対応
入社日以降に取り消しを行う場合には、解雇予告手当(30日分の平均賃金)の支払い義務が生じます。また、入社前であっても損害賠償請求を受ける可能性があります。
特に注意が必要なのは、中途採用で現職を退職させた後に内定取り消しを行うケースです。この場合、内定者が被る損害は非常に大きくなります。前職を辞めた後の収入の喪失(逸失利益)、転職活動にかかる費用、精神的苦痛に対する慰謝料など、損害賠償の金額が高額になるリスクがあります。やむを得ず取り消しを行う場合は、誠意ある補償と示談交渉を早期に行うことが現実的な対応策です。
ハローワークへの報告義務を忘れずに
新規学卒者の内定を取り消す場合には、ハローワーク(公共職業安定所)への報告義務が職業安定法に基づいて課されています。取り消しの理由、人数、時期などを報告するとともに、内定取り消しとなった求職者への再就職支援措置を講じることも求められます。
さらに、厚生労働省は悪質なケースに対して内定取り消し企業名を公表する場合があります。企業名の公表は採用活動や企業イメージに深刻な打撃を与えるため、報告義務の履行と誠実な対応が社会的責任の観点からも不可欠です。
内定取り消しリスクを未然に防ぐための実践ポイント
内定取り消しによるトラブルを防ぐためには、採用プロセスの段階からリスク管理の視点を持つことが大切です。以下に具体的な実践ポイントをまとめます。
- 内定通知書・誓約書に取り消し事由を明記する:「重大な経歴詐称が判明した場合」「採用条件である卒業・資格取得ができなかった場合」「会社の著しい経営悪化によりやむを得ない場合」など、具体的な条件を記載しておくことで、後のトラブルを未然に防げます。ただし、「会社の都合による場合」のように抽象的すぎる表現は無効とされるリスクがあります。
- 採用選考の段階で情報を正確に収集する:経歴・資格・卒業見込みについては、選考の段階で証明書類の提出を求めるなど、虚偽申告を防ぐ仕組みを整えておくことが重要です。
- 経営状況を踏まえた採用計画を立てる:採用人数や時期を慎重に計画し、業績見通しが不透明な時期には内定者数を抑制するなど、そもそも取り消しが発生しにくい採用計画を立てることが根本的な対策です。
- 問題が発生した際は早期に専門家へ相談する:内定取り消しの要否を判断しなければならない場面では、社会保険労務士や弁護士などの専門家に早めに相談することを強く推奨します。事後的な対応より、事前の確認のほうが圧倒的にリスクを減らせます。
- 中途採用者の現職退職タイミングに配慮する:中途採用の場合、内定者が現職を退職するタイミングを把握し、万が一のリスクを念頭に置いた採用スケジュールを設計することが重要です。
まとめ
内定取り消しは、多くの経営者・人事担当者が思っているよりもはるかに法的リスクの高い行為です。採用内定の時点で労働契約が成立しているという判例上の解釈を踏まえれば、取り消しは実質的に解雇と同等に扱われます。
取り消しが認められるのは、重大な経歴詐称の発覚、採用条件の不充足、刑事事件への関与、あるいは倒産に準じるレベルの経営危機など、客観的に合理的な理由がある場合に限られます。「業績が少し落ちた」「採用計画を変更した」という程度では認められないことを、改めて認識してください。
また、やむを得ず取り消しを行う場合でも、書面による通知、ハローワークへの報告、誠実な補償・再就職支援といった手続きを丁寧に行うことで、法的リスクと社会的信用の損失を最小限に抑えることができます。
採用活動は企業と求職者双方にとって重大な契約行為です。内定通知書の整備や採用計画の慎重な策定など、事前のリスク管理を徹底することが、長期的な企業の信頼と安定した雇用関係の構築につながります。判断に迷う場面では、必ず社会保険労務士や弁護士などの専門家に相談することをお勧めします。
よくある質問
Q1: 内定取り消しは入社前だから会社の自由で行えるのではないですか?
これは大きな誤解です。1979年の最高裁判決により、採用内定の時点で労働契約が成立していると解釈されています。そのため内定取り消しは解雇と同等に扱われ、「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」がない限り無効となり、損害賠償請求や訴訟のリスクを招きます。
Q2: 経歴詐称が発覚した場合は、どんな虚偽でも内定取り消しが可能ですか?
いいえ、すべての虚偽申告が理由として認められるわけではありません。業務遂行や企業との信頼関係に重大な影響を与える虚偽に限られます。採用の判断に影響しなかった些細な誇張については、取り消しの根拠として弱いと判断される可能性があります。
Q3: 経営不振が理由で内定取り消しを行うことはできますか?
認められるハードルは非常に高いです。倒産の危機や大規模事業撤退といった真にやむを得ない状況でのみ可能であり、役員報酬削減などの回避努力を尽くし、手続き上の誠実な対応が必須です。「売上が落ちた」「予算削減」といった理由では認められません。
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