健康診断の結果票を受け取ったとき、「D1」「D2」という記号が目に入ることがあります。何となく「悪い判定」であることはわかっても、両者の違いや、その後どのような対応が必要なのかを正確に把握できている人事担当者は多くありません。対応が遅れたり誤った優先順位で処理したりすると、従業員の健康被害につながるだけでなく、会社の安全配慮義務違反を問われるリスクもあります。
本記事では、健康診断のD1判定・D2判定の定義と本質的な違い、産業医への相談が必要になる基準、そして実務上の対応フローを、法的根拠とあわせてわかりやすく解説します。
健康診断の判定区分とは何か
健康診断の結果票には、検査項目ごとに「A」「B」「C」「D」「E」などのアルファベットが記載されています。これは健診機関が検査数値を評価し、「どのレベルの対応が必要か」を示したものです。ただし、判定記号や名称は健診機関によって異なる場合があります。自社が利用している健診機関の判定基準表を必ず確認することが第一歩です。
一般的に、日本人間ドック学会や労働衛生機関では以下のような区分が用いられています。
- A(異常なし):正常範囲内。特別な対応は不要
- B(軽度異常):正常範囲内ではあるが注意が必要な値。基本的に対応不要だが経過観察は望ましい
- C(要経過観察):生活改善や定期的な再検査が推奨される状態。状況により産業医への相談も検討する
- D1(要精密検査):精密検査が必要な状態。疾患が確定しているわけではないが、精査が求められる
- D2(要治療・治療中):治療が必要、または既に治療を受けている状態。医療介入が現実的に必要なレベル
- E(要休業):就業が困難なレベル。即時対応が必須
この区分を理解したうえで、D1とD2の違いを深掘りしていきましょう。
D1判定とD2判定の本質的な違い
D1判定(要精密検査)とは
D1判定は、「現時点では疾患の確定診断はされていないが、病気の可能性があるため精密検査が必要」な状態を指します。簡単に言えば、「白黒がまだついていない段階」です。
D1判定が出た従業員について会社がまず行うべき対応は、精密検査の受診勧奨です。この勧奨は口頭だけではなく、メールや書面で記録を残すことが重要です。受診勧奨を行ったという記録がなければ、後から安全配慮義務違反を問われた際に会社が対応できなくなる可能性があります。
精密検査の結果が出た後に、そのまま異常なしと判断されることもあれば、D2相当の状態と確認されることもあります。就業上の制限が必要かどうかは、精密検査の結果を確認してから判断するのが原則です。
D2判定(要治療・治療中)とは
D2判定は、「疾患がほぼ確定している、または既に治療中である」状態を指します。D1が「可能性の段階」であるのに対し、D2は「現実として医療介入が必要な段階」です。
D2判定の従業員には、単に受診を勧めるだけでは不十分な場合があります。就業上の措置、すなわち業務内容の制限や配置転換、残業の制限などが必要かどうかを判断するために、原則として産業医への意見聴取が求められます。これは会社の努力目標ではなく、労働安全衛生法に基づく義務です。
なお、D2には「これから治療が必要な状態」と「すでに治療を受けているが継続管理が必要な状態」の両方が含まれます。後者の場合でも、職場環境や業務負荷が治療の妨げになっていないか確認する意味で、産業医の関与は重要です。
産業医への相談が必要な法的根拠
なぜD2判定で産業医への相談が義務になるのか、その根拠となる法令を確認しておきましょう。
労働安全衛生法第66条の4では、健康診断の結果、異常の所見があると診断された労働者に対して、事業者は医師の意見を聴かなければならないと定めています。D2判定はまさに「異常の所見がある」状態にあたるため、この規定が適用されます。
さらに同法第66条の5では、医師の意見聴取の結果をふまえて、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少など、必要な措置を講じなければならないと規定しています。「産業医に相談する」こと自体が目的ではなく、相談の結果として適切な就業措置につなげることが法の趣旨です。
また、健康診断の個人票は5年間の保存が義務づけられており(労働安全衛生規則第51条)、医師への意見聴取の記録や就業措置の決定内容・根拠も合わせて管理しておく必要があります。
なお、常時50人以上の労働者を使用する事業場では産業医の選任が義務となっていますが、50人未満の事業場でも地域産業保健センターや外部の産業医サービスを活用することで、意見聴取の義務を果たすことが可能です。
実務上の対応フローと優先順位の考え方
D1判定への実務対応
健診結果を受領したら、まずD1・D2・E判定の従業員を抽出します。D1判定の従業員に対しては以下の流れで対応します。
- 精密検査の受診を本人に書面等で勧奨し、記録を残す
- 精密検査の結果を会社へ提出するよう任意で依頼する(強制はできないが、依頼した記録を残すことは重要)
- 精密検査の結果がD2相当と判明した場合は、産業医への相談フローに移行する
「D1は大したことない」と軽視しがちですが、精密検査を受けないまま放置した結果、重篤な疾患が発見されるケースもあります。受診勧奨の記録が残っていない場合、会社の安全配慮義務違反が問われる可能性があることを念頭においておきましょう。
D2判定への実務対応
D2判定の従業員には、原則として産業医に結果を共有し、意見聴取を行います。特に以下のケースは優先的に対応することが推奨されます。
