従業員がメンタルヘルスの不調を訴えてきたとき、「どう対応すればよいのか」と戸惑う経営者・人事担当者は少なくありません。特に中小企業では、専門家のサポートが整っていないケースも多く、対応の遅れや誤った判断が会社にとって大きな法的リスクを招くことがあります。
厚生労働省の調査によると、精神障害(メンタルヘルス不調)を理由とした労災請求件数は年々増加傾向にあり、2023年度には過去最多水準を更新しています。こうした状況を踏まえると、メンタルヘルス休職への適切な対応は、もはや「大企業だけの課題」ではありません。
この記事では、メンタルヘルスを理由とした休職対応を法的な観点からわかりやすく解説し、中小企業でも実践できる具体的な手順をご紹介します。
メンタルヘルス休職をめぐる法的リスクの全体像
まず、会社が直面しうる法的リスクを整理しておきましょう。メンタルヘルス休職に関して企業が問われる責任は、主に以下の3つの法律に基づいています。
労働契約法:安全配慮義務と解雇制限
労働契約法第5条は、使用者(会社)が労働者の生命・身体の安全を確保する義務(安全配慮義務)を負うことを定めています。これは身体的な安全だけでなく、心理的な健康も含まれます。従業員のメンタル不調を把握しながら適切な対応を取らなかった場合、安全配慮義務違反として損害賠償請求の対象になりえます。
また、労働契約法第16条では、客観的・合理的な理由のない解雇は無効と定められています。休職中の従業員を「業務に支障が出るから」という理由だけで解雇することは、原則として認められません。
労働基準法:解雇制限と就業規則への記載義務
労働基準法第19条は、業務上の疾病による休業期間中および復職後30日間の解雇を禁止しています。過重労働やハラスメントが原因でメンタル不調が生じた場合、業務起因性(業務が原因であること)が認められる可能性があり、この規定が適用されます。
さらに、休職制度を設ける場合は労働基準法第89条・第90条に基づき、就業規則に明記し、労働基準監督署への届出が必要です。就業規則に休職規定がない状態での運用は、後のトラブルの原因になりかねません。
労働安全衛生法:ストレスチェックと面接指導の義務
従業員が50人以上いる事業所は、労働安全衛生法第66条の10に基づき、年1回のストレスチェックの実施が義務付けられています。また、時間外労働が月80時間を超えた従業員に対しては、医師による面接指導(第66条の8)を実施しなければなりません。これらの義務を怠ることも、安全配慮義務違反につながる可能性があります。
休職発令から復職まで:適切な手順と実務上の注意点
メンタルヘルス休職への対応では、「正しい手順を踏む」ことが会社を法的リスクから守る最大の防御策となります。
ステップ1:不調の把握と受診促進
従業員の遅刻・欠勤が増えた、ミスが多くなった、元気がなくなったなどのサインを上長や人事が察知した場合、まず本人との面談を行い、医療機関への受診を促しましょう。この段階での対応の速さが、重症化を防ぐうえで非常に重要です。
なお、メンタル不調に関する情報(病名・診断内容)は個人情報保護法上の「要配慮個人情報」に該当します。本人の同意なく、他の従業員や社内の第三者に開示することは原則として禁じられていますので、情報管理には十分な注意が必要です。
ステップ2:診断書の受領と休職命令の発令
医師から「休養が必要」という旨の診断書が提出された場合、会社側から休職命令を発令することが重要です。本人が自主的に「休みます」と申し出るのを待つだけでは、後に「自己都合退職」との混同が生じるリスクがあります。
ここで一つよくある誤解をご説明します。主治医(かかりつけ医)の診断書は「休養が必要」という意見の表明であり、復職可否を含む最終判断は会社が行うものです。診断書が出たからといって、会社の判断を省略することは避けましょう。
ステップ3:休職中の定期連絡と状態確認
