新しい人材を迎え入れるとき、採用手続きや入社オリエンテーションの準備に追われ、「雇い入れ時健康診断」の対応が後回しになっていないでしょうか。あるいは、「うちはずっと定期健診をやっているから大丈夫」と思っていたところ、実は別の義務が発生していたというケースも少なくありません。
雇い入れ時健康診断は、労働安全衛生法第66条第1項に基づく事業者の法的義務です。違反した場合には50万円以下の罰金(労働安全衛生法第120条)が科される可能性があるにもかかわらず、中小企業では「誰が対象か」「費用は誰が負担するか」「結果をどう扱うか」といった実務上の疑問が解決されないまま、適切な対応ができていないケースが見受けられます。
本記事では、中小企業の経営者・人事担当者の方に向けて、雇い入れ時健康診断の実施手順を6つのステップで整理し、よくある誤解や注意点とあわせて解説します。
雇い入れ時健康診断とは何か――定期健診との違いを正しく理解する
雇い入れ時健康診断とは、労働者を新たに雇い入れる際に事業者が実施する健康診断です。毎年1回実施する「定期健康診断」とは法律上まったく別の義務であり、どちらか一方を実施すれば足りるというものではありません。
ただし、実務上の取り扱いとして、入社月に定期健康診断を同時に実施するかたちで対応することは可能です。また、入社前3ヶ月以内に受診した健診結果を本人が提出した場合、その結果が法定の11項目を網羅していれば雇い入れ時健診の実施を省略できます(労働安全衛生規則第43条ただし書き)。ただし、項目が一部でも欠けていれば省略は認められないため、提出された結果を必ず確認する必要があります。
実施すべき検査項目は、労働安全衛生規則第43条によって以下の11項目が定められています。
- 既往歴および業務歴の調査
- 自覚症状および他覚症状の有無の検査
- 身長・体重・腹囲・視力・聴力の検査
- 胸部X線検査
- 血圧の測定
- 貧血検査(血色素量・赤血球数)
- 肝機能検査(GOT・GPT・γ-GTP)
- 血中脂質検査(LDL・HDL・中性脂肪)
- 血糖検査
- 尿検査(尿糖・尿蛋白)
- 心電図検査
これらはいわゆる「一般健康診断」の標準的な項目と重なりますが、項目の過不足なく実施されているかを確認することが重要です。
誰が対象になるのか――雇用形態別の適用範囲を正確に把握する
「正社員だけが対象」と思われがちですが、実際にはさまざまな雇用形態の労働者が対象になります。誰に実施義務があるかを正確に把握しておくことが、法令違反を防ぐ第一歩です。
正社員・契約社員・嘱託社員
雇用期間の長短にかかわらず、雇い入れた時点で実施義務が生じます。契約社員や嘱託社員であっても、雇用契約を締結して働かせる以上、対象から外すことはできません。
パートタイム・アルバイト
パートタイマーへの適用は、週の所定労働時間が正社員の4分の3以上(目安として週30時間以上)であれば実施義務があります。それ未満の場合は努力義務にとどまりますが、労働者の健康管理という観点から、できる限り実施することが望ましいとされています。
「パートは全員対象外」という誤解は特によく見られます。採用時に労働時間を確認し、基準を超えるかどうかを個別に判断することが必要です。
派遣社員
派遣社員については、派遣元事業者が実施義務を負います。派遣先企業が実施するものではないため、混同しないよう注意が必要です。ただし、派遣先での業務内容によっては特殊健診が必要なケースもあり、その場合は派遣先が責任を持ちます。
日雇労働者・外国人労働者
日雇労働者は原則として対象外ですが、同一の事業場で継続して働くようになった場合は対象となります。外国人労働者については、国籍にかかわらず雇用形態・労働時間に基づいて同様に判断します。言語の壁により説明や書類対応に工夫が必要になる場合もありますが、法的義務の内容は日本人と同じです。
実施手順を6つのステップで整理する
雇い入れ時健康診断の実務は、以下の6つのステップで進めると整理しやすくなります。
STEP1:対象者の確認
