ストレスチェック制度が2015年に義務化されて以来、多くの事業場でチェックの実施そのものは定着してきました。しかし、実施後の「面接指導」については、手順が分からない、高ストレス者が申し出てくれない、産業医との連携が難しいなど、中小企業を中心に課題が山積しているのが現状です。
ストレスチェック後の面接指導は、労働安全衛生法第66条の10に定められた重要な法定プロセスです。チェックを実施して終わりではなく、高ストレス状態にある従業員を適切にフォローし、就業上の措置につなげることが制度の本来の目的です。面接指導を形式だけで済ませてしまうと、従業員のメンタルヘルス不調を見落とし、休職・離職といった深刻な事態を招くリスクがあります。
本記事では、面接指導の制度的な位置づけから実務上の手順、よくある失敗とその対策まで、経営者・人事担当者の視点で詳しく解説します。
ストレスチェック面接指導とは:制度の基本と義務範囲
まず、面接指導の制度的な概要を整理しましょう。ストレスチェック制度は、常時50人以上の労働者を使用する事業場に実施が義務付けられています(労働安全衛生法第66条の10)。50人未満の中小企業は現時点では努力義務ですが、従業員の健康管理という観点から任意で取り組む事業場も増えています。
ストレスチェックの結果、「高ストレス者」と判定された労働者には、医師による面接指導を受ける機会が提供されます。高ストレス者の定義は実施者(産業医等)が判定しますが、一般的には全受検者の上位10%程度が目安とされています。
ここで重要なのは、面接指導は労働者本人からの申出があって初めて実施できるという点です。事業者が高ストレス者に対して強制的に受診を命じることは制度上できません。申出があった場合、事業者はその申出から概ね1ヶ月以内に医師による面接を実施する義務があります。
面接を担当できるのは医師に限られており、産業医が実施することが望ましいとされています。面接後、医師は就業上の措置に必要な意見を事業者に提出し、事業者はその意見を参考に必要な措置を講じる義務があります。面接指導の結果記録は5年間保存することが求められています。
高ストレス者が申し出ない問題:原因と解決策
多くの人事担当者が直面する最大の悩みが、「高ストレス者がいるはずなのに、面接の申出がほとんどない」という状況です。この背景には、従業員側のいくつかの不安があります。
- 不利益取扱いへの懸念:申し出ると上司に知られ、評価が下がるのではないかという恐れ
- スティグマ(偏見)への抵抗:「メンタルが弱い」と思われたくないという心理
- 個人情報の流出不安:面接の内容が人事部門や上司に筒抜けになるのではという懸念
- 制度への無関心・無理解:面接指導がどういうものか分からないため行動に移せない
これらの課題に対して、事業者側がとれる具体的な対策があります。
まず最も重要なのは、「申し出ても不利益は一切ない」という事実を明示的に全社員に周知することです。労働安全衛生法第66条の10第3項は、面接指導の申出や受診を理由とした解雇・降格・減給などの不利益取扱いを明確に禁じています。この法的保護を、社内通知・イントラネット掲載・説明会などを通じて繰り返し伝えることが大切です。
次に、情報の流れを明確化することです。「結果は本人にのみ通知される」「上司や人事に直接渡ることはない」「面接内容は医師が管理する」というフローを図や文書で示すと、従業員の安心感につながります。
さらに、申出窓口を複数設けることも効果的です。産業医への直接申出のほか、外部のEAP(従業員支援プログラム)や相談窓口を経由する選択肢を設けることで、人事担当者を通さずに申出できる経路を確保できます。メンタルカウンセリング(EAP)を導入することで、より気軽に相談できる環境を整えることができます。
産業医との連携をどう強化するか
中小企業の多くは嘱託産業医(非常勤の産業医)と契約しており、「月1回しか来訪しないため、面接のタイミングが合わない」という声がよく聞かれます。面接申出から概ね1ヶ月以内に実施する義務がある以上、来訪日に依存した体制では対応が遅れるリスクがあります。
この問題に対する実践的なアプローチを紹介します。
事前のスケジュール調整
ストレスチェックの実施時期に合わせて、産業医との間で「面接指導の実施可能日」をあらかじめ複数日確保しておく方法が有効です。申出があった際に即座に日程を提示できる状態を整えておくことで、1ヶ月以内という期限を守りやすくなります。
オンライン面接の活用
厚生労働省は一定の条件下でビデオ通話などを用いたオンラインによる面接実施を認めています。地理的・時間的制約が大きい中小企業では、オンライン面接を活用することで産業医との連携コストを大幅に下げられる場合があります。
スケジュール管理の仕組み化
面接申出日から実施日まで追跡できる管理表を人事部門で整備しておきましょう。申出者の氏名、申出日、面接予定日、面接実施日、措置内容といった項目を記録することで、対応漏れを防ぐことができます。
産業医との関係構築に課題を感じている場合は、産業医サービスを通じて専門的なサポートを受けることも選択肢の一つです。
面接後の就業上の措置:具体的な判断基準と対応例
面接指導を実施した後、医師から事業者へ「就業上の措置に関する意見」が提出されます。事業者はこの意見を勘案して、必要な措置を講じる義務があります(労働安全衛生法第66条の10第6項)。ただし、「どのような措置を取ればよいのか分からない」という声も多く聞かれます。
就業上の措置の具体例としては、以下のようなものが挙げられます。
- 時間外労働の制限:月45時間以内への制限、残業ゼロ対応など
- 深夜業・交代勤務の免除:生活リズムへの負荷を軽減する
- 業務量・業務内容の調整:担当業務の難易度や量を一時的に変更する
