2019年に施行された働き方改革関連法は、段階的に中小企業へも適用が拡大されてきました。2020年の残業上限規制、2021年の同一労働同一賃金、2023年の月60時間超の割増賃金引き上げ、そして2024年の建設業・運送業への適用と、ここ数年で中小企業を取り巻く労務環境は大きく変わっています。
しかし、「何から手をつければよいかわからない」「社内に専門家がいない」「人手不足の中で法律対応まで手が回らない」という声は、中小企業の経営者・人事担当者から今もなお多く聞かれます。法律の要求水準は上がる一方で、対応リソースは限られている。この板挟みこそが、中小企業が直面している本質的な課題です。
本記事では、働き方改革関連法の中小企業への影響を法律の要点から整理し、現場で実践できる対応策を具体的に解説します。罰則のある義務的事項を中心に、優先順位をつけながら読み進めていただけるよう構成しています。
働き方改革関連法が中小企業に求める主な義務とは
働き方改革関連法は複数の法改正をまとめたものであり、すべての規制が同じタイミングで中小企業に適用されたわけではありません。まず、罰則を伴う義務的事項を時系列で整理しておきましょう。
時間外労働の上限規制(2020年4月~)
残業時間の上限規制は、大企業より1年遅れで2020年4月から中小企業にも適用されました。原則として、時間外労働(残業)は月45時間・年360時間が法定上限です。
臨時的な特別な事情がある場合に締結できる「特別条項付き36協定」(36協定とは、労働基準法第36条に基づく労使間の書面協定のことです)を使っても、超えることのできない絶対的な上限が設けられました。具体的には以下の3つです。
- 年間の時間外労働:720時間以内
- 単月の時間外労働:100時間未満(休日労働を含む)
- 2〜6か月の平均:80時間以内(休日労働を含む)
これらに違反した場合、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が使用者(会社・経営者)に科されます。罰則付きの義務であるという点を、まず経営トップが正確に認識しておく必要があります。
年次有給休暇の取得義務化(2019年4月~)
年間10日以上の有給休暇が付与されている労働者に対して、使用者は年5日の有給休暇を取得させる義務を負います。本人が自ら取得しない場合、使用者が取得時季を指定しなければなりません。
違反した場合は労働者1人あたり30万円以下の罰金が科されます。この「1人あたり」という点が重要で、10人の対象者が全員未取得であれば、最大300万円の罰金リスクがあります。有給休暇管理を個人別に徹底することが不可欠です。
同一労働同一賃金(2021年4月~)
正規雇用労働者と非正規雇用労働者(パート・アルバイト・有期契約社員・派遣社員)の間にある、不合理な待遇差を禁止する制度です。大企業より1年遅れで、中小企業には2021年4月から適用されています。
対象となるのは基本給や賞与だけでなく、各種手当・福利厚生・教育訓練なども含まれます。また、非正規労働者から待遇差の理由について説明を求められた場合、使用者には説明義務が課されています。
月60時間超の割増賃金引き上げ(2023年4月~)
月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率が、中小企業でも25%から50%に引き上げられました(2023年4月施行)。大企業では2010年から既に適用されていた規制が、13年の猶予期間を経て中小企業にも及んだ形です。
月60時間超の残業が常態化している企業では、この変更だけで人件費が大幅に増加します。単なるコスト増として捉えるのではなく、長時間労働体質そのものを見直す契機として活用することが重要です。
多くの中小企業が見落としている36協定の落とし穴
実務上、特に注意が必要なのが36協定の管理です。中小企業の中には、「36協定は毎年なんとなく更新しているが、内容を詳しく確認したことがない」というケースが少なくありません。
「36協定を結べばいくらでも残業できる」は誤りです
よくある誤解として、「36協定(特別条項付き)を締結していれば、残業時間に制限はない」という認識があります。しかし、これは完全に誤りです。上述のとおり、特別条項付き36協定でも年720時間・単月100時間未満という絶対的上限があり、これを超えた時点で刑事罰の対象となります。
