コロナ禍をきっかけに急速に普及したテレワークですが、「とりあえず導入した」まま、正式な規程が整備されていない中小企業は少なくありません。口頭やメールでの取り決めだけで運用を続けると、労務トラブルが発生したときに対応の根拠がなく、経営者・人事担当者が大きなリスクを抱えることになります。
本記事では、テレワーク規程の整備と労務管理について、法律上の要点を押さえながら、中小企業でも実践できる具体的な方法を解説します。「何から手をつければいいかわからない」という方に向けて、規程に盛り込むべき項目から費用負担・労働時間管理の実務まで、順を追って説明していきます。
テレワーク規程はなぜ必要か——口頭運用が招くリスク
「うちは社員も少ないし、メールで連絡を取り合えば十分」と考えている経営者は多いかもしれません。しかし、テレワーク中に起きうるトラブルは、会社側と従業員側の認識のずれから生じることがほとんどです。書面でのルール化なしに運用を続けると、次のような問題が実際に発生しています。
- 退職した従業員から「深夜の対応も業務だったはずだ」と未払い残業代を請求される
- 自宅での作業中に負ったケガが労災と認められるか争いになる
- 通信費や光熱費の会社負担を求められるが、取り決めがなく対応できない
- 特定の社員だけテレワークを認めたことで、他の社員から不公平だと不満が出る
こうしたリスクを防ぐために、テレワークのルールを就業規則またはその特別規程として明文化することが不可欠です。
なお、労働基準法第89条の規定により、常時10人以上の労働者を使用する事業場は、就業規則の作成・届出が義務付けられています。テレワーク導入に伴いルールが変わる場合は、就業規則の変更・届出が必要です。10人未満の事業場であっても、書面によるルール整備は労務リスクの観点から強く推奨されます。
テレワーク規程と就業規則の関係——何をどこに書くべきか
テレワーク規程を整備する方法には、大きく二つのアプローチがあります。
- 既存の就業規則に条文を追加する方法:変更の手続きが一度で済む反面、就業規則全体のボリュームが増え、読みにくくなるケースがある
- テレワーク勤務規程として別途制定する方法:実務上はこちらが主流。就業規則と切り離して管理でき、テレワークのルールが一覧できる
別規程として整備する場合も、「本規程に定めのない事項については就業規則に従う」という条文を必ず設け、既存の就業規則と矛盾が生じないようクロスチェックすることが重要です。たとえば、就業規則に「勤務場所は本社とする」と記載されている場合、テレワーク勤務規程を設けても就業場所の変更手続きが未整備では法的に問題が生じる可能性があります。
テレワーク勤務規程に最低限盛り込むべき項目は以下のとおりです。
- テレワーク勤務の定義と種類(在宅勤務・モバイルワーク・サテライトオフィス勤務)
- 対象者の要件・申請手続き・許可・取消しの条件
- 就業場所の条件(自宅のみか、カフェ等も可とするかなど)
- 労働時間・休憩・休日の管理方法と時間外労働の申請手続き
- 費用負担の区分(通信費・光熱費・備品等)
- 情報セキュリティの遵守事項
- 服務規律・業務報告の方法
厚生労働省が2021年3月に改定した「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」でも、これらの事項を就業規則等で明確にすることが求められており、規程整備の際の参考として活用することをお勧めします。
労働時間の把握と管理——テレワーク中の勤怠管理をどう設計するか
テレワーク導入後、多くの中小企業が頭を抱えるのが労働時間の把握です。オフィス勤務と異なり、従業員の様子を直接確認できないため、勤怠管理が形骸化しやすいという問題があります。
使用者には労働時間を適切に把握する義務があります(厚生労働省「労働時間の適正な把握のためのガイドライン」2017年)。テレワーク中であってもこの義務はなくならず、36協定(時間外・休日労働に関する協定)の遵守や割増賃金の支払い義務も変わりません。
推奨される労働時間管理の方法
客観性の高い順に示すと、以下のようになります。
- クラウド型勤怠管理システムの活用:GPS情報やログイン状況と連動したシステムは客観的な記録として残り、後のトラブル防止に有効
