「EAPを導入しても誰も使わない」を解決する秘密保持の仕組みと従業員信頼の作り方

「EAPを導入したのに、誰も使っていない」。そんな声を、中小企業の人事担当者や経営者からよく耳にします。従業員のメンタルヘルス支援のために費用をかけて導入したEAP(Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)が、ほとんど活用されていないという状況は、決して珍しいことではありません。

利用率が低迷する最大の理由は、多くの場合、制度の内容よりも「信頼」の問題にあります。「相談したことが会社にバレるのではないか」「人事評価に影響するのではないか」という従業員の不安が、相談への一歩を踏み出せない壁になっているのです。

本記事では、EAPの秘密保持の仕組みをわかりやすく解説するとともに、従業員の信頼を構築し、EAPを本当に機能させるための実践的なポイントをお伝えします。

目次

なぜ従業員はEAPを使わないのか――「知られる恐怖」の正体

EAPの利用率が低迷している企業では、周知活動の不足もさることながら、より根深い問題として従業員の心理的ハードルが存在します。調査によれば、EAPを導入しても利用率が1〜2%台にとどまる企業は珍しくありません。

従業員が相談をためらう理由として、特に中小企業で顕著なのが次の3つです。

  • 「相談内容が会社に伝わるのではないか」という不安:EAPの仕組みを正確に理解していないと、カウンセラーが会社に報告するのではと疑ってしまいます。
  • 「誰が相談したかバレるのではないか」という恐怖:特に従業員数が少ない中小企業では、産業医・人事担当者・経営者の物理的・心理的距離が近く、情報漏洩リスクを実感しやすい構造があります。
  • 「メンタルの問題=評価や雇用に影響する」という思い込み:相談することで「問題社員」とみなされるのではないかという恐怖心が、利用の大きな障壁になります。

こうした不安は根拠のない思い込みである場合も多いのですが、だからこそ、企業側が正確な情報を能動的に発信し、仕組みとして信頼を担保することが不可欠です。

EAPの秘密保持は法律と職業倫理で二重に守られている

EAPにおける秘密保持は、感情論や「良心」の問題ではなく、法律および専門家の職業倫理によって二重に担保されています。この点を経営者・人事担当者が正確に理解し、従業員に伝えることが信頼構築の第一歩です。

法律による保護

EAPを通じて得られる健康・メンタルヘルス情報は、個人情報保護法上の「要配慮個人情報」に該当します。要配慮個人情報とは、不当な差別や偏見が生じるおそれのある特に慎重な取り扱いが求められる情報のことで、取得・利用・第三者提供には原則として本人の同意が必要です。

また、労働安全衛生法第104条は、事業者に対して労働者の健康情報を適正に取り扱うことを義務付けています。これはEAP経由で得られた情報にも適用されます。さらに、ストレスチェック制度(同法第66条の10)では、高ストレス者の情報を本人の同意なく事業者に提供することが禁止されており、メンタルヘルス情報の保護に関する先例的な枠組みを示しています。

専門家の職業倫理による守秘義務

EAPのカウンセリングを担当するのは、公認心理師・臨床心理士・精神保健福祉士などの専門資格を持つ人材です。公認心理師法第41条は、「正当な理由なく、その業務に関して知り得た人の秘密を漏らしてはならない」と定め、違反した場合には罰則(1年以下の懲役または30万円以下の罰金)が科されます。

これらの専門家は法律に加え、各職域の倫理綱領によっても守秘義務を負っており、相談内容を会社に報告することは、よほどの例外的状況を除いて許容されません。

守秘義務の例外:緊急開示とは

ただし、守秘義務には例外があります。それは、本人または第三者に対する自傷・他害の切迫したリスクがある場合です。このような緊急事態においては、各心理職の職業倫理綱領において情報開示が倫理的に許容されています。

この例外は、企業・従業員の双方にとって重要な情報です。「どのような場合に開示されるか」を事前に明確にしておくことで、むしろ通常の相談における秘密保持の堅牢さが際立ちます。