休職が始まったからといって、会社が従業員と完全に連絡を絶つことは望ましくありません。月1回程度を目安に、本人の状態確認や必要書類の提出依頼などを行う連絡を継続することが重要です。突然の連絡断絶は本人の孤立感を高め、回復を妨げる可能性があります。
ただし、連絡の頻度や方法は休職開始時に書面で合意しておくことをお勧めします。「業務に関する連絡は一切しない」「月1回の状況報告書を提出してもらう」など、双方が納得できるルールを定めておくことで、後のトラブルを防げます。
ステップ4:復職判断のプロセス
復職の判断において、主治医の「復職可能」という診断書だけを根拠にしてはいけません。主治医は就労環境や業務内容を把握していないことが多く、復職後すぐに再発するケースも少なくないからです。
産業医や会社指定の医師の意見も確認し、職場環境・業務内容との適合性を総合的に判断することが求められます。産業医サービスを活用することで、中小企業でも専門的な復職支援体制を整えることが可能です。
また、試し出勤制度(リハビリ出勤)の導入も有効な手段のひとつです。いきなり通常業務に戻すのではなく、短時間・軽作業から段階的に復帰させることで、再発リスクを低減できます。復職後も定期的なフォローアップ面談を実施し、状態の変化を早期に把握する体制を整えましょう。
休職中の給与・社会保険の取り扱い
経営者・人事担当者が特に気になるのが、コスト面の問題です。正しい制度を理解しておくことで、余計な不安を解消できます。
休職中の給与:原則として無給が一般的
就業規則に「休職中は無給とする」と定めている企業では、休職期間中に給与を支払う義務はありません。代わりに、健康保険から傷病手当金が支給される制度があります。
傷病手当金の概要は以下の通りです。
- 支給額:給与の約3分の2(標準報酬日額の3分の2)
- 支給期間:支給開始日から最長1年6ヶ月
- 支給開始:連続3日の待期期間(休業日)の後、4日目から支給対象
- 申請方法:本人・会社・医師が連名で加入健康保険に申請
傷病手当金は従業員本人が申請するものですが、会社が申請書の一部に証明として記入する必要があります。手続きをスムーズに行えるよう、事前に担当者が制度の流れを把握しておくことが大切です。
休職中の社会保険料:会社・本人ともに継続負担
休職中も従業員は社会保険(健康保険・厚生年金)の被保険者資格が継続されます。そのため、会社負担分・本人負担分ともに社会保険料の支払い義務が生じます。給与がゼロであっても保険料は発生しますので、本人負担分の徴収方法(例:口座振替・後払い等)を休職開始時に書面で取り決めておくことをお勧めします。
ハラスメントが原因の場合:労災リスクと会社の責任
メンタルヘルス不調の原因が、職場でのハラスメント(パワハラ・セクハラ等)や過重労働である場合、会社はより重大な法的責任を問われる可能性があります。
精神障害の労災認定と2023年改正のポイント
業務上の過重労働やハラスメントが原因と認められる場合、精神障害(うつ病・適応障害等)も労働災害(労災)として認定される対象です。2023年の労災認定基準の改正では、ハラスメントに関する類型が追加・明確化されており、認定の範囲が広がっています。
労災が認定された場合、会社には以下のリスクが生じます。
- 労働基準法第19条による解雇制限(休業中および復職後30日間)の適用
- 安全配慮義務違反を根拠とした損害賠償請求の可能性
- 労働基準監督署による調査・是正指導
ハラスメントの訴えがあった場合は、事実関係の調査を速やかに行い、必要な再発防止策を講じることが、会社としての責任ある対応です。
就業規則の整備:休職制度を守る「社内ルール」の作り方
メンタルヘルス休職への対応を適切に行うための土台となるのが、就業規則への明確な規定です。休職制度が就業規則に記載されていない、または内容が曖昧な場合、トラブルが発生したときに会社が不利な立場に置かれるリスクがあります。
就業規則の休職規定には、以下の項目を必ず盛り込みましょう。
- 休職事由:「傷病により欠勤が○日以上継続した場合」など具体的な条件