採用が決まった段階で、雇用形態・週の所定労働時間・雇用開始日を確認します。義務対象か努力義務かを判断し、実施スケジュールを組みます。
STEP2:健診機関の手配
健診機関の選択肢としては、協会けんぽが提携する医療機関、労働者健康安全機構の産業保健総合支援センター、地域の指定医療機関などがあります。費用の目安は7,000円〜15,000円程度が一般的ですが、機関や地域によって差があります。複数の従業員を同時に受診させることで費用を抑えられる場合もあるため、健診機関に事前に相談することをお勧めします。
STEP3:費用負担の決定
雇い入れ時健康診断は事業者の法的義務であるため、費用は原則として会社が負担します(厚生労働省通達)。本人負担とした場合、後にトラブルになるリスクがあります。また、健診のために要した時間については、法律上の支払義務は明示されていませんが、厚生労働省は賃金を支払うことが望ましいとしています。
STEP4:受診・結果の回収と管理
受診後は健診結果を回収します。結果は個人情報として厳重に管理し、担当者を限定したうえで、本人の同意なく他の管理職や第三者に開示しないことが重要です。結果の保管は、鍵のかかるキャビネットや、アクセス制限を設けた電子ファイルで行うことが求められます。
STEP5:産業医・医師への確認と就業上の措置
健診結果に異常所見があった場合、事業者は産業医や医師から就業上の措置について意見を聴く義務があります(労働安全衛生法第66条の4)。必要に応じて就業制限や配置転換を検討することになります。専門家の意見を得ないまま独自の判断で対応することは、後々トラブルになる可能性があります。産業医が選任されていない事業場は、産業医サービスの活用を検討することをお勧めします。
STEP6:記録・保存
健康診断個人票を作成し、5年間保存する義務があります(労働安全衛生規則第51条)。なお、雇い入れ時健康診断の結果は、定期健診と異なり労働基準監督署への報告は不要です(従業員50人以上の事業場が提出する「定期健康診断結果報告書」の対象外)。
健診結果の取り扱いで注意すべき法的リスク
健診結果の活用をめぐるトラブルは、中小企業においても決して他人事ではありません。特に以下の点については、慎重な対応が求められます。
健診結果を理由とした採用取り消しは原則として違法となる可能性がある
「持病があることが健診結果でわかったので採用を取り消した」という対応は、障害者差別解消法や雇用機会均等の観点から問題となる可能性があります。健診結果のみを理由とした採用取り消しは、業務遂行能力と直接関係のない合理的な理由のない不利益取り扱いにあたる恐れがあります。
採用後に特定の業務への従事が難しいことが判明した場合は、配置転換や業務調整を含めた対応を検討することが基本的な対応となります。
健診結果の開示範囲は最小限に
個人の健康情報は、個人情報保護法上の「要配慮個人情報」(本人の人種・信条・社会的身分・病歴・犯罪歴などのうち、取り扱いに特に配慮が必要な情報)に該当します。取り扱い担当者を限定し、業務上必要な範囲を超えて共有しないよう社内ルールを整備することが重要です。
内定者への対応タイミング
雇い入れ時健康診断は「雇い入れの際」、すなわち採用直後(入社日前後)が基本です。内定段階で健診を実施することは、採用選考に健診結果を使用しているとみなされるリスクがあるため、原則として入社後(または入社直前)に実施することが適切です。
実施しなかった場合のリスクと、よくある誤解の整理
雇い入れ時健康診断を実施しなかった場合、50万円以下の罰金(労働安全衛生法第120条)が科される可能性があります。罰則のリスクだけでなく、従業員が入社直後に健康上のトラブルを抱えていた場合に適切な配慮ができなかったとして、安全配慮義務違反(民事責任)を問われるリスクもあります。
また、実務でよく見られる誤解についてまとめます。
- 「定期健診を実施していれば雇い入れ時健診は不要」→誤り。両者は法律上別の義務です。入社月に定期健診を同時実施する方法は認められますが、代替にはなりません。
- 「本人提出の健診結果なら何でもOK」→誤り。3ヶ月以内かつ法定11項目が揃っていることが条件です。