「会社への報告」はどこまで?――契約で明確にすべき情報管理の範囲

多くの企業がEAPの実態として十分に把握していないのが、「EAPベンダーが会社に何を報告するのか」という点です。ここが曖昧なまま運用していると、従業員の不信感を生むだけでなく、管理側も「もう少し情報をもらえないか」という誤った期待を持ちやすくなります。

一般的なEAPの情報管理の枠組みは以下のとおりです。

  • 会社(企業側)に報告される情報:利用件数・利用率・相談テーマの大分類(ストレス、家族問題など)といった集計・統計データのみ。個人が特定できる情報は含まれません。
  • 会社に報告されない情報:誰が相談したか、何を相談したか、カウンセラーがどのような評価をしたか、といった個別の内容はすべて秘密保持の対象です。

この「統計のみ報告・個人情報は開示なし」という原則を、EAPベンダーとの契約書に明文化することが重要です。口頭の約束や曖昧な規定では、緊急時や担当者変更時にトラブルが生じるリスクがあります。契約書には少なくとも以下の項目を盛り込むことをお勧めします。

  • 報告される情報の種類と形式(個人が特定できないこと)
  • 緊急開示の条件(自傷他害リスクの具体的な定義)と手順
  • EAPベンダー側のデータ管理・セキュリティ体制
  • 情報保持期間と廃棄方法

また、EAPの利用が人事評価・賞与・雇用継続に影響しないことを就業規則または社内規程に明記することも、信頼構築の土台として欠かせません。このような取り組みは、メンタルカウンセリング(EAP)サービスを実際に機能させるための制度設計の要となります。

信頼は「仕組み」と「行動」の両輪で構築される

法律や契約による秘密保持の担保は必要条件ですが、それだけでは従業員の信頼を得るには不十分です。従業員の心理的ハードルを下げるには、仕組みの整備と、経営・管理職の具体的な行動の両方が必要です。

経営トップが直接説明することの効果

EAP導入時や利用促進の場面で、最も信頼性が高い発信源は経営トップ自身です。「このEAPの仕組みでは、会社は皆さんの相談内容を知ることができません」という言葉が社長や代表から直接伝えられることで、従業員の受け止め方は大きく変わります。人事担当者からの説明とは、心理的な重みが異なります。

外部EAPであることの優位性を活かす

外部の専門機関にEAP窓口を設置することで、物理的・心理的距離を確保できます。「会社の人ではなく、全く別の組織の専門家に話す」という構造は、従業員の安心感につながります。社内に相談窓口を設ける場合と比べ、誰が相談に来たかが漏れるリスクも低減できます。

管理職に「詮索しない」規範を徹底する

信頼を破壊する最大のリスクの一つは、管理職が「部下がEAPを使ったかどうか」を気にしたり、「相談するよう勧めたあの部下は実際に行ったのだろうか」と追跡しようとする行動です。管理職研修では、EAPの仕組みと秘密保持の重要性を伝えるとともに、「利用状況を確認・詮索する行為は信頼関係を壊す」という規範を明確に伝える必要があります。

管理職が部下にEAPを勧める際も、「使ったかどうかは聞かない。あとは専門家に任せる」という姿勢を示すことが、むしろ従業員の安心感を高めます。

EAPをより多くの従業員に使ってもらうための実践ポイント

秘密保持の仕組みと信頼の土台を整えたうえで、利用率向上のための工夫を重ねることが重要です。以下に具体的な実践ポイントをまとめます。

相談のハードルを下げる「多様なアクセス手段」

電話・メール・チャット・対面など、複数の相談手段を用意することで、それぞれの従業員が最も使いやすい方法を選べるようになります。特に若い世代ではテキストでの相談を好む傾向があり、チャット対応は利用率向上に効果的なケースがあります。また、匿名での相談が可能であることを明示することも重要です。

「メンタル不調がなくても使える」という認識の普及

EAPは精神的に追い詰められた人だけが使うものではありません。キャリアの悩み、家族関係の問題、経済的な不安など、幅広い生活上の課題に対応できます。「問題を抱えた人が使うもの」というスティグマ(偏見)を解消するために、利用例や対応テーマを具体的に周知することが効果的です。

