ストレスチェック制度が2015年に義務化されてから10年近くが経ちますが、実施後の対応、特に面接指導の申出があったときの手順については「何をどの順番でやればいいのかわからない」という声が中小企業の現場では今も多く聞かれます。年に一度のチェックを無事に終えたとしても、その後に申出が来た瞬間に担当者が慌てるようでは、制度の本来の目的である従業員のメンタルヘルス保護は果たせません。
この記事では、ストレスチェックの面接指導申出があったときに、事業者(経営者・人事担当者)が産業医とどのように連携し、どのような手順で対応を進めればよいかを、法的根拠と実務の両面から解説します。特に嘱託産業医や外部委託の産業医を活用している中小企業を念頭に、具体的なフローとチェックポイントをお伝えします。
ストレスチェック面接指導とは何か:法的根拠と基本的な仕組み
まず制度の基本を整理しておきます。ストレスチェックおよび面接指導は、労働安全衛生法第66条の10に定められた事業者の義務です。ストレスチェックを実施した結果、一定の基準に該当した「高ストレス者」とされた従業員が面接指導を希望して申し出た場合、事業者はその申出を受け付け、医師による面接指導を実施しなければなりません。
なお、実施義務があるのは常時50人以上の労働者を使用する事業場です。50人未満の事業場については努力義務とされていますが、従業員のメンタルヘルスを守るうえで積極的に取り組むことが望まれます。
面接指導を実施できるのは医師です。産業医の資格が必須というわけではありませんが、労働衛生や職場環境をよく知っている産業医が担うことが実務上最も適切とされています。面接指導の結果に基づき、産業医は事業者に対して就業上の措置に関する意見書を提出し、事業者はその意見を踏まえて残業制限や配置転換などの措置を「遅滞なく」講じることが求められます。
法令上の期限として特に重要なのは、申出後おおむね1か月以内に面接指導を実施すること(ストレスチェック指針に基づく目安)と、面接指導結果の記録を5年間保存することの2点です。この期限を意識したうえで、以下の連携手順を組み立ててください。
申出を受け付けた直後にやるべき5つのステップ
面接指導の申出が届いたとき、担当者が何をすべきかを5つのステップで整理します。このステップを事前に「手順書」としてまとめておくことで、担当者が変わっても同じ品質の対応ができるようになります。
ステップ1:申出書の受付と保管
申出書の書式は事前に整備しておくことが理想です。記載すべき項目は、氏名・所属部署・職種・希望する面接日程の目安などです。受付後は、鍵付きのキャビネットや、アクセス制限を設けた電子フォルダに保管し、限られた担当者だけがアクセスできる状態を維持します。申出したこと自体が「要配慮個人情報」(個人情報保護法上、取り扱いに特別の注意が必要な情報)に準じる扱いが求められます。
ステップ2:産業医への第一報(原則3営業日以内)
申出を受けたら、できる限り早く産業医に連絡します。目安は3営業日以内です。嘱託産業医や外部委託の産業医の場合、月に一度しか事業場に来ない場合もあるため、この初動連絡が遅れると面接実施が1か月の期限を超えるリスクが高まります。
産業医への連絡には、対象者の所属・職種・勤務形態、ストレスチェックの尺度別スコアや高ストレス判定の根拠、直近の残業時間や休暇取得状況などを整理して提供します。氏名の共有は、事前に本人の同意を確認してから行うのが原則です。また、連絡手段は暗号化メールや専用の産業保健システムなど、セキュリティに配慮した方法を選んでください。一般のフリーメールでの個人情報の送付は避けましょう。
ステップ3:面接日程の調整と場所の確保
産業医と対象者の間で日程調整を行います。人事担当者が仲介役を担うのが一般的です。面接は就業時間内に設定し、従業員が参加しやすい環境を整えることが求められます。上司への口実(「健康相談に行くため」など)の提供を会社側がサポートすることも考えられます。
面接場所はプライバシーが守られる個室であることが必須です。廊下から会話が聞こえる会議室や、出入りが多いフロアの一角は適切ではありません。また、面接の実施場所や実施の事実は、当該従業員の上司には原則として伝えないことが重要です。不利益取扱いの防止(安衛法第66条の10第3項)の観点からも、申出・受診を理由にした降格・減給・解雇などは違法となります。
ステップ4:対象者への事前説明