- 「費用は本人負担でよい」→誤り。事業者の義務であるため、会社負担が原則です。
- 「派遣社員は派遣先が対応する」→誤り。雇い入れ時健診の義務は派遣元にあります。
- 「パートは全員対象外」→誤り。週の所定労働時間が正社員の4分の3以上の場合は義務対象です。
実践ポイント――今日から取り組める対応チェックリスト
以下のポイントを確認・整備することで、雇い入れ時健康診断に関するリスクを大幅に軽減できます。
- 採用決定時に雇用形態・週の所定労働時間を確認し、義務対象か否かを判断するフローを社内で決める
- 健診機関を事前にリストアップし、費用・受診可能日・項目を確認しておく
- 費用は会社負担とし、その旨を入社手続き書類に明示する
- 健診結果の保管・閲覧担当者を限定し、情報管理のルールを文書化する
- 異常所見があった場合の対応手順(産業医への相談フローなど)を事前に決めておく
- 健康診断個人票を作成・保存するための台帳またはシステムを整備する
特に、健診結果に異常所見が見つかった従業員への対応は、産業医や専門家と連携することで適切な就業措置が可能になります。従業員のメンタルヘルスや心理的な側面でのケアが必要な場合は、メンタルカウンセリング(EAP)の導入も有効な選択肢のひとつです。
まとめ
雇い入れ時健康診断は、労働安全衛生法に基づく事業者の義務であり、正社員だけでなく一定の労働時間を超えるパートタイマーや契約社員にも適用されます。実施タイミング・費用負担・結果の管理・産業医への相談といった各ステップを正しく理解することで、法令違反リスクを防ぐとともに、従業員が安心して働ける職場環境の構築につながります。
「自社の対応が正しいか不安」「異常所見が出たときの対応がわからない」という場合は、早めに専門家に相談することをお勧めします。日々の採用活動の中に、雇い入れ時健康診断の実施を確実に組み込む仕組みを整えておくことが、中小企業における健康管理の第一歩です。
雇い入れ時健康診断は入社前に実施してもよいですか?
原則として、雇い入れ時健康診断は「雇い入れの際」、すなわち入社日前後に実施するものです。内定段階での実施は、採用選考に健診結果を活用しているとみなされるリスクがあるため、入社後または入社直前での実施が適切です。ただし、入社前3ヶ月以内に受診した健診結果を本人が提出した場合で、法定11項目をすべて満たしているときは、雇い入れ時健診の実施を省略することができます(労働安全衛生規則第43条ただし書き)。
健診費用を本人負担にすることはできますか?
雇い入れ時健康診断は事業者の法的義務であるため、費用は会社が負担するのが原則です(厚生労働省通達)。本人負担とした場合、後日トラブルになる可能性があります。また、受診にかかった時間については法律上の支払義務は明文化されていませんが、厚生労働省は賃金を支払うことが望ましいとしており、できる限り対応することをお勧めします。
健診結果に異常があった従業員に対し、採用を取り消すことはできますか?
健診結果のみを理由とした採用取り消しは、障害者差別解消法や雇用機会均等の観点から違法となる可能性が高いとされています。業務遂行に直接関係する合理的な理由がない限り、採用取り消しは避けるべきです。異常所見がある場合は産業医等に就業上の措置について意見を聴き(労働安全衛生法第66条の4)、配置転換や業務調整などの対応を検討することが適切な対応です。
雇い入れ時健康診断を実施しなかった場合、どのような罰則がありますか?
労働安全衛生法第120条により、雇い入れ時健康診断を実施しなかった場合は50万円以下の罰金が科される可能性があります。また、入社直後に従業員が健康上のトラブルを抱えていた場合に適切な配慮ができなかったとして、安全配慮義務違反(民事上の責任)を問われるリスクもあります。法令違反リスクを避けるためにも、採用フローの中に健診実施のステップを組み込んでおくことが重要です。
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