- PCログの記録・保存:業務用PCの起動・シャットダウン時刻を自動記録する方法。労働時間の証拠として有力
- チャットツールでの始業・終業報告:記録は残るが申告ベースであるため、上記の方法と組み合わせることが望ましい
自己申告のみによる管理は避けることを強く推奨します。過少申告・過大申告のどちらも発生しやすく、後から未払い残業代請求を受けるリスクが高まります。
また、長時間労働を見えにくくしないために、一定時間を超えた場合に上長へアラートが届く設定や、深夜・休日のメール・チャット対応ルール(いわゆる「つながらない権利」への配慮)を規程に明記することも検討してください。
テレワークに適した労働時間制度の選択
労働時間制度にはいくつかの種類があり、職種や業務内容に応じて選択できます。
- 通常の労働時間制:所定労働時間を管理する最も一般的な方法。事務職全般に適している
- フレックスタイム制:コアタイム(必ず勤務する時間帯)を設けつつ、始業・終業を柔軟にできる制度。開発職や企画職に向いている
- 事業場外みなし労働時間制:テレワークへの適用は要件が厳しく限定的。労働時間の算定が困難な場合に限られるため、安易に適用しないよう注意が必要
- 裁量労働制:専門業務型・企画業務型があり、対象職種に制限がある。導入には労使協定や労使委員会の決議が必要
自社の業務内容と従業員の職種を踏まえ、どの制度が適切か社会保険労務士等の専門家に相談することをお勧めします。
費用負担の線引き——通信費・光熱費をどう処理するか
テレワーク導入後に意外と多いのが、費用負担をめぐるトラブルです。「通信費は会社が出してくれると思っていた」「在宅で電気代が増えたのに何も補填されない」といった不満が積み重なり、退職や訴訟につながるケースもあります。
労働基準法第89条・第11条に基づき、労働者に通信費や光熱費を負担させる場合は就業規則等への明記が必要です。逆に、会社が負担する場合もその内容と方法を明確にしておく必要があります。
費用負担の整理方法
実務上は「実費精算方式」か「定額手当方式」のいずれかが一般的です。
- 実費精算方式:実際にかかった費用の一部または全部を精算する方法。公平性は高いが、計算・処理の手間がかかる
- 定額手当方式(在宅勤務手当):月額で一定額を支給する方法。処理がシンプルだが、実費との乖離が生じる可能性がある
定額手当を支給する場合、国税庁が2021年1月に通達した計算方法を参考にすることで、非課税範囲内での支給が可能です。通信費については、以下の計算式が目安として示されています。
(在宅勤務日数 ÷ 当月の日数)× 1/2 × 通信費実費 = 会社負担相当額
この計算方式に基づき支給する場合、月額2万円程度が非課税の目安とされています(国税庁・2021年1月通達)。ただし、各社の状況や支給内容により異なるため、税理士や社会保険労務士への確認を推奨します。
なお、在宅勤務手当を支給する場合、その手当が割増賃金の算定基礎に含まれるかどうかも確認が必要です。実費弁償的な性格の手当は算定基礎から除外できますが、単なる報酬的な手当は含める必要があります。
セキュリティ・対象者選定・メンタルヘルスへの対応
情報セキュリティ対策と規程の連携
テレワーク中の情報漏洩リスクは、オフィス勤務時より高くなる傾向があります。しかし、中小企業では「セキュリティポリシーは情報システム担当者任せ」という状況が多く、人事規程との連携が取れていないケースが少なくありません。
テレワーク勤務規程には、以下のセキュリティ事項を必ず盛り込んでください。
- 公衆Wi-Fi(カフェや駅などの無料Wi-Fi)の業務利用禁止
- VPN(仮想プライベートネットワーク:社内ネットワークに安全につなぐための仕組み)の使用義務
- 画面の覗き見防止フィルターの使用
- 業務データの私用機器への保存禁止
- 離席時のPC画面ロック義務
また、会社がPCの操作ログや通信履歴をモニタリングする場合は、事前に従業員へ告知することがプライバシー保護の観点から必要です。規程に明記し、入社時・テレワーク開始時に説明・同意を得るプロセスを設けましょう。
対象者の選定基準を明確にする
「なぜあの人だけテレワークできるのか」という不公平感は、職場のモラル(士気)低下や人間関係の悪化を招きます。テレワークの対象者・適用要件を規程で明確にしておくことが、こうした問題の予防につながります。