- 休職期間の上限:勤続年数に応じた期間設定(例:勤続3年未満は3ヶ月、3年以上は1年など)
- 休職中の処遇:給与・賞与・社会保険料の取り扱いを明記
- 復職の条件:主治医・産業医の意見および会社の判断によること
- 休職期間満了時の取り扱い:期間満了時に復職できない場合の「自然退職」規定
- 休職中の連絡義務:月1回の状況報告など、本人に求める手続き
特に「自然退職規定」(休職期間が満了しても復職できない場合、退職とみなす旨の規定)は、長期休職が続く場合の出口として重要です。ただし、この規定を有効に機能させるためには、就業規則への明記と、従業員への周知(労働契約締結時の説明等)が前提となります。
中小企業が今すぐ取り組める実践ポイント
ここまでの内容を踏まえ、特にリソースが限られた中小企業が優先的に取り組むべき実践ポイントをまとめます。
- 就業規則の見直し:休職規定が整備されていない場合は、社会保険労務士等の専門家に相談して早急に整備する
- 休職開始時の書面化:休職期間・連絡方法・給与の取り扱い・社会保険料の支払い方法を書面で合意しておく
- 定期連絡の継続:月1回程度、状況確認と書類手続きの連絡を忘れずに行う
- 復職判断の仕組み化:主治医の診断書だけでなく、産業医や会社指定医の意見を経るフローを定める
- ハラスメント防止の社内整備:相談窓口の設置、管理職向け研修など、予防策を講じる
- 専門家との連携:産業医の選任義務がない小規模事業所でも、外部の産業医サービスやEAPを活用することで専門的なサポートを得られる
メンタルヘルス不調への対応は、従業員が相談しやすい環境づくりから始まります。日頃から従業員のメンタルヘルスをサポートする体制として、メンタルカウンセリング(EAP)の導入を検討することも有効な手段です。
まとめ
メンタルヘルス休職への対応は、「なんとなく対処する」ことが許されない時代になっています。適切な法律知識と手順を持たずに対応した場合、安全配慮義務違反・不当解雇・労災認定など、多方面にわたる法的リスクが企業を直撃します。
一方で、正しい制度・手順を整備しておけば、こうしたリスクの多くは回避可能です。就業規則の整備、傷病手当金の制度理解、復職判断の仕組み化、そして専門家との連携——これらを一つひとつ着実に整えることが、従業員を守り、会社を守ることにつながります。
中小企業だから専門家に頼れない、という時代は終わりつつあります。外部の産業医サービスやEAPを活用しながら、自社の実情に合ったメンタルヘルス対応の体制を構築していきましょう。
よくある質問
診断書が出ていれば、すぐに従業員を復職させなければなりませんか?
いいえ、主治医による「復職可能」という診断書は参考情報の一つであり、復職の最終判断は会社が行うものです。主治医は職場環境や業務内容を把握していないことが多いため、産業医や会社指定医の意見を確認したうえで、総合的に復職可否を判断することが適切な対応です。
休職期間中も社会保険料を会社が払い続けなければなりませんか?
はい、休職中も社会保険(健康保険・厚生年金)の被保険者資格は継続されるため、会社負担分・本人負担分ともに保険料が発生します。給与支払いがない場合でも保険料の納付義務は変わりません。本人負担分の徴収方法(口座振替など)は、休職開始時に書面で取り決めておくことをお勧めします。
休職期間が満了しても復職できない従業員はどう扱えばよいですか?
就業規則に「休職期間満了時に復職できない場合は退職とみなす」という自然退職規定を明記しておくことで、解雇手続きを経ずに退職処理が可能になります。ただし、この規定が有効に機能するためには、就業規則への明記と従業員への周知が前提条件となります。規定がない場合は解雇手続きが必要となり、不当解雇リスクが生じることもあるため、事前の整備が重要です。
休職・復職支援の体制強化には、INTERMINDのEAPをご活用ください。復職プログラムの設計から職場復帰後のフォローまで専門家がサポートします。