- 部署異動・職場環境の改善:ハラスメントや人間関係に起因するストレスへの対応
- 休暇取得の推奨や在宅勤務の活用:回復のための時間的・物理的余裕を確保する
中小企業では「代替要員がいないため業務量を減らせない」という現実的な制約が大きな課題です。しかし、何も措置を取らないことは法的な義務違反になりえます。完璧な対応でなくても、「医師の意見を真剣に受け止め、できる範囲で対応した」という記録と姿勢を残すことが重要です。小さな工夫でも、優先業務の整理・テレワークの活用・上司との定期面談など、実施できる措置を組み合わせることが現実的なアプローチです。
なお、措置の内容は医師の意見を参考にしつつ、最終的には事業者が判断するものです。医師の意見がそのまま命令になるわけではありませんが、意見を無視して何も対応しないことは問題となります。
個人情報管理の徹底:どこまで会社に共有されるのか
「ストレスチェックの結果や面接の内容が、上司や会社にどこまで伝わるのか」という不安は、従業員が申出をためらう大きな要因の一つです。この点について、制度上のルールを正確に理解しておくことが重要です。
ストレスチェック結果の取り扱い
ストレスチェックの個人結果は、本人にのみ通知されるのが原則です。事業者は本人の同意なしに個人の結果を取得することはできません。集団分析(部署全体の傾向など)には同意なく利用できますが、個人が特定できるかたちでの取得・使用は禁じられています。
面接指導の内容と情報提供範囲
面接指導を行った医師が事業者に提出する情報は、就業上の措置の判断に必要な範囲に限定されます。具体的には、「労働時間の制限が必要」「業務軽減が望ましい」といった措置に関する意見であり、面接で語られた個人的な心情や家庭の事情などが会社に筒抜けになることはありません。
社内での情報管理ルール
面接指導の記録や産業医の意見書は、施錠管理できる場所に保管し、アクセス権限を限定することが重要です。「情報を扱えるのは人事担当者のみ」「上司・管理職には措置の内容のみ伝える」といったルールを文書化し、組織全体で共有しておきましょう。また、同意なく詳細情報を上司・管理職に開示しないことを明確なルールとして周知することが、従業員の信頼確保につながります。
実践ポイント:今日から始められる5つのアクション
制度の理解を実務に落とし込むために、具体的なアクションを整理します。
- 不利益取扱い禁止の周知徹底:社内通知・掲示板・説明会などを通じて、申出に関するリスクがないことを繰り返し発信する。年1回のストレスチェック実施前に毎回行うことが望ましい。
- 産業医との事前日程調整:ストレスチェックの実施スケジュールに合わせて、面接指導の実施可能日を複数確保しておく。オンライン面接の活用も検討する。
- 申出管理表の整備:申出日・面接実施日・措置内容を追跡できる記録様式を整備し、対応漏れを防ぐ。記録は5年間保存する。
- 個人情報管理ルールの文書化:情報の流れ・アクセス権限・開示範囲を明確に定めた内規を作成し、全従業員に周知する。
- 複数の申出経路の整備:産業医への直接申出だけでなく、外部EAPや相談窓口など複数の経路を設け、従業員が利用しやすい環境をつくる。
まとめ
ストレスチェック後の面接指導は、単なる法定手続きではなく、従業員の健康を守り、職場のメンタルヘルスリスクを早期に把握するための重要な機会です。高ストレス者が申し出やすい環境の整備、産業医との連携体制の構築、面接後の適切な措置の実施、そして個人情報の適切な管理という4つの柱を整えることが、制度を実質的に機能させるための鍵となります。
中小企業では人員・コスト・産業医との連携といった制約が大きいのは事実ですが、「できる範囲で誠実に取り組む」姿勢と記録の積み重ねが、従業員の信頼と職場環境の改善につながります。制度への対応に課題を感じている場合は、専門家の力を借りながら一歩ずつ体制を整えていきましょう。
よくある質問(FAQ)
ストレスチェックで高ストレスと判定された従業員に、会社から面接指導を受けるよう命じることはできますか?
法律上、面接指導は労働者本人からの申出があって初めて実施できる制度です。事業者が高ストレス者に強制的に受診を命じることはできません。ただし、上司や人事担当者が「面接指導という制度があり、活用してほしい」と案内・勧奨することは適切な対応として認められています。強制ではなく、従業員が自発的に申し出やすい環境を整えることが重要です。
面接指導の結果を人事評価に反映させてもよいですか?
これは厳禁です。労働安全衛生法第66条の10第3項は、ストレスチェックの受検結果や面接指導の申出・受診を理由とした不利益取扱い(解雇・降格・減給・不利な配置転換など)を明確に禁止しています。面接指導の情報を人事評価に使用した場合、法違反となるだけでなく、従業員の制度への不信感を生み、今後の申出率がさらに低下するリスクもあります。
50人未満の中小企業でもストレスチェックと面接指導は必要ですか?
常時50人未満の事業場については、ストレスチェックの実施は現時点では努力義務(義務ではない)です。ただし、従業員のメンタルヘルス管理の観点から、任意で取り組む企業は増えています。また、近年は義務対象の拡大に向けた議論も行われているため、最新の法改正情報を継続的に確認しておくことをおすすめします。
嘱託産業医が月1回しか来訪しない場合、面接指導の「1ヶ月以内」という期限を守れないことがあります。どうすればよいですか?
厚生労働省は、一定の条件を満たした場合にビデオ通話等を活用したオンラインによる面接指導を認めています。嘱託産業医とあらかじめ「オンライン面接の実施方法」を取り決めておくことで、来訪日に縛られず柔軟に対応できるようになります。また、ストレスチェックの実施スケジュールに合わせて面接指導の実施可能日を事前に確保しておく準備も重要です。