選定基準の例としては、以下が考えられます。
- 業務の性質(PCを使った業務が主体であること)
- 就業年数や習熟度(入社後一定期間を経過していること)
- 自宅の作業環境(専用スペースや通信環境が確保されていること)
- 申請・許可制とし、業務上の必要性を上長が判断する
基準を就業規則等に明記し、運用実態も基準に沿ったものにすることが重要です。
メンタルヘルスとコミュニケーション不足への対策
テレワーク中は孤立感や評価への不安を感じやすく、過重労働が外から見えにくいという問題もあります。労働安全衛生法はテレワーク中にも適用されるため、使用者は自宅等の作業環境への配慮義務を負っています。
厚生労働省のガイドラインでは、テレワーク中のメンタルヘルス対策として、セルフケア(従業員自身によるストレス管理)とラインケア(上司・管理職による部下への気づきと支援)の実施を推奨しています。
具体的には、以下の取り組みが有効です。
- 定期的な1on1ミーティング(上司と部下の個別面談)の実施
- チャットツールを活用した日常的なコミュニケーションの促進
- 深夜・休日の業務連絡を原則禁止するルールの設定
- 長時間労働が続いている場合の産業医・保健師への相談推奨
テレワーク規程整備の実践ポイントまとめ
最後に、テレワーク規程整備を進める上での実践ポイントを整理します。
- まず現状を棚卸しする:現在口頭やメールで取り決めているルールを書き出し、規程化すべき項目を洗い出す
- 既存の就業規則と矛盾がないか確認する:勤務場所・労働時間・服務規律に関する既存の記載との整合性をチェックする
- テレワーク勤務規程は別規程として作成する:「本規程に定めのない事項は就業規則に従う」という条文を忘れずに設ける
- 労働時間管理はシステムで客観的に記録する:自己申告のみに頼らず、PCログやクラウド勤怠システムを活用する
- 費用負担のルールは金額・算定方法まで明確に:「会社が負担する」だけでなく、何を・いくら・どうやって支給するかまで規程に書く
- セキュリティポリシーと人事規程をセットで整備・周知する:情報システム部門任せにせず、人事部門が連携して全従業員に周知する
- 専門家(社会保険労務士・弁護士)に確認を依頼する:法改正や個別事情への対応は、専門家のチェックを受けることでリスクを減らせる
テレワーク規程の整備は、一度作ったら終わりではありません。法律の改正や社内の運用実態の変化に合わせて、定期的に見直す仕組みを設けることが大切です。「規程があるから安心」ではなく、規程が実態に即して機能しているかを継続的に確認することが、真の労務リスク管理につながります。
まだ規程が整備されていない場合は、厚生労働省が公開しているテレワーク導入関連のガイドラインや、同省の「テレワーク相談センター」(無料)なども活用しながら、まず一歩を踏み出してみてください。
よくある質問
Q1: 10人未満の小さな会社でも、テレワーク規程を作る必要があるのでしょうか?
法律上は10人未満の企業には就業規則の作成義務がありませんが、記事では労務リスクの観点から書面によるルール整備を強く推奨しています。口頭やメールだけの運用では、残業代請求や労災認定などのトラブル時に対応の根拠がなくなり、経営者が大きなリスクを抱えることになります。
Q2: テレワーク規程と就業規則の違いは何ですか?どちらを作るべきですか?
既存の就業規則に条文を追加する方法と、テレワーク勤務規程として別途制定する方法の2つがあります。実務上は別規程が主流です。別規程の場合も、定めのない事項は就業規則に従うという条文を必ず設け、両者が矛盾しないようクロスチェックすることが重要です。
Q3: テレワーク中の労働時間をどのように管理すればよいですか?
クラウド型勤怠管理システムやPCログの記録など、客観的な証拠が残る方法が推奨されます。チャットツールでの報告も方法の一つですが、申告ベースであるため上記の方法と組み合わせることが望ましいです。自己申告のみによる管理は過少申告・過大申告の両方が起きやすいため避けるべきです。
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