わかりやすい周知資料の整備

EAPの仕組み・利用方法・秘密保持の内容を記載したリーフレットやFAQを全従業員に配布します。特に「会社には何が伝わり、何が伝わらないのか」を図や表を使って視覚的にわかりやすく示すと、不安の払拭に効果的です。

人事・管理職の情報管理に関する自己点検

「EAPから利用状況を確認しようとしたことはないか」「相談を勧めた部下がその後どうなったか過度に気にしていないか」といった点を、管理職が定期的に自己点検する機会を設けることも有効です。健全な職場環境づくりには、産業医サービスと連携した継続的な管理職支援も選択肢の一つです。

利用促進の継続的な発信

導入時に一度説明して終わりではなく、定期的(半年〜1年に一度程度)にEAPの存在と利用方法を社内に発信し続けることが利用率維持に重要です。部署ミーティングや社内報、メール配信など、複数のチャネルを活用してください。

まとめ――信頼なきEAPは機能しない

EAPは、正しく機能すれば従業員のメンタルヘルスを守り、生産性向上・離職率低減にも貢献する有効な施策です。しかし、制度を導入するだけでは意味がありません。従業員が「安心して使える」と感じられる環境づくりこそが、EAPの真の価値を引き出す鍵です。

そのための要点を改めて整理します。

  • EAPの秘密保持は個人情報保護法・労働安全衛生法・専門家の職業倫理によって法的に担保されている
  • EAPベンダーとの契約書に「何が報告され、何が報告されないか」を明文化する
  • 緊急開示(自傷他害リスク)の条件と手順を事前に定義・周知する
  • EAP利用が人事評価・雇用に影響しないことを就業規則に明記する
  • 経営トップが直接、秘密保持の仕組みを従業員に説明する
  • 管理職が「詮索しない」規範を守るよう教育・徹底する
  • 「メンタル不調でなくても使える」ことを継続的に発信する

中小企業では、組織が小さいぶん人間関係が密接で、従業員が秘密保持に対してより敏感になりやすい面があります。だからこそ、仕組みと経営姿勢の両面から丁寧に信頼を構築していくことが、EAPを真に機能させる条件となります。

よくある質問

EAPに相談した内容は、本当に会社に伝わらないのですか?

はい、正規のEAPサービスでは、個人の相談内容が会社に報告されることはありません。EAPのカウンセラーは公認心理師法などの法律および職業倫理綱領によって守秘義務を負っており、正当な理由なく相談内容を第三者(会社を含む)に漏らすことは禁止されています。会社に報告されるのは、個人が特定できない形での利用件数や相談テーマの統計情報のみです。ただし、自傷・他害の切迫したリスクがある場合は例外的に開示されることがあります。この例外条件は、EAP導入時に従業員に対して事前に説明されるべき事項です。

従業員がEAPを利用したかどうかを、上司や人事担当者が確認することはできますか?

できません。また、確認しようとすること自体が、従業員の信頼を大きく損ないます。EAPの原則として、「誰が利用したか」という情報は会社側には一切開示されません。上司が部下にEAPの利用を勧めた場合でも、実際に利用したかどうかを追跡・確認する行為は避けるべきです。管理職研修などを通じて、「利用状況を詮索しない」という規範を組織全体に徹底することが、EAPへの信頼を守るうえで重要です。

EAPを利用すると、人事評価や昇進に不利になりますか?

適切に運用されているEAPでは、利用の事実が会社に伝わらないため、人事評価に影響することはありません。また、健康情報を理由とした不当な不利益取扱いは労働契約法上も問題となりえます。さらに、EAP利用が人事評価・雇用継続に影響しないことを就業規則や社内規程に明記することで、従業員の不安を制度面から払拭することができます。経営者・人事担当者が率先してこの点を明確に伝えることが、従業員の安心感につながります。

監修・運営:INTERMIND株式会社

産業医紹介・EAPサービス(外部メンタルカウンセリング)を提供する産業保健の専門会社。精神科専門医・心理士・保健師からなるスペシャリストチームが、中小企業の職場メンタルヘルス課題を支援しています。

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