また、特別条項を使える「臨時的な特別な事情」は、業務の繁閑などの慢性的な状況を含めることはできません。「毎年この時期は忙しいから」という理由を常態的に特別条項に依存することは、制度の趣旨に反します。
労働者代表の選び方にも要注意
36協定は会社と「労働者の過半数代表者」が締結するものですが、この代表者の選出方法が適切でない場合、協定自体が無効になるリスクがあります。管理職が自動的に代表になっていたり、使用者が事実上の指名をしていたりするケースは無効とされる可能性があります。
代表者は民主的な方法(挙手・投票・持ち回り等)で選出されなければならず、その選出プロセスを記録に残しておくことが重要です。
勤怠管理の見直し:「感覚」から「記録」への転換
働き方改革関連法の施行に伴い、労働時間の客観的な把握が省令(法律の委任を受けた行政機関が制定する命令)レベルで義務化されています。タイムカードやICカード、PCのログイン・ログオフ記録など、客観的な方法による把握が求められます。
自己申告制だけでは不十分
「社員が自分で出退勤を記録するシステム」のみで管理している場合、客観性が担保されないとして指摘を受けるリスクがあります。特に、申告時間と実際の在社時間に乖離がある場合は問題となります。
また、労働時間の記録は5年間の保存が義務(当面の間は3年)とされています。紙の出勤簿を年度ごとに破棄していた、という企業は速やかに保存体制を整える必要があります。
クラウド勤怠システムの導入を検討する
「システム導入は大企業のもの」という認識は過去のものになりつつあります。現在では月額数千円から利用できるクラウド型の勤怠管理システムが多数存在し、中小企業でも現実的に導入できる選択肢が広がっています。
こうしたシステムには、残業時間の自動集計・アラート機能・有給休暇の管理機能が含まれているものも多く、法律対応と業務効率化を同時に実現できます。また、システム導入費用についてはIT導入補助金の対象となる場合もあるため、導入前に確認しておくとよいでしょう。
テレワーク(在宅勤務)を導入している企業では、ログイン・ログオフの記録を活用した労働時間管理が有効です。「テレワーク中は管理できない」という考え方は認められないため、在宅時も含めた一元的な管理体制の構築が必要です。
同一労働同一賃金への対応:何を・どの順番で見直すか
パートタイマーや有期契約社員を多く雇用している中小企業にとって、同一労働同一賃金への対応は特に負担感が大きい課題です。「何から手をつければよいかわからない」という声が多いため、実務上の手順を整理します。
ステップ1:現状の待遇を洗い出す
まず、正規・非正規それぞれの労働条件を項目別に一覧化します。基本給・各種手当(通勤手当・皆勤手当・住宅手当など)・賞与・退職金・福利厚生・教育研修など、すべての待遇項目を比較対象として整理します。
ステップ2:待遇差に「合理的な理由」があるか検討する
待遇差があること自体は直ちに違法ではありません。問題となるのは「不合理な待遇差」です。「業務の内容」「責任の程度」「配置変更の範囲」などを総合的に考慮して、待遇差に合理的な理由があるかどうかを検討します。
たとえば、転勤や異動の可能性がある正社員と、勤務地が固定されているパートタイマーでは、業務の責任範囲や会社への貢献度が異なるとして、一定の待遇差が認められる場合もあります。
ステップ3:不合理な差異を解消する
合理的理由のない待遇差については解消が必要です。正規社員の待遇を下げることで均衡を取ることは原則として認められておらず、非正規労働者の待遇を引き上げることで対応するのが基本方針です。
コスト増を最小限に抑えつつ対応するためには、改定する項目の優先順位付けと段階的な実施計画の策定が現実的です。社会保険労務士など専門家のサポートを受けながら進めることを強くお勧めします。
ステップ4:就業規則・賃金規程・雇用契約書を整備する
待遇の見直しを行ったら、就業規則・賃金規程・雇用契約書の内容と実態が一致しているかを確認し、必要に応じて改定します。非正規労働者から待遇差の説明を求められた場合に備え、根拠となる記録や資料を整備しておくことも重要です。
中小企業が活用できる支援制度と専門家の力
働き方改革への対応は、企業が単独で抱え込む必要はありません。国や都道府県が提供する支援制度を積極的に活用することで、コストと負担を大幅に軽減できる場合があります。
働き方改革推進支援助成金
厚生労働省が提供する「働き方改革推進支援助成金」は、中小企業が労働時間の短縮や年次有給休暇の取得促進に向けた取り組みを行う際に活用できる助成金です。勤怠管理システムの導入費用や、専門家への相談費用が助成対象となるコースもあります。
助成金の内容や要件は年度によって変更されることがあるため、厚生労働省の公式ウェブサイトや最寄りの都道府県労働局で最新情報を確認するようにしてください。
都道府県の相談窓口・専門家派遣
多くの都道府県が、中小企業向けの労務相談窓口や専門家派遣制度を設けています。社会保険労務士などの専門家が無料または低コストで相談に応じてくれるケースもあり、「何から始めればよいか」を整理するだけでも大きな前進につながります。
社会保険労務士との顧問契約の検討
人事・労務の専門家が社内にいない中小企業にとって、社会保険労務士との顧問契約は有効な選択肢の一つです。就業規則の整備・36協定の見直し・助成金の申請サポートなど、継続的なサポートを受けることで法的リスクを低減できます。費用と得られる安心のバランスを考えると、特に従業員数が増加している段階の企業には検討する価値があります。
今日から始める実践ポイント:優先順位の整理
すべての対応を一度に行うことは現実的ではありません。以下の優先順位を参考に、段階的に取り組んでいきましょう。
- 【最優先】36協定の内容確認と適正な締結:現在締結している36協定の上限時間が法定要件(年720時間・単月100時間未満など)を満たしているか確認し、満たしていない場合は速やかに見直す。また、労働者代表の選出方法も合わせて確認する。
- 【最優先】有給休暇の個人別管理体制の整備:年5日取得の対象者を特定し、個人別の管理簿を作成する。未取得者への取得促進・時季指定の仕組みを整える。
- 【早期対応】勤怠管理の客観化:自己申告制のみの管理を見直し、タイムカードやクラウドシステムを活用した客観的な記録体制を構築する。記録の保存期間(当面3年)にも注意する。
- 【計画的対応】同一労働同一賃金の対応:正規・非正規の待遇を一覧化し、不合理な待遇差がないかを確認する。専門家を交えながら段階的に改定計画を立てる。
- 【継続的取り組み】長時間労働体質の抜本的見直し:業務の棚卸し・標準化・IT化を通じた生産性向上に取り組み、残業を「なくす」文化を醸成する。
まとめ
働き方改革関連法は、中小企業にとって決して「大企業のための法律」ではありません。適用時期が大企業より遅かっただけで、同じ水準の義務と罰則が今や中小企業にも課されています。
特に、時間外労働の上限規制・有給休暇の取得義務・月60時間超の割増賃金引き上げは罰則を伴う義務であり、「知らなかった」では済まされません。一方で、同一労働同一賃金への対応や勤怠管理の整備は、外部の専門家や支援制度を活用しながら計画的に進めることが可能です。
人手不足や業務量の多さを抱えながら法律対応を進めることは確かに負担です。しかし、法令違反による罰則・従業員の信頼失墜・優秀な人材の定着困難といったリスクは、対応コストをはるかに上回ります。まずは36協定の内容確認と有給休暇の管理体制整備から着手し、一歩ずつ法令順守の体制を整えていくことが、企業の持続的な成長につながります。
不明な点は都道府県の労働局や社会保険労務士に相談することをためらわず、専門家の知見を活用しながら対応を進めていただくことをお勧めします。
よくある質問
Q1: 36協定を締結していれば、残業時間に制限はないということですか?
いいえ、これは誤りです。特別条項付き36協定を締結していても、年720時間・単月100時間未満という絶対的な上限があり、これを超えると刑事罰の対象になります。36協定はあくまで法定上限までの残業を認めるものであり、制限がなくなるわけではありません。
Q2: 同一労働同一賃金の対象には、基本給と賞与だけが含まれるのですか?
いいえ、対象はそれ以上に広いです。基本給や賞与に加えて、各種手当・福利厚生・教育訓練なども含まれます。非正規労働者から待遇差の理由について説明を求められた場合、使用者は説明義務を果たす必要があります。
Q3: 年次有給休暇を5日取得させなかった場合、罰金はいくらですか?
違反時の罰金は労働者1人あたり30万円以下です。重要な点は「1人あたり」という点で、10人の対象者が全員未取得であれば、最大300万円の罰金リスクが生じる可能性があります。
労働法改正への対応や安全衛生管理体制の整備には、INTERMINDの産業医サービスが力になります。専門家による継続的なサポートで法令対応を進められます。