面接前に対象者に対して、面接でどのような話をするのか、産業医の守秘義務の範囲、面接結果が事業者にどのように共有されるかを説明しておきます。この説明が不十分なまま面接に臨むと、従業員が不安を感じて本音を話せなくなったり、後になって「知らなかった」というトラブルが発生したりすることがあります。
ステップ5:面接の実施と記録の保管
面接指導は産業医(または担当医師)が行います。終了後、産業医は面接指導結果の記録(厚生労働省が指定する様式に準拠)を作成し、5年間保存します。この記録は産業医が保管する場合と事業者側で保管する場合がありますが、誰がどこに保管するかを事前に取り決めておくことが大切です。
産業医意見書を受け取ってからの就業措置:判断と実行のフロー
面接指導が完了すると、産業医から事業者に対して「就業上の措置に関する意見書」が提出されます。意見書には、残業時間の制限、深夜業の禁止、配置転換の検討、一定期間の休職など、対象者の健康状態に応じた措置の提言が記載されます。この意見書を受け取ってからが、人事担当者にとって最も判断を要する場面です。
意見書受領後の判断フロー
- 意見書の内容を人事・労務担当者と産業保健スタッフで確認し、措置の内容・範囲・期間を把握する
- 必要に応じて産業医に補足説明を求める(意見書の文言だけでは判断が難しい場合)
- 上長・関係部署を含めた内部検討会議を開く(人員配置やコスト面の実行可能性を含めて検討)
- 対象者本人に措置の内容を説明し、合意形成を図る
- 措置を実施した後、1〜3か月後を目安にフォローアップ面談を設ける
ここで注意が必要なのは、産業医の意見はあくまで「意見」であり、措置の最終決定権は事業者にあるという点です。ただし、意見書を参考にしたうえでなお何も措置を講じないというのは、安全配慮義務(労働契約法第5条)の観点から問題が生じる可能性があります。実行が難しい場合は、代替措置の提案や段階的な対応を産業医と相談しながら進めることが現実的です。
また、措置を実施する際に、なぜその措置が必要なのかを対象者に十分に説明することが、信頼関係の維持と職場復帰後のスムーズな協力につながります。「会社から一方的に決められた」という印象を与えないよう、対話を通じた合意形成を心がけてください。
嘱託・外部産業医との日常的な連携体制の整え方
中小企業の多くは、月に数時間しか事業場に来ない嘱託産業医や、外部委託の産業医サービスを利用しています。このような体制のもとでは、面接指導の申出があるたびに「どう連絡すればいいか」「いつ来てもらえるか」と一から調整が発生しがちです。これを防ぐには、日常的な連携の仕組みをあらかじめ構築しておくことが不可欠です。
具体的には以下の取り組みが有効です。
- 緊急連絡先の確認と合意:嘱託産業医が事業場に来ない日に面接申出があった場合の電話・メールでの連絡方法を事前に取り決めておく
- 標準手順書(SOP)の共同作成:面接指導の依頼から記録保管までの流れを産業医と一緒に文書化し、双方が同じ認識を持てるようにする
- 定例の衛生委員会での情報共有:月次または定期的な衛生委員会において、ストレスチェックの結果集計や面接指導の進捗状況を産業医と共有し、課題を早めに把握する
- 外部の産業医サービスの活用:面接指導に特化した産業医サービスを利用することで、専門性と対応速度の両方を確保できる場合があります
産業医との関係が希薄なままだと、面接指導の質そのものが下がるリスクがあります。年に一度の健診結果確認だけでなく、ストレスチェックの結果を共有したり、職場の状況を定期的に情報交換したりすることで、面接指導の場面でも的確な対応ができるようになります。
プライバシー管理とコンプライアンス:担当者が知っておくべき注意点
面接指導に関連する情報は、要配慮個人情報として高水準の保護が求められます。特に以下の点は、担当者が具体的な対策を講じておく必要があります。
情報共有の範囲を最小限に絞る
面接指導の申出をした従業員の情報は、対応に必要な最小限の関係者のみに共有します。人事担当者・産業保健スタッフ・経営者(必要な場合)に限定し、当該従業員の上司・同僚・他部署への情報漏洩は厳禁です。
事業者への情報提供は本人同意を原則とする
産業医が面接指導の結果を事業者に伝える際には、本人の同意が前提です。意見書の提出自体は業務上の手続きですが、その内容の詳細を関係者に広める際には同意の範囲を慎重に確認する必要があります。
不利益取扱いの禁止を社内に徹底する