- 脳・心臓疾患リスクが高い項目:高血圧、高血糖、脂質異常、肥満が重複している場合
- 過重労働者との組み合わせ:月80時間を超える時間外労働と健康上のリスクが重なっているケース
- 危険業務に従事している従業員:フォークリフト運転、大型車運転、高所作業など、体調不良が事故に直結しやすい職種
- 本人が問題ないと言い張っているケース:自覚症状がなくても客観的なリスク評価が必要
- 治療中であるにもかかわらず服薬を自己中断している疑いがあるケース
産業医からの意見をもとに、就業措置の内容(業務制限の範囲、残業禁止・制限、配置転換の要否など)を決定し、その内容と根拠を書面で記録します。
E判定への対応
E判定(要休業)は、就業が困難なレベルの状態です。速やかに産業医と連携し、就業禁止・休業などの措置を取ることが求められます。時間的な猶予はなく、最優先で対応してください。
よくある誤解と注意点
「治療中なら主治医に任せれば会社は関係ない」は間違い
D2判定で既に通院・治療中の場合、「あとは医師に任せておけばよい」と考える経営者・人事担当者は少なくありません。しかし、主治医と産業医は役割が異なります。主治医は治療・療養の専門家ですが、産業医は「その従業員が今の職場環境・業務内容で安全に働けるかどうか」を判断する専門家です。
就業上の措置は会社が決定するものであり、その判断を支援するために産業医の意見が必要です。主治医の診断書があっても、産業医の意見聴取を省略することは法的な義務の観点から問題があります。
健診機関ごとの表記のゆれに注意
健診機関によっては、D1・D2という区分を使わず、「要精検」「要医療」「要受診」などの文言で表現している場合があります。また、記号が数字ではなくアルファベット(たとえばD・E)で区別されていることもあります。判定区分の意味は、自社の健診機関が発行する判定基準表を参照して確認することが不可欠です。
対応コストを理由に後回しにするリスク
産業医面談の調整や書類管理にかかる工数を敬遠し、対応を先延ばしにするケースがあります。しかし、対応が遅れることで従業員の健康悪化が進んだ場合、会社は安全配慮義務違反を問われる可能性があります。外部のメンタルカウンセリング(EAP)などの支援サービスも活用しながら、効率的な体制を整えることが現実的な解決策の一つです。
実践ポイント:中小企業でもすぐに取り組める対応整備
対応体制を整えるにあたって、まず着手しやすい項目を以下に整理します。
- 健診結果の受領後すぐにD1・D2・E判定者をリスト化する:判定ごとに対応内容が異なるため、仕分けのルールを事前に決めておく
- 受診勧奨は書面またはメールで行い、記録を保存する:口頭のみの勧奨は記録として機能しない
- 産業医への意見聴取は結果受領後3か月以内を目安に行う(目安であり、リスクの高いケースは速やかに対応)
- 就業措置の内容と根拠を文書化する:措置の記録は後のトラブル対応においても重要な証拠となる
- 健診機関の判定基準表を人事担当者が手元に置く:判定記号の意味を正確に把握するための基礎資料として活用する
- 産業医が選任されていない場合は外部サービスの利用を検討する:50人未満の事業場でも産業医の活用は可能
まとめ
D1判定は「疾患の可能性はあるが確定していない・精密検査が必要な段階」、D2判定は「疾患がほぼ確定または既治療中・医療介入と就業措置の検討が必要な段階」です。この違いを正確に理解することが、適切な対応の出発点となります。
法律上、D2判定のような異常の所見がある従業員については、事業者に医師(産業医)への意見聴取と就業上の措置を講じる義務があります。「治療は医師に任せておけばよい」「コストがかかるから後回し」という発想は、従業員の健康悪化リスクと会社の法的リスクを同時に高めます。
中小企業であっても、健診結果の仕分け・受診勧奨の記録・産業医への意見聴取・就業措置の文書化という基本的なフローを整えることは、決して難しいことではありません。今年度の健診結果から、まず判定別のリスト化と記録管理の仕組みを整えることから始めてみてください。
よくある質問
D1判定が出た従業員が精密検査を拒否した場合、会社はどうすればよいですか?
会社が精密検査の受診を強制することはできません。ただし、受診勧奨を書面やメールで行い、その記録を保存することが重要です。勧奨したにもかかわらず本人が拒否した場合でも、会社として対応義務を果たしたという記録が残ります。繰り返し勧奨しても応じない場合は、産業医に状況を共有し対応方針の助言を求めることが望ましいでしょう。
産業医を選任していない50人未満の事業場でも、D2判定への対応義務はありますか?
はい、あります。産業医の選任義務は常時50人以上の事業場に課されていますが、医師への意見聴取義務(労働安全衛生法第66条の4)は事業規模にかかわらず適用されます。50人未満の事業場では、各都道府県の産業保健総合支援センターが設置する地域産業保健センターを無料で利用できるほか、外部の産業医サービスを活用することも有効です。
D2判定の従業員が「自分は問題ない」と主張している場合、就業措置は取れますか?
本人の意向にかかわらず、産業医の意見に基づいて就業措置を講じることは可能です。就業上の措置は会社の義務であり、本人の同意があって初めて実施できるものではありません。ただし、本人への丁寧な説明と、措置の目的・根拠の文書化が重要です。産業医が面談を通じて本人の理解を促す役割を担うこともあります。