申出や面接指導の受診を理由として、解雇・降格・減給・不当な配置転換などを行うことは労働安全衛生法第66条の10第3項で明確に禁止されています。この禁止事項を管理職・役員を含む社内全体に周知しておかなければ、無意識のうちに違法な行為が生じる可能性があります。
記録・書類の保存と廃棄のルールを決める
面接指導結果の記録は5年間の保存義務があります。保存場所・アクセス権限・廃棄方法(シュレッダー処理や電子データの完全削除)まで含めたルールを整備し、定期的に見直すことをお勧めします。
実践ポイント:今日から始められる連携体制の整備
ここまで解説した内容を踏まえ、経営者・人事担当者が具体的に取り組めるポイントを整理します。
- 申出書の書式を今すぐ用意する:厚生労働省が公表しているモデル書式を参考に、自社用にカスタマイズして準備しておく
- 申出から面接実施までのフローチャートを1枚で作成する:誰が・何を・いつまでにやるかを視覚的に整理し、担当者の引き継ぎにも活用する
- 産業医との連絡ルールを文書化して共有する:面接申出があった場合の第一報のタイミング・手段・共有情報の範囲を産業医と合意したうえで書面に残す
- 個室の面接スペースを事前に確保する:月に一度来訪する産業医の訪問日に合わせて面接を集中させる体制を検討する
- 管理職に対して不利益取扱い禁止の研修を実施する:法的リスクだけでなく、申出した従業員の心理的安全性を守る観点から説明する
- フォローアップの仕組みを組み込む:措置後1〜3か月でフォローアップ面談の日程を予め設定し、経過観察を継続する
また、従業員が自ら相談しやすい環境をつくるためには、メンタルカウンセリング(EAP)のような外部相談窓口を整備することも、面接指導と並行して検討する価値があります。高ストレス者であっても面接指導の申出をためらう従業員は少なくなく、そのような従業員が自分のペースで相談できる場があることが、早期発見・早期対応につながります。
まとめ
ストレスチェックの面接指導申出への対応は、単なる手続きの問題ではありません。従業員の健康と職場の安全を守るための実質的な対応であり、事業者としての安全配慮義務を果たすための重要な機会です。
申出を受けたら3営業日以内に産業医へ連絡し、おおむね1か月以内に面接を実施する。意見書を受け取ったら遅滞なく就業措置を検討し、フォローアップまで継続して関わる。この一連の流れを手順書として文書化し、産業医と事前に合意しておくことが、実務上の混乱を最小限に抑える最大のポイントです。
特に嘱託産業医を活用している中小企業においては、日常的な情報共有と連絡ルールの整備が、面接指導の質と速度を左右します。制度の形式的な遵守にとどまらず、従業員が安心して申出できる環境と、申出後に確実に守られると実感できる対応体制を、今から少しずつ整えていきましょう。
よくある質問(FAQ)
Q1. 高ストレス者全員に面接指導を受けさせることはできますか?
法律上、面接指導は従業員本人からの申出が前提です。事業者が一方的に面接を強制することはできません。ただし、高ストレスと判定された従業員に対して面接指導の申出を勧奨(促すこと)は認められており、むしろ積極的に行うことが望ましいとされています。申出のハードルを下げるために、申出の方法を簡略化したり、外部の相談窓口(EAP)を併用したりする工夫も有効です。
Q2. 面接指導の申出があったことを上司に伝える必要はありますか?
原則として伝える必要はなく、伝えないことが推奨されます。申出の事実や面接指導の実施は、当該従業員のプライバシーに関わる情報であり、上司への共有は本人の不利益につながる可能性があります。就業措置として業務内容を変更する必要が生じた場合には、対象者本人への十分な説明と同意を経たうえで、必要最小限の情報のみを関係者に伝えるようにしてください。
Q3. 嘱託産業医が月1回しか来ない場合、1か月以内の面接実施は難しくありませんか?
嘱託産業医の訪問日がたまたまズレている場合、1か月以内の実施が難しくなるケースはあります。この場合の対応策として、①産業医に別日程での訪問を依頼する、②オンライン(ビデオ通話)での面接指導を活用する(厚生労働省は一定の条件のもとでオンライン面接指導を認めています)、③外部の産業医サービスを利用して対応できる医師を確保するといった方法があります。いずれにせよ、申出があってから動き始めるのではなく、事前に嘱託産業医と「申出があった場合の対応方針」を合意しておくことが最も重要